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一章
三十四話・一鬼恋華
しおりを挟む結局昨日は恋華を病院へ運んだ後、上に『梯による襲撃があった&五十嵐刹那が行方不明』と報告をして解散した。
報告の際、長に「恋華が復帰するまで火鼠は大人しくしてなさい」と言われてしまったので、また数日は暇になるだろう。火鼠、よく怪我人が出るなあ。次は俺かなぁ……とか思うとマジでそうなりそうだからやめとこう。
解散後、茶紺は恋華の様子を見に病院へ戻ったようだったが、俺は桜日と一緒に師匠の捜索を続けた。が、やはり見つからず、あとは里から捜索任務を出された班に任せることにした。(ちなみに火鼠はもちろん、氷鶏も身内がいるからと正式に捜索任務にはつかせてもらえなかったらしい)
捜索を諦め五十嵐に戻ると、あっさり梯の女を撃退していたらしい利月…つか里冉が使用人にチヤホヤされながらもてなされていた。
正直心配はしていなかったがここまで普通にしていると逆にビビるな…なんて思いながら玄関にあった死体が無くなっていた件について聞くと、里冉が葬儀屋を呼んで回収してもらったそうだ。血等の掃除も使用人と共に里冉が終わらせたらしい。相変わらずお前だけ時間の流れおかしくねえ?というレベルで仕事のできる男だ。俺らなんて病院運んで報告、くらいしかしてねえよ。師匠は見つかんなかったし。ほんとなんなんだこの差は。
別れ際に桜日が不安げな顔をしており、このまま一人(いや使用人等はいるが…)にしていいのかと迷ったが、親父の忍猫が迎えに来てしまったので渋々帰った。ていうか俺が帰るときまだ里冉いたけどもしかして桜日についててくれたのかなアイツ。だとしたらすげー嫌がられてそうで面白いな。ちょっと俺帰ったあとの二人見たかったな。
……じゃなくて。
そろそろ本題。今日は入院することになったらしい恋華の様子を見に、病院に来たのだ。
伊賀の医療班はワーカホリックな変人ばかりだと昨日ちらっと話した気がするが、その中でもずば抜けて実力も変人度も高いのが五十嵐 杏子。
今回恋華を運び込んだ際、目を輝かせながら(?)秒ですっ飛んできたのがこの人だった。(ちなみに五十嵐姓ではあるが養子?的な存在なので血縁はないらしい)
俺もちょいちょい無茶して世話になってるので顔見知りだが……正直未だによくわからないし医療忍者が本業のくせに戦闘力も高すぎて得体が知れない感じはちょっと怖い。あと聞いた話だと誕生日が俺と同じらしい(これはマジでどうでもいい)
「いやぁ早めに連れてきて下さったのが功を奏しましたね、アレは楽くんもお察しの通り時間経過と共に取り返しがつかなくなるタイプの術です。人間の体は冷やすと痛覚神経が麻痺しますから、傷にも気付きにくいんですよね。ほら、ピアスを開ける際に耳朶を冷やして痛みを感じないようにしたりするでしょう?あとアイシング等もそれを利用してます。そして今回の場合、拘束具が氷だったそうじゃないですか。聞いた時なるほど~と思いましたね。ふふ、対象に気付かれないように囮の術に乗じて本命の術を仕込む、いかにも腕の立つ忍びがやりそうなことですよねぇ」
相変わらずよく喋るなあこの人…と思いながら、病室へ向かう道中恋華の足について聞いていた。
杏子の話したこと全文は流石に長いのでまとめると、あの変色は〝術で作られた特殊な氷の粒〟が原因だったらしい。
それは針か何か(氷の枷の内側にあったと思われる)で付けられた小さな傷口から埋め込まれていたようで、早く取り出さないとその粒を中心に凍傷が通常なら有り得ない早さで広がる恐ろしいものなんだそう。ちなみにあのまま放っておくと最悪切断に至っていたらしい……。
その為早めに病院に運んだのはもちろん良かったが、茶紺の判断で凍傷部位を振ったり擦ったりすることをなるべく避けながら運び込んだのも大正解だったと杏子は褒めていた。こういう時の茶紺の知識量と判断力は流石上忍…と思わざるを得ない。
しかもその粒は取り出そうと下手に抉ると大事な神経や筋肉を傷付けてしまうような絶妙な位置に仕掛けられていたようで、杏子は「私じゃなきゃあの短時間で後遺症の無いよう完璧に取り出すのは難しかったでしょうねぇ」とドヤ顔をしていた。やっぱ腕はいいんだなこの人。
……でも昨日の今日でここまで粒について詳しく話せるってことは多分、取り出した後にニヤニヤしながら色々実験してたんだろうな。探究心は褒めるべきなんだろうけど、やっぱりちょっと怖い。……さっきチラッと左の袖口から見えた包帯が何を意味してるのかは考えないでおこう。
「昨日から茶紺が見てくれてんだよな」
「ええ、恋華さんは『大した怪我じゃないし大丈夫』と帰るように言ってらしたのですが、それでも傍で見てくれていますね。……正直今医療班は多忙なので、安心して患者さんを任せられるようなお方がついてて下さるのはかなり有難いです」
