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一章
七十一話・邂逅[5]
しおりを挟む壁に穴をぶち開けた張本人、英樹は白と無事に合流していた。
「迷わず従っといてなんだけど、無駄な喧嘩は売らないんじゃなかったの?」
「壁ぶっ壊される覚悟くらいはしてんだろ、あっちも」
「そうかなあ」
英樹を追ってきた桜模様のあるくノ一をなんとか撒いて、森に潜むことに成功した二人。ここからは楽、桜日、樹、恋華、里冉の居場所を白が探知しながら全員合流を目指す。楽と桜日は既に拠点から出たのは確認したが、他の三人はまだ拠点内部にいるようで、白は早く脱出するように指示を飛ばす。しかし出てくる気配はない。
「何やってんだアイツら………!」
一先ず、楽と桜日の二人と合流することにした。
***
「まだ油断はできませんが…ここで隠れていればおそらく白さんが探知してきてくださるでしょう…」
「ああ…担いでくれてさんきゅ、桜日…」
白偽のせいだろう。正直なところ、座るのですら少しきつい。桜日は「いいえ、兄様のためですから」と微笑みを向けてくれるが、いつもの凛とした空気が限りなく薄くなっていて、気にかかる。
「俺…もしかして思い出しちゃいけなかったか」
「…!そんな、そんなことは…」
「しきたりって言ってたよな。桜日は全部知ってんのか」
そう言われた桜日は黙り込む。やっぱり話しちゃいけないのか。俺には。
「いや、ごめん、無理に話せとは言わない…」
桜日の姿を見た瞬間、あのリーダーとやらに見せられた〝妹〟が桜日であると確信してしまった。俺の中にはまだ幼い、二歳かそこらの桜日の記憶しかなかったにも関わらず、だ。
何故か。それはまるで覚えていなかった母親の姿も一緒に見せられたからだった。
いや、少し前に夢で見たのは確かに母親だったし、あの夢を見る直前、頭痛に襲われた時に脳裏を掠めたのも今思うと母親の目だった。
でも俺はそのこともすっかり忘れていた。それどころか、師匠の娘として出会っていた桜日の名前や存在すら、梯に連れてこられる前までの俺は忘れていたのだ。いつからかはわからない。師匠が攫われて、本部でしか桜日と会わなくなって、それからだとは思うけれど……
まあとにかく、桜日は俺達の母親とそっくりの容姿をしているのだ。
色白で、整った顔つきに、蜂蜜にも似た金色の大きく丸い瞳。そして真っ黒な髪。
初対面の時に感じた黒髪だという違和感も、立花の血筋だと思えば納得がいく。
彼女はなんらかの理由で、立花桜日としてではなく五十嵐桜日として生きることを強いられてきた。
「…桜日も、詳しくは知りません。ただ、兄様に近づいてはいけない、と育てられてきました」
「話していいのか」
「わかりません。話すことで兄様も桜日も危険に晒される可能性もないとは言い切れません。ですが」
兄様とお呼びできるのが、嬉しくて。
そう続けた桜日の嬉しそうに、でもどこか申し訳なさそうに微笑む表情に俺はまた泣きそうになってしまうがなんとか堪え、話を続けた。
「桜日が知ってること、よかったら全部教えて欲しい。…俺も一緒に背負いたい」
そう言うと、桜日はわかりました。と小さく頷く。
「立花に生まれる女の子に関する言い伝え、聞いたことはありますか?」
「いや、全く」
「やはりあの方は何も話していないのですね…」
桜日は『立花に生まれてくる女は生まれながらに強力な呪術の才能を持つ。その強すぎる呪いの制御が効かない幼少期は特に危険だから隔離して育てる。制御が効くようになるまで決して立花の者に近づけてはならない』といった内容の言い伝えがあることを話してくれた。
俄には信じ難いが、実際目の前に十年以上も存在を隠されてきた妹がいるのだ。信じるしかなかった。
