紅雨 サイドストーリー

法月

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伊賀潜入作戦・3

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「あっ」

目が合ったそれは明らかにまずい、と言いたげな顔でその場を〝飛んで〟いた。

「えっっっと…その…なんていうか…そう!まじっく?ってやつ!!」

降り注ぐ雨など気にせず両の眼でじっと見つめてくる少年の姿に、彼はついつい無理のある言い訳を投げる。
その姿は黒い羽をその背に持つ、赤目の美しい少年だった。

「烏…だよね、その羽」
「あっはは…やっぱわかっちゃう…?」

あちゃー、また怒られちゃうよー…薬取りに来ただけなんだけどなー…とブツブツ言いながら、彼は紗のいる屋根の上に降りてきた。
目の前に降り立って来て改めて、その羽の大きさに驚く紗。そりゃ人型で空を飛べるのだからそれに見合った大きさなのだが、忍烏を見慣れすぎている紗にとってはあまりにも見慣れない光景で、驚く他なかった。

「あのねあのね!悪い妖怪じゃないから通報とかしないでね!」
「え、うん」
「おれきりっての!君は?」

忍びたるもの簡単に名乗ってたまるか。そう口を噤むと、桐と名乗った少年は「あ!そっか!忍び!」と察して、その上で「でも呼びにくいし教えてよー!」と続けてきた。よく喋る妖怪だこと、と内心で皮肉って、改めて紗はん?妖怪…?と目の前の彼をまじまじと見る。

「……あぁ、烏天狗、か」
「あ、うん!そう!でも悪い妖怪じゃないからね!」

何回言うんだ。と心の中でツッコミながらも、毒気の無さからとっくに察していたその事実につい、紗の気が変わった。

「…空翔」
「かると!」

見るからに嬉しそうな顔で反復してくる桐。体格は紗よりもずっと大きいのに、まるで幼い子供みたい、とつい思ってしまう紗なのだった。


それから桐は空翔が人間であることを気にかけてか、「このままじゃ風邪ひいちゃうよ!おうちどこ!?おれが抱えて飛んだらたぶん濡れずに帰れるからおくったげる!」と勝手に話を進め、半ば強引に紗を空翔の家まで送り届け、「うおー!おつかいの途中だった!じゃね!」と慌ただしく空へと消えていった。

紗は風邪を引かないようにと風呂で体を温めている間、なんだか不思議な時間だったな、とぼんやり桐のことを思い出す。

人語を話す、人では無い者。
正直、紗としては梯の一部の異形の面々のおかげで慣れているが、空翔はあまり慣れていないはずだ。どう振る舞うべきか、正解はわからなかった。それでも一つ、確信できることがあった。

空を飛べる彼に、憧れを抱くということ。



次に桐と会ったのは、早くも翌日だった。
この日の任務は午後からで、それでも朝から晴れた里に飛び出した紗は、なんとなく、桐と出会った場所へと足を向けた。

そもそも空翔として普段からこの場所にいがちなのだが、いつもと違って少しソワソワしていた紗の前に、「あ、空翔~!」と手を振りながら桐は現れた。
昨日の今日で会えるとは思っていなかった紗…否、空翔が驚くのを見て、桐は「おれも!」と笑った。

それから少し話したり、空を眺めたり、烏達を紹介したりして、二人はすっかり仲良くなっていた。

「空、飛べるの羨ましいな」
「忍術使えるのもいいじゃん!かっこいいよ、ニンジャ!」
「飛べる方が、ずっとかっこいいよ」

そう言って空を見上げる空翔の眼差しには、憧れが強く光っている。その光を見た桐はそっと空翔の手を握って、言った。

「もっかい飛んでみる?」
「……!」

その言葉に思わず目を輝かせた空翔に、桐が吹き出した。

「うははっ」
「何さ」
「意外とわかりやすいんだなって思って」

む…とジト目で膨れる空翔に、桐がごめんごめん、と謝る。

「それじゃ行こっか!」

空翔は桐の言葉に「わかりにくいつもりもないんだけど」なんてぶつくさ言いながらも、素直にその腕で桐にしがみついた。

幸いこの空き家の周辺は人通りが少なく、桐が普段から通り道にしていた程には人に見つかりにくい。だからこそ空翔と鉢合わせて驚いていたのだ。
そんな絶好の飛行ポイント。そこから飛び立ち、高く高く、その高度を上げる。

