紅雨-架橋戦記-

法月

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一章

七十八話・忍び入るべき宴の夜

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「食材こっちね~」
「机配置終わりました」
「到着なさったようです!出迎え行ってきます!」

いつもより慌ただしい使用人達。それもそのはず、今日が例の宴会当日だった。

「鈴さん、こっちお願いします!」
「はあいっ!」

環さんに呼ばれて、食材の下準備を手伝う。ここ数日で明らかに手際が良くなってるな、と丁寧に教えてくれた先輩達に内心で感謝しながらひたすら手を動かした。

「たまさん、今到着したのって月咲様のとこですよね」
「ええ」

さっきから知らない名前ばかりだったのに急に知ってる奴来たな、とつい雪也さん達の会話に耳を傾ける。知ってるって言っても、直接本人と話したことはないんだけれど。

「今回も参加なんですね」
「隊の任務なかったんですかね~」
「こら、口を慎みなさい」

暗に「暇なの?」と言いたげな雪也さんと櫻夜さんを怒りつつ、心なしか環さんも「来たか…」と思っていそうな空気が流れている。話には聞いているがやはり相当な要注意人物なんだろうな、月咲。

「月咲様って分家の次期当主様ですよね?」

手は止めず、一応話に乗っかってみる。どうしてそんな空気に…と言いたいのが伝わったのか、ああ…そうか鈴ちゃん初めてだもんね…と杳己さんが遠い目で話し始めた。

「鈴ちゃんも気をつけた方がいいよ、いざとなっても俺達立場上助けにくいから、できるだけ自分の身は自分で守ってね」

まあ法雨にいる以上それは大前提みたいなものなんだけど、と続ける。

「あ…はい……?」
「はるさん。それだけ言っても気をつけようがないんじゃないですか」
「あ~~…うん、そうですね…でも具体例……」

言いづらいだろうなあ。一部は前に里冉達から聞いてるから知ってるけど…。とか思っていたら口籠もっている杳己さんに櫻夜さんが助け舟を出した。

「鈴はあれじゃない?強姦とか特に注意した方がいいんじゃない?」
「ごっ……」
「月咲様相手じゃなくても気をつけた方がいいやつだな、それは」
「ええ……」

確かに鈴だけ見れば一応若くて可愛いみんなの後輩女子、という位置付けではあるが……実際は男だし。そもそもそれなりに戦える忍びだし。大丈夫だろ。とタカを括っていた節はある。そうか、そうだよな、ていうか相手も忍びだし普通に気をつけないと。

「ていうか注意すべきは月咲様本人じゃなくてその取り巻きなんで、本当、近づかないのが一番っすよ」

冬倭さんがそう言って、「正直名前出すのも控えた方がいいっす。目付けられたら厄介なんで」と俺に耳打ちしてくれる。直後、環さんが「はい、この話はお終いです。各々持ち場に戻ってください、ほらほら」と話を切り上げた。

月咲か。ていうかそうじゃん、俺が隊の仲間として月咲を知っているのと同じように、もし俺が知られてたらそれこそめちゃくちゃまずいんじゃねえの…?

極力近づかないようにはするが、どこで気付かれるかわからない。徹底的に鈴を崩さないようにしないと。
俺は改めて気を引き締め、下準備に意識を戻した。



***



宴会が始まって、一時間ほど経った。
いつもなら開宴からいるはずとの十様が未だ姿を見せないことが気掛かりではあるが、始まってすぐは使用人の仕事が忙しく正直それどころではなかったので、ちょっとありがたかったりもした。おそらくチャンスは一度きり、逃すわけにはいかない。

やっと下っ端の仕事が落ち着いてきた。そのタイミングで、俺は厠に向かうふりをして宴会場の外へと足を運んだ。さっきから杳己さんの姿が見えないのが気になっていたのだ。
嫌な予感がする。変に動き回っているのを誰かに見られると面倒なため、忍びながら杳己さんの姿を探した。屋敷が広大とはいえ会場からそう遠くへは行かないはずだろうといくつか人通りの少なくなりがちな場所に絞って見て回っていると、三箇所目、倉庫の影で数人の人影を見つけた。
そっと距離を詰め、気配を殺して潜む。

「まだ本家にいれんのまじでウケるな」
「よくクビにならないね~はるくん?」

当たってほしくなかったけど、ビンゴだ。
くそ、近づかないって決めてたのに、なんとなくこうなる気はしていた…っていうか杳己さんがいなくなったら探さずにはいられないって薄々気付いてたけど、案の定かよ。見つけたところで一番の下っ端である鈴にはどうすることもできないってのに。

