紅雨 サイドストーリー

法月

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模倣宝石の独白〔61〜〕

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人と関わることは、ずっと苦手だった。

他人なんて何を考えているかわからないし、素直に口に出す人間ほど罵ってくるし、頑張って気持ちを話そうとしても声が小さい聞こえないと怒られる。

初等部の時は目の色は派手なくせに他は地味だとか、変な色だとか、八重歯がおかしいだとか、そんな理由で同級生から気持ち悪がられた。背後から風呂敷で窒息させられかけたりもした。理不尽に泣かされることも、少なくなかった。まあ要は、いじめのようなことをされていた。(決していじめだとは思っていなかったけれど)

外見が少し異質。それだけで、友達になってくれない人がいるのだと気付いた。
それでも中等部に上がる前には、人の中で生きていく術をそれなりに身につけていた。

必要以上に深く関わらない。
否定から入らない。
偏った視点で話をしない。
人を敬う。
話すよりも聞くことが大事。
異質であることを気にしてはいけない。
目立つことは避ける。
他の男の子がやらないような遊びはしない。

多分普通の人にとっては普通であろうこと。それらで固めた自分で、範囲は狭くとも次第に周りに馴染めるようになっていった。

落ちこぼれだと思われないように成績もそれなりを維持したし、人前で泣いたり怒ったりせずいつも穏やかでいたし、聞き上手だと言われるように頑張った。

そうして中等部に上がって、同じ組になったことで彼と出会った。

初日から永登の分家だとか、成績がいいだとかで同級生に噂されていたが、その噂話のどれもに『でも愛想がない』だとか『友達いないらしいよ』だとかかなり失礼な一言が付け足されていたのが印象的だった。

関われば目立つのは明白だったし、初めは正直仲良くなるつもりなどなかった。

でもいつの間にか、一緒にいるようになっていた。

昔から遊ぶことより忍術修行の方が好きだったこともあり、放課後、よく彼と共に修行をしている自分がいた。
気が付けばいいライバルであり、友になっていた。

そうして彼に引っ張られるように成績も上がり、向上心も芽生え、忍びとして生きる楽しさを知ることになった。
既に外見が異質であることなど、どうでも良くなっていた。
彼は全くその点には触れてこないし、まあたまに(主に忍術や体術のことで)グサッとくるようなことも言われたが、普通を意識せずとも話せる唯一の友と言っても過言ではなかった。

一緒に修行をすることが好きだったし、共に高めあえる友はかけがえのないものだし、修行以外の娯楽や試練も彼となら楽しめた。
何よりこんな自分と一緒にいてくれることが、嬉しかった。

しかしある日を境に、彼は隣にいることに苦しみを見るようになっていった。

火鼠への配属が決まった頃だった。
『直属班への選抜』は、梵さんに憧れる彼にとっての最大の望みだった。

配属自体は素直に嬉しかった。ただ、それによって彼が壊れていく様を見るのは辛いものがあった。
段々と置かれる距離に、段々と減る口数に、段々とこちらを見る目にこもっていく嫌悪の色に、気付かないでいることはできなかった。それでもできるだけ、気付いていない風を装って、いつも通りでいたつもりだった。

でもそれが多分、逆効果だった。

卒業後、彼と会うこと自体がほとんどなくなってしまった。

この頃から、明確な不安が芽を出した。
本当は初めから友達だと思っていたのは自分だけで、本当は口に出さなかっただけで彼もこの目を気味悪がっていて、本当は自分なんかと関わりたくなかったのではないか​─────

彼のおかげで眠りにつきかけていた自身へのコンプレックスが、彼のせいで息を吹き返した。

それでも、信じたかった。
共にいた時間は嘘じゃなかったと、楽しかったのは自分だけじゃなかったと。

俺達は友達であると。

直属班に配属されたからといって、気を抜けばすぐに彼に痛いところをつかれるような実力で停滞してしまう。彼に張り合えなくなってしまう。彼ならきっとすぐに同じところにくる。
そう信じて、ただひたすら忍びとして自身を高めようと努力した。

すると本当にすぐに彼にも直属班への配属が言い渡された。

嬉しかった。今度はただひたすらに嬉しかった。
また友達として隣に居られる日々が戻ってくるかもしれないと考えて、胸が踊った。

​─────しかしそれは、期待で終わった。

考えたくなかったのに、今度こそ嫌われたのだと、思ってしまった。
思ってしまったら、もう駄目だった。

いつか、こんな自分と関わり続けることに嫌気がさすと。優秀な彼に見限られると。彼にとって不必要となるのだと。
ずっと心の奥底で抱えていた不安が暴れ出す。

だから、目を背けた。

なかったことにした。
考えることをやめた。

どうでもいいと思い込むことで、自分を守った。

離れていったから気になってしまうだけ、と自分に言い聞かせて、周囲と仲を深めようとした。

そうして増えた友達も好きになれたし、火鼠の仲間は優しいし、身内との関係も悪くはなかった。
十分だった。
むしろ恵まれているとさえ思えた。


寂しくない。
寂しくなんてない。

そこに彼は居なかったけれど。

ただ少し、ほんの少しだけ、痛かったけれど。


別れは、誰にでもあること。
人は、周囲は、移り変わっていくもの。

わかってる。理解はしている。

正直心のどこかでは、もう過去にできていたかもしれない。

彼にとってそうであったのなら、自分にとってもこの繋がりは不必要になっていたのかもしれない。





でも、それでも、最期くらいは

願わくば、友と呼ぶことを許して欲しい。

普通になりきれなかった半端者に、忍びの道という生き甲斐を教えてくれた貴方のことを、どうか。


「しゅ…か…………」


もう無い両の眼は、朱に染まる走馬灯を見ていた。
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