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コマーシャル・コンプレックス
#42 ウルトラ・マーケット
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フリーウェイを降りる前からその施設の巨大さは瞭然だった。オーデルの大平原に横たわって骸をさらしているその姿。飢えと疲労でついに斃れた獣の死骸を思わせた。アリサは二輪車のエンジンをかけたまま停車しゴーグルを引き上げた。それから後ろをついてきた半装軌車に合図を送る。運転していた少女がうなずいて車の窓を開ける。
……どう思う、スヴェトナ。アリサは運転席のドアに肩を預けて訊ねた。拾えるものがあるなら寄っていきたいんだけど。
スヴェトナが窓枠からひょこんと頭を出した。そして目を細めて遠景を眺めた。
好いとは思うが。危険じゃないのか。
アリサはうなずく。――リスクはある。というか不気味。動きがまったくない。大抵ああいうでかい建物は手製の銃と鉄パイプで武装した御一行様が先着ご逗留済みってのが相場なんだ。
……となると旨味はない。期待薄ってところか。
たぶん。
まぁ、……寄るだけ寄ってみるか。
ところで何の建物なんだろう。やたら駐車場が広いけど。
スヴェトナはただでさえ悪い目つきをさらに鋭くした。
たぶん、――あれだ、複合商業施設だ。ツェベック様がむかし話してた。
ふくご、え?
ウルトラ・マーケットだ。大小さまざまな店を一棟のバカでかいビルに押し込んでる。
アリサは煙草に火をつけて吸いながらもう片方の手で小麦色の髪を梳いた。
ああ。――その方が効率的だったんだな。
その通り。車を停めた場所さえ覚えておけばあとは家族や恋人と一日中ショッピングやら映画鑑賞やらを楽しめる。
ははん。
アリサは煙草の灰を落として納得したようにうなずく。
砂塵の混じる乾いた風が吹いていた。フリーウェイの側壁にハゲワシが一羽留まって二人を見ていた。空はその日も黄土色に濁っていた。太陽は遠かった。すでに世界から季節の変化という概念が喪われてしまってから久しかった。ただ日照時間と気温の変化だけが月日を感じさせた。風景はそのままのものとして完全に静止している。
□
近くの茂みに車を隠して二人は敷地内に足を踏み入れた。駐車場にも人気はなくタイヤのパンクした車が何台も屍と化していた。もはやお決まりだったが幾つかのシートには干からびた人間の遺体がもたれかかっていた。弔いどころか埋葬すらされないまま。砂塵で身体を洗い続けるただの抜け殻。アリサはいつもの癖で死体の顔に再生機をかざして生前の面影を探ろうとしたがスヴェトナに手首をつかまれた。
……無駄遣いは止めておけ。
少しくらい好いだろ。
どうしてお前はそう自分から傷つこうとするんだ。自傷癖でもあるのか。
そんなつもりは――。
とにかく急ごう。ここは見通しがよすぎる。
一時間かけて用心して施設の外周を回った。正面入口はもちろん搬入口や従業員用のドア、非常口、屋上に至るまですべての侵入経路が封鎖されていた。疲労を覚えた二人は屋上の手すりに寄りかかって相談した。念入りだね、と呟くアリサにスヴェトナは云う。
――となると、残された出入口は一か所しかないな。
廃材を利用して作られたバリケードの隙間を潜り地下駐車場に入った。灯りはなく薄暗い。空気は十年単位でよどんでいて空間そのものにカビが生えているのではと思わせるほど喉にからみついた。おまけに冷え冷えとしていて寒かった。二人は各々の銃を構えながらも自然と身を寄せ合っていた。
アリサは懐中電灯で辺りを照らした。地下駐車場は車両の代わりに防水シートその他の素材で作られたテントや寝床で埋め尽くされていた。畳まれずに散乱し踏みつけられた衣服。チャックが半分開いた寝袋。木製のスプーンが突っ込まれたまま転がされている空き缶。それぞれのテントには埃が積もっていたが数日前まで多数がそこで暮らしていたかのように雑然とした生活感があった。少し力を込めて引っ張れば簡単に引きちぎってしまえそうなカーテンが必要最低限のプライバシーを提供していた。
一帯を見渡した二人は顔を見合わせた。スヴェトナが首を振って藤色の髪を揺らす。足を踏みかえ手を払って給仕服についた埃を払う。従者の少女は口を開く。
……避難所だったのか。落ち着いた口調だった。――しかもこの面積にこの密度。千人どころじゃない。大勢の人がいたんだな。
コンクリートは嫌いだ、とアリサ。たとえ寒風が吹いてたってここで寝るくらいなら外で、――焚火のそばで眠るほうがいい。
なにか嫌な思い出でもあるのか?
