上 下
60 / 66

領地への旅立ち

しおりを挟む


「行ってしまうのね・・・」

「お母様、そんなにしんみりなさらないでくださいませ。まるで今生の別れのようですわ」


 マリアンヌに領地へと移ることを話に行ったその日、ローゼリアは出立準備を終え、玄関で侯爵夫妻に見送りを受けていた。


「そうだぞ?夏には私どもも領地へと行くではないか。これもローゼリアが決めたことだ。ローゼリアのためにも、笑顔で送り出さないといけないだろう」


 侯爵は涙を浮かべる夫人の背中をさすりながらあやすように言い聞かせる。


「そうですわね・・・ローゼリア。身体には気を付けるのよ?」

「はい、お母様」


 そしてローゼリアは領地へと旅立って行った。





あれだけローゼリアの事を、お姉様、お姉様とはしゃいでいた妹がやけに静かだ。リチャードは、何かあったのだろうかと問いかけた。


「マリアンヌ。今日はやけに静かだが・・・何かあったのか?」

「別に何もございませんわ」

「そうか・・・ローゼリア嬢とは最近は会っていないようだが?」

「・・・別にいいではありませんか」

「・・・まぁ、気にすることではないのだろうが。お前が静かだと調子が狂う」

「そんなの知りませんわ。これからはこれが普通です。慣れていただければよろしいかと思いますわ」

「本当にどうしたんだ・・・」


 リチャードは、マリアンヌのどこか冷めた態度に違和感を覚える。


「どうもこうも・・・お姉様には頻繁には会えなくなりますもの。いつまでもめそめそしていては話になりませんの」

「会えない・・・?まさか・・・」

「ローゼリアお姉様は領地へと旅立たれましたわ」



 マリアンヌの言葉が正面から衝撃を与えたが、自身の身体にとどまることもなく、通り抜けていくような感覚を覚えた。まるで、何かを失ったような、つかみ損ねたような、いわば突風を浴びても、散霧してその場には何も残らない時のように。妹の言葉に呆然と立ち尽くしていたリチャードは気づけば私室に戻ってきていた。どうやってここまで戻ってきたのかわからない程、思考が止まってしまっていたらしい。誰かに支えられてきたわけでも運ばれてきたわけでもなさそうである。己の足で歩いてきたのだろうが、記憶がない。それだけマリアンヌの口から発せられた一言が、リチャードに打撃を与えたのだ。いずれかは領地へ行くとは思っていた。しかしこんなにも早く、そして何からか逃げるとでも言わんばかりに王都を出るとは思ってはいなかった。まだ望みはある、時間をかけてこちらを振り向かせて、自分の手で彼女を幸せにしたい。その為にはと策を練っていたのだが、ローゼリアに先手を打たれてしまった形になってしまったのだ。リチャードは、ソファに力なく、どさっと身を投げだしたように座った。天井を仰ぎ見ていた。夕食の準備ができたと使用人が呼びに来た時には、外はもう陽はすっかり落ち暗闇に包まれていた。




しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

悪役令嬢はオッサンフェチ。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
 侯爵令嬢であるクラリッサは、よく読んでいた小説で悪役令嬢であった前世を突然思い出す。  何故自分がクラリッサになったかどうかは今はどうでも良い。  ただ婚約者であるキース王子は、いわゆる細身の優男系美男子であり、万人受けするかも知れないが正直自分の好みではない。  ヒロイン的立場である伯爵令嬢アンナリリーが王子と結ばれるため、私がいじめて婚約破棄されるのは全く問題もないのだが、意地悪するのも気分が悪いし、家から追い出されるのは困るのだ。  だって私が好きなのは執事のヒューバートなのだから。  それならさっさと婚約破棄して貰おう、どうせ二人が結ばれるなら、揉め事もなく王子がバカを晒すこともなく、早い方が良いものね。私はヒューバートを落とすことに全力を尽くせるし。  ……というところから始まるラブコメです。  悪役令嬢といいつつも小説の設定だけで、計算高いですが悪さもしませんしざまあもありません。単にオッサン好きな令嬢が、防御力高めなマッチョ系執事を落とすためにあれこれ頑張るというシンプルなお話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...