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一章
十七話・配属祝い
しおりを挟む今日は火鼠での任務がやけに早く終わった。
それから茶紺に「いいからついてこい」と言われて連れて来られたのは、『忍冬』だった。
忍冬は沙月さんが営む食事処…というか居酒屋で、和食がとびきり美味しいので俺の大好きな店だ。(酒臭いのは苦手なのでそれを除けば、だが…)
沙月さんには卯李と同い年の宇実という娘がいて、俺、卯李、吟あたりはよく宇実と一緒に遊んでいる。そのため、俺からすると友達のお母さんがやってる店、という感覚だ。
その店の風情ある戸に手を掛け、ガラリと開いた。
「ぉうわっびっくりした……」
「お、来たな主役」
「待ってたよ楽兄ー!」
俺の目に飛び込んできたのは、親父とその部下や友達、そして俺の友達や世話になった家庭教師の先生までが勢揃いしている光景だった。
想像もしていなかったそれにビビりつつ、茶紺を一瞥する。
「茶紺…これって」
「この前出来なかった楽の配属祝いパーティー」
「人呼びすぎじゃね……?」
「聞きつけて集まってきたんだよ、勝手に」
「あぁ…そう……」
茶紺の言葉を聞いてなんとなく察した。
集まっている大人の大半は俺を祝いたいというよりは、配属祝いに託けて皆で酒を飲みたいだけだな。
「てかもう親父酔っ払ってね…?」
「なんだ~~?酔ってないぞ~~?」
「いや絶対嘘じゃん…あーあ、あんま強くないくせにガンガン飲むから……」
「ていうか主役連れてくる前に始めないでくださいよ屍木さん」
「すまんすまーん、ふへへへ、めでたいなぁ楽ぅ」
一番祝う気満々であろう親父が既にべろべろなのなんなんだよ…と内心ツッコミを入れつつ、大人の席は酒臭くて頭痛がするので解放して貰えなくなる前に俺はさっさと子供の集まっている一角に移動した。茶紺は親父の相手をするため大人席に残して来たが。
そこには卯李と吟の弟分組、空翔と雨の桔流組、その他集まってる大人の息子、娘達……それと、さっき解散したばっかなはずの恋華が席について料理を頬張っていた。
移動速度もツッコみたいところだがそれより気になるのが、こっちもこっちで主役が来る前に飲み食いを始めているということ。
なんだ?伊賀忍の流行りか何かなのか?俺だって沙月さんの料理食べたいんだが!?
「ずるい!俺も食べる!!」
「第一声それなの…」
「だってぇ!!」
「はいはい、相変わらず食い意地はってんねぇ」
そう言われた俺は、スッと空翔を見る。
「…団子の恨み忘れてないもんな」
「えぇー、それはそろそろ忘れて欲しいなぁ」
「何なに?楽と空翔なんかあったの?」
「雨ぇ~そうなんだよ聞いてくれ~」
「聞かせて聞かせて~」
言いながら空けてくれた雨の隣に座り、空翔の盗み食い事件を話そうとしたその時。
聞き慣れた少女の声が降ってきた。
「その前に注文、しなさいよね」
「宇実ぃ!おっ、店のお手伝いしてんの?偉いな!」
「これくらい当たり前でしょ。さ、早く、何飲むの」
「えーっとなぁ」
「ブラックコーヒーね、OK」
「OKじゃないOKじゃない。おま、ブラック飲めないの知ってるくせにぃ!」
「三秒で決めないからぁ」
「シビア過ぎんだろ」
相変わらずツンデレのツンがかなり強めな宇実とそんな掛け合いをしながら、なんとかコーヒーではなくお茶を頼み、既に机の上に大皿で並んでいたうまそうな料理を食べ始めた俺だった。
それからしばらく料理を堪能し、皆が大体満足した頃。
俺と恋華はまだ箸を止めてはいなかった。
「ねーねーそよにぃ、ひまぁ」
「ひまぁ~」
「じゃあ外行って遊ぼうか。酒臭いしな、ここ」
「やったー!あそぼー!」
「恋達は…」
「僕まだまだ食べ足りないから」
「俺も」
「…それじゃちょっと行ってくるから、中に残る子達よろしく頼む」
「はぁーい」
そうしてじっとしてられないメンツの面倒を見に店の前に遊びに行ったのは、一鬼 梵。先程から子供席の保護者枠として居てくれた、恋華の叔父であり直属班の一員なお兄さん(おじさん?)だ。
そしていつも梵さんの傍にいる朱花(こちらも直属班の一員)も、それについて行った。
朱花は優の親戚で、風貌というか、雰囲気がなんとなく優に似ている。そのせいで、ぼんやりとその姿を見送りながら、優と岳火が生きていたら今この場にいたんだろうな……なんて考えてしまう。