別に……。
とはいえもう日も暮れるぞ。今から上の階を探し回るのは危険だ。かといって外は――。
さっきも云った。見晴らしが好すぎるんだろ?
そうだ。
スヴェトナは手近なテントの中を調べようと覗きこんだ。すぐに顔を引っ込めた。手で口元を覆いながら云う。
――だめだ、先客がいる。
好く眠ってた?
ああ。
他を探そう。
なるべく清潔で居心地の好さそうな寝床を物色しているあいだスヴェトナは語った。
……私はずっと狭苦しい場所で生まれ育ったもんだからオーデルの平原は落ち着かない。どこに視線をやればいいのか時どき困り果てることがある。
まぁ。そのうち慣れるよ。
特に夜は怖い、――というより圧倒されるんだ。あんな綺麗な星空を眺めたのは初めてだったから。吸いこまれそうになる、なんて感想は陳腐かもしれないがほんとにそうなんだ。夜空がなにかきらめきを放つ妖しげな水面のように見える。今にも両手ですくい上げてごくごくと飲み干せてしまえそうなんだ。
スヴェトナの感性には時どきこっちが感心させられるよ。
それ褒めてるのか。
もちろん。
とにかく、――私は今夜はできればここで寝たい。久々に文明の香りがする場所だ。
たとえその香りがほんのわずかでも?
ああ。少女はうなずく。その通りだ。
□
火は起こせなかったので手持ちの軍用レーションを開けてしまうことにした。付属の化学ヒーターでシチューを温めて二人で分け合って食べた。粉ジュースは全身の力が抜けてしまいそうなふぬけた味がした。塩味のきいたプレッツェルは香ばしくて多少はマシだった。とどめのアップルケーキは食感が砲弾のごとくずっしりとしていた。食後も胃が阻止砲撃のごとくフル稼働して食べたものを消化しようとしていたのでチョコバーは翌日にとっておくことにした。
二人が選んだテントは元は戦前にある親子が使っていたものらしかった。アリサが我慢できずに再生機で映像を確認したのだ。娘である銀髪の少女は寝袋にくるまりながら父親に絵本を読んでもらっていた。母親はボランティアとして怪我人の治療のため救護所に出ていた。少女はひと言も口を挟まずに絵本のストーリィが紡ぎ出す空想にひと時の安らぎを得ている様子だった。少女が寝入ってしばらくして母親が戻ってきた。父親が肩に手を置いて労う。その手は骨ばっていた。両親は二人とも痩せこけていた。再生機の出力を絞っていたので音までは再現されていなかったが、そこには咳払いやぼそぼそとした話し声、あるいは怒号、あるいはすすり泣きがひっきりなしにテントの生地の向こうから断りもなしに土足で上がり込んできていたはずだった。両親はすやすやと眠る少女を寄り添いあって見つめていた。
――もういいだろ。寝よう。
アリサはスヴェトナの言葉で我に返った。二人は共有している毛布の中で身を寄せ合う。充分すぎる食事のおかげで少なくとも身体の奥は温かい。布を何枚も重ねて敷いたためコンクリートの固さや冷たさは感じなかった。アリサは仰向けで。スヴェトナは身体を横に向けてスカベンジャーの少女の顔を見つめていた。アリサは身じろぎしてそっと訊ねた。
……どうしたの?