まあ俺に興味を持たれたら困るだろうし、そりゃ言えないよな。妹がいるなんて知ったら絶対会いに行こうとするもん。言い伝えを知ってたらそりゃ隠したくもなる。…とは思うが、桜日だけがその言い伝えに縛られて、当事者である俺と共有すらできない状態で十年以上も過ごしていた…という現実に酷く腹が立った。
思えば親父は親友だという師匠の存在もついこの間まで隠していた。その理由がわかって少しスッキリはしたが、胸糞は悪い。
桜日に出会ってしまわないように、気付かないうちに環境を操作されていた。
おそらく桜日は桜日で間接的に俺の耳に桜日の話が入らないように、同世代の忍びと関わることをかなり制限されて生きてきた。人見知りで友達がいないんじゃなく、そうならざるを得なかったのか。俺のせいで、俺だけがのうのうと、なんの制約もないかのように育てられて……
「兄様…?大丈夫ですか…?」
「あ、ああ…うん…」
話を聞いて、腑に落ちた。
茶紺の術は、青い炎は、記憶の封印術だ。完全に消すことはできないが、特定の物あるいは者に関する記憶を文字通り封印する術。つまり多分、あの日だ。五十嵐桜日のことでさえも忘れさせられたのは。あれ以降、俺は桜日の名前すら認識できなくなっていた。だから恋華の口から聞いた時、確かに聞いたことはあるのに、誰だかわからなくて……もしかするとあのとき背後にいたのは茶紺か?だとしたら恋華のあの表情も納得がいく。いやもう、そうとしか考えられない。
師匠への弟子入りを許可してくれたということは、親父はそろそろ桜日と出会ってもいい頃だと判断したんじゃないのか…?
どうしてまた俺から桜日の存在を奪うような真似……?
まだこの言い伝えには隠されている部分がある。絶対に。そもそも呪力が強いなら立花以外の人間も危ないはずなのに、どうして立花にだけ近づけてはいけない、なんて────────
「見つけた」
「やっぱりまだ近くにいた」
突然降ってきた知らない声に、ハッとする。
見上げると、山の急斜面でも関係なく涼しげに佇む小柄の黒マスクの男と、ゴーグルを頭につけた技術者風のポニーテールの男が俺等二人を見下ろしていた。
サァ、と血の気が引くと同時に、状況を理解した。奴らは確実に梯の構成員だ。
俺は消耗していて動けないし、相手は二人。いくら桜日が優秀とはいえ、今この状況を俺達だけで打開する方法は無いに等しい。
早く白さん達が見つけてくれないと、かなりまずい。
もう一度白偽を呼び起こして、戦って時間を稼いでもらうか?そんなことができるのか?既に体力なんて無いも同然だし、そもそもアイツが俺の言うことを聞いてくれたことなんて…………
俺が考えている間にも桜日は札を取り出しており、その裏に隠すように煙玉を握っていた。
俺が動けないから担いで逃げる隙を作ろうという作戦か。なるほど、白偽にかけるよりはずっと現実的だ。
桜日とアイコンタクトをとり、やるか、と息を合わせたそのときだった。
「…っ!?」
目が合う。
誰と、って、突然横をすごい勢いで通り過ぎようとする〝そいつ〟と。
「あっっ!!!!いたぁ!!!!!」
俺は一瞬にしてそれが誰かを認識し、思わずヒッと情けない声を漏らしてしまう。ビビる俺とは裏腹にそいつは中性的な高い声を森に響かせ、勢い余って通り過ぎてしまった分をすぐさま引き返して俺達のところへとやってくる。
「えっ、は!?なんでお前が!?」
「話はあとでね~!」
そう言って何故か梯の奴らと俺らの間に立っていたのは──────榊木廉だった。
その姿を見て梯の奴らが「な、どうやって」と声をあげ、更に混乱する俺。あれよあれよと戦闘が始まり、廉は梯相手にまるで俺を守っているかのように、やけに楽しそうに戦っていた。
俺がろくに動けないこの状況での廉────悪魔の目だなんだと言って俺を狙っていたそいつの登場は、どう考えても俺にとっては最悪の展開だ。桜日に逃げろというべきか、とまず思うが、どうにも様子がおかしい。生きてたのかとか、なんでここにとか、なんで梯から俺を守ってるのかとか、聞きたいことが多すぎる。が、これは…もしかして助かった…?