「…ここら辺までかな。ど?景色いいでしょ!」
「最っ高……!!すごいすごい…!僕飛んでる…!!」

昨日は雨の中あれよあれよと流されるがままいつの間にか運ばれた、しかもよく分からない初対面の烏天狗に。という感覚が強く、空を飛んでいること自体にあまり意識を向ける余裕がなかった紗。
しかし今日は違う。天候もいいし、高さもある。昨日とはまるで違う、〝空を飛んでいる〟という感覚に、紗は紛れもなく空翔として心から感動と興奮を覚えていた。

「空翔楽しい!?おれちょー楽しいっ!」
「うん!僕もすっごく楽しい!ありがとう桐!」

間違いなく過去一番の笑顔を見せる空翔に、同じく満面の笑みを浮かべ、桐は言った。

「おれね、ヒトにありがとうって言われたの初めてだ!嬉しい、ありがと、空翔!」

桐は紛れもなく、紗が空翔になってからできた〝初めての友達〟であった。



***



桐と知り合ってから数日が経った。
何度か会って話をするうちに、彼が少し先の山の天狗の逸話のある巨石(最近里の外で流行っている漫画のとある話のモチーフになっているらしいということを自慢げに話してくれた)の付近にある天狗の里の者だとか、伊賀へはよく来ているだとか、それが医療班のとある女医に会いに来るのが目的だったとか、その女医にフラれ続けているだとか、色々なことを聞いた。

紗自身は恋愛なんてしたこともないし、空翔もきっと空と烏以外に興味無かっただろう。紗は桐の話を聞きながら、初対面時に幼い子供みたいだと思ったことを心の中でそっと撤回していた。
恋愛相談という最も経験値の足りない分野にどぎまぎしつつも、友達のためにあれやこれやと頭を悩ませ拙い手つきで背中を押す空翔の姿がそこにはあった。

そう、何を隠そう先程までその恋愛相談とやらをしていた。そして「今日こそは!」と気合を入れて女医の勤める病院へと向かう桐を見送ったばかりだ。
慣れないことをするもんじゃない…と謎の疲労感とドキドキに襲われながらも、空翔として刹那の道場へと向かう紗。
師匠には、既に体術の基礎を叩き込まれた。刹那の方針があまり同じことの繰り返しはしない、型に囚われない、一度会得した技はどんどん実用的に壊していく、らしくほぼ毎日違うことを教えて貰えるのは潜入の期間が限られている紗としてもありがたく、そして素直に楽しかった。
もちろん短期間すぎて会得しきったとは言えないものばかりで、鍛錬を欠かすと簡単にそれらの技は自身の味方をしてくれなくなる。そのため一人での修行が大事。頭のいい紗は言われずともそのことを理解し、日頃から修行に真面目に励んでいた。

そのおかげもあってか、さくさくと進む刹那との修行。今日は空翔の体格でも扱いやすく、実践的な半棒術の修行に入るらしい。六尺棒の半分、つまり普通の杖や傘などでも使える武器術だ。

軽く基礎を教えて貰ったのち、幼い頃から武器術も叩き込まれている桜日を相手に実践的な修行をする。その中で出てきた課題の突破に手を貸してくれる刹那。段々と戦えるようになっていく感覚が、今日も変わらず楽しい。

