紅雨-架橋戦記-

法月

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一章

七十七話・雨中の鈴の音[3]

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「あの」

ちりりん、と涼しげな音がした。それを不思議に思って音の方へと向かった俺、というか鈴は、まだギリ春なのにやけに夏っぽい光景を生み出している張本人の姿を目にしていた。

「ちょっと気が早くないです…?」
「人類、もっと好きな時に夏を感じていいと思う」

一応俺の言葉に返してくれたのだろうが、独り言のようにそう言ったその人は風鈴の音の下で縁側に座ってラムネ瓶を持ち、もう片方の手で本のページを捲っている。あまりに自由なその姿に思わず面食らうが、本邸でここまで好き勝手過ごしているということは本家の人間だろうということに気付き、慌てて態度を改めた。

「あ、あのっ、すみません涼んで(?)いるところをお邪魔してしまい…!」

ん?と今気付いたとでも言わんばかりにやっと視線をこちらへと向ける緑の着物の男性。
フィンチ型とかって言うんだっけか、ツルのない鼻眼鏡をかけたその人の目も綺麗な緑で、顔つきはどことなく白さんのとこの双子に似ていた。つまり双子のパパさん?と思うが、白さんとはあんまり似てない気がする…?でもやっぱり美形だ。法雨の血ってすげえ。

「ご挨拶が遅れました、佐倉鈴と申します」
「風鈴の鈴…」
「わ、そうです、鈴って書いて…ってなんでわかったんですか!?」
「…ラムネ、飲む?」

なんでかは答えてくれないのかよ……!!!と思いつつ、丁度休憩中なのもありお言葉に甘えて差し出してくれたラムネを受け取る。するとパパさん(?)がペシペシと自身が座っているその隣を叩くので、鈴は素直に従った。
ふと足元を見るとタライの中で冷やされている大量のラムネが。まさかこの量一人で飲む気だったのか………?

「あの、お名前って」
「樫」
「樫様…」

どっかで聞いたな、と記憶を辿るが、ここ最近覚えることが多すぎて頭がパンクしかけているのですぐには思い出せなかった。初日に環さんから本家の人の名前は一通り聞いてたからおそらくそこだろうが、誰のパパさんかまでは……ていうか確か白さん達の家は那岐家って呼ばれてたから双子のパパじゃないことは確かか…?
そうやって俺が考え込んでいる間、樫さんはいつの間にか読書に戻っていた。隣に座らせといて!?なんかこう、喋るとかはないんだ!?ラムネ一緒に飲みたかったのかな!?などとつい脳内でツッコミまくってしまう。
既に夏を満喫しているこの状況からしてもう明らかだが、この人絶対めちゃくちゃマイペースな人だ。いい意味で法雨の人間らしくないというか、こんな人もいるんだ、法雨。って感想が湧き上がってくる。

樫さんがあまりに静かに読書に耽っているので、なんとなく鈴から話しかけるのも邪魔になるのでは…?とつられて静かにしてしまう俺。風鈴の音がよく聞こえて、ゆったりとした時間が流れているのがわかって心地いい。日差しが暖かいからか冷えたラムネは思いの外ちゃんと美味しくて、暑すぎないこの時期に縁側でゆっくりするのは確かにアリかもな、ていうかむしろイイ。と思う。

ここ最近の慌ただしさを忘れるくらいのんびりとしていると、樫さんがふと「帰ってきた…」と呟いた。帰ってきた?誰が?と思っていると、数分後、その人が現れた。

「父さん、今日は夏の気分なの」
「おかえり、なっちゃん」
「ん、ただいま」

俺も知っている人物だった。法雨奈茅。里冉の従姉のお姉さんで、対梯隊では桜日や紫樹さんの所属するくノ一班の班長だ。そして昔聞いた里冉の話では、アイツに料理を教えた内の一人、だったはず。
つい名前を呼びかけるが、鈴はまだ知らないはずだろ!と堪えた。あぶねえ。

「そっちは…新入りさん?」
「はい!」

鈴が元気に自己紹介をすると、「あはは、いいね。そこの本の虫の一人娘の奈茅です、よろしく」とイケメンスマイルで握手をしてくれた。なるほどそうだ、奈茅さんのパパさんだった。今はお二人共本邸で暮らしているから樫家は倉庫になってるって言ってたわ。ていうか樫さんの扱いそんな感じでいいの?と内心でツッコみつつも、仲が良さそうな絶妙な距離感にちょっと和む。