「どうせ上に身体売って置いてもらってんだろ~?」
「昔からそれしか取り柄ないって聞いたことあるわ」
「ていうかホモばっかって噂じゃん?本家」
「ま~そりゃそうでしょ、ほとんど男しかいないんだから」

あ、まずい、俺これ出ていかないの無理かも。
なんとか証拠だけでも抑えれば、と思考をシフトしかけていた矢先、聞こえてきた話にカチンときてしまう。かけられる側になると五車に弱いってマジ弱点すぎるだろ。落ち着け、俺。
ていうか分家とはいえこんな品のない最低な奴らがいるのかよ。大方月咲が抱え込んでんだろうけど、それにしたってよくクビにならないな。とさっきのセリフを心の中で返す。

「俺達のも咥えたら見逃してもらえるかもよ~?つって」
「今は無理かあ、顔ぐちゃぐちゃだしなあ」
「まあ下は使えそうだけど」

さっきから杳己さんが喋らないことが気になって、そっとバレないようにあちらの様子を伺うと、苦しそうに咳き込む音が聞こえてきた。
よく見ると杳己さんはマスクか何かをした男に押さえつけられた状態で、それを囲んでる男達は壺状の容器から立ち登る煙を杳己さんに向かって扇いでいた。

さっきから変なにおいがすると思ったらあれか。臭瓶か?と思うが中に入ってるものは違いそうだ。ていうかこれ…唐辛子じゃね?
項垂れている上に暗くて見えにくいが、杳己さんの顔は確かに涙やらなんやらでぐちゃぐちゃになっている。咳がだんだんと酷くなっていく。まずい、あれ続けると呼吸困難起こすぞ。

くそ、聞いてた話よりちゃんと拷問じゃねえか。そりゃ鈴には、しかも人前じゃ言えないよな。

ごめん、先輩達。折角の忠告を無駄にして。
そう心の中で謝ってから一度少し距離を取り、今度は気配を殺さずに男達のいる倉庫の方へと近づく。

「あれ、皆様こんなところで何をなさっているのですか?」

何も知らないふりをして声をかけると、驚いた男達は咄嗟に瓶に蓋をして後ろ手に持ち、鈴から杳己さんが見えにくいようにしれっと立ち位置を変える。よし、ひとまず煙は止まったな。

「君こそどうしてこんなところに?」
「そのエプロン…君も使用人?小さいのに偉いね」

小さいという地雷ワードに思わずカチンとくるが、今はそれどころではない。

「えっへへ…私最近本家に来たばかりでして、まだちょっと迷子になりやすいっていうか…」
「あはは、迷子か。それは災難だったね。どこに行きたかったんだい?」
「実は腰の悪い方達の為に椅子を取ってきて欲しいと言われたのですが、どこにあるかも一人で運べるかも分からなくて…少々困っていたのです」

そっかそっか、と笑う男達。口から出まかせにしてはマシな方じゃねえのと思いながら「もし良ければ…」と言いかけたその時、男の一人が何かに気付いたように鈴をまじまじと見始めた。

「最近来たって…もしかしてアンタが例の?」
「へっ?」

何!?もしかして分家にまで噂されてんの鈴!?とビクビクする俺。

「鈴だっけか名前、樹様が連れてきたって話だぜ」
「あ、はい、そうです…けど…」

しっかり知られてやんの。ていうかやっべ、話が鈴の方に流れてきた。これはまずいぞ。早く軌道修正しないと。

「へえ、鈴ちゃん可愛いね~彼氏とかいんの?」
「樹様の彼女って噂じゃん」
「え、マジ?」

修正する暇なかったんだけどォ!?と心の中で悲鳴をあげる。まずいまずいまずい。

「えっと、いや、その」
「流石にあの樹様が彼女作るとか、ないでしょ」
「だよなあ、じゃあやっぱフリーなの?」
「何歳?」
「あ、のっ…やめてください…っ」

腰に手が回される。頬に触れてくる手付きに思わず耐えきれなくなって、ベタベタと触ってくる男達の急所をいかにして打つか俺が考え始めた、その時。

「……噂が本当だったらとか、考えないわけ?」

聞こえてきた冷たい声に、男達が思わず飛び上がって鈴から離れる。
怒気を孕んだオーラでそこに立っていたのは他でもない樹だった。

「樹様…っ!」
「迷子になってるんじゃないかって櫻夜が言ってたから、探してたんだ。大丈夫?」
「は、はい…」

鈴の手を引き自分の方へと寄せる樹に、「大丈夫ならいいんだけど」と軽く頭を撫でられる。
流石の男達も樹に逆らうのは気が引けるようで、深く突っ込まれる前に、と逃げ出す体勢に入っていた。