そうして訪れた休憩時間。空翔は師匠に聞きたくてうずうずしていた質問をぶつけていた。

「師匠はその、娘がいるってことはさあ、奥さんって…?」
「亡くなったよ。いや、というかそもそも〝奥さん〟ではないのだけれど」

予想のはるか斜め上の答えをサラッと投げて寄こした師匠に、空翔は目をぱちくりとさせた。

「なんだ?空翔もついに好きな人でもできたか?」
「え!いや…僕じゃなくて、友達の話なんだけど…」
「知っとるかお主、友達の話なんだけど~って入りは大抵本人の話だと思われるのだぞ」
「本当に友達の話だったときどうしようもないじゃんそれ…」

あはは。と軽く笑う師匠。空翔にとっては笑い事ではないが、師匠なら空翔本人の話ではないことは察してくれていそうだ。そう思い、話を続けた。

「師匠はさあ、何回フラれてもめげないで好きって言い続ける男って嫌われると思う?」
「友達さては鋼の精神持っとるな」
「忍びじゃないんだけどね」
「なればいいのに…絶対忍び向きだろうに…」

予想していた方向性と違いすぎたらしい。師匠はううーんと珍しく頭を悩ませて、「そうだなあ…」と口を開いた。

「相手による」
「真理……」

そりゃそうでしょうよ…と思わずジト目になる空翔。師匠は続けた。

「だが、それで不快になるような者はその友達くんとは既に性格が合わないのが明白だろう?いい判断材料にはなるだろうな」
「確かに」

何度アタックしても会ってはくれるあたり、脈ナシというわけではないのかも。仕事柄会わざるを得ないだけかも知れないけど。
そう自分の中で結論づけて、空翔は次桐に会ったら今の伝えとこう~と心に決めた。

「ところで、空翔」
「はい」
「最近里を騒がせている者達についてどう思う」
「梯のこと?」

うむ。と肯定しつつ、師匠はお茶を口に運ぶ。それくらい自然と、空翔の口からも言葉が零れた。

「今うちの班あんまり任務出れないから、調査に貢献できなくてちょっと悔しい……くらいかな」
「ほう」
「別にほら、僕ら忍びでしょ。強敵が現れるくらいざらにあって然るべきっていうか、むしろこれまでが平和過ぎただけでしょ…って感じかな」
「ふむ、同感だな」

「このような世こそ、500年繋いできた我ら忍びの技が活きる時。忍びの術は実践で磨いてこそ、奥義へと変わる。私がここで教えていることも、例外ではない」

空翔はただ純粋に、師匠の姿をその目に映していた。

「まずは相手を知るところから。忍びたるもの、〝先ず第一に敵に近づけ〟だ」

刹那は意味ありげに空翔へと視線を投げる。しかし少年は、臆すことはなかった。

「それができる忍びは強い」

「…気に入った、そう伝えてくれ」

〝紗〟へと向けられた言葉。
瞬間、やっとその事を認識してぞわりとえも言われぬ恐怖が紗の体を駆け巡った。

今感じた恐ろしさはなんだ?
五十嵐刹那に全て見透かされていたから?
怖いくらい梯にとって都合のいい展開だから?

違った。
そのどれもが違うと断言出来るくらいに、今感じた恐怖は間違いなく自分自身へと向いていた。

今この瞬間、月城紗は何処にもいなかった。

刹那にあからさまに語りかけられるまで、梯の、紗は、何処にも。

そのことを自覚し、紗の全身からドッと冷や汗が吹き出る。刹那から見れば、自身が間者であるとバレたことに動揺したようにしか見えなかっただろう。だが違った。

今の会話は紗ならば、梯としての立場が少しでも意識にあれば、恐れを抱いてもおかしくなかった言葉が並んでいた。それに気付きすらせず、何の恐怖も感じず、伊賀者として自身はここに居た。

変装が上手くいっていることの証ではある。しかし、だからといって紗を失うのは話が違う。

「師、匠……」
「ん?」

空翔は

「いま僕、どっちに見え…る……?」

紗は


〝僕〟は、だれ…………?
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