異世界にきたら天才魔法使いに溺愛されています!?

猫山みぶ

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第三章 逃げる者と追う者

36妖しい薬の魔法店

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 エヴァンさんが気乗りしない顔でふわふわと空を飛んで、お店の前に降り立つ。

 地面は石畳。後ろは、空。
 ザッと地上二十階ってところだろうか。このフロアには、ファンシーなお店以外に五個ほどのお店があるみたいだ。

 それにしても、これ、気をつけないと足滑らせて真っ逆さまだ。私は空を飛べないから気をつけないと。
 斜め後ろで遠い目をしてるエヴァンさんをチラリと確認して、扉を開ける。
 カランカランと、かわいい音が鳴った。

「はぁーい、いらっしゃーいっ、んまっ」

 私はそっと扉を閉めた。

「どういうことーーっ!?」
「だからやめましょう、と」

 ええっ! そういうことっ!? 中からゴッツイ美女が出てくるってわかってたの?!
 なら先に言ってよ! びっくりしたじゃんっ。投げキッスされちゃったじゃんっ。胸毛ボーボーなの見えちゃったじゃん! ファンシーでメルヘンな気分が胸毛一色に変わっちゃったよ!

「あらちょっとぉ、お、きゃ、く、さんっ」

 んまっ、と投げキッスと共に扉が開いた。金の縦ロールが艶やかに揺れる。
 腕は大根三本分くらいあるムキムキマッスル。その腕で首を締められたら絶対に意識が吹っ飛ぶ。絶対。

 ピンクの半袖ドレスは胸元がガッツリと空いているというより、お腹あたりから切れ込みが入り、立派な胸毛と胸筋を見せつけていた。
 美女願望があるんじゃないの?
 それとも肉体自慢!? 胸毛も立派だけど!

 私はエヴァンさんを盾に、マッスル美女をそっと眺める。

 マッスル美女はピタリと視線をエヴァンさんで止めて、パァッと背後に花を召喚した。これは比喩ではなく、本当に自分で薔薇の花を召喚していたのだ。さらに、キラキラと光を放つエフェクトまで。
 少女漫画演出が、現実に!?

「あらぁ、エヴァーーンっ! 私に会いに来てくれたのねぇ、嬉しいわぁ! んっまッ」
「うわぁっ、やめろっ、離れろっ、くっつくなっ!」

 え。
 エヴァンさん、そのゴッツイ美女、やっぱり彼女だったんです? まさかセクシーマッスルがライバルだったなんて。意外すぎてファイティングポーズ取れなかったじゃないか。
 なんなら今もキスの嵐を受けるエヴァンさんにドン引きだよ。戦意喪失だよ。

「……あら? エヴァンその子……。まさか、浮気っ!? キーっ、許せないっ。どこの馬の骨よ!」

 ぎゃっ! ゴッツイ美女がこっちを向いた! 口に咥えたハンカチがビリッと音を立てて引き裂かれている。力強っ!

 私はエヴァンさんを生贄にするために、グイッとその背中を押した。

「おい、誤解される言い方やめろ! って、ミツキさんっ、押さないで」
「エヴァンさん……浮気してたんですね……あっ、私が浮気相手……しかたないですね、私、ちょっと勝てそうにないです……」
「わーっ、やめてくれっ! 誤解ですって!」

 エヴァンさんがぶるりと震えた。顔が真っ青だ。かわいいな。くんくん鳴く子犬みたいだ。

 エヴァンさんを見ながらにまりと笑っていると、マッスル美女と目が合った。その瞬間、テレパシーが使えた気がした。
 こう、目だけで分かり合えてしまった。あまりない経験だ。まさか、マッスル美女と通じ合う日がくるなんて!

 私たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。心の中で熱い握手を交わした。

 マッスル美女よ、君は同士か。趣味が合いそうだな。気に入った。

 目で会話をする。

「エヴァーン、何その子。お、し、お、き、しちゃうわよっ」
「エヴァンさん酷いです。私というものがありながら……うっ、私は遊びだったんですねっ!?」
「ち、違いますミツキさん。おい、シンバっ、ひっつくな!」
「きゃ、エヴァンさんこわいっ」
「……っ! ミ、ミツキさんすみません、怒鳴ったりして。今のはあなたにではなく、えぇと」

 アアアっ、オロオロするエヴァンさんのなんと可愛いことよ。
 切長の目がキュッと切なげに寄って、眉が垂れ下がる。紫の瞳が左右に揺れて、なんだか泣き出しそうにも見えた。
 私、意外とエス心があったんだ。かわいい。食べちゃいたい。

 心の中でベロリと舌舐めずりしていると、マッスル美女が扉を開けてくれる。

「エヴァン、とりあえず、中、入りましょ? たーっぷり、サービスしちゃうわよ」
「嫌だっ」
「うう、私、寒いです。心が。ちょっと温まりますね」
「わ、ミツキさん、待ってください、ああ、もぅ!」

 ゴッツイ美女に連れられて店の中に入る。棚に所狭しと可愛いアイテムが並んでいた。人形、アクセサリー、レースや髪留め。ポプリのようなものも。
 すごい。全部かわいいっ。やっぱり趣味が合いそうだ。