どうしたって訊きたいのは私のほうだ、とスヴェトナ。――アリサは戦前の世界を知って一体どうしたいんだ?
どうもこうも……。
それもお前が視ているのは戦前の平和な暮らしの風景じゃない。そんな牧歌的なものじゃ断じてない。いつも人の死に際、苦難、戦禍に逃げまどってる連中の姿ばかり映しているな。
まぁ、ね。
私にはどうもそれが理解できないんだ。昔の暮らしを羨ましがるというのならまだ話は分かるんだ。そういういわば、なんていうか――。
――健全?
ああ。ふつうはそうした映像を視たがるもんなんじゃないのか。
スヴェトナの云いたいことは分かるつもりだよ。
じゃあどうして。
アリサは身体の向きを変えてスヴェトナに背中を見せた。
……そんな大げさな話じゃないんだ。私はスカベンジャーだから。ゴミを拾い集めるのも想い出を収集するのも仕事の一つだと思ってる。たとえばあの破滅の時代にここで避難していた人達がどんな気持ちで毎日を過ごしていたのかとか、……――でも実際はそんな崇高な理由じゃないのかもしれない。とりつかれてると云ってもいいのかもしれない。職業病みたいな。もしくは単純に父さんの癖や習慣がうつっているのかも。
要するにお前自身にも理由が分かってないんだな。
……そういうことになるね。
しばらく無言で過ごしているとスヴェトナがアリサの背中に人差し指を突き立てた。そして何か彼女にしか見えていない字をなぞってみせた。アリサは身動きせずその営為に身を任せていた。それから云った。
……なんて書いたの、いま。
何も。なにもない。
そう。
もう寝よう。
うん。
アリサは目を閉じた。身を寄せているスヴェトナの息が首筋にかかるのを感じた。地下駐車場のテントの中では二人が立てる物音以外はすべて静寂の泥の底に沈んでいる。外とは異なり風の音、大気が轟かせる星の音色も聴こえない。動くものも二人だけ。命の温かみも二人分。そこにかつて暮らしていたでろう数千人の人びと。雑踏。ざわめき。怒号。すすり泣き。すべては遠いところに往ってしまっていた。
-------------------------
ひっそりと再開いたしました。
……どう思う、スヴェトナ。アリサは運転席のドアに肩を預けて訊ねた。拾えるものがあるなら寄っていきたいんだけど。
スヴェトナが窓枠からひょこんと頭を出した。そして目を細めて遠景を眺めた。
好いとは思うが。危険じゃないのか。
アリサはうなずく。――リスクはある。というか不気味。動きがまったくない。大抵ああいうでかい建物は手製の銃と鉄パイプで武装した御一行様が先着ご逗留済みってのが相場なんだ。
……となると旨味はない。期待薄ってところか。
たぶん。
まぁ、……寄るだけ寄ってみるか。
ところで何の建物なんだろう。やたら駐車場が広いけど。
スヴェトナはただでさえ悪い目つきをさらに鋭くした。
たぶん、――あれだ、複合商業施設だ。ツェベック様がむかし話してた。
ふくご、え?
