くず鉄拾いのアリサ

Cabernet

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禿鷲の組合

#23 枷 (4)

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 それから二人の試行錯誤が始まった。
 外を回遊しているデカブツの背中めがけてレイノルズは二階の窓から散弾槍をぶっ放した。信じられないことに硬い鱗で覆われた外殻は小銃弾を易々と弾き返した。親玉はのほほんとした低い呻きを上げて破壊したばかりの地下鉄の入口を強引に掘り進んで姿を消した。
 二人は顔を見合わせた。レノが肩をすくめるとオズは首を振った。
 ……おい、炸裂弾しか持ってないのか。徹甲弾は?
 ンなのあるわけないだろ。
 あの硬い表皮に貫通力の低い炸裂弾は相性が悪すぎる。
 分かってる。だがまさかあんな化け物が出てくるなんて思わなかったんだよ。
 俺達が普段撃つのは人間ばかりだからな。
 仰るとおり。

 あんたは何か持ってないのか、とレノは訊ねたがオズはないと即答した。彼の散弾槍は榴弾か散弾しか使えない。ああした硬い標的には補助バレルで火炎弾を撃ち込んで片づけるのが通常だがあの大きさだとまず火力が足りないと彼は云った。
 せめて口から榴弾を直接ぶち込めると好いんだがな。
 内側から叩くのか。
 ああ。
 云っとくけど俺はあいつの正面に立つ気はないぞ。
 俺もだ。
 クジで囮役を決めるか?
 馬鹿云え。お前のようなガキが正確に撃ち込めるとは思えん。
 ンだとコラ。
 いちいち興奮するな。何か手を考えよう。

 デカブツが姿を消したのと入れ替わりに人型の連中が現れて図書館の壁を鋭い爪で掘ろうとしてきた。二人が応戦して火炎榴弾を撃ちこんでやると悲鳴を上げながら散り散りになった。
 懲りない連中だ、とオズが云った。

   ◇

 親玉が再び出てきたタイミングであらゆる弾丸を試したがすべて無駄に終わった。唯一効果があったように見えたのは通常の榴弾だった。外殻そのものはほんの僅かに削り取った程度だったが炸裂時の爆音で怯んだのだ。――しかし結果としては怒らせただけに終わった。図書館の外壁に体当たりをぶちかましてきたのだ。窓から身を乗り出して様子を見ていたレノルズは震動で外に放り出されるところだった。

 音に弱いのか、とオズはあごを指の腹でさすった。聴覚が研ぎ澄まされたその反動だな。
 二人は議論したが既存の弾薬で榴弾以上に大きな音を立てるものはなかった。炸薬量を増やしたらどうだとレノが提案した。その程度じゃ駄目だという返事が投げ返されてきた。
 ――じゃあどうしようもないじゃないか。
 そうだな。
 そうだな、じゃねェよおっさん。
 お前を簀巻すまきにして奴の口に放りこむのはどうだ。胃袋の中で自爆してやればさすがに効くだろう。
 ふざけんな。

 喧々諤々と言葉の応酬に励む二人に後ろから老人が声をかけてきた。焼けたぞ、冷たくならないうちに食べなさい、と云って釣れた魚の丸焼きを振舞ってくれた。串に刺して焼いただけの代物だったが脂が乗っていて美味そうだった。二人は受け取って塩を振って食べた。老人にも塩を渡してやると彼はその味に酔いしれたかのように目じりに涙を滲ませた。
 ……美味い。塩の焼き魚は久しぶりだ。
 好かったな爺さん。
 というか塩なしでよく生きてこれたものだな。

   ◇

 休憩のあいだレノは魚を食べる老人のスケッチをした。爺さん、そのままゆっくり食べていてくれよ、と声をかけると老人は親指を立ててみせた。オズが後ろから覗きこんで何度かうなずいた。
 ――なかなか達者じゃないか。
 どうも。
 意外な才能があったもんだ。
 あまり美味そうに食ってるもんだからな。本棚に囲まれて焼き魚なんてシチュエーションの突飛さも好い題材だ。
 酒場にいた時も手帳に何か書いていたな。あれもスケッチか?
 ああ。俺は人物画ばかり描いてる。酒場ならいろんな奴が顔を見せるしな。
 ――なんで絵を描くように?

