紅雨-架橋戦記-

法月

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一章

六十二話・独善[4]

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「榊木廉。お前を、殺しに来た」

朱花が口にした、男の名前。
その響きは確かに聞き覚えがあって、もしやと思って記憶を辿る。

数秒後。
辿り着いたのは、信じたくない記憶。
それが間違いでないのなら、アイツは、廉は​─────

対梯忍者隊の、仲間だ。

「ああ、そのチョーカー…なるほど、偽物くんの復讐かぁ……へえ……」

〝偽物くん〟
廉の言葉に、朱花がピクリとする。

「お前は…自分が殺した相手の名前すら覚えていないのか…?」
「だって死人の名前なんて覚えたって無駄じゃんねえ?」
「…ッ」

怒りを隠せないと言わんばかりに、朱花が殺気立つ。

「いやぁアレの目、紛らわしくてさ~……ほんと迷惑しちゃうよ、ボクが求めてるのは本物なのにさ」

言いながら、廉が俺へと視線を滑らせた。
その異様な輝きに思わずぞわりとする。

「ふ、ふふ…あの子も、君も、ボクの邪魔をするんだ……やんなっちゃうなぁ……」

イライラがピークに達したのか、殺気を溢れさせる廉。
一触即発の睨み合いに、息が詰まる。

次の瞬間、戦いの火蓋が切られた。

俺が廉の目に入るところにいるとお荷物になることがわかるし、正直廉が怖すぎて今すぐ避難したいし、なんなら今見たことを朔様に報告したいし、樹も起こしたい。
それでも俺はその場を動けなかった。
ただ目の前で繰り広げられる戦いを、見ることしかできなかった。

朱花は例の棒手裏剣が刺さらないように全て弾くか避けるかしながら、果敢に廉に攻撃を仕掛ける。
一方廉はその攻撃を躱しながらも、俺を狙う隙を窺っているように見える。

しばらくそんな状況が続いたが、最初に傷を負ったのは朱花だった。

「く……ッ」
「朱花…!!」

普通のものより先が鋭く、刺さりやすくなっている廉の棒手裏剣。刺さるのは回避したようだが、その先端が朱花の装束を切り裂き、血を滲ませる。
直後、一瞬の隙を見逃さなかった廉の強烈な拳が、朱花にヒットする。

吹っ飛んだ先に一瞬で追いつき、朱花を踏みつけた廉。
奴はその赤い舌で手に持った棒手裏剣を舐め、ニヤリとする。

「さあ、ボクの人形になってもらうよ……♡」

見ているだけの俺だったが、『朱花が危ない』と思った瞬間やっと体が動く。
地面を見るとさっき朱花が木の上から助けてくれたときに使ったらしい四方手裏剣が落ちていたので、咄嗟に拾って廉に打った。流石に弾かれたが、一先ず朱花への攻撃を止めることは出来たようだった。
それから意識を朱花に戻させないように、間髪入れず叫ぶ。

「お前の目当ては俺だろ…!」

廉が、俺を見る。
舐めるようなその視線はやはり俺をゾワゾワさせたが、まだ朱花が解放されたわけではないので必死で逃げ出したくなる衝動を堪える。
だがその隙に踏みつけている足に向かって朱花が攻撃を仕掛けた。おかげで次の瞬間にはもう解放されていて、ほっとする俺。

そうして体勢を立て直した朱花の目は廉を捉えたままだが、明らかに俺に向けて、こう言った。

「ありがとう。でもごめん、これは俺の戦いだから」

その言葉に込められた〝邪魔しないで〟という強い思い。
確かに感じ取った…が、俺は迷っていた。

邪魔は確かにしたくない。

でも朱花が殺されてしまうかもしれない状況を、黙って見ているなんて出来ない。

廉の殺気に触れて、コイツはやばいと確信した。このまま続けると、本当に朱花は致命傷…どころじゃ済まない気がしてしまう。それ程までに、奴の殺気は禍々しいのだ。
だから何があっても手を出さないなんて、俺には…

そんな思考のせいで返事できずにいると、急に体が宙に浮いた。

「…ッ!?」

驚くが、不思議と嫌な気配ではなかったため冷静に俺を抱き上げたその人を視認しようと顔を見上げた。するとそこにいたのは​────

「梵さん…!?」
「久しぶりだな」

どうやら梵さんは俺を抱えて森の深くへと移動するつもりのようで。
すごいスピードで遠ざかっていく朱花と廉を見ながら「なんで…!!」と言いかける俺だったが、それを読んでいたのか梵さんは言った。

「あれが今のアイツの生きる意味なんだ、止めてやるな」
「でも…!朱花まで死んじゃうかもしれないのに……!」
「だから?」
「だから……って……」

言い淀む。すると梵さんは覆面を外しながら俺を見た。

「関係のない俺達が介入できる問題じゃない。復讐も、それを迎え撃つのも、互いにそれ相応の覚悟があってやってることだ。その生死をかけた覚悟を邪魔するなんてのは無粋だって、わかるだろ」

