紅雨-架橋戦記-

法月

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一章

六十五話・桜吹雪

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昨日、朱花と梵さんの寝返りについて三人で調べる、という流れになった。
…はずなのに里冉はまた一人、どこかへ任務に行ってしまったらしい。おかげで今日は夕飯係(まだ二日しかやってないけど)が不在だ。だから樹と「たまには外で食べるか」なんて話をして。

「純粋に客として来んの久々な気がする」
「いいのかな俺…変装しなくて…」

やってきたのは、この前も二人で来た忍冬。
〝法雨樹〟を連れてくるのは初めてなので内心俺もドキドキしているが、万が一以前の変装がバレてもそこは相手も忍び。事情は察してくれるだろうし…大丈夫だと思いたい。(ちなみにそんなリスクを冒してまで来たのは、単に俺が美味い和食を食いたかったからだ)

…と、そんなこんなで店に入るのを躊躇ったのち、意を決して戸を開く。
いつも通り「あらいらっしゃい、らっくん」と笑顔で迎えてくれる沙月さんは相変わらず優しそうな空気を纏っていて思わず、うん、大丈夫、この人にならバレても​───なんて希望的観測を始めてしまう。

しかし俺と樹の心配は案外ただの杞憂だったようで、気付けばすんなりと客として受け入れられていた。
もしかしたら同一人物だとバレていたのかもしれないけど、それでも特に何も言及しないでいてくれる沙月さんの優しさに甘えて、俺達は美味しい夕飯を食べることができた。感謝せねば。

「は~…美味かった…」
「子供っぽい味覚してそうなのに、意外となんでも美味しいって言って食べるよね」
「俺が、っつーよりお前が好き嫌い多いだけじゃねえの」
「そうかな」
「そうだろ」

菜の花以外にも苦手な食べ物は沢山あったらしい。美味いから!と色々頼んだ俺が全部の品に手をつけるのとは反対に、樹は一部のものにしか箸を伸ばしていなかった。里冉の料理でこのことが判明しなかったのは、アイツが樹の好き嫌いを完全把握しているのか、それとも食べられない食材を事前に樹が冷蔵庫から抹消していたのか…どっちだろう…。

「桜ももう終わっちまうんだな~……」
「何急に」
「はえ~なって思って」

言いながら、窓の外を指さす。すると素直にその先に視線を向けた樹が、「ああ」と声を漏らした。

「…たまに思うけど楽って本当に俺とタメ?」
「なんだよ。ジジ臭いってか」
「うん」
「ちょっとはオブラートに包もうとか…ないか、樹だし」
「うん」

否定しろよ。と思う俺と、それでこそ樹だわ。と思う俺と…。

「そういや楽って昨日いつ寝たの」
「へ?」

樹は「いや、部屋戻ってきた気配なかったのに起きたら横で寝てたから…」と、投げかけた疑問のワケを付け足す。俺は記憶を辿る。​───​───が、しかし。

「…あれ?そういやいつ寝たんだっけ」
「えぇ…」

それは流石に記憶力だめだめすぎない…?と引き気味の樹の顔を見ながらも、俺は昨夜のことを順に思い出していた。
先に寝に行った樹を見送った後…恋華と会って…しばらく話して……それから………

「…マジで覚えてねえんだけど。え、怖くなってきた。何でだ?あれ?恋華と梵さんの話したことは覚えてるんだけど…」
「…ねえそれもしかして白楽に変わってたとか無いよね」
「うわそれ無いとは言い切れない…つかむしろ大いに有り得る…アイツ出てる時の記憶ねえし…こっわ」

もしそうだとしたら恋華が何とかしてくれたのか、それとも本部にいた他の忍びが何とかしてくれたのか…もしくは白い俺が自発的に寝に帰ったとか?だったらむしろ俺が戻った時よりも樹の警戒センサー引っかかりそうだから気付かれてないのはおかしい…気がする。
それにしても本当に恋華と話した、以降の記憶がない。何も思い出せそうにないため俺はすぐにそれとなく話題を変えたが、頭の片隅ではずっと気になったままだった。

そうして俺達が話し込んでいると、いつの間にか店内は酔っ払いで賑わっていた。そのことに気付いて「帰るか!」と席を立った俺は、一先ず会計を樹に任せて先に外に出る。
また例の紫陽花の植え込みの辺りでアルコールの匂いを少しでも早く消す為に深呼吸しながら樹を待っていると、ふと、聞き慣れた声で名前を呼ばれる。

「…?その声…」

思わず呼びかけるが、訳あって身を潜めているなら控えるべきだと判断し、言いかけた名前を飲み込んだ。代わりに「どうしたんだよ」と返す。

「今変装してないから姿は見せられないんだけど、ちょっといい?」
「いいけど…どうせ後で本部で合流すんのにわざわざ今話す必要あんのかよ?」

里冉は「まあね」と言いつつ、本題らしい話を口にした。

「刹那さんのことなんだけど」
「…!!!師匠が​何───​─」


瞬間、強い風が吹き抜けた。

舞い上がった桜の花弁が俺を包むから、思わず目を閉じてしまう。

それからあの日​───​─師匠が消えた日、桜の匂いがあちこちでしていたことをふと思い出して。


次に聞こえたのは、里冉ではない誰かの笑い声。

里冉ではなかったが、確かに聞き覚えがあった。

そうだ。この声は​───​───​───​



***



足早に店を出て行ったマイペースな双忍の片割れを追って、外に出た瞬間。

「い、樹さん…!!ら、楽…楽様が…っっ!!!」

そこで樹を待っていたのは、思いもよらぬ人物だった。

「え、確か君…うちの隊の…」
「五十嵐桜日と申します…!」
「そう、桜日…さん、で、えっと…?楽がどうしたって…?」
「それが…っ!!!」

今にも泣きそうな桜日の表情に、流石の樹も狼狽える。何も分かってはいないが一先ず「分かったから落ち着いて?」と言いかけたその時。
樹を遮って告げられた言葉は、更に思いもよらぬ内容だった。

「楽様がっ…目の前で消えて…っ!!桜日、その、あまりに一瞬の出来事で…反応できなくて…っ!」

「…は?」


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