この店の前には川が流れており、落下防止の柵の辺りに紫陽花だかなんだかの植え込みがある。今は時期じゃないらしく咲いていないが、確か紫陽花だったはずだ。……いつかの梅雨時に、綺麗な紫の花を見てアイツ…親友を連想したことを覚えているから。
そこで皆が遊んでいるのが、窓の向こうに見えた。
やっぱり生きていたら、絶対あそこに混ざって遊んでいたな。面倒見てくれてる梵さんにイタズラ仕掛けて、困らせてたんだろうな。それでいつもの行いのせいで、やってない俺まで綾女さん(岳火ママ)に怒られたりしたんだろうな。
優と岳火のそんな未来を、俺は奪ってしまった。
いや、直接奪ったのは梯だけれど、それでも梯の標的にしてしまったのは紛れもなく俺で。
二人は俺を恨んでいるだろうか。
それとも、巻き込んでしまったと謝っていた里冉を恨んでいるのだろうか。
いつか梅雨梨に聞いた気がする。紫陽花の花言葉は、冷淡だとか無情だとか、冷たいものが多いと。
あの二人は、その反対だった。それは誰より俺がよく知っている。だから、頭ではわかっている。きっとどちらも恨んでなどいないこと。そして恨むとしたら梯を恨んでいること。
それでも、俺は…………
……いかんいかん、祝いの席で暗くなってどうする。しっかりしろ俺。
てかそういえば、俺の配属祝いなんだよな、今日。今のところただ皆で外食に来た感じだけど、卯李と吟が最初にやろうとしてくれていたときはケーキとかあったよな。
もしかして今回もあるのかな。なら満腹にすんのは避けた方がいいかな。……いや、甘味は別腹だな。
そんなことを考え、ふと、箸を動かし続けている恋華を見る。よくよく思い返すとずっと食べるペースが落ちてないんだよな、こいつ。
「……何」
「いや、華奢なわりによく食うなあと思って」
「そう?むしろらっくんはもっと食べて筋肉つけなきゃだと思うけど」
「むっ俺が貧弱だって言いたいのか」
「違わないでしょ。僕より少食なんだろうし、君」
「んだとぉー!」
恋華のバカにしたような視線に煽られ、バチバチと火花を散らす。
そうして、流れるように大食い勝負が始まったのだった。
***
すっかり日も落ちた。
里は涼しくなってきたが、まだまだ店内の温度は下がりそうになかった。
俺は本格的に酔っ払いと化してしまったオッサン達から半ば避難するように、外の風に当たりに店を出ていた。
恋華との大食い勝負(まさかの俺が負けた…)のおかげで苦しいほど満腹になってしまいダウンしていたら、外から戻ってきた梵さんが「酒臭いのダメなんだろ?」と涼みに行くことを勧めてくれたのだ。
実際梵さんの言う通り、苦手なアルコールのにおいに包まれていたせいで余計に気持ち悪くなっていた俺は、今日の主役だということもお構い無しにふらふらと外に出た。
そうして風に当たりながら今日の任務やらなんやらを思い返していたら、ふと店から出てくる人影と目が合う。
「…!飛翔さん…」
「よ、楽」
出てきたのは春原 飛翔。
宇実のパパさんで親父の友達、そして直属班の一つ、空兎の班長をしている上忍だ。優しくてイケメンなパパだと里のお姉様方の話題によく出ている……と聞く。まあとにかくモテる男ってやつだ。
「あれ、飛翔さんは飲んでないんすか」
「ふ…飲むとうちのお姫様が近寄らせてくれなくなるからな……」
「あぁ…なるほど……」
……重度の親バカ、ってのも忘れちゃいけなかったな。
そんな飛翔さんはどうやら一服しに来たらしく、懐から忍び煙草(においが市販のものより残りにくいよう加工されている、らしい)を取り出した。
「なあ楽」
「はい?」
「火鼠はどうだ」
「……正直まだよくわかんねーっす。俺、周りに助けられてばっかだし、特別火器の扱いが上手いってわけでもないし…」
「そうか」
煙草の煙を吐き出す横顔が、やけに絵になってかっこいい。こりゃモテるわけだ。残念なくらいの親バカだけど。
「屍木がなんでお前をあの班に入れたか、知ってるか?」
「へ?あー…『楽の為だ』って言って聞かなかった、とだけ朔様に聞いたっすけど」
「……やっぱり話してないな、アイツ」
飛翔さんには話していたのか。
あ、ていうか親父が配属決めた時の酒の席に飛翔さん居たんだっけ。……やっぱ酒の勢いで決めた~とか言わねえよな?