「俺の護衛に手出したら、わかるよね?」

このまますんなり逃がさないから、と言わんばかりに言い放って、いつも以上に冷たい目で男達を睨みつける樹。
やばい、樹ちょっとカッコ良すぎるかも。

「あ、樹、あの臭瓶みたいなやつ多分やばいから気をつけて」

小声で囁くと、「わかった、でも大丈夫」と小声で返ってきた。

「月咲の奴にも言っといてよ、兄貴はともかく、俺ならいつでも喧嘩買うからさって」
「なっ、なんの話ですかね樹様」

動揺する男達に「そろそろ決着つけてもいいかなって思ってたんだよね」と追い討ちをかける。んな煽るようなこと言って大丈夫かよ、と思うが、まあ樹がその気ならむしろ直接月咲引き摺り出せるかもだし、それはそれでいい…のか?

樹が支配する空気に耐えきれずか「お、俺達そろそろ会場戻りますんで…!」とそそくさと去っていった男達。樹はその背中を見ながら、心配そうに樹を見つめる俺に向かって「大丈夫」と言った。

「直接出てくる度胸がある奴なら多分とっくに出てきてるから」
「そういうもんか…?」
「うん、要は臆病なんだよ、分家の奴ら」

そうか…まあそいつらに関しては樹のが当然俺よりよく知ってるはずだし、一先ずこの場はなんとかなったのだ。心配よりもまず素直に感謝しておこう。
本当に助かった。あとちょっと遅かったら瓶持ってたやつの顎下から打ち抜いて瓶奪って中の唐辛子を他の男の息子に生でぶちまけていたところだった。危ない危ない。まあやってもよかったけど。くノ一ならそれくらいやるだろ。

男達が去ったのを見届けると俺達は急いでぐったりしている杳己さんに駆け寄って、声をかけながら肩を貸す。まだ呼吸がままならないようで、苦しそうにしながらも掠れた声で「ありがとう…ございます…」とお礼を言われた。無理に喋らなくていいって、とつい楽で返してしまった。

樹が那岐さんに知らせて医務室に向かってくれるとのことだったので、俺と杳己さんはそのまま医務室に直行することに。
到着した頃には既に那岐さんが待っててくれたので杳己さんを預け、俺と樹は医務室の外でそっと待機していた。

「相変わらず無茶するよね、楽って」

中には聞こえないくらいの声のトーンで、樹がそっと俺に話しかけてくる。「あの状況で黙って見てられる方がおかしいって」と言うと、「まあそれはそうかも」と返ってきた。お前のそういうところ好きだな。まあそういう奴じゃなきゃあの状況で鈴助けに来ないだろうし。

「ていうか、そうだ。いいのかよあんな…噂肯定するような庇い方……」
「俺の彼女って設定の方が楽でしょ」

言いやがった。こいつ、言いやがった。と内心ちょっと動揺する。俺濁したのに、彼女って表現。
もしかして樹って意外とこういうの慣れて……ないよな。相手が俺だから、んでもって任務みたいなもんだからだな。

「樹はいいのかって話だよばか」
「よくはないけど…元々噂されるくらいだから変に否定してもそれはそれで怪しいし、どの道面倒なことになるんだったら楽が動きやすい方がまだいいかなって」
「お前ってやつは…」

なんて男前なんだ…くそ…ちゃんとかっこいい……。
俺が男としてなんとなく悔しくなっていると、樹は「とりあえず、こっちは任せてよ、鈴」と鈴を見て言う。

「こっちはって…」
「今、チャンスだよ」

樹が俺を真っ直ぐ見る。
チャンス、つまりは今、十様は宴会場にいる。

「これ伝えるために探してたんだ、本当は」

やっと来た。この時が。

「早く行きなよ」
「ありがとうございます、樹様…!」

鈴として、楽として、思いっきり頭を下げる。
思えば出会った時から樹には助けてもらってばっかだ。どこかで絶対返さなきゃな。

「行って参ります…!」

宴の夜は、始まったばかりだった。
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