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8.ストライキ

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「どうしたんだ?」

 いきなり怒り出した私にエイデンは戸惑っているようだ。

「ねぇ、エイデン……龍族の力ってなぁに?」

 スプーンを持ったエイデンの手がピタリと止まった。まるで狩りをする肉食獣のような鋭い視線で私を見る。

「……その話、誰に聞いたんだ?」

「別に誰ってわけじゃ……」

 だってただの盗み聞きだもん。でもどうして私が庭に隠れてたか説明したくないから、教えてはあげないけど。

「もしかして記憶が戻ったのか!?」

 エイデンがスプーンを投げ出し、両手で私の肩をガッと掴んだ。

 記憶? やっぱり私は何か記憶をなくしてるの?
 って、何このエイデンの表情!!

 不安? それとも恐れなのかな? 少なくとも私の記憶が戻って嬉しいって顔ではない。

「おい、どうなんだ? 記憶が戻ったのかよ?」

「戻ってないけど……」

「そうか」
 私の肩から手を離したエイデンは明らかにほっとしている。

 おかしいなぁ。エイデンは私の記憶を取り戻したいような事言ってたはずなんだけど。

「ねぇ、エイデン、もし私の記憶が欠けてるのなら教えてくれない? うまくいけば思い出せるかもしれな……」

「ダメだ!!」

 エイデンの怒鳴り声が私の言葉を遮る。その瞬間、エイデンのチョコレート色の瞳が燃え上がるように真っ赤に変わった。空気が熱を帯び、肌がジリッと焼けるように熱い。

「熱っ!!」

 私の声で我に返ったのか、エイデンの目が元のチョコレート色に戻った。と同時に空気の熱も元に戻る。

「いいか、絶対に思い出そうなんて思うなよ」

 私に顔を見られたくないのか、私の視線から逃げるようにエイデンは顔を背けた。

「でもエイデンは思い出して欲しいんじゃ……」

「二度とそんな話はすんじゃねぇ!!」

 えぇー!! さっぱり分からないんだけど。
 今の私の気持ちを表すとしたら、ポカンって感じよ。そのせいでさっきまでの悲しい気持ちは消えてなくなってしまった。

 怒って部屋を出て行くエイデンを黙って見送りながら、頭の中を整理する。

 私は何か記憶を失っている。それはおそらく龍族の力に関する事。エイデンは私の記憶を取り戻して龍族の力を手に入れたい。だから私を側においておくために結婚する。

 っとまぁ、こんな感じだろうか。うーん……やっぱり変よ。

 だって私は記憶を失った覚えなんてないし、龍族の力なんて持ってないもん。なんてったって、ガードランド王家の竜の門を開ける力すら持ってないのよ。まぁ、もう竜の門は破壊されてなくなってるんだから、ガードランドの力なんて手に入れたって意味はないんだけど。

 色々分からない事は多いけど、中でも一番分からないのはエイデンの態度だ。あれだけ怒鳴るって事はエイデンは結局私の記憶が戻るのは嫌ってことよね? 

 ダメだ。頭が破裂しちゃいそう。難しい事を考えたせいか頭が痛い。結局昨夜の寝不足もあり、そのまま私は眠りについた。




「レイナ様、お願いですから妃修行を再開していただけませんか?」

「いやよ。絶対しないから」

 頭を下げ続けるカイルの事は気の毒だと思うわよ。でも絶対に言う事聞いたりしないんだから。

 盗み聞きしたエイデンの言葉に傷ついて、泣いて、ポカンとして……の次に私の中に湧きあがってきたのは怒りだった。

「エイデンがきちんと説明するまで、私はお妃修行をストライキします」

 そう宣言してから今日で早10日だ。生誕祭まであまり時間がないからカイルは焦ってるけど、知ったこっちゃない。

「このままでは生誕祭でレイナ様ご自身が恥をかかれる事になるんですよ」

「別に構わないわ。なんなら生誕祭なんて出なくたっていいんだし」

 だって私は別にエイデンと結婚しなくたっていいんだもの。

「残念ね。レイナが王妃になれば、私は王妃つきの侍女になれたのになぁ」

 ミアのこういう正直な所は好きよ。でもミアのためにエイデンと結婚してあげようなんてことは思えない。

 本当はストライキなんてせずに、こっそり城を抜け出して逃げちゃうって手もあるんだけどね。毎日お腹いっぱい食べれるこの快適な生活を捨てるのはもったいない。とりあえず出て行けと言われるまで居座ってやる。

 ヘソを曲げている私に何を言っても無駄だと分かってはいても、カイルも引けないのだろう。でも私だって引く気はない。

「私に修行させたいんなら、私に頭を下げるよりエイデンを説得した方が早いわよ」

 私の言葉にカイルは微妙な表情を見せた。

 きっと私のストライキの事も、私の要求もエイデンに伝えているのだろう。それでもこの10日間エイデンと一度も顔を合わせてない。って事は、エイデンは私の要求に応えるつもりはないのだ。それなら私もストライキを続行するだけだ。

