紅雨-架橋戦記-

法月

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一章

六十三話・証拠と結果

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長い夜が明けた。

俺は起きたら森の中にいてビビったし、樹は樹で俺がいないことにビビったらしいし、なんとか合流できたから良かったものの下手したら遭難モノだったな、なんて話しながら俺達は下山した。まあお互い忍びだし合流出来ずともなんとか帰れはするだろうけど。

下山途中、夜中何があったかを樹に話した。
廉に突然襲われたこと、朱花に助けられたこと、梵さんと話したこと、そして二人が里を抜けたらしいこと。
それらを聞き終えた樹は、少し考え込んで、「…そっか」とだけ言った。

「え、そんだけ?」
「別にこれ以上の感想ないでしょ…」
「もっとびっくりしたりとかなんかこう、ないのか?」
「大体は俺達の考えてた通りだったし、梯に寝返ってたのも想定内だし」
「ああ、そう…」

反応の薄い樹に俺がびっくりしてしまったが、言われてみれば確かにそうだ。

「どうなったんだろーなぁ、復讐」
「付近探しても特に死体とかなかったしね」
「な。…あ、でも廉がこの先本部に姿見せなかったら…」
「まあ、そういうことになるだろうね」

俺的に何が一番びっくりだったかって、廉が仇だったことだ。
同じ隊にいるからと、漠然と味方だと思い込んでしまっていた。直接話したのは昨夜が初めてだったけど、それでも廉が俺のことを『対梯忍者隊の仲間』ではなく完全に『本物の悪魔の目』としか思っていなかったのが、なんというか、かなりショッキングだった。
人を人として見ていない。明らかにあれはコレクターの〝コレクション〟に対する目。あんな体験は初めてで、しかもそれが立場上は仲間な相手だというのだから尚更怖い。

ていうかそもそも悪魔の目とはなんぞやというところからなのだが、樹に聞いても「さあね」とだけしか答えてくれなかった。知らないのか、知ってて誤魔化してるのかすらよくわからない返事だ。おかげでそれ以上聞く前に、話題が変わってしまった。

「楽はもう満足したの?」
「何が?元三人目の調査?」
「そう」
「あー、うん。どうなったかは正直すげえ気になるけど、もし復讐が果たされてたならどっちかっつーと俺より茶紺と恋華に知らせてやってほしいし、俺はもういいかな」
「漠然と甲賀を嫌いなままでいるのも、ってあれか」
「うん」

廉と千昊がやべー奴なのは確かだしアイツらが甲賀者なのも確かだけど、ちゃんと知ればあの二人がかなりイレギュラーなだけで甲賀者全員がやべー奴じゃない、ってことがよくわかると思うのだ。いや茶紺はこの件の他にも甲賀嫌いの理由はあると言っていたけど。
それにこうして俺の提案に乗ってあんな山奥までついてきて一緒に調査をしてくれる樹も甲賀者だってこと、知って欲しい。里冉だって、なんだかんだ言いながら邪魔をしてくるわけでもなく、手を貸してくれた。里が違うからって敵意を向けてきたりはしない奴らがいるってこと、ちゃんと伝えたい。
まあでも、俺と同じようにあの二人も甲賀者と同じ班で頑張ってるんだから、きっともう気付いてるんだろうな。だから俺が盗み聞いてたあの日、あんなに弱っていたんだと思う。

「ま、とりあえず俺らの双忍としての初任務はここまでかな」
「そうだね」

任務の結果としては、いまいち達成感があるのかないのか…といったところだが、これ以上調べたところで、という状況が突然訪れてしまったのだ。仕方ない。
聞き込みで情報を集めて、そこから色々推測して、運よく里冉が千昊のことを知っていて、接触に成功して…そこからはもう、ただあっちの流れに巻き込まれただけのような気がする。俺らが何かをしたというより、たまたま復讐の現場に居合わせてしまった人、になってしまった。
調べていたことなのだからかなり幸運ではあるのだが…あれか、運も実力ってやつかな。それとも復讐は実はもっと後にする気で廉のこと張ってたけど俺の目が茉央と同じように狙われたから出てきてくれた、とかなのかな。だとしたらむしろそれだけで邪魔しちゃった感あるけど…まあ真相なんて俺が一人で考えたところでわかるはずがないのだ。直接聞かないと。

朱花はきっと生きている。でも次会うときは、敵だ。
助けてくれたお礼も言えていないしできればあまりギスギスしたくはないのだが、梯である以上は倒すべき相手。
助けてくれたことと、寝返ったことは別だ。

