くず鉄拾いのアリサ

Cabernet

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コマーシャル・コンプレックス

#55 明け方の長い影

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 トフィーの物語を聞き終えたあと三人は隣り合って眠った。少女はアリサにしがみついて離れなかった。安らかな寝息を立てるトフィーの顔を見つめながらアリサとスヴェトナは曖昧な笑みを交わした。
 そうして夜が再び明けた。襲撃者の生き残りの姿はなかったが新手の来訪は否定できない。フレイド少年の遺骨を新たに埋葬するともうやることはなくなってしまった。長居すべきではなかった。

 墓石代わりの石塔が明け方の陽にさらされて長い影を大地に走らせていた。障害となる山も丘陵もなく大平原の地平線からじっと顔を覗かせる太陽。それが地面に縫いつける影はあまりにも長く尾を引いた。まるで影を黒い線にして世界を二つに割ろうとしているかのようだった。明け方を迎えてなお後ろ暗い過去に縛られ続ける世界。少女は沈黙してその影が少しずつ短くなっていくさまを見守っていた。そのまま放っておくと太陽が子午線に達するまで眺めていそうだったのでアリサは肩を叩いて引き戻した。

   □

 ごめんなさいね。いろいろ迷惑かけちゃって。
 襲撃者達の死体から剥いだ銃や弾薬、装備類その他の荷物をスヴェトナの半装軌車ハーフ・トラックの荷台に積み込んでいるときトフィーがそう呟いた。

 アリサはスヴェトナと顔を見合わせた。従者の少女は渋い顔をして云った。
 ……お前がしおらしく謝ってくるのは何だか気持ち悪いんだが。
 失礼ね。
 こっちは受けた依頼をこなしただけだぞ。
 でも大したものは拾えなかったでしょう?
 アリサは首を振る。――貴重な話を聞かせてもらった。トフィーがくず鉄拾いに偏見を持ってない理由も昨日の話でよく分かった。おまけに返り討ちにした連中のお土産まで持たせてくれた。何も文句はないよ。
 そうは云っても銃が数丁でしょう? ほとんどはメイドさんがぶっ放したアレで死体ごと燃え尽きちゃったか使い物にならなくなったじゃない。

 スヴェトナが少女を睨み返す。
 うるさいな。あの時は必死だったんだ。
 ――スヴェトナは前科があるからね。アリサが笑って付け加える。前は軍用トラック一台と重機関銃一丁、それに積まれてた弾薬を丸ごと吹っ飛ばしたことがある。確保できていればひと月は食事に困らなかった。
 ……おいアリサ。さすがの私でも傷つくぞ。
 冗談だよ。あの時もおかげで助かった。命を拾われた。
 本当か……?
 まだ引きずってるの?
 何がだ。
 うまく立ち回れなかったことだよ。

 スヴェトナは車椅子の肘掛けアーム・サポートの先端を握りしめた。
 ――当たり前だ。お前を守ると豪語していたのにこのザマだ。
 怪我をして弱気になってるだけだよ。
 …………。
 少女は首を振った。
 ……次は失敗しないからな。
 期待しとく。

 それに――。アリサはトフィーに向き直り云った。銃だけじゃないよ。とびっきりの上物も手に入った。
 懐から取り出したのは再生機だった。元軍人の男が持っていた代物だ。
 トフィーは再生機をしげしげと見つめる。
 それ、そんなに好い値がつくの?
 もちろん。喪われた戦前の技術の結晶だよ。トラックに満載したガラクタなんて比較にならないほどの儲けになる。
 それなら、ええ、――何よりよ。

   □

 アリサの手を借りてスヴェトナはトラックの運転席によじ登りエンジンを始動させた。運転できるのか、ペダルはきちんと踏めるのか確認すると彼女は親指を立ててきた。アリサはうなずいた。それから忘れ物がないか二輪車のサドルバッグやトラックの荷台を確認した。