 そんな私の元に、ウィリアムから例のグラスを持ってくると連絡が届いた。

「エイデン様がこの部屋に来ないよう、カイル様にお願いしてあるから大丈夫よ」

 せっかくウィリアムが来るんだし、気分転換に話し相手になってもらったらいいんじゃないかと、ミアが私の部屋をセッティングしている。

 エイデンにバレぬようこっそりとやって来たウィリアムは、先日とは違うかっちりとした雰囲気を漂わせている。椅子に座り足を組む、それだけの仕草がやけに優雅だ。

「工房にいる時と別人みたいですね」

「見惚れてくれていいですよ」

 両手を軽く広げ、ポーズをきめるウィリアムと顔を見合わせて笑った。

「今日はこれを持って来ました」

 ウィリアムがとり出した箱の中には、私が作ったペアグラスが入っていた。ウィリアムがプレゼント用に包装してくれたおかげで、かなり見栄えがよくなっている。

「レイナが作ったグラスってこれなの?」
 ミアが興味津々といった感じで箱を覗きこんだ。
「へ~、素敵じゃない」

 箱から取り出したグラスを手にとり眺めると、窓から差し込む光に当たりキラキラと輝いて見えた。

「エイデンは何て言うかしら……?」

 そもそもエイデンは、私からのプレゼントを受け取るのかしら?

 ん? 何だか外がやけに騒がしくない?

 私と同じように思ったのか、ウィリアムもドアを見ている。部屋の中にいても分かるほどに廊下が騒がしい。

「……ですから、陛下!! レイナ様はただいま取り込み中で……」

 カイルの声だなっと思った瞬間扉が開き、エイデンが部屋へ入って来る。

「カイルの様子がおかしいと思ってはいたが……ウィリアム、お前が来ていたのか」

 ひどく冷たい目でエイデンがウィリアムを睨んだが、ウィリアムは全く動じる事なくにこやかな微笑みを返した。

「陛下、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」

 なんとも言えないピリピリした空気に胃が痛くなりそうだ。

「俺の婚約者の部屋に忍びこんでおいて焦るでもなくその余裕の顔……気に入らんな」

 婚約なんてしてないんだから、婚約者の部屋じゃないじゃん。なんて突っ込める雰囲気ではない。

「忍びこんでなんていませんよ。それにやましい事など何もありませんので、焦る必要もないでしょう」

「ほぉ。人の婚約者に貢物をしてやましい事がないと?」

 貢物? そんなの別にもらってないし、ウィリアムの言う通りやましいことなんて……

 あわわわ。貢物って、もしかしてこのグラスの事言ってるの?

 エイデンが突然部屋に入って来たせいで、プレゼントのグラスがテーブルにのったままだ。これだけ丸見えじゃあ、今更隠せそうもない。

 エイデンがグラスを手にとった。

「ガラス職人になったと聞いてはいたが……フンっ。この程度の仕事しかできないのか。こんな出来損ないを持ってくるとは腹立たしいを通り越して笑えるな」

 ビビアンとミア、そしてカイルまでもが「あちゃー」っという顔をした。そりゃそうよね。皆はこのグラスが私の手作りで、エイデンへのプレゼントだって知ってるんだから。

 気の毒なのはウィリアムだ。私の気分転換に付き合わされたせいでエイデンに絡まれてしまうなんて。

「本当に下手くそなグラスだ」

 エイデンが再びウィリアムを馬鹿にしたように笑った。

 確かにいびつな形のグラスだし、下手くそだって分かってるからもう言わないで!! 皆の微妙な表情が居た堪れない。

「エイデン……それ、私が作ったの……」

「えっ?」

 エイデンが私の顔を見た。二、三度目をパチパチすると再びグラスを見て「えっ?」と声を出す。

「レイナが作った? ウィリアムじゃないのか?」

「そうよ。エイデンの誕生日にプレゼントしたくて私が作ったの。ウィリアムはそれを包装して持って来てくれたのよ」

「レイナが俺のために……」
 エイデンはグラスを見つめたまま固まってしまった。

「では用もすみましたし、私はこれで失礼します」

「あー、待てウィリアム」
 立ち去ろうとするウィリアムをエイデンが呼びとめた。

「その……勘違いしてすまなかったな」

 頭を下げて出て行くウィリアムにカイルが続く。

「あ、あの……ウィリアム様、少々お話が……えーっミア、ビビアン、ウィリアム様にお茶の用意を」

 カイルったら。私とエイデンを二人きりにさせたいって事がバレバレよ。皆がそろって部屋を出て行くのを苦笑しながら見送った。
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