「なっちゃん、黄昏シリーズの新刊が出たそうだよ、新刊」
「はいはい、お使いね。わかったわかった。ていうか今回も多いんでしょどうせ。リスト作っといて、あとで行ってくるから」
「うん」

ほぼ無表情ではあるが心なしか嬉しそうに目を細める樫さん。本当に本が好きなんだな。
すると支度してくるから、とその場を去ろうとした奈茅さんが急に立ち止まり、鈴へと視線をやる。え、何!?と背筋を伸ばすと、奈茅さんはニコッと笑って言った。

「丁度いいや、鈴ちゃん一緒に行こっか」
「へ!?」



***



奈茅さんに「君も支度しておいで。街に行くから私服でね」と言われた俺は、初日に着て来ていた黒の着物袖ブラウスに赤い袴スカートのスタイルで集合場所に指定された本邸の玄関に向かった。
忍び用故にほぼ無臭ではあるが洗ってあったその服は初日と比べてほんのり里冉や樹と同じ匂いがして、ちょっと気恥ずかしくなったのはここだけの話。

そうして奈茅さんに連れられるがままに、甲賀の街へと出た。
何気に初めて来たな、とついキョロキョロしてしまうが、伊賀者だとバレても面倒だ。大人しく奈茅さんの後だけをついて行こう。
…と意識したはいいもののやはり目は気になるものを追ってしまうもので。伊賀より現代的な街並みは、里外の光景に近い気すらする。よくよく見ると観光客らしき一般人もいて。話には聞いていたが、甲賀って本当に里開いて観光地にしてんだ…。

「こっちだよ」

いつの間にか一軒のお店の前で立ち止まっていた奈茅さんに呼ばれ、とたたと駆け寄る。味のある木製の看板には『書店・白漠屋』と書かれており、どうやらここがお使い先のようだ。
奈茅さんが扉を開け挨拶をしながら中に入っていく。その後に続きながら店内へと入ると、古書の匂いが俺を包んだ。視界には壁いっぱいの本。

「お、奈茅さんだ!いらっしゃい!」
「いらっしゃいませ。今日もお使いですか?」

想像していたよりずっと若い、というか多分護衛組とそう歳は変わらなさそうなお兄さんが二人、俺達を迎えてくれた。
人当たりの良さそうな三白眼のお兄さんが嬉しそうに駆け寄ってきて、「今日はリストあるんすかー?探すの手伝いますよー!」と奈茅さんに話しかける。そんなお兄さんに「これなんだけど」とリストを見せる奈茅さん。そして「あ!新刊っすね!もちろんありますよ待っててください!」と本棚の向こう側に消えていくお兄さん。その様子をわんこすぎない…?と思いながら眺めていると、もう一人の長髪メガネのお兄さんが「お嬢さんは付き添い?」と鈴に話しかけてくれた。

「ああ、はい。というか、奈茅様の護衛と荷物持ち…と言ったところでしょうか」
「まあそんなとこだね。うちの新入りちゃんなんだ~可愛いでしょ」
「女の子を連れてくるのは珍しいと思ったらなるほど、新入りさんなんですね」

お兄さんはどうぞごゆっくり、と微笑むと、手に持っていた本へと視線を戻した。
奈茅さんはそれに会釈して、鈴を連れて慣れた様子でお目当ての本がありそうな棚へと向かう。

「彼が店主なんだ、この店。古そうなのに意外でしょ」
「そうなんですね…!?」

鈴にもリストを見せてくれたのでいくつか探すのを手伝っていると、ふと奈茅さんが口を開いた。その声は、お兄さん達には聞こえないくらいのトーンだった。

「…ねえ君、らっくんでしょ」
「~~~ッ!!」

思わず声が出かけて、堪える。あっっっっぶねえ。

「な、なんのこと…ですかね……」
「あのね、自分の所属する隊のメンツくらい把握してるよ私」
「デスヨネ……」

誰かしらにはバレるだろうとは思っていたが、いざバレてみるとめちゃくちゃ心臓に悪い。しかもわざわざ連れ出して指摘されるとは思ってなくて完全に油断してた。やばい。すげえ心臓バクバク言ってる。え、待って?俺の潜入ここで終わりだったりする?