 鹵獲した銃や装具類。
 食料。水。燃料。
 そして装丁がボロボロの本の山。

 アリサはトラックの反対側に回った。そして助手席に登ろうとしているトフィーを同じく助けてやった。ドアを閉める前にトフィーの膝に手を置き彼女を見上げながらアリサは訊ねた。
 ……最後にもう一度確認するけどさ。
 ええ。
 本当に旅に付いてくるの? 決心は変わらない?
 もちろん。
 途中の集落で下ろしてあげることもできるけど。
 冗談。見知らぬ人間の近くで暮らすなんて。アリサと一緒のほうがよほど安心。
 もう何度繰り返したか分からないけど本当に危険な仕事なんだ。
 役には立てるつもりよ。このペンダントだってあるし――。
 伊達に十数年と本を読んできたわけじゃない?
 そうそう。トフィーは微笑んだ。やっと信じてくれたのね。
 まぁ、いろいろと奇蹟としか思えない証拠を見せつけられたから。
 改めて、――よろしくねアリサ。それにスヴェトナ。

 スヴェトナは鼻を鳴らす。――運転中に本を読むなよ。酔って車内で吐かれては困る。
 善処するわ。
 アリサは笑って扉を閉めようとした。トフィーが手首を握ってきた。吹きこんだ風に白銀の髪をなびかせながら少女はアリサの瞳をじっと見返した。
 ……ねぇ。
 ん。
 初めて会えたスカベンジャーがあなたで好かったわ。わたしが夢見た通りのひと。見知らぬ人の助けになろうと必死にあがいてる。まさにヒーローね。
 どうかな。自分が生き残るのに精一杯だよ。他の連中と何も変わらない。
 そうありたいと願ってはいるのでしょう?
 ……答えにくい質問だね。
 それはもう肯定しているのと同じよ。
 トフィーはスヴェトナをかえりみて続ける。
 きっとメイドさんも、そんなアリサだからこそ一緒にいるのでしょう?
 スヴェトナはハンドルを握ったまま視線だけをこちらに向けた。だが頬を赤らめてすぐに戻してしまった。

 ……それに何よりも、ね。
 トフィーは車に運び込んだ善き本の背表紙を手のひらで優しくさすった。
 ――もうあそこの本は読み飽きてしまったもの。アリサに力を貸す代わりにわたしは新しい本を探せる。ギブ・アンド・テイクよ。スカベンジャーさんの好みでしょう。こういう裏表のないイーヴンな取引って。
 アリサは指で後ろ髪を梳いた。そして何も答えずにドアを閉めた。

   □

 フリーウェイを走りながら振り返ると後にしたばかりの商業施設が寂しげにぽつんと建っているのが遠くに見えた。砂塵に幾年とさらされ老朽化を続けながらも当時の面影を留めている残骸。あと数年か数十年もしたら倒壊して荒野の浸食に呑み込まれていそうだった。この星にあとどれだけかつての姿を留めたものが遺されているのか誰にも分からない。
 太陽は天頂に向かってじわじわと昇り続けていた。影は居場所を喪いつつあった。だが完全に消えてしまうことはない。いずれは黄昏がまた訪れる。そうなれば影も再び世界を引き裂かんばかりに長く引き伸ばされるだろう。繰り返される。終わりはない。
 それでも。それだからこそ。

 アリサは半装軌車ハーフ・トラックの助手席に腰かけている本好きの少女に視線を移した。スヴェトナが注意したにもかかわらず読書に励んでいたようで早くも気分を悪くして吐きそうな顔になっていた。従者の少女は呆れた笑みを浮かべてこちらに手で合図を送ってきた。
 くず鉄拾いの少女は軽くうなずいた。自然と彼女も笑顔になっていた。
 早くも休憩をとることになりそうだった。


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 コマーシャル・コンプレックスの章はこれにてお終いです。
 ここまでのご読了に感謝いたします。本当にありがとうございました。
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