紅雨-架橋戦記-

法月杏

文字の大きさ
43 / 115
一章

三十九話・凶報

しおりを挟む



 その夜、呼び出された場所にはいつもいるはずの男の姿が無かった。
 一人でいるところを見るのは初めてだな。そう思いながら姿を見せると、俺を呼び出したその人は静かに口を開いた。

「里冉さん、任務報告です」
「………その顔……最悪の展開、かな」
「そうですね」

 紫鶴くんの瞳に微かな恨みの色を見て、俺は想定していた中で最も悪いものが現実になってしまったことを察した。

「悪い事をしたなあ……」
「僕からすれば悪い事をした、で済まされることではないですけどね」
「……うん、ごめん。読みが甘かった」

 俺が暗い表情を見せると、紫鶴くんは責めることを諦めたらしい。任務の報告を始めた。

「……接触は案外簡単でした。貴方の言った通り、あの後あちらから現れました」
「だろうね」
「僕はあの時姿は見せていないのですが、おそらく……いえほぼ確実に仲間だとバレてはいるのでいつ消されるか分からない状況です」
「……そう……」

 紫鶴くんが巻き込まれてくれたのは、泪さんが引き受けたから、だろう。
その泪さんが居なくなった今、俺に協力する理由など無いはずだ。それでもこうして危険を冒してまで任務報告をしてくれている。
 それはきっと、彼の犠牲を無駄にしないため。

「潜入先で何があったかは……残念ながら僕にはわかりませんでした……。当たり前ですが盗聴器の類はリスクが高すぎて使えませんでしたし……僕一人じゃ拠点に近づけすらしない……っ…」

 悔しさを滲ませるその顔に、俺は罪悪感で何も言えずにいた。

「遺体もあちらで処分されているでしょうし……この目で確認した訳では無いので未だ信じられないんですけどね……外部に連絡が取れないだけで、今もまだ生きている可能性はゼロでは…ないんですよ……けど……」
「……そうだね」

 紫鶴くんはそっと、巻物を取り出す。

「これは泪さんから貴方へ渡すよう預かったものです。いつこれの存在がバレて殺されるかとヒヤヒヤしていたのですが……呼び出しに素早く応じてもらえて助かりました」
「これは……」
「彼の過去視で見えたことを暗号化して書き記したもの、だそうです。事件自体が甲賀によって揉み消されているせいか断片的な記憶しか拾えなかったようですが……」
「……! ……助かるよ、ありがとう」

 俺は巻物を受け取り、その場で目を通すと「…よし」と視線を外した。

「もしかしてこの場で処分する気ですか?」
「まあね。一度目を通せばそれで十分だし、暗号とはいえ梯にとってはあまり存在して欲しくない物だろうから。見つかる前に無かったことにしてしまうのが一番でしょ」

 そう言うと、紫鶴くんに「待って」と止められる。

「……あの、不要なのであればそれ、僕に譲ってくれませんか」
「……話聞いてた?」
「はい」

 何を言い出すんだこの子は、と困惑する俺。

「遺品として……欲しくて……」
「見つかれば殺されるかもしれないのに?」
「巻物があろうが無かろうが、既に殺される可能性高いですから僕。……それに、これを持っていればあの人の所に行ける気がするんです」
「……そう……なら好きにしなよ」

 それが紫鶴くんの望みなら。
 少し躊躇いながらも、巻物をその手に返した。

「ありがとうございます。……そしてこれは僕からの任務報告…というか貴方個人への忠告ですが」
「……?」
「今回見たあの場所の霊達は、お察しの通り法雨家への怨念でこちらの世界に留まっているものです。地縛霊のようなものなのであちらからは近づいて来れないですが、法雨の皆さんは…特に十様の息が最もかかっている貴方は近づかない方がいいです」
「……言われなくても、近づかないよ。大丈夫」
「そうですか。ならいいです。……ただでさえ貴方はあちらの者に好かれやすいので、お気をつけて」

 そう話す紫鶴くんの左右で色の異なる瞳が、俺の少し後ろを見ている……ように見えた。それには流石の俺も背筋が冷えて、少しだけ表情が強ばってしまっている……気がする。

「……君は、これからどうするの?」
「一人でも旅を続けます。一刻も早くこの地を離れた方が良さそうですしね」

 今回の報酬があれば暫くは持ちますし、と呟く紫鶴くん。やはり全部この子に託してから潜入に向かったんだな、泪さん。

「……無事を祈っているよ」
「思ってもないこと言うもんじゃないですよ」
「ふ、これくらいは言わせてよ」
「むしろ本当に思ってたとしても嫌です。貴方に祈られると余計に死亡フラグ立つ気がするんですよ」
「相変わらずひどいなぁ、〝紫鶴ちゃん〟」

 そう呼ばれると少女は細い肩をピクリとさせ、苦笑いを浮かべて俺を見上げる。

「……やっぱり貴方にはバレていたんですね」
「ま……そりゃね」
「わかってて女嫌いの泪さんの前では男扱いをしてくれていたんですね」
「優しいでしょ、俺」
「それを自分で言うあたりはダメですね」