「ひ、一先ずここは逃げましょう…!」
「おう…!!!」
廉が時間を稼いでくれている間に、と桜日が俺を担ぎ上げ、その場を離れる。
その間、つい『廉が生きていたということは朱花は…』と考えてしまう俺だったが梯の奴らがあの反応をしていたことを考えると朱花はおそらく廉を生きたまま拠点に連れ帰っていたのだろう。俺と同じように監禁されてた、ってとこか。
そっか、殺さなかったんだ、朱花。アイツなりに復讐にケリつけれたのかな。
……もしかしたら監禁して拷問してじわじわ殺す気だったのかもしれないけど。にしては廉、すげえ元気そうだったしな。多分それはないな。
そんなことを考えながらある程度距離を取れたであろうあたりで桜日に「自分で歩く」と伝え、下ろしてもらう。フラつくが、少しは回復してきたみたいだ。ったく白偽のやつ…。
「あの…あの方って確か成実班の…」
「あ、うん。廉…」
「親しい……ようには見えませんでしたが」
俺のビビり方を見る限り、だろうな。
「えっと…簡単に説明すると俺一回アイツに殺されかけた」
「ええ…!?」
「俺はなんとか助かったんだけど、そのあとアイツの安否わかんないままでどうなったのかなって思ってたら、多分梯に連れてかれてたんだな…」
「な、なるほど…?」
全くわからない、のなるほどだったな今の。でもまあ俺でさえこの状況まるで意味がわかんねえしな。
改めて認識して呆然としていると、少し向こうからおーい!と白さんと英樹さんが俺達を探知してきてくれた。
合流できたことに安堵し、力が抜けた俺を今度は英樹さんがおぶってくれる。
「ありがとうございます…」
「え?うん!これくらいなんてことないよらっくん軽いし!」
「あ、じゃなくて…助けに来てくれて」
英樹さんの肩越しに、白さんと桜日を見る。もちろん英樹さんにも、と背に掴まる手を少し握った。
「それは早いぞ、楽。全員揃ってから、な」
「あ、はい…ていうか何人いるんすか?」
起きて英樹さんが見えた時点で白さんがいることは察していたが、改めて思うと不思議なメンバーだ。なんで俺なんかのためにこんな危険を冒してまで、なんて思うが、里冉がいたのを考えると俺よりも里冉の護衛に近い感じで助けに行くって聞かないアイツを追ってきた…って考える方が納得がいくな。
「俺と、コイツと、桜日…さんと、恋華と、冉兄と、樹。六人だな」
「…ってことはあと三人」
「ああ」
ある意味すごいメンツだな…?と全員揃っている図を想像して更に不思議な気持ちになる。
攫われる直前まで一緒にいた樹が異変に気づいてくれたのかな、とか、そこから人を集めてくれたのかな、とか色々想像はしてみるが、あの樹が…???俺が迷子になったらって話で「探しにいくかもわからないけど」とか言ってた樹が…???とつい思ってしまう。ていうかそもそも桜日と繋がり、あったっけ?
「あ…そっか、俺が持ち歩いてたピアスを探知して拠点まで…」
「そ。持ってて正解だっただろ?」
もしも持ってなかったら…と考えてしまい血の気が引いた顔で、俺はコクコクと頷く。
「他三人はまだ梯に…?」
「あー、ちょっと待って」
術を使って確認しているらしい。少しして白さんが「樹と恋華は今脱出してきたっぽい」と口にする。それを聞いた俺はつい「里冉は…!?」という顔をしてしまったのだろう、白さんに「大丈夫、あの人はとっくにこっち向かってる」と少し笑いながら言われてしまった。それなら…よかった…。
話を聞くところによると、里冉はあの部屋にいた梯のリーダーや偽里冉と何やら少し話してから脱出していたようで、樹は俺がいたのとは別の部屋にしばらくいて誰かと話をしていたらしい。嘘だろ法雨兄弟、よく敵の拠点内部でそんな度胸…。
「え、恋華は…?」
「それがどうやらかなり厄介な人と鉢合わせちまったみたいで、手こずってたっぽい。さっきやっと樹が合流してなんとか、って感じ」
「厄介な人……?」
そ、と言って白さんは続ける。
「五十嵐刹那。確か楽の師匠さん…だよな?」
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