ウルトラ・マーケットだ。大小さまざまな店を一棟のバカでかいビルに押し込んでる。
アリサは煙草に火をつけて吸いながらもう片方の手で小麦色の髪を梳いた。
ああ。――その方が効率的だったんだな。
その通り。車を停めた場所さえ覚えておけばあとは家族や恋人と一日中ショッピングやら映画鑑賞やらを楽しめる。
ははん。
アリサは煙草の灰を落として納得したようにうなずく。
砂塵の混じる乾いた風が吹いていた。フリーウェイの側壁にハゲワシが一羽留まって二人を見ていた。空はその日も黄土色に濁っていた。太陽は遠かった。すでに世界から季節の変化という概念が喪われてしまってから久しかった。ただ日照時間と気温の変化だけが月日を感じさせた。風景はそのままのものとして完全に静止している。
□
近くの茂みに車を隠して二人は敷地内に足を踏み入れた。駐車場にも人気はなくタイヤのパンクした車が何台も屍と化していた。もはやお決まりだったが幾つかのシートには干からびた人間の遺体がもたれかかっていた。弔いどころか埋葬すらされないまま。砂塵で身体を洗い続けるただの抜け殻。アリサはいつもの癖で死体の顔に再生機をかざして生前の面影を探ろうとしたがスヴェトナに手首をつかまれた。
……無駄遣いは止めておけ。
少しくらい好いだろ。
どうしてお前はそう自分から傷つこうとするんだ。自傷癖でもあるのか。
そんなつもりは――。
とにかく急ごう。ここは見通しがよすぎる。
一時間かけて用心して施設の外周を回った。正面入口はもちろん搬入口や従業員用のドア、非常口、屋上に至るまですべての侵入経路が封鎖されていた。疲労を覚えた二人は屋上の手すりに寄りかかって相談した。念入りだね、と呟くアリサにスヴェトナは云う。
――となると、残された出入口は一か所しかないな。
廃材を利用して作られたバリケードの隙間を潜り地下駐車場に入った。灯りはなく薄暗い。空気は十年単位でよどんでいて空間そのものにカビが生えているのではと思わせるほど喉にからみついた。おまけに冷え冷えとしていて寒かった。二人は各々の銃を構えながらも自然と身を寄せ合っていた。
アリサは懐中電灯で辺りを照らした。地下駐車場は車両の代わりに防水シートその他の素材で作られたテントや寝床で埋め尽くされていた。畳まれずに散乱し踏みつけられた衣服。チャックが半分開いた寝袋。木製のスプーンが突っ込まれたまま転がされている空き缶。それぞれのテントには埃が積もっていたが数日前まで多数がそこで暮らしていたかのように雑然とした生活感があった。少し力を込めて引っ張れば簡単に引きちぎってしまえそうなカーテンが必要最低限のプライバシーを提供していた。
一帯を見渡した二人は顔を見合わせた。スヴェトナが首を振って藤色の髪を揺らす。足を踏みかえ手を払って給仕服についた埃を払う。従者の少女は口を開く。
……避難所だったのか。落ち着いた口調だった。――しかもこの面積にこの密度。千人どころじゃない。大勢の人がいたんだな。
コンクリートは嫌いだ、とアリサ。たとえ寒風が吹いてたってここで寝るくらいなら外で、――焚火のそばで眠るほうがいい。
なにか嫌な思い出でもあるのか?
別に……。
とはいえもう日も暮れるぞ。今から上の階を探し回るのは危険だ。かといって外は――。
さっきも云った。見晴らしが好すぎるんだろ?
そうだ。
スヴェトナは手近なテントの中を調べようと覗きこんだ。すぐに顔を引っ込めた。手で口元を覆いながら云う。
――だめだ、先客がいる。
好く眠ってた?
ああ。
他を探そう。
なるべく清潔で居心地の好さそうな寝床を物色しているあいだスヴェトナは語った。
……私はずっと狭苦しい場所で生まれ育ったもんだからオーデルの平原は落ち着かない。どこに視線をやればいいのか時どき困り果てることがある。
まぁ。そのうち慣れるよ。
特に夜は怖い、――というより圧倒されるんだ。あんな綺麗な星空を眺めたのは初めてだったから。吸いこまれそうになる、なんて感想は陳腐かもしれないがほんとにそうなんだ。夜空がなにかきらめきを放つ妖しげな水面のように見える。今にも両手ですくい上げてごくごくと飲み干せてしまえそうなんだ。
スヴェトナの感性には時どきこっちが感心させられるよ。
それ褒めてるのか。
もちろん。
とにかく、――私は今夜はできればここで寝たい。久々に文明の香りがする場所だ。
たとえその香りがほんのわずかでも?