「そろそろ俺らもちゃんと対梯班として動いていかないとね」
「今回は奇跡的に梯とも全くの無関係ってわけじゃなかったけどな」
「まあね」

失踪してた二人がほぼ梯確定ってだけでも今の里にとっては結構でかい成果だし、と続ける樹。

「…どうやって報告しよう」
「変に誤魔化したところで見抜かれそうだしそのままでいいんじゃないの」
「にしてもなぁ」
「ま、確かに『味方に襲われたけど梯が助けてくれて生き延びました~』なんて現実味ない話、普通信じられないしね」
「そうなんだよ」

未だに、昨夜のことは夢だったような気もしてしまう。
それでも話しながら梵さんに手当てしてもらった腕の傷は確かにあるし、廉のあの禍々しいオーラも視線も、鮮明に覚えている。

傷を軽く押さえる。
確かに痛い。
あれは、夢じゃない。

「……そういえば当初の目的だった信頼関係とやらは手に入ったんすかね、樹さん?」
「何急に…。いやまあそりゃ前よりは…って感じだと思うけど」
「そっか、うん、ならいいや」

少しでも前進したなら、それで十分だ。十分、今回の任務に挑んだ甲斐があったと思える。
まあまだ強い双忍への一歩目にすぎないかもしれないけど、それでもアイツに…里冉に一歩でも近付けたのなら、それで…

「……楽?」
「ごめ…ちょっと肩貸して…」
「………もしかしてその傷、結構深かったりする?」
「…かも?」
「そういうことは早く言えバカ。急ぐよ」
「ぉわ、ちょ、樹、まっ」



***



気が付いたら、見覚えのある無機質な天井が俺を見下ろしていた。

「目が覚めましたか」
「杏子…」

どうやら俺は樹に担がれて、爆速で本部に戻ってきたらしい。
そしてもう既に杏子が処置してくれたらしい腕には、新しい包帯が巻かれていた。

「…過剰出血による貧血です。止血が遅ければこの程度じゃ済まなかったと思いますが。今度は何したんですか」
「いやあ…はは……」

廉に棒手裏剣ぶっ刺されました~とは流石に言えない。

「というかそもそもなんで深く刺さっているものを抜いたりしたんですか。死ぬ気ですか?」
「それには深い訳があって…つか抜いたの俺じゃないし…」
「あ、そうなんですか?なら楽くんを責めるのはお門違いでしたね、すみません」
「いや、いいけど…」

今回ばかりは朱花を責めるのも違うしな。あの棒手裏剣が厄介だっただけだ。
なんにせよあの場面で朱花が助けてくれていなかったら、それこそ貧血じゃ済まない無惨な姿になっていたのだろう。強制的に白楽出すとかなんかやべーこと言ってた気がするし…。

ま、とにもかくにもまずは朔様への報告が先だ。相変わらずよく喋る杏子から薬を受け取りながらそう切り替え、話がひと段落したあたりで立ち上がる。

「…そうだ杏子」
「はい?」
「今日さ、廉どっかで見かけた?」
「榊木さんですか?見ていませんが…それが何か?」
「そっか」

はてなを浮かべる杏子に「さんきゅ」とだけ言い残して、俺は医務室を後にした。

(もし何事も無かったかのように廉と本部で出会したりしたら…俺は…正気でいられるだろうか……)

そんなことを考えながらいつもの部屋に戻ると、樹はやはりそこで修行をしていた。
やけにソワソワしていたように見えたので「もしかして俺が無事か心配してた?」と半ば冗談で言うと「別に」と顔を逸らされてしまった。

「……何」
「いや、なんでも?」

樹の言う『別に』は大抵の場合は肯定だ。でもそれを指摘すると余計にツンツンされるのはわかってるので、俺は言おうとした「心配かけて悪かった」を「運んでくれてありがとな」に変えて、笑いかけた。

「双忍なんだから、当たり前でしょ」
「…………あ、そういや白さん達言ってたもんな。片方が怪我した時に連れて帰れるって」
「そ、だから礼はいらない」

相棒として、ちゃんと認めてる​──────
樹の口からはっきりとそう言われた気がして、嬉しすぎて思わず俺の方が照れ隠しをしてしまった。いつもなら「あ、双忍って認めてくれた」とか「かっこいいこと言っちゃって~」とか言えるのに。おかしいな、まさか樹に調子乱される日が来るとは。