 レノは老人のスケッチを続けながら低い声で話した。
 …………弟は本が好きだったんだ。俺とは違ってな。毎日欠かさず日記をつけていた。それと小説の類も書いてた。それでせめて弟とは違う趣味を持とうと考えて絵を描き始めたんだよ。
 読書嫌いときたか。しかし今の時代じゃそもそも字を読めない奴の方が多い。読み書きもままならん奴がまとまった文章に触れるなんて暗号文を解読するようなものだろう。
 別に嫌いなんじゃない。――苦手なんだ。
 険しい目をしながら答える若者に年輩は似たようなものじゃないか、と訊ねる。

 レノは微かに首を振って答える。……いや違うね。俺だって弟に倣って何度も読もうとはしたよ。でも想像が働かないんだな。俺は両親に厳しくしつけられて育った。反対に弟は病弱でずいぶん甘やかされてた。――弟の分まで頑張ろうと思って毎日働いているうちに空想の物事に興味を持てなくなったんだ。それがいつしか想像力を膨らませて何かを考えるということそれ自体が不得手になった。だから俺はスケッチはできても頭の中のイメージを描き出すってことがどうしてもできない。――これはいわば日記帳代わりだな。

 オスヴァルドは指に挟んだ煙草の先端をじっと見つめながら話を聞いていた。兄のスカベンジャーが沈黙しているとそれで弟さんは今なにしてるんだと訊ねてきた。
 ――死んだよ。
 病気か。
 ちがう。――撃たれたんだ。
 強盗?
 こことは別の都市に巣くってた無法者だよ。両親が死んでから俺達兄弟はある人の世話になってスカベンジャーになった。――だが弟の奴はそもそも鉄火場向きの性格じゃなかった。それで奇襲されて腹を撃ち抜かれ血と臓物を撒き散らしながら息絶えた。死んだ場所は教会だったが組合に仮登録を済ませていたからもう埋葬は許されなかった。今ごろは骨だけになってるだろうな。
 気の毒なこった。
 ――少なくとも楽な死に方じゃなかったな。
 それでますます本を読まなくなったのか。
 ああ。

 スケッチを終えて出来映えを確かめると兄は頷いた。それを見計らったかのように今まで黙っていた老人が口を開いた。
 ……目が見えないわしでさえ本を好きになれるのだ。お前さんが好きになれないはずがない。
 兄は手帳を閉じて顔を上げた。盲いた眼を真っ直ぐにこちらへ向けながら老人は同じ言葉を繰り返した。お前さんが好きになれないはずがない。そうかなとレノが答えると彼は重々しく頷いた。年老いた男が述べるには“昔のことは思い出したくない”と云うやからもたくさんいるが結局我々は過去からは逃れられないのでありそうした過去の時代の息吹を時に柔らかに時に手厳しく伝えてくれるのが本の役割なのだということだった。
 お前さんがお前さん自身と和解するには本の力を借りるしかないよ、と老人は云う。神様の息吹は常に人から人へと伝わるものとはよく云ったものだが人の息吹はたとえその人が死んでしまってからも本を通して芽吹くものなのだ。お前さんはまず字を読むことに慣れなさい。そして心の準備ができたら弟さんの日記を読み返してやりなさい。――今も大切に取ってあるのだろう?

 レイノルズは老人の白く濁った瞳をじっと見返していた。それから背嚢に手帳をしまい代わりに一冊の古びたノートを取り出した。老人は再び頷いてみせた。
 兄のスカベンジャーはノートをぱらぱらとめくった。そして何事かを呟こうとしたが声にならずにうつむいた。
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