紅雨-架橋戦記-

法月

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一章

五十四話・其々の興味[2]

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「…………なあ樹」
「ん?」

早駆けで何本か競争した後の、整息の練習。
その最中、俺が鼻に付けた綿毛を落としてまで発言したかったことを察したらしい樹は、珍しく呼んだだけでこちらへ視線を向けた。

「今思いついたこと言ってもいい?」
「何」
「梯関係ない気はするけど……いやもしかしたらあるかも知れないんだけど、」
「何さ」

早く本題に入れと言わんばかりの相槌に急かされる。俺はニヤリとする。

「経験値稼ぎに実践任務、やろうぜ。俺今、個人的に調べたいことがあってさ」
「………………は?」

ぽかんとしている樹に、思いついた任務の内容『火鼠の元三人目について調査する』を伝える。たまたま盗み聞いてしまった、と少しだけ嘘も混ぜながらだが、元三人目について今まで聞いたことを順を追って話した。
すると、樹は少し考えてからその青い瞳に少しの不安の色を浮かべる。

「……伊賀の上層部相手にする気……?」
「おう」
「正気?」
「だって気になるんだもん」

わざと子供っぽい口調で言ってみせると、呆れたようなため息が返ってきた。

「にしたってさぁ……里が隠してること、俺達で暴けると思うの?」
「わかんね。でも尻尾くらいは掴めるかもしんないし」
「それ、話してた本人達に直接聞いてはみたの?」
「前までは聞くつもりでいたけど」

俺がそこで言葉を切ると、「盗聴で、やめた?」と先を続けてくれる樹。

「うん。だって実際俺に隠れて話してたし」

隠しているらしい本人達に馬鹿正直に聞いたところで、適当な嘘で躱されるか上手く話を逸らされるかの二択だろう。なら興味を持ったことすら知られずにこっそり調べる方が動きやすいに決まっている。

「で、甲賀側の情報も持ってる俺と一緒ならもしかしたらその甲賀嫌いの理由がわかるかも……って?」
「そ!」

さっすが相棒、わかってんじゃん!と調子に乗ると案の定軽く舌打ちをされた。それから少し間を空けて、樹は口を開く。

「………………楽はさあ……もしその元三人目の仇ってのが法雨の忍びだったらとか考えないわけ……?」
「……樹じゃねえんだろ?なら問題ない」
「確かに違うけど……仇の身内かもしれないんだよ?」
「俺と樹個人には関係ないって」

少し困惑したような表情で「ああそう……」と言う樹。

「な、やろうぜ。もしかしたら仇が甲賀だってのも上の嘘で梯かもしれないし!」
「それはない気がするけど……わかった、いいよ」

へへ、樹ならそう言ってくれると思ったんだよ。
そう思いながら樹を見ると、どうやら俺の予想よりもずっと乗り気のようで、その顔には悪戯な笑みが浮かんでいた。

「上を相手にするとかちょっと面白そうだから乗ってあげる」
「よっしゃあ!」

それじゃ明日から任務開始すっから、伊賀歩く時用の変装の準備よろしく!とウインクすると、樹はうげぇ…という顔をしつつも「…りょーかい」と返してくれた。

さて、どうやって調べようかな。
まずは少しでも情報を集めるのが最優先かな。元三人目が誰と近しかったかとかそもそも男か女かすらわかっていない現時点で直接長屋敷にあるであろう資料等を狙ったところで、資料より先に俺らが見つかるだろうし、そんなリスクを犯すのは忍びとしては避けるべきだ。
こういうときは忍びに色を替える法。難しい手段は捨てて、できるだけ易しい方法で情報収集を……。
そうだな……茶紺と恋華以外で、元三人目のことを少しでも知っていて、且つ俺が話術をかけて話を聞き出せそうな人…………。

……てか明らかに俺のせいなのだが、すっかり雑談モードになっちまったな、なんて思いながら水筒に手を伸ばす。すると今度は樹から「ところでさ、」と話を振られた。

「俺も個人的に気になってたことあったんだけど……直接聞いていい?」
「んお?なんだよ?」
「兄貴と楽ってどういう関係?」

ぶはっ、と口に含んだ水を噴き出しかけて、すんでのところで堪えた。無理やり飲み込んだせいで気管に入った水に噎せながら、樹を見る。

「どっっ…………って……」
「そんな動揺するような関係なの……?」

なんも言ってねえのに引くのやめろよな……と苦笑しつつ、「別にそんなんじゃねえけど」と早めに誤解を解いておく。

「どう見ても今回の班で一緒になる前からの知り合いじゃん。どういう繋がりがあってあんなに仲良いのかずっと気になってて」
「まあそりゃ樹にはバレるよな……」
「いや多分みんな不思議に思ってる」
「え、うそ、マジ?」

まじ。と返す樹。他の班とかの前じゃ隠してるつもりだったからちょっとショックだ。
そんなことを考えているのが筒抜けだったのか、樹が「楽がってよりあのバカがわかりやすいんだよね」と俺へのフォローなのか里冉へのディスなのかわからないことをさらっと言う。

「まあその、なんつーか……友達だよ、普通に」
「あ、そう」

明らかに信じていないであろう樹の視線。

「……なんだよその目は」
「友達にしては……ねえ」
「なんだよぉ、なんもねえって」
「へ~……」

半ばヤケになりながらなんもねえって~~と繰り返すと、樹は「必死すぎて怪しい」と痛いところを突いてくる。でもマジでただの友達だもん!なんで仲良いかってのは多分法雨の奴等には話さない方が良さそうだし言えないけど!