「ああ、安心して。今は上に報告する気ないから」
「そ、そうなんすね………」
「大方りーくんを助けに来た~とかそんなとこでしょ?」
「…!!はい…!」

これはもしや、協力者になってくれたり…!?と淡い期待を抱いたその直後、それは呆気なく打ち砕かれた。

「先に言っとくね、私は手を貸したりはしないから」
「な……」

俺がどうして…!と言う前に、奈茅さんは悪戯っぽく笑った。

「ごめんね、今の君には正直ざまあみろって思ってる」

そう言うと、奈茅さんは俺の反応を待たずに本を抱えて「あ、かいさーん!持ってきてくれたんだ、ありがとー!」と店員さんの方へと歩いて行ってしまった。
つい呆然としてしまいその場から動けずにいた俺は、今の奈茅さんの言葉を反芻して真意を汲み取ろうとしていた。

ざまあみろって。ざまあみろって…?
もし状況を詳しく知っているなら、それって、もしかして…

「おーい鈴ちゃーん、ちょっと来て~」
「…あ!はい!」

一瞬で思考を切り上げ、鈴へと戻る。そうだ、今はお使い中だ。切り替え、奈茅さんの方へと早足で向かった。
すると魁さんと呼ばれたわんこ…店員さんがニカッと笑って鈴に紙袋を差し出す。

「え、これ」
「いつもご贔屓にしてもらってるお礼ってやつっす!今日はせっかくなんでお嬢ちゃんに、有り合わせのお菓子ですけど、よかったら!」
「いいんですか…!」

ペコリと頭を下げ、きちんと両手で受け取る。多分樹に見られてたら「あざとい」って言われるんだろうなと頭の片隅で思いながらも小首を傾げて可愛らしさ全開の笑顔を浮かべ「ありがとうございますっ!」とお礼を言うと、店員さんは嬉しそうにへへっと笑って「また来てくれよな」と言ってくれた。
そうこうしているうちにお会計を終えたらしい奈茅さんから本の入った袋も受け取り、店を出る。

二人になった途端、さっきの言葉がまた脳裏に浮かんだ。
本屋からの帰り道で奈茅さんと何を話したかは、覚えていられなかった。



法雨に着くと、初日やさっき出かける時に顔を合わせていた門番さん(というか守衛さん?)に「おかえりなさい」と声を掛けられた。二人で「ただいま(です)」と返すと、門番さんはじっと鈴を見つめる。
えっまさかこの人にもバレて…!?と肝を冷やす。そうして彼(彼女…?)は無表情のまま口を開いた。

「あの日の帰宅時の里冉様の様子、知りたいですか」
「えっ」

やっぱバレてんじゃねえ!?!とドキドキする俺。奈茅さんは特に何を言うでもなく俺達のやりとりが終わるのを待っている様子だった。

「知りたい…です…けど」
「そうですか」

なら…と言いながら近づいてくる門番。立ち姿で気づいたが一本下駄だこの人、とか思っていると至近距離まできた彼に小声で囁かれる。

「伊賀の内部情報、何か一つと交換でどうですか」

やっぱバレてんじゃねえか!!!!!!!と心の中で盛大に叫ぶ。流石法雨の門番やってるだけある。只者じゃねえ。でもまだ確信があるとは限らないし、俺だってそう簡単に鈴を崩すわけにはいかねえ…!

「私が知るわけないじゃないですか…!どうしてそんな無茶な条件」
「そうですか、なら用はないです」

さ、さっさと通ってください~閉めますよ~と俺達を通した後、門番はどこかへと姿を消してしまった。

「…バレてた?」
「わ、かんない、っす…けど、多分」

小声で聞いてくる奈茅さんにそう返すと、クスクスと笑われた。

「せいぜい頑張りなね、君のために」



***



山、広い。門から本邸までの道のりやっぱ長すぎじゃねえ…?
そりゃ敷地の奥の方にあるんだから当然なんだが、流石に少し疲れた(体力的にではなく鈴が俺だと知っている奈茅さんと二人きりの状況に気疲れした)俺はやっと着いた本邸で迎えてくれた冬倭さんの胸にダイブしていた。(ちなみに奈茅さんは玄関で俺が持っていた本の袋を受け取り「付き添いありがと!お疲れさん」とだけ言ってさっさとお父上の元へと行ってしまった)