「そっか、そういや大変なんだってな。照合は進んだのか?」
「ええそれはもちろん!私の予想がもう少しで当たっているのかどうか判明しそうでドキドキワクワクですよ」
「大変な割にすげぇ楽しそうだな……」
俺の言葉に少し冷静になったのか、それまでとは打って変わって神妙な表情を浮かべる杏子。
「……えぇ、いやまあ…これが当たってしまうと少々…いえかなり問題なんですけど」
「え?」
「……結果が出ればあなた方直属班の耳にもすぐに届くでしょうから、もうしばしお待ちください。それより着きましたよ、こちらが恋華さんの病室です」
「おう」
入ると、ベッドは何個かあるものの入院しているのは恋華一人なようで、そこそこ広さのある病室が貸切状態だった。
茶紺が俺に気づいて声を出さずに「やあ」と挨拶してきたので恋華が寝ていることを察し、静かにベッドの傍に歩み寄る。
「恋華さん、どうです?」
杏子が起こさないよう抑え目の声で、茶紺に問いかける。
「……疲れていたみたいで、気が抜けたのかずっと寝てるよ」
「修行付き合わせたのが悪かったかな………いやあれは恋華が自分からやってたんだけど」
「ふ、そうだね。…ただまあ、いつもはあれ程あっさり敵に捕まったりするような子じゃないから……調子が悪い…というか無理をしてることに本人もおそらく気づいてなかったんじゃないかな」
「茶紺……父親みてぇ」
「わかります」
「杏子さんまで何を言い出すんですか」
だってぇ、なぁ?(ねぇ?)と杏子と顔を見合わせて茶紺をいじっていると、突然、ガラッと大きめの音をたてて病室の扉が開いた。
「おい、五十嵐。さっさと戻れ」
「呼びに来るにしてももう少し静かにしてくださいね、玲さん」
「うるせえ、お前呼びに来るの押し付けられた俺の身にもなれ」
「はいはい、イライラしてるのはわかりましたから……って珍しいですね玲さんが押し付けられるの、ふふ…っ」
「何笑ってんだ、いいからさっさと仕事戻れ」
「あのさゆにジャンケンで負けたのかと思うと、んふふあかん面白い」
「笑うなっつってんだろ」
それでは私は失礼します!ごゆっくり~!と笑顔で言い残して、杏子は目つきの悪いマスクのお兄さん(ちょっと怖かった)に連れてかれてしまった。
さては医療班には杏子を呼びに行くのを押し付けるジャンケン…的なのがあるのか…??つまりそれだけ持ち場を勝手に離れがちってことだよな……変人、というか自由人がいると大変だなぁ……。
そんなこんなで急に静まり返った病室に残された俺は、とりあえず近くの椅子を引っ張ってきて茶紺の隣に座る。
幸い恋華は起きなかったようで、先程までと変わらない寝息を立てていた。
「……楽は恋華とは火鼠で知り合ったんだよね」
「え?おう、ちゃんと話したのは配属決まってからだな」
「一鬼家について、どこまで知ってる?」
急に何の話だ?と思いながらも、茶紺が真面目なトーンで話しているのにつられて(まあこんな状況だし)俺も茶化さずに話す。
「どこまでって……たまに梵さんに遊んでもらったり、あとは立場的に辰の奴らと知り合いだったりするくらいで、あんまり………恋華、自分のことあんま話さねえし」
「だろうね」
なんだなんだ?と思っていると、茶紺は更に真面目なトーンで話し出す。
「……昨日、入院するって恋華の家に連絡したあと顔出してくれたの、梵さんだけなんだ」
「…親御さん、忙しいのか?」
「父君は十二評定衆のお一人だしそれもあるだろうけど……どっちかというと恋華の優先順位があまり高くない…って感じかな」
「……!」
これから先の話をなんとなく察した俺は、このまま聞いてもいいものかと少し動揺する。
「昨日梵さんに話を聞いたんだけどね、恋華、最近家に帰ってなかったらしいんだ」
「えっ」
「この前、解散後に恋華が帰って行ったのが家の方向じゃなかったのが気になってて…聞いたら、案の定」
「……あ、捜索初日に真っ先に帰ろうとしなかったのも……」
「うん……それで、精神的にも肉体的にも結構消耗している状態だったんだって」
昨日はそんな感じは全くしなかったけど、そもそも俺が普段の恋華を知らないだけかもしれないし、いやでも……
「母君と顔を合わせたくなくて、自宅以外を転々としていたらしい。……まあ知っての通り友達が多い方ではないから、主に梵さんにお世話になっていたみたいだけど」
「お母さんと……なんで……」
「これ、勝手に話していいのかわからないんだけど……」
茶紺がうーむと口篭る。え、ここまで話して?とツッコみかけたその時、ベッドから「……いいよ」と小さな声が聞こえた。
「起きてたの」
「…まぁね」
「おはよ」
「……はよ」
気まずいのか恋華は布団を口元まで上げて、俺達から顔を逸らす。