「ほら、もういいだろ!修行再開すっぞ!」
「あ、話逸らした」
「も~~~~!!お前里冉のこととか興味ないんじゃね~のかよ!!」
「弱みを握れそうな予感がして」
「やめてやれ。ていうかやめてくれ」

法雨の後継ぎと立花の後継ぎが仲良いってだけでマジで問題になりかねないから。既にもう弱み握ってるみたいなもんだから。と思うが口には出さないでおいて……。

しっかし、樹が俺と里冉の仲に興味あった……というか気になってたってのは心底びっくりだ。まさか自分から聞いてくるとは…全く予想してなかったな……。
絶対興味ないだろ…と樹の前では油断していたせいももちろんあるだろうけど、それにしてもそんなに仲良く見えるということにも驚いた。里冉がわかりやすいって樹言ってたし、あとで注意しておこう。ちょっとは隠そうとしろ、って釘刺しとかなきゃ。


……そんなこんなで、その後も弱みを聞き出そうとしてくる樹を躱しながら、なんとか修行を続けた俺なのだった。



***



修行を切り上げ、今日も広間で里冉を待つ俺達。
すると突然、樹が「ねえ」と俺を見た。

「楽って外泊、ダメだったりする?」
「急になんの話だよ」
「いや……ここって泊まり込み可なんだよなあ、ってふと思って」

本部は確かに寝泊まりのできるスペースはある。そういえば白雪さんも好きにしていいよと言っていた気がする。……で、それがどうしたんだ?

「こんなこと言うとノリノリじゃん、とか言われそうで嫌なんだけど」
「うん?」
「……一朝一夕にしたくないなら、帰ってる時間…勿体無くない?」

盲点だった。
樹の言った通り、意味を理解して真っ先に抱いた感情は「コイツめっちゃやる気じゃん…(嬉)」だったが、確かに考えてみれば家に帰っている時間は今の俺達にはかなりのロスタイムである。

「樹からそんな提案が出ると思わなかった……」
「俺も思わなかった」
「だろうな」

樹は絶対一人の時間ないと死んじゃうし一刻も早く家に帰りたいタイプだと思っていた。その樹が自分から俺とここで寝泊まりする選択肢を出してくるとは。嬉しさと驚きが止まらない。

「いいのかよ、そんなすげえ俺優先してるみたいな選択肢」
「そう思われるのは心外だけど」
「アッはい、任務優先ですよね」

ニヤけかけていた顔を引き締め、調子に乗るな俺、と戒める。

「なんていうか……少しでも早く信頼関係を築くには離れてる時間が勿体無いなって思っただけっていうか……楽とずっと一緒にいたいとか思ってるわけじゃないから勘違いしないで欲しいんだけど……」

うるさいし…すぐ調子乗るからうざいし…悪趣味だし…と付け足されてボロクソ言うやん、と思うが、その後続いた言葉で途端に俺の機嫌は良くなる。

「〝友達〟になったんなら…仕事以外の時間も一緒にいても別に問題ない、でしょ……」

だんだん小さくなる樹の声。それを受け、あ、照れてる…と面白くなってしまい、さっき頑張って引っ込めたニヤニヤが戻ってきてしまう俺の顔。

「樹ぃぃ……!」
「な、だから勘違いすんなって言って、ちょ、喜ばないでよ」
「えっへへ、まさかお前から友達って言ってくれると思わなくてさぁ、マジでどした今日?なんかあった?」
「うっさいバカ、そういうとこがうざいって言ってんだよバカ」

赤くした顔を逸らす樹に、嬉しさ余って「しんゆ~~♡」と寄り掛かると、「それは流石に早いでしょ」とやけに冷静なツッコミを食らってしまった。
いやでも初日の樹からは信じられないくらい心を開き始めてくれていることを実感しているのだ、嬉しくないわけがない。喜ぶなと言われる方が無茶だ。
顔緩みすぎでしょ…と引き気味で言われるが、例えどれだけ罵られたとしても今の俺には効かない。お前の口から友達認定された今の俺は無敵だからな。

「そんじゃ明日から任務と同時に泊まり込みでの修行も開始、だな!」
「ん、そうだね」

今日のところは親父に外泊許可をもらうために帰るが、明日からは樹との修行&任務に専念できるんだと思うと楽しみで仕方ない。いやそんな楽しんでやるようなものでもないのだろうけど、法雨の奴らと堂々と一緒にいれることが既に俺にとっては結構嬉しいのだ。多少舞い上がってしまうのも仕方ない。
とはいえもちろん舞い上がってる場合でもなく、ちゃんと任務は任務、修行は修行、オフはオフで切り替えて接していかねばならない。うん。わかってる。その切り替えの練習としても泊まり込みという手は最適だと思う。だから樹から提案があったのがすげえ嬉しい。(結局ここに行き着いてしまうな……)
なんて考えていたら、真顔に戻った樹がスッと俺に向き直る。

「……で、結局楽と兄貴の関係って」
「機嫌いいからって聞き出せると思うなよ!」
「チッ、だめか」

まさか樹、それ聞き出す為に俺に取り入ろうとしてるわけじゃねえよな……!?
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