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第二章 二人の関係
20sideエヴァン
しおりを挟むミツキさんを抱いた。
やわらかくて、甘くて、嫌がるのも悦ぶのも、全部がヤバくて。
ああ、もう俺死ぬかもなぁと思った。
黒い瞳が涙に濡れるのはやばかった。もっと泣かせたいと思った。自分が怖かったね。そんな危険な欲を持ってたのかと驚いた。
ぐずぐずになるまで抱いて。王都まで行って永住権と身分証をもらったら、絶対に俺の家に住んでもらおうと決めた。
身分証があれば、正式に婚姻だって結べる。一緒に生きていける。
そうやって、幸せな未来に想いを馳せてミツキさんを抱いた。
だけど俺は──。
いろんなものに浮かれすぎてて、大切なことをなにひとつ、彼女に伝えていなかった。
「……ん」
目が覚めたとき、あたりは暗く。人の気配もなかった。
「……ミツキさん?」
手を動かして温もりを探す。
でも、ない。
ヒヤリと背中に冷たい汗が伝って、飛び起きる。
ベッドを見た。いない。まさか、夢? 心臓が嫌な音を立てた。腕を見る。紋様が刻まれていた。ひとまずホッと息を吐く。
「ミツキさん?」
魔力感知で彼女の気配を探すが、ない。
……嘘だろ。
いや、待て。落ち着け。ない? 気配がない。
家の中にいない。
胃に重たく冷たい石が落ちてきた気がした。
嘘だろ、落ち着け。いないって、どうして。だって、あんなに、抱いて。ミツキ──。
ベッドから飛び起きて、落ちていた服をに身につけ、乱れていた髪を手でぐしゃりと撫ぜて整える。
転移を繰り返すより、走った方がいいと思って、家を飛び出した。
ミツキさんは目立つ。なんと言っても黒だ。情報は集まりやすいけど、だからこそ危険だ。あの色に惑わされた男たちが群がって……。
泣きながら「助けて!」と叫ぶ彼女の姿という嫌な想像をしてしまい、背中がゾワゾワと粟だった。
どこに、どこにいる?
走って街の中に視線を飛ばす。
家と家の細い隙間、屋根の上、魔力の気配を辿るが、どこにもない。
……まさか。
元の世界に、帰った?
ドクンッと、心臓が嫌な跳ね方をした。
いや、でも。異邦人が帰った例はないと。やって来た異邦人は、みんなこの地に骨を埋めたと聞いている。
でも、あんなに神々しい黒を持つんだ。特例とかあるのかもしれない。
いや、冗談だろ。だって、彼女は、俺の、俺のパートナーなのに。
「おー、エヴァン! 異邦人様、王都に行くそうだなぁ。代金はおまえにツケてくれって、ちゃっかりしてるよなぁ」
背後からおおらかな声が聞こえてきて、バッと振り返る。
「ミツキさんが来たのかっ!?」
食い気味に問いかけると、魔導転移装置の切符売り場のオヤジは、引き気味にうなずいた。
「ココからじゃ王都直通はないって言ったら、一番近くの街までって言って、シルバーナ行きを買ってったぞ」
「シルバーナ……」
よかった、とりあえずいる。
この世界にいる。
異邦人って、こわいな。目を離すと消えていなくなってしまいそうだ。
元の世界になんて帰らなければいい。
ずっとそばにいて欲しい。
ミツキさんがどれだけ元の世界を望んだとしても、帰したくないと、汚い欲望が渦巻く。
……こんなこと考えてるなんて知られたら、絶対嫌われるな。
「エヴァン、代金、きっちり請求させてもらうぞ。一万二千ルシルな」
「あ、ああ。俺にもシルバーナ行きを」
オヤジは目を瞬いた。
「やっぱ、追いかけるんだな。変だと思ったぜ」
「……ん?」
「彼女、エヴァンには行き先を言わないでくれって。でも異邦人様が一人で旅って、いろいろ無理だろう? 魔法が使えない上に、あの方は黒だ」
行き先を言わないでくれ?
……どうして。
「喧嘩でもしたのか? 彼女、おまえのパートナーだろう」
「ケンカ、は、してないはず、だが……」
抱いたけど、ケンカはしてないはずだ。
抱かれるのが嫌だったのか? それとも下手だった? いや、よがってくれてたと、思い、たい、けど。
彼女は異邦人だ。元の世界の男と比べられていたり……う、わ、すげぇ嫌だ。
女の扱い方なんてわからない。魔法ばかり見てきて、魔法と結婚するんじゃないか、と噂されてたくらいだ。
こんなことなら、もっと女の扱い方を学んでおけばよかった。やっぱり、下手だったのか?
ズーンと落ち込んでると、オヤジに励ますように肩を叩かれる。
「何はともあれ、急いだ方がいい。多少の足止めはしたが、一刻前にここを出た」
「一刻前……」
「共をつけた方がいいと言ったんだが、結局一人で行っちまった。なかなかに肝の座った方だなぁ、あれは」
「何から何までありがたい」
「おう、色はつけてくれよ?」
ちゃっかりしてる。
笑いながら代金を支払って、ミツキさんのあとを追った。
シルバーナ。
王都南方に位置する街。魔法と薬学の街だ。
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