「あなた気に入ったわぁー、名前は?」
「ミツキです。花野川 光希」

 言いながらフードを取る。マッスル美女は目を見開いて片手を上品に口元に当てた。

「驚いた、異邦人様だったの」
「まぁ、そうです。王都に行く途中なんです。あ、ミツキって呼んでください。異邦人様というのは、名前ではないので……」
「あらそう? ならミツキちゃんって呼ぶわね。私はシンバ。シンバ・ターレルよ。このお店のオーナーをしているの」

 オーナーさんだったのか。
 言いながらシンバさんは、魔法でお茶の準備をしてくれる。その間にお店の中を見た。

 わー、かわいい。でも薬の街だからかな? 薬品みたいなのが多い気がする。
 人形もただの人形じゃなくて、薬を入れて使うものみたいだった。いい香りがするらしい。

 いろいろ見てると、シンバさんが近づいてきて耳打ちする。

「この街には、あぶなーいお薬もあるわよ?」
「危ない薬?」
「んもぅ、び、や、く、よっ」

 わわっ、やっぱりそういう危ないお薬売ってるんですね。

「お近付きの印にサービスしちゃうわ~。これであのエヴァンも夜アツアツね」

 手のひらにピンクの錠剤が入った小瓶が置かれた。

「これは?」
「媚薬よ、媚薬。あと、精力剤。ちょっと安いものだから効果の時間は短いけど、半日くらいはメロメロね」

 おお、そういうのがあるのか。ちょっとほんとにいろいろ危険だな。エヴァンさんイケメンだもん。いろんな人からこういうのを飲まされそう。

「おい、何してんだ」

 エヴァンさんの声でギクリとして小瓶をサッとローブの中に隠す。
 いやぁ、使おうと思ってないよ? でもほら、なんかマンネリ~とかなったときにね、便利かもしれないでしょ? だから一応ね、一応。

「あ、エヴァンさんもお茶飲みます?」
「今、なにか隠しませんでした?」
「ええっ? 気のせいですよ。ねぇ、シンバさん」
「そうよぉ、エヴァン。人を疑ってばかりいちゃダメよぉ。ほら、エヴァンもお茶飲みなさーい」

 そそくさとテーブルに移動する。エヴァンさんが怪しむように目を眇めた。

「ミツキさんに変な薬渡したら、許さないからな、シンバ」
「あらあら、変な薬なんて。ウチに置いてあるのはみーんな、ちゃんとした魔術薬よ?」
「……」

 エヴァンさんがチラリと窓の辺りを見る。何を見てるんだろう。

「エヴァンもどーお? 夜にピッタリのお、く、す、り、置いてあるわよ?」

 エヴァンさんの顔がかぁっと赤くなった。
 おお、なになに。エヴァンさん、えっちな想像でもしちゃった? でもエヴァンさんには必要ないと思うよ? だって百人斬りの手練だもん。

「あらやだ、エヴァーン、かわいいっ、んっま」
「うわぁ、やめろ、くっつくな!」

 ぶっちゅと、何度も頬にキスされてるエヴァンさんを横目に見つつ、棚に並んでいる薬の名前をこっそり確認していく。

 変身薬、媚薬、声が大きくなる薬だとか、美声になる薬だとか、浮遊薬。猫になる薬にウサギになる薬……少量だと耳が生える……なるほど? ほんと、ファンシーなお店ですね?

 なんなら、危なーい夜の匂いがしますが気のせいですか?

 魔法薬の定番という感じの回復薬とかは置いてなかった。そういうのは取り扱っていないらしい。徹底してる。


 お茶を飲み終わったあとは、シンバさんの話を聞きながらお店を見る。

 そして、ちょっと気になったお薬を三つほど買った。
 あと、透明なガラス細工ケースに入った、星屑の欠片というもの。名前がかわいかったのと、見た目がキラッキラしててつい目を奪われてしまった。
 エヴァンさんが記念にって。あ、お薬の代金支払ってくれたのも、エヴァンさんだけどね。

 私の買うお薬を見て、エヴァンさんちょっと顔赤くしてたけど、なに想像したんです? エヴァンさんを猫にしたりなんてしませんよ? それとも、猫マネしましょうか? にゃーお、って。

「ミツキちゃーん、また来てね~、んっま」

 熱烈な投げキッスに見送られて、お店をあとにした。

「ミツキさん、気に入られましたね」
「シンバさん、ちょっとゴッツイけど、いい人ですよね」
「……まあ、そうですね。悪いヤツじゃないです。俺も時々世話になってるんで」

 えっ。エヴァンさん、あのお店のお世話になってるのか。くぅー、女千人斬りめ! どんなうっふんなプレイをしてきたんだ、この変態さんめっ。

「……なにか、変なこと考えてません?」
「いいえ、なにも」

 エヴァンさんが訝しげな眼差しを向けてきたけれど、涼しい顔をでかわす。

「他に行きたいところあります?」
「うーん、今のところないですね」

 だってさ、よく考えたら、お金もってないから自由に買い物もできないじゃんね。
 でも見たら欲しくなっちゃうから危ないんだよー。エヴァンさんへの借金が積み重なっていく。こうやって、欲に溺れて借金地獄の道を踏み出すんだよ、こわいこわい。

「なら、とりあえず王都に行きますか? 街は帰りにまたじっくり見たらいいですよ」
「そうですね」

 うなずくと、エヴァンさんが嬉しそうに笑った。

 さぁて、王都、いっきまーすっ。
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