「酒の勢いとかじゃないぞ」
「エスパーなんすか飛翔さん」
「ははは」
いや否定してくれ、怖いから。
「アイツな、ずっと前から楽を火鼠に入れたがってたんだよ」
「え、そうなんすか?」
「ああ。信頼出来る部下がいるのはもちろんだが、同年代の子供が居るといい刺激になるだろう、ってな」
つまり恋華と組ませたくて……ってことか?
「……ただあの親バカ加減だ。危険な任務に駆り出されることも多い班に可愛い一人息子を放り込むなんて…となかなか踏ん切りがつかなかったらしくてな」
「はあ……親父らしいっすね……」
「目に入れても痛くないって屍木の為にある言葉だよなあ」
「自分のことものすごい勢いで棚上げしてません?」
「あっはは、バレたか」
親バカしかいないのか、この里。茶紺もそうだしな。
………いやあれか、親父が類友なだけか。親バカを引き寄せているというか、周りも親バカにしてる説あるな。わかんねーけど。
そういえば、恋華の親ってよく知らねえな。
梵さんのお兄さんが恋華パパで、十二評定衆の一人ってことだけは今日ちらっと聞いたが……。
あれ以上話そうとしなかったというか、あんまり話したくなさそうだった気がするあたり、もしかしたら不仲なのかな……とか。
「そんでまあその親バカがな、あの日やっと決心できた……ってことだ」
「それって結局は酒の力借りてません?」
「はは、そうとも言うな」
俺が苦笑していると、飛翔さんは煙草の火を消し、少し真面目なトーンで話し始めた。
「お前今かなり不安だろ。自分の実力でやっていけるのかどうか」
「……そう…っすね」
本当にエスパーなんじゃないのかこの人。考えてること筒抜けかよ。
「強くなりたいか」
「はい」
「……わかった。屍木にも言われたし、紹介してやるよ」
何の紹介…?と俺が聞く前に、飛翔さんは「明日、暇か?」と続ける。多分今聞いても教えてくれないやつだな、これ。
「えーっと……茶紺の怪我が完治するまではたいした任務来ないはずなんで…多分暇っすね」
「じゃあ…ここでいいか。明日、九時に忍冬前集合な」
「え、あ、はい…!」
俺の返事に飛翔さんはにっこりと笑って、「さ、そろそろ戻るぞ、本日の主役くん」と俺を連れて店に戻った。
それからは酔っ払った親父の扱いに困っている茶紺を見て恋華と笑ったり、やはり用意してくれていたケーキを食べたり、遊び疲れた卯李達が寝てしまったり、雨が最近外から入手したという携帯ゲーム機で遊んだりして、宴は遅くまで続いた。
解散後、酔い潰れた親父を茶紺が、寝てしまった卯李をおせちが背負って立花の屋敷へと帰った。
忍び入るべき夜八箇条の一つ『お祝いごとのあった夜』というのを思い出して警戒しながらだったが、幸い特に何も起こらず、無事に帰宅できた俺達なのだった。
おそらく卯李と吟が思ってたお祝いパーティーではなくなっていただろうけど、なんだかんだ嬉しかったし楽しかったな。
明日の飛翔さんの紹介とやらは、正直楽しみだ。……が、何も事前情報がないのが少し気になる。
多少の不安を感じながらも、俺は眠りについた。
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