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禿鷲の組合
#19 組合酒場にて
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その若いスカベンジャーは組合の酒場にいた。隅っこの席に陣取り噛み煙草の塊をポケットから取り出して少しかじり取った。くちゃくちゃと口を動かしながら手帳に何事かを書きつけていた。それから足元に用意された痰壺にヤニを吐き出して店の中を眺め渡した。
くず鉄拾いの組合が運営する酒場は昼間から人でごった返している。誰もが例外なくブランカ酒を飲んでいたがそれは酔っ払うためというよりも店に充満する血の臭いを酒でごまかすためだった。
人の密集具合に反して店内は異様なほどに静かだった。ぼそぼそとした話し声。賭け事をしている連中が手札を切る音。乾杯のためにグラスをテーブルにコッと軽く打ちつける音。――最も目立って響き渡る音声といえば片足が義足の老いたピアノ弾きが奏でる戦前の音楽だった。曲が終わる度に床へ直に腰かけたスカベンジャーが酒焼けの酷い声で大げさに賛辞を贈った。彼が床に座っているのは賭博と酒で身を持ち崩したために席につくことを店の主人から禁止されているからだ。
他にも店にはたくさんのスカベンジャーがいた。彼のような若者のくず鉄拾いもいれば初老の者もいた。
ほとんどの者は紅い外套を羽織っていた。それはスカベンジャーの印であると同時にその他の人びとにとっての不吉の象徴だった。血潮の色を揃って身にまとう彼らが情報交換や賭博に興じている様子は異国の民族の会合のようだった。
スカベンジャーの得物である散弾槍は見当たらない。その理由は店の隣に併設されている案内所を兼ねた組合地区本部の建物に預けてあるからだった。しかし他の携行火器については制限されていないので大抵のテーブルの上には拳銃がまるでコップか何かのように当たり前のごとく鎮座している。
若者のくず鉄拾いは目深に被ったフードの奥から店内に視線を投げかけていた。給仕の若い女が目の前に置いたブランカ酒には目もくれず。彼女は片方の目に眼帯をしていた。しかし片目を喪っていてもその身のこなしは慣れたものだった。床にだらりと伸ばされた幾本もの脚をするするとよけて歩いていく。
やがて一人のスカベンジャーが酒場に現れた。彼が入ると同時に風が吹きこんで床に敷き詰められたおが屑を奥へと吹き寄せた。壮年の大男。彼の外套は真紅に沈んでいて他のスカベンジャー達のそれよりもなお色濃い。血染めと云われたら信じる者もいることだろう。何人かのスカベンジャーは男の姿を認めると席を立って入れ違いに出て行った。
若者はその男の様子をじっと観察していた。壮年のくず鉄拾いは酒場の主人である女に無言でチタン製のスキットルを突きつけた。女はうなずいて受け取った。
――久しぶりじゃないの。女のマスターは声をかけた。今回はどこまで?
東。オーデル。
彼は手短に応えた。
何かめぼしいものは拾えた?
道端のシケたモーテルで戦前の札束を大量に見つけた。何の役にも立たんが。
それだけ?
シシケラ産の薬がおまけで付いてきた。ダッフルバッグの中に大量に。
それは禁制品だろう?
ああ。だからここでは売れない。どっかの市に流すさ。
そういうのはあまり大っぴらに云わないほうが好いと思うがね。
気をつけるよ。
彼は無言で振り返って酒場に視線を巡らせた。聞き耳を立てていたスカベンジャー達が慌てて目をそらす。だが一人のスカベンジャーが挑戦的に声を上げた。
――おいあんた。
なんだ?
ひと月ほど前、サイレクって名前の奴と仕事をしただろ?
覚えてないな。
お前が覚えてなくても俺はばっちり記憶してんだよ。
彼は席から立ち上がって大男に歩み寄り腕を組んだ。
……あいつは好い奴だった。あんたと仕事をすることになったと知って緊張してた。だが奴は逃げなかった。それで街にあんたが戻ってきたとき隣にあいつはいなかった。
ああ思い出した。男はあごに指を当てた。あのチビか。要領が好くて筋も悪くなかった。死ぬには惜しい奴だったな。
あんたがどさくさに紛れて殺したんだろ? あるいは見捨てたんだ。
云いがかりだな。奴が死亡した映像は組合に提出済みだ。何ならお前も隣へ行って確認してきたらどうだ?