でも、だって…と言いたい気持ちをぐ…と堪え、頷く。
すると梵さんは俺を地面に下ろし、よし、と俺の頭を撫でた。

「アイツは大丈夫だよ、楽。…だからそんな顔するな」
「はい……」

梵さんの優しい手に、ずっと張っていた気が緩む。
しばらくぶりに深く呼吸した気がするな、と思いながら自身を落ち着けるためにゆっくりと深呼吸を繰り返した。忍びは呼吸を使い分けて自分の精神状態や調子を操るが、俺はまだ廉のような相手だとまるで役に立たなくなってしまうのがよくわかった。もっと修行が必要だ。くそ、不甲斐ない。(ちなみに深呼吸は吐くのが先で、長く吐いて短く吸うのがいいと師匠が言っていた)

「あの…梵さん」
「どうした」
「朱花のこと止めない代わりに、教えてください。…アイツと、茉央のこと」

梵さんは近くの木の根に腰を下ろし、俺の問いに答える。

「…わかった。その口ぶりだと茉央のことは知っているようだが…どこまで知っている?」

それから、俺は梵さんと二人のことを話した。
二人の仲が良かったこと。茉央が先に直属班に選ばれたこと。おかげで関係が拗れたこと。朱花の水遁は茉央への対抗だったこと。茉央の遺体に眼球がなかったこと。
調べ上げたこれらのことは全て事実で、朱花が復讐しようとして姿を消していたってのも当たっていたらしい。

そして梵さんは、配属以前から既に朱花は茉央への嫉妬を抱えて悩んでいたこと。朱花も茉央の遺体を見ていたこと。殺されてしまったまさにその日、朱花は拗れていた関係を戻そうと茉央と向き合うつもりでいたこと。それらを教えてくれた。

「忍びとして生きて死ぬだけ、って思って育ったアイツはさ、『何がなんでもやりたいこと』ってなかったんだよ」
「へえ…」
「ここ数年は変わって、俺…のこと…まあこれは楽も知ってる通りで」
「ああ…」

察する。梵さん本人も流石に気付いてたんだな。…朱花の気持ちには応えてないように見えてたけど、もしかして実はそうでもなかったりするのかな。

「で、そんな朱花が、俺以外で本気になれること…それが、この復讐だったんだ」

「だから、応援してやりたい」

「やっと見つけた本気になれることが復讐…ってのも悲しいことだけどな。それでも間違いなく、アイツの意志だから」

ゆっくり言葉を紡ぐ梵さんは、真剣な目をしている。
俺にはその横顔が、まるで自分のことを話しているような、そんな風にも見えて。

「……復讐のために姿消してた…って、アイツらが犯人ってことを調べてたんすか?」
「ああ。まあそんなとこだ」
「この復讐が果たされたら、お二人は里に戻ってくるんすよね…?」

恐る恐る、聞く。すると梵さんは、うーん…と数秒考え込む。

「まさか…じゃない…っすよね……?」
「……はは、どうだろうな」

肯定にしか取れない気もするその言葉。肯定に取りたくなくて、俺は考えるのをやめる。

「……朱花の方、どうなったんすかね」
「さあな。どう決着がつくかは、誰にもわからないさ」

さて、と梵さんは再び覆面で顔の下半分を隠し、立ち上がった。

「見に行くんすか?」
「いや、今のうちに茉央の目を取り返そうかと思って」
「えっ」

盗みに行くってことっすか…?と聞くと、今度こそ確実に肯定な微笑みが返ってきた。その表情だけ見ればまるでいたずらっ子のようだが、やろうとしてること泥棒なんだよな……まあでも相手が先に盗んだようなもんだしな……?取り返す、で合ってるのかも…?

「ていうか茉央の目ってまだ持ってるんすかねアイツ。偽物は邪魔だとか言ってましたけど」
「わからないから俺が行くんだ。持ってることが確実なら、朱花が自分で奪い返したいって言い出すだろ」
「……なるほど?」

それじゃ、とその場を去ろうとする梵さんの背中に、声をかける。

「いってらっしゃい、っす」
「ああ、いってきます」

梵さんが立ち止まり、振り返る。

「楽」
「はい?」

「…いや、なんでもない。……じゃあな」

去り際の梵さんの表情は意味深で、言おうとしたことをなんとなく察してしまった。

(ま、でも忍びの言動なんて何が本当かわかんねーし、もしかしたら明日しれっと戻ってきて驚かすための演技かも知んないし…)

一人になった途端完全に気が緩んで、急に眠気が襲ってくる。

朱花の安否はめちゃくちゃ気になるが、梵さんのおかげで俺がどうこうできることではないと、朱花に死んでほしくないからと手を出すのは俺の独り善がりでしかないのだと、ちゃんと気付けた。だから俺に出来ることは、朱花の無事を祈るのみだ。
それとあの付近で寝ていた樹のことももちろん気になるが、アイツのことだからあんな殺気が近付いたら起きるだろうし、危険を感じたら避難しているはずだ。心配ないだろう。

とりあえずずっとここにいるのもアレだしせめて野営地付近には戻ろう……と思うが、近くまで行くとやっぱり気になってしまいそうだ。でもあれは手出し出来ないと割り切れてはいるし…ただ俺が廉に見つかると厄介なのは確かだし…。

(とにかく、朱花が無事でありますように…)

あれこれ考えているうちに、俺はその場で眠気に敗北していたのだった。

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