「ただいまですーっ」
「おかえり鈴ちゃん!」

隣で見ている櫻夜さんが「いつの間にそんな仲良くなったの君達」という目で見ているが一先ず気にしないでおいて、「そうだ!」と持っていた紙袋を掲げる。

「これ!本屋さんで頂いたんですよ!樹様や皆様と分け分けできたらなって思うんですけど、その前に…」

相手も忍び。言いたいことは伝わったようで、あー、と少し考えるお二人。

「那岐さんって今日いたっけ」
「いらっしゃるはず!てかさっき見た!確かあっちの部屋で医療忍術の修行してはった気が」

那岐さん。今度こそ白さんと双子のパパさんだ。彼を見たと言う冬倭さんに連れられるがままお菓子を持って廊下を歩いていると、先頭にいた彼が「あ」と声を上げた。向こうから歩いてくるのは、明るい茶髪をポニテにした青い瞳の優しげな男性。

「那岐様ー!」
「おや、どうしたんですか樹組…って一人多いですね?例の新入りですか」
「あ!はい!初めまして!」

挨拶ついでに話を聞くと、那岐さんはどうやら修行を切り上げ休憩に入るところだったようで、丁度良かった!と探していた経緯を説明する。

「なるほど、毒見ですか。あの店からのものなら大丈夫でしょうけど、大事をとってまず私に持ってきたのは賢明な判断です」

人からもらったものをそう簡単に口にしてはいけない。忍びの世界の常識だ。普通なら受け取ることすら躊躇うのだが、あの場で奈茅さんが止めようとしなかったあたり(というかいつも渡してる的なニュアンスだったので)とりあえず受け取っていたのだ。

「これなんですけど」
「どれどれ」

那岐さんは袋に入っていた箱を取り出し、開け、栗饅頭を一つ手にとる。すん、と匂いを確認した後、一口、齧った。
ふむ、と味を確認する那岐さんを見つめる樹組トリオ。特に俺と冬倭さんからの熱い視線にちょっと面白くなってしまったのか、少し照れたように笑った那岐さんは「うん、」と言って手でOKサインを作って見せた。

「よし!」
「いっくんにお裾分けしてきな~」
「はいっ!」

樹組の先輩方にも一つずつお饅頭を渡し、那岐さんにお礼を言って、その場を去ろうとして、気付く。俺今樹がどこにいるか知らねえ。

「そういえば樹様って」
「ああ、鍛錬場にいるよ」
「ありがとうございます!行ってきますっ!」



***



「うむ、以前より動きの先読みができるようになったな」
「ありがとうございます」

鍛錬場に着くと、樹ともう一人、背の高いイケメンなパパさんがいた。あれ絶対殺尾さんだ…!里冉&樹パパさんだ!今日すげーパパズに会う!と一人でテンションが上がる俺はなんとなく反射的に(?)物陰に隠れて鍛錬中らしい二人のことを見守っていた。
あの樹が敬語使ってる…!とちょっと笑いそうになるのを堪えていると、「友達でもできたか」と興味深い話題が振られるのが聞こえてきた。

「…別に、なんでそう思うわけ」
「こら、今は師匠だぞ」
「はい」

やっぱ普段は反抗期全開なんだ、とまた笑いかけるのを堪える。

「で?友達、できたんじゃないのか」
「友達っていうか…仕事の相棒っていうか…ですね」
「ほう?里冉と同じ班で不貞腐れていた割にはもう一人の方と上手くやっているのか」
「上手くやらざるを得なかっただけです」

言い方。と思うが俺的にもそうだったのも確かだし、まあよしとしてやろう(?)

「いやあ、まさかお前が立花の倅と仲良くなるとは、面白いことも起こるものだな」
「知ってたんじゃないですか」
「当然」

ははは、と笑う殺尾さん。一方で俺はやべ、知られてるってことは鈴めっちゃ出ていきづらいじゃん。ていうか殺尾さんに至ってはなんか、知ってて置いてくれてるとかありそうだぞもはや。とまたしても肝を冷やす。

「俺も昔は立花のと仲良かったんだぞ。ここだけの話だけどな」
「え?は?いやいやしれっと衝撃の暴露しないでよ」

今のには俺も樹と同じ反応をせざるを得なかった。えっ???立花の、って親父のことか???だとしたら俺もマジで初耳なんだが???