この死神野郎……。サイレクの相棒は組んでいた腕を解いた。お前と仕事した奴は全員が不幸になってる。その麻薬とやらも同胞の誰かから奪ったに違いないんだ。
根も葉もない噂話を信じるのか。要するに俺にケチをつけたいってだけの話だろう。
二人は顔を突き合わせて睨み合っていた。やがて突っかかった方の男が外套の下から拳銃を抜こうとした。だが大男は即座に左腕を伸ばして拳銃を握っている右手をつかむと反対の手で腰からマチェットを引き抜き刃を男の首筋に当てていた。
誰もが息を呑んでその光景を見つめた。抜かれたマチェットが鞘とこすれて立てる金属音。それが鳴り終わるよりも先に刃は相手の首の血管を喰い破ろうとしていたのだ。サイレクの相棒は目を見開いて唇を引きつらせた。そして両方の手のひらを開いて反抗の意思がないことを明らかにした。拳銃がゴトリと床に落っこちた。
……銃を抜くときは――。死神と呼ばれたスカベンジャーはマチェットを鞘に収めながら云う。せいぜい相手を選ぶことだな。
サイレクの相棒が逃げ去って酒場が落ち着きを取り戻してからも若者のスカベンジャーは大男に眼差しを注いだままだった。二人の視線が交錯した。若者は席を立ってフードを外すと男の傍に寄って話しかけた。
――あんたの噂は俺も聞いてる。
悪い噂か。それとも善い噂か。
両方。
それは好かった。――で、何の用だ。
協力してほしい。報酬は折半で。
今の話を聞いてなお俺に手を貸せと?
下らない噂をいちいち気にしてもしょうがない。俺に必要なのはあんたの腕だ。
……七割くれるなら話くらいは聞いてやる。
冗談だろ。せめて折半だろうが。
なら六割。首を振るなら俺はもう知らん。
――分かったよ。それで好い。
若者はマスターに了解をとって別室で話を進めることにした。彼女はブランカ酒で満たされたスキットルを大男のスカベンジャーに返した。彼は料金を払った。部屋に入りながら若者は訊ねた。
あんたが酒を飲んでるところは見たことないな。
酒は飲まん。これは消毒と洗浄に使う。
もったいねェ。
どう使おうが俺の勝手だろう。席につくと大男は手短に述べた。――それで何だ。
若者は入ってきた扉を振り返った。そして云った。
――ああ。依頼だ。ちょっとした拾い物だよ。
くず鉄拾いの組合が運営する酒場は昼間から人でごった返している。誰もが例外なくブランカ酒を飲んでいたがそれは酔っ払うためというよりも店に充満する血の臭いを酒でごまかすためだった。
人の密集具合に反して店内は異様なほどに静かだった。ぼそぼそとした話し声。賭け事をしている連中が手札を切る音。乾杯のためにグラスをテーブルにコッと軽く打ちつける音。――最も目立って響き渡る音声といえば片足が義足の老いたピアノ弾きが奏でる戦前の音楽だった。曲が終わる度に床へ直に腰かけたスカベンジャーが酒焼けの酷い声で大げさに賛辞を贈った。彼が床に座っているのは賭博と酒で身を持ち崩したために席につくことを店の主人から禁止されているからだ。
他にも店にはたくさんのスカベンジャーがいた。彼のような若者のくず鉄拾いもいれば初老の者もいた。
ほとんどの者は紅い外套を羽織っていた。それはスカベンジャーの印であると同時にその他の人びとにとっての不吉の象徴だった。血潮の色を揃って身にまとう彼らが情報交換や賭博に興じている様子は異国の民族の会合のようだった。
スカベンジャーの得物である散弾槍は見当たらない。その理由は店の隣に併設されている案内所を兼ねた組合地区本部の建物に預けてあるからだった。しかし他の携行火器については制限されていないので大抵のテーブルの上には拳銃がまるでコップか何かのように当たり前のごとく鎮座している。
若者のくず鉄拾いは目深に被ったフードの奥から店内に視線を投げかけていた。給仕の若い女が目の前に置いたブランカ酒には目もくれず。彼女は片方の目に眼帯をしていた。しかし片目を喪っていてもその身のこなしは慣れたものだった。床にだらりと伸ばされた幾本もの脚をするするとよけて歩いていく。
やがて一人のスカベンジャーが酒場に現れた。彼が入ると同時に風が吹きこんで床に敷き詰められたおが屑を奥へと吹き寄せた。壮年の大男。彼の外套は真紅に沈んでいて他のスカベンジャー達のそれよりもなお色濃い。血染めと云われたら信じる者もいることだろう。何人かのスカベンジャーは男の姿を認めると席を立って入れ違いに出て行った。
若者はその男の様子をじっと観察していた。壮年のくず鉄拾いは酒場の主人である女に無言でチタン製のスキットルを突きつけた。女はうなずいて受け取った。
――久しぶりじゃないの。女のマスターは声をかけた。今回はどこまで?