「本当に話していいのかい?」
「いいって……こんなことになるまで無理してることに気づけなかった僕が悪いし…らっくんにも、そのうち話す気…になったかもしれないし」
「そっか、じゃあ…」
いや今のまだ話す気じゃなかった感あったけど大丈夫かよ。まいっか。
「恋華の母君、恋華が幼い頃に亡くなられているんだ」
「えっ……じゃあ今のお母さんって」
「うん、義母。数年前に再婚したらしいんだけど、その…あんまりいい母親とは言えない方みたいで」
やっぱり…そういう……。
「……いや、あの人はパパを愛してくれてるし、いい人だよ。ただ僕があの人を好きじゃないだけ。あの人も僕のことは好きじゃない、それだけ」
「……、そうなのか」
俺にはそもそも母親いないし、全然わかんねえ感覚だけど……なんか、大変そうだな……。家族の中にどうしても好きになれない奴がいるって感じ……?うーん俺親父普通に好きだしなあ……でももし嫌いだったら……確かにあんまり帰りたくない……かも。
「そうだとしても、例え血が繋がってなくても我が子が入院するってなった時、電話一本で終わらせるなんておかしいよ」
「おかしくない、僕に愛想がないから、愛されてなくて当たり前だよ」
「恋華」
「……当たり前なんだよ。少なくともうちではね」
恋華の顔は背けられたまま。諦めの混じった声色が胸に刺さる。痛い。
「数日帰ってなくても心配すらされないんだよ。入院くらいどうってことないって」
「そんな……」
「……なあ、帰ってなかった理由…他にもあったりする……?」
「…いや?単にあの人の顔を見たくなかっただけだよ」
「そっか……」
もっと酷いことされてるかも、と思ったがどうやらそうではないらしい。ほんのちょっと安心した。いやネグレクトはだめだけど。許していいことじゃないけど。
「ふ、忍者失格だよね、私情でわざわざ無理していざって時にヘマするなんて」
「……いや、気づけなかった俺達も悪いし。同じ班の仲間なのにさ。な?班長」
「そうだね……」
「何言ってんの、二人は何も悪くないでしょ。僕が勝手に足引っ張ってるだけ。ごめんね」
そう言って恋華は話を終わらせようとするが、俺は納得がいかなくて、かける言葉を探し続ける。
……こんなの、全然恋華らしくない。もっと図々しいくらいで丁度いいのに。
いつもはもっと自分勝手なのに、なんでこういう時だけ俺達に気遣うんだよ。おかしいだろ。
「……なあ恋華」
「何?」
「……俺はお前のお母さんとのあれやこれやは全くわかってやれないし、根本的な解決とかの助けにも絶対なれねーし、俺も結構家族の話とか周りにしないタイプだから何言ってんだこいつって感じかもしんねーけど」
「急になにさらっくん」
不思議そうな顔の恋華を、真っ直ぐ見て言う。
「お前が誰かに頼りたくなった時、俺は…多分茶紺も、お前に頼られたいって思ってるから」
「……!」
あ、なんかちょっと恥ずいこと口走ったな。と思いつつ、まあ嘘つくよりいいか、なんて。
「えっ…と…だから、その、所詮ただの仕事仲間だし、第二の家族だと思え~とかそんな図々しいことは言わねーけど、なんつーの、一人で無理するよりは周りにもっと甘えるくらいがいいんじゃねーか…って思って…?」
なんとなく恥ずかしくなった俺が必死で補足すると、茶紺が「うん、楽の言う通りだ」と言ってくれた。
「……それとね、今回の怪我のことヘマとか言って、自分が全部悪いなんて思ってるのかもしれないけど、俺としては楽の成長も見られたし恋華も無事生きてたし、結果としてはすごく良かった方だと思ってるからね。迷惑なんて思ってないよ」
「俺は…成長してんのかわかんねーけどな……?あの後また能力使えない状態に戻っちまったし」
「そうなの?それは残念」
「うっ………」
いやこれ今する話じゃねえな絶対。無駄に俺がダメージ食らったぞ。
「とにかく…少なくとも俺達は君が無理したら心配するし、生きてたらそれで充分喜ばしいことだと思うんだよ。介入出来ないことはそりゃあるけど…俺達が少しでも助けになれることがあるなら、遠慮しないで言ってほしい」
「そうそう。いつものちょっと無遠慮すぎるくらいの恋華の方がいいって絶対」
ずっと黙って聞いていた恋華が、口を開いた。
「…………わかったよ。ありがとう二人共」
素直に受け取ってくれた恋華に安堵する俺と茶紺。
「…でも」
いつものジト目で俺を見て、付け足す。
「らっくん、一言余計だよね」
「それお前にだけは言われたくねえ!」
「あははっ、ひどいなぁ」
「ひどいのはどっち……、…」
「?どうしたの」
「……いーや、なんでもねーよ」
「え~なにそれ~」
今の笑顔は、初めて見た気がするなって。そんだけ。
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