ああ。少女はうなずく。その通りだ。
□
火は起こせなかったので手持ちの軍用レーションを開けてしまうことにした。付属の化学ヒーターでシチューを温めて二人で分け合って食べた。粉ジュースは全身の力が抜けてしまいそうなふぬけた味がした。塩味のきいたプレッツェルは香ばしくて多少はマシだった。とどめのアップルケーキは食感が砲弾のごとくずっしりとしていた。食後も胃が阻止砲撃のごとくフル稼働して食べたものを消化しようとしていたのでチョコバーは翌日にとっておくことにした。
二人が選んだテントは元は戦前にある親子が使っていたものらしかった。アリサが我慢できずに再生機で映像を確認したのだ。娘である銀髪の少女は寝袋にくるまりながら父親に絵本を読んでもらっていた。母親はボランティアとして怪我人の治療のため救護所に出ていた。少女はひと言も口を挟まずに絵本のストーリィが紡ぎ出す空想にひと時の安らぎを得ている様子だった。少女が寝入ってしばらくして母親が戻ってきた。父親が肩に手を置いて労う。その手は骨ばっていた。両親は二人とも痩せこけていた。再生機の出力を絞っていたので音までは再現されていなかったが、そこには咳払いやぼそぼそとした話し声、あるいは怒号、あるいはすすり泣きがひっきりなしにテントの生地の向こうから断りもなしに土足で上がり込んできていたはずだった。両親はすやすやと眠る少女を寄り添いあって見つめていた。
――もういいだろ。寝よう。
アリサはスヴェトナの言葉で我に返った。二人は共有している毛布の中で身を寄せ合う。充分すぎる食事のおかげで少なくとも身体の奥は温かい。布を何枚も重ねて敷いたためコンクリートの固さや冷たさは感じなかった。アリサは仰向けで。スヴェトナは身体を横に向けてスカベンジャーの少女の顔を見つめていた。アリサは身じろぎしてそっと訊ねた。
……どうしたの?
どうしたって訊きたいのは私のほうだ、とスヴェトナ。――アリサは戦前の世界を知って一体どうしたいんだ?
どうもこうも……。
それもお前が視ているのは戦前の平和な暮らしの風景じゃない。そんな牧歌的なものじゃ断じてない。いつも人の死に際、苦難、戦禍に逃げまどってる連中の姿ばかり映しているな。
まぁ、ね。
私にはどうもそれが理解できないんだ。昔の暮らしを羨ましがるというのならまだ話は分かるんだ。そういういわば、なんていうか――。
――健全?
ああ。ふつうはそうした映像を視たがるもんなんじゃないのか。
スヴェトナの云いたいことは分かるつもりだよ。
じゃあどうして。
アリサは身体の向きを変えてスヴェトナに背中を見せた。
……そんな大げさな話じゃないんだ。私はスカベンジャーだから。ゴミを拾い集めるのも想い出を収集するのも仕事の一つだと思ってる。たとえばあの破滅の時代にここで避難していた人達がどんな気持ちで毎日を過ごしていたのかとか、……――でも実際はそんな崇高な理由じゃないのかもしれない。とりつかれてると云ってもいいのかもしれない。職業病みたいな。もしくは単純に父さんの癖や習慣がうつっているのかも。
要するにお前自身にも理由が分かってないんだな。
……そういうことになるね。
しばらく無言で過ごしているとスヴェトナがアリサの背中に人差し指を突き立てた。そして何か彼女にしか見えていない字をなぞってみせた。アリサは身動きせずその営為に身を任せていた。それから云った。
……なんて書いたの、いま。
何も。なにもない。
そう。
もう寝よう。
うん。
アリサは目を閉じた。身を寄せているスヴェトナの息が首筋にかかるのを感じた。地下駐車場のテントの中では二人が立てる物音以外はすべて静寂の泥の底に沈んでいる。外とは異なり風の音、大気が轟かせる星の音色も聴こえない。動くものも二人だけ。命の温かみも二人分。そこにかつて暮らしていたでろう数千人の人びと。雑踏。ざわめき。怒号。すすり泣き。すべては遠いところに往ってしまっていた。
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ひっそりと再開いたしました。
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