東。オーデル。
彼は手短に応えた。
何かめぼしいものは拾えた?
道端のシケたモーテルで戦前の札束を大量に見つけた。何の役にも立たんが。
それだけ?
シシケラ産の薬がおまけで付いてきた。ダッフルバッグの中に大量に。
それは禁制品だろう?
ああ。だからここでは売れない。どっかの市に流すさ。
そういうのはあまり大っぴらに云わないほうが好いと思うがね。
気をつけるよ。
彼は無言で振り返って酒場に視線を巡らせた。聞き耳を立てていたスカベンジャー達が慌てて目をそらす。だが一人のスカベンジャーが挑戦的に声を上げた。
――おいあんた。
なんだ?
ひと月ほど前、サイレクって名前の奴と仕事をしただろ?
覚えてないな。
お前が覚えてなくても俺はばっちり記憶してんだよ。
彼は席から立ち上がって大男に歩み寄り腕を組んだ。
……あいつは好い奴だった。あんたと仕事をすることになったと知って緊張してた。だが奴は逃げなかった。それで街にあんたが戻ってきたとき隣にあいつはいなかった。
ああ思い出した。男はあごに指を当てた。あのチビか。要領が好くて筋も悪くなかった。死ぬには惜しい奴だったな。
あんたがどさくさに紛れて殺したんだろ? あるいは見捨てたんだ。
云いがかりだな。奴が死亡した映像は組合に提出済みだ。何ならお前も隣へ行って確認してきたらどうだ?
この死神野郎……。サイレクの相棒は組んでいた腕を解いた。お前と仕事した奴は全員が不幸になってる。その麻薬とやらも同胞の誰かから奪ったに違いないんだ。
根も葉もない噂話を信じるのか。要するに俺にケチをつけたいってだけの話だろう。
二人は顔を突き合わせて睨み合っていた。やがて突っかかった方の男が外套の下から拳銃を抜こうとした。だが大男は即座に左腕を伸ばして拳銃を握っている右手をつかむと反対の手で腰からマチェットを引き抜き刃を男の首筋に当てていた。
誰もが息を呑んでその光景を見つめた。抜かれたマチェットが鞘とこすれて立てる金属音。それが鳴り終わるよりも先に刃は相手の首の血管を喰い破ろうとしていたのだ。サイレクの相棒は目を見開いて唇を引きつらせた。そして両方の手のひらを開いて反抗の意思がないことを明らかにした。拳銃がゴトリと床に落っこちた。
……銃を抜くときは――。死神と呼ばれたスカベンジャーはマチェットを鞘に収めながら云う。せいぜい相手を選ぶことだな。
サイレクの相棒が逃げ去って酒場が落ち着きを取り戻してからも若者のスカベンジャーは大男に眼差しを注いだままだった。二人の視線が交錯した。若者は席を立ってフードを外すと男の傍に寄って話しかけた。
――あんたの噂は俺も聞いてる。
悪い噂か。それとも善い噂か。
両方。
それは好かった。――で、何の用だ。
協力してほしい。報酬は折半で。
今の話を聞いてなお俺に手を貸せと?
下らない噂をいちいち気にしてもしょうがない。俺に必要なのはあんたの腕だ。
……七割くれるなら話くらいは聞いてやる。
冗談だろ。せめて折半だろうが。
なら六割。首を振るなら俺はもう知らん。
――分かったよ。それで好い。
若者はマスターに了解をとって別室で話を進めることにした。彼女はブランカ酒で満たされたスキットルを大男のスカベンジャーに返した。彼は料金を払った。部屋に入りながら若者は訊ねた。
あんたが酒を飲んでるところは見たことないな。
酒は飲まん。これは消毒と洗浄に使う。
もったいねェ。
どう使おうが俺の勝手だろう。席につくと大男は手短に述べた。――それで何だ。
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