「……楽、顔赤くない?」
「うっせ、任務報告行くぞ」
「はいはい」

……でも正直、どうして樹は俺の事を認めてくれるのか、わからない。ずっと疑問だった。だから今回の任務中、何度も聞いてきた。どうして普通に接してくれるのか。どうして仲良くしてくれるのか。答えはやっぱりすごく樹らしくて、納得はできたけど、それでも不思議だった。
いつ白いアイツが出てきて暴れ出すかわからない俺のことを、茶紺に何か術をかけられているらしい俺のことを、廉に〝悪魔の目〟だと狙われる俺のことを、どうしてそう信用できるのか。

「……楽?」
「へっ?」
「なんかぼーっとしてたけど……どう報告するか決まった?」

あ、あぁ報告な~……と明らかに決まっていない返事をしてしまう俺に、樹は「なんか今日変だよ」と鋭く切り込んでくる。

「……何考えてるか知らないけど、まずは報告。話はそのあと聞いてあげるから」
「……おう」

そうして、俺達は朔様に昨夜のことを…というか今回調べていたこと含め包み隠さず全てを報告した。里が隠していることだと知り気になって調べた、と俺がバカ正直に話すと、朔様は笑って許してくれた。よく自力でそこまで調べたね、とまで言ってくれた。(怒られること覚悟してたのに…)
朱花と梵さんについては、まだ梯だと確定したわけではないから朔様から皆に話すまでは伏せておいて欲しい、とのことだった。そして、他にも廉のような者が混ざっている可能性もないとは言いきれないから気をつけるように、とも言われた。

何よりもまずは生きて帰ってきて偉い、と褒めてくれた朔様は長として本当にかっこよくて、同じ五十嵐で雰囲気の似ている師匠が俺の脳裏をチラついた。

「……復讐、か」
「里を抜けてまで、果たしたいこと……だったんだよね、彼にとっては」

報告を終えてまたいつもの部屋に戻る。

「配属後は不仲だったんだよな、あの二人」
「らしいね」
「なんで不仲だったのに、復讐なんてしようと思ったんだろうなぁ」
「……梵さんから話聞いたんでしょ?」
「そうだけどさぁ…」

朱花の気持ちがよくわからないという顔をした俺に、樹が言う。

「不仲になるって、それまで仲が良かった証拠……だからね。案外わかんないもんだよ、人の感情なんて」

そう話す樹の表情は、昨日の梵さんとどこか似ていて。
やっぱり法雨兄弟も昔は仲良かったんだろうなぁ、と勝手に解釈する。嫌がられるだろうから口には出さないけど。

「仲が良かった証拠、ねえ……」
「……それで?さっき様子おかしかったのはなんだったの?」

本当に話聞いてくれんだ、と少し笑う。

「あー、あれ?いや、樹が双忍って認めてくれてんのすげー嬉しいなって思って」
「それにしては浮かない顔してたように思えるけど」
「そーか?気の所為じゃね?」

それよりも、と今日の修行を始めるように話題を持っていく。
薬を受け取る時に杏子が『傷が開くといけないので激しい運動や負荷のかかる修行はまだ控えてくださいねー?動かずにやれる五感強化や呼吸術などは行っても大丈夫ですよ』と言っていたことを樹にも伝え、とりあえずオンに切り替えるために並んで息長を始めた。

短く吸って、長く吐く。所謂瞑想が目的の息長だが、今の俺には最適だった。
復讐の結果も、梯に寝返った二人のことも、師匠のことも、茶紺のことも、紅のことも、吟の目のことも、白い俺のことも……全てが気になって、何かに集中していないとずっとぐちゃぐちゃと纏まらない思考に支配されてしまう気がする。こういうとき、自らを切り替える手段を持っている忍びでよかったと思える。

考えることが多すぎるけど、考えたところでどうにもならないことばっかだ。
恐れ、侮り、杞憂は忍びの三病。わかっている。なるようにしかならない。考えることを放棄するわけじゃないけど、一先ずやるべき事に集中していたい。
ただでさえ俺は馬鹿だから、一人で考えることは多分、悪手だし。

とにかく、復讐が朱花の納得のいく結果になっていればいい。
今の俺に出来るのは、そう祈ることだけ。

そして結果がどうであれ、茶紺と恋華には今回のことをちゃんと話したい。

……あとあれだ、敵か味方かいまいちわかんねーけど、白い俺と次話せたら名前だけでも聞きたいな。

そこまで考えて、結局色々考えてんじゃねーか、と内心で苦笑した俺は、今度こそ息長に意識を集中させたのだった。
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