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いつしかの一言に
しおりを挟むレイドルートが侯爵邸を訪れ、妃になればいい発言の翌日。気もそぞろな様子のローゼリアを、両親である侯爵夫妻も、使用人も心配していた。一番はライモンドとの婚約が解消された事で、これまで毎日のように出向いていた王宮にも行く必要がなくなった。長きに渡って毎日妃教育を受けてきたローゼリア。屋敷全体がどことなく気遣わし気な雰囲気に包まれている。ローゼリアは朝食の席で何度目かわからないため息をついた。
「ローゼリア、大丈夫?」
「えっ?」
「あなた、さっきからため息をついてばかりよ?」
「す、すみません、お母様」
「謝らなくていいわ。昨日の陛下のお話のせいよね?そんなに気に病むくらいなら断っていいのよ?」
「そうだぞ?陛下も返事は待つと言ってくださった。要はローゼリアの考えを尊重してくださるという事だ。無理に陛下のお言葉に従わなくてもよい」
「お父様・・・」
毎日のように通った王宮で、婚約者である王子が気にも止めない中、国王レイドルートだけはいつも優しく声をかけ気にかけてくれていた。そんなレイドルートが自身の息子のやらかしとはいえ、たった一人の令嬢を守ろうと動いてくれる。奇跡に近いことだろうと思う。それが詫びの気持ちからだというのが申し訳ないところでもある。
「食事の時間を暗い雰囲気にしてしまってすみません。自室に戻ってゆっくり考えてみます」
それだけ言うと席を立ち、食堂を後にしたローゼリアの後ろ姿を侯爵夫妻は心配した様子で見つめていた。
「お嬢様、お茶をお飲みになりませんか?」
「えぇ・・・」
幼い頃から仕えてくれているメイドのヘレン。少しでも気が和らげばとお茶をローゼリアに差し出す。置かれたカップの水面が湯気を立ち上らせながらゆらゆらっと揺れる。その光景を感情の見えぬ表情でじっと見つめるローゼリア。数秒いや、数十秒、どのくらいそうしていただろうか。静寂を破るようにパタパタと足音が近付いてくるのが聞こえた。
「お嬢様、エイミーでございます!よろしいでしょうか!」
いつも賑やかなではあるが、いつもにまして賑やかである。ヘレンに言ってエイミーを招き入れた。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「す、すみません。あの、お花が届きまして・・・」
「お花?誰からかしら?」
「その・・・これが」
エイミーがおずおずと差し出したそれを、ヘレンが受け取ってローゼリアに渡す。
「お嬢様?」
なにも言わずただメッセージカードをじっと見つめるローゼリア。
『君の願いを聞き入れよう。私はそれを叶えられる、唯一の男だ』
ローゼリアの記憶に鮮やかな色がついた。いつしかの記憶が蘇る。名を見ずともわかる。ローゼリアが初めて男性を意識した一言であったのだから。
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