 でももう男扱いする必要もなくなってしまったんだね。
 飲み込んだその言葉で、改めて泪さんを喪ったことを実感する。

「それでは、僕はこの辺で」
「……一発くらい殴ってってもいいよ」
「殴る方も痛いので嫌です。それに本当に恨むべきは貴方ではなく梯の連中ですから」
「そっか……」
「では。……里冉さんもどうか生き延びてくださいね。泪さんはそれを望んでいるでしょうから」

 声は出さずに、うん、と微笑んだ。

 危険な任務を引き受けてくれた二人。
 しかし、今回は俺の読みが甘かった。

 敵の参謀は、今回調べていた彼だ。
 初めて対峙したあの夜に言っていた「俺まず戦闘要員じゃねーもん」を聞いてからずっとそうじゃないかと思っていたが、案の定だろう。彼がリーダーに特別扱いされているであろう発言からも推測できる。ていうか副リーダーって呼ばれてたし。

 そして彼にはこちらの考えは読まれており、だからこそあの夜は餌に食いついた。多分、最初から殺す為に。
 大方、お前の思い通りにはさせない、というメッセージだろう。それか、回りくどいやり方してないで直接来い、とかかな。

 なんにせよ彼が会いたいのは、俺なのだろう。
 あの夜、参謀という重要な立場でありながらあっさりと姿を見せたことや失言が多かったことは、おそらくそこに起因する。冷静さを欠く程の何かがある。

 だから調べた。

 そして今回の報告で、確信は持てた。だが、まだスタートに立ったに過ぎない。
 ここからどう動くかが重要だ。法雨として甲賀を守るか、それとも……


 どの道を選ぶにしろ、今回頑張ってくれた彼等の勇気を無駄にしないため、俺のすべき事をしよう。

 去っていく少女の背中が見えなくなった頃、俺もまた、歩き出していた。



   * * *



 刹那が襲撃にあった夜。
 空翔はというと、伊賀を去ろうとしていた。

 向かう先は梯。
 空翔と入れ替わっていた少年の名は、月城 紗つきしろ すず。もちろん、梯の構成員だ。

 紗は空翔としても空を見上げる為によく来ていた高台から、里を見下ろして伊賀にそっと別れを告げていた。

(案外楽しかったな)

 彼本人も、潜入前は想像していなかった。
 最後の日にそんなことを思うだなんて。

(班長も桜日も恋ちゃんも、そんで……らっくんも……僕……空翔を……仲間として扱ってくれて……今日また仲良くなれて……)

 本物と入れ替わっているんだし仲間扱いはそりゃそうなんだけど、と思いつつ、紗は〝皆を騙す罪悪感〟よりも〝空翔としての喜び〟を感じていた。
 それ程までに、彼は空翔と同化していた。

​ ─────ありがとな、空翔

 楽の言葉を思い出す。思わず手が自身の頭へと伸びた。
 楽の手は、紗が空翔になってから初めて感じる温かさだった。

(励ましたのは確かに僕だけど、僕がその辛さの原因である梯なんだから……ほんと皮肉な話……)

 もしもこの先も楽の仲間でいれたら、その時はもっと仲良くなれていたのだろうか。そんな有り得ない想像が紗の頭に浮かんで、ブンブンと頭を振って振り払った。

 最後に空翔として〝仲間を励ます〟ことができた。それで満足なはずなのだ。空翔に、伊賀者としての彼にこの先などないのだ。
 切り替えて、明日からまた梯として生きるのだ。
 自分へそう言い聞かせる紗。それでも楽の、無理に作った笑顔が脳裏に浮かんだ。

(僕が、空翔が死んでるとわかったら、また同じ顔をさせてしまうんじゃないか……とか)

 考えたって意味は無い。同じように励ませる明日の空翔など、この世界には存在しない。

 紗が伊賀者を数人、梯として絆したのは確かだ。
 ただ、同時に紗も伊賀者に絆されてしまっていた。

(困るな、ほんと、良くないよそういうの。僕は紗だ。梯だ。空翔本人ではないしそれどころか真の伊賀者ですらない。ここで出会った人達は敵だ。いずれ殺し合う仲なんだ。いつまでも仲間気分で温いこと考えてたらリーダー達に顔合わせらんないよバカ)

(僕は梯だ。梯の、月城紗だ)

 この潜入中、空翔として自然な言動をする為にできるだけ考えないようにしてきたそれを何度も繰り返す。

(もう空翔である必要は無い)

(僕は梯の紗だ)

 梯に帰る為に、任務を完遂する為に、切り替えねばならない。

​ ─────生きて帰るまでが任務。

 潜入前に柊に言われたことを反復する。
 忍びとしての大切な心得であり、今の紗には特に大事なことだった。

 柊は紗が本人レベルで伊賀に溶け込むことまで予測して、それでも帰って来れるようにと言葉をかけてくれていたのかもしれない。


(……さ、リーダー達にドヤ顔で報告する為にさっさと帰ろ)

(久々に紅姉の入れたココアも飲みたいし)

(最年少なのに敵地で頑張ったんだから、皆にはこれでもかと褒めてもらわなくちゃね)


 明日、伊賀に流れるのは桔流空翔の凶報。

 そして梯に流れるのは、月城紗の生還という吉報。


(ばいばい、伊賀。また来るよ)


 今度は、梯として​───────

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...