「以前のお前は動きに独り善がりな面が多少なりとも出ていたんだが、最近はマシになったようだからな。仲の良い友達ができて、相手に合わせることを学べたんだなと思ってな」
「ねえめちゃくちゃ気になる話放り投げといて放置するのやめてくれません?」
「ん?」
「ん?じゃないって」

パパズ、自由人多くないか!?これ那岐さん苦労してそうだな!?と思わず那岐さんの胃を心配してしまう。それと同時に、俺はワンマンプレーをしがちなマイペースな里冉の姿を思い出していた。流石親子というべきか、似ている…。

「今の父さん、爆弾投げるだけ投げて起爆スイッチ持ってるの忘れて別のことし始めてる感じだよ?怖いよ」
「そんなに爆弾発言か?」
「うん」

すっかり親子の距離感になった二人を見ていてなんとなく察した。この家のツッコミ属性、超大変だ。確かにせめて兄貴くらいはガン無視かましたくもなるかもしれない。アイツも相当だからな。いや家でどういう振る舞いしてるかは知らんが。

「それにしても、あの樹に友達ができるとは」
「あ、もう本当に放置する気なんだ……」
「話せば長くなるからな」
「じゃあなんでぶっ込んだのさ……」

本当にな、と樹に同調する。
ていうか昔の話も気になるが、俺としては「昔は」って言ってたのがもっと気になる。今はもう完全に切れちゃってるのだろうか。やっぱり立花と法雨じゃ、大人になるにつれ一緒にいられなくなるものなんだろうか。
だとしたら、尚更。里冉のことをここで諦めてはいけない気がする。

雨夜様の言葉が脳裏に浮かぶ。
きっとずっと昔から答えは出ていたけど、多分、そろそろ認めなくちゃいけない。

「ていうかさっきからなんで隠れてんの、鈴」
「ひゃっ!?」

樹に呼ばれ、飛び上がる。気付いてたのかよ!

「お、お二人の邪魔をしてはいけないと思い…つい…」
「ああ、君が例の」

鈴が恐る恐る出ていくと、殺尾さんは「挨拶が遅れてすまない、樹をよろしく頼むよ」とイケメンオーラを振り撒…微笑んで挨拶をしてくれた。
意外にも改めて間近でお顔を見て思ったのは、里冉と似てないな、だった。性格は似てるのかもしれないが、里冉はどちらかといえば中性的でイケメンというよりは美人って表現が似合う顔立ちなのに対し、殺尾さんはまさしくイケメン、という感じで。男らしいその雰囲気に、なんとなくちょっとドキドキしてしまう。かっこいい。

「で?俺に用?」
「あ、はい!これを頂いたのでご一緒にどうかと…!よろしければ殺尾様も!」

言いながら、お饅頭の箱を差し出す。安心してください、那岐様によるチェック済みです!と付け足すと、殺尾さんが「それなら皆でお茶にしよう、丁度樹も集中が切れたようだし」とお茶を汲みに行ってくださった。本来なら鈴がやるべきことなので後をついていこうとしたが、一人で十分、と言いたげに止められたので大人しく樹と残った。

「集中切れた原因どう考えても父さんなんだけど」

不服そうな樹が腕を組む。鈴はご最も…と思いながらも何も言わず笑った。

そうして殺尾さんを待つ間、手元にあるお饅頭を樹の分、殺尾さんの分、鈴の…と数える。気付けば最後の一つをじっと見つめてしまっていたようで、樹に「どうしたの」と言われてしまった。

「いえ…」
「もしかして兄貴の分置いとけるかなとか思ってる?」
「だいぶ近くてびっくりしちゃった」
「素が出るくらいに?」

あっやべ、と鈴に戻す。

「流石に置いとこうとは思っていませんが……なんというか、里冉様の分、と数えられない今のこの現状が…」

そこまで言って、あれ俺すげえ女々しいこと言ってんな?なんて思ってちょっとブレーキをかけてしまう。が、そんな俺の内心など知る由もない樹が「悲しい?」とアクセルを踏み込んでいきやがった。

「……………はい」
「何その間は」

せっかく寸止めしたと思ったのに。

外はいつの間にか雨が降っていて、気付く。
甲賀は雨が多いから、晴れているうちに縁側を楽しむのか。

なんて考えていると、雨の音に混じって樹が一つ、息を吐くのが聞こえた。

「宴会、明後日だからね」

心の準備、しときなよ。
口には出さずともそう言われたのがわかって、俺はきゅ、と唇を噛んだ。
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