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第一章 浮気症の婚約者
3愛されるために産まれた王女
しおりを挟むアリアはリーグルト王国の第五王女として誕生した。
リーグルト王国は代々、婚姻関係によって権力を広め、維持して来た。
そのため王妃はとにかく子を産むことが望まれ、休む暇もないくらいポコポコと子を産む。
今代の王妃は健康体だったこともあり、王子を六人、王女を六人産んだ。
アリアは王の十番目の子だった。
王子、王女は生まれた瞬間から政略結婚の教育がされる。王が決めた相手に嫁ぎ、そこで『愛されること』が王族の最大の義務であると。
貴族や他国王家との婚姻は、相手側の権力を強めることにもなる。だから嫁いだ王子、王女はあの手この手を使い、相手の望む理想の姿を演じる。
愛する妻、夫の家族、はたまたそれが王家ともなれば、裏切りを起こさず忠誠を尽くす方が利があると貴族たちに思わせるためだ。
それを各地で行う。
だから王家にとって、第一王子よりも、その下の嫁ぐ子供たちの方が重要だった。
全員にお役目を与え、幼い頃から徹底的に教育を行う。
王子、王女は優雅さ、美しさ、気遣い、賢さ、全てにおいて一流にするために日夜勉学に励んだ。
嫁ぎ先によって、どの能力を一番発揮すべきかは個々が判断せねばならない。賢さを学んだからといって、それを押し付けて亀裂が入るようなら無知のフリをする。
王族は生涯を演者として終えることが、生まれた時から決まっていた。
愛されないような魅力のない王族は、密かに王から失敗の烙印を押されて幽閉される。
外に出て争いの火種になるより、誰にも見られずひっそり死へと導く方がいいという王の判断である。
アリアはワガママ王女として王宮内では有名だった。
そんなワガママ王女が幽閉されずにいるのは、セトとの婚約があるからだ。
アリアは幼い頃からラストラント家に嫁ぐことが決まっていた。
アリアは国王によく似た黄金の目を持っていたからだ。
生まれて目が開いたときから、高位貴族で権力が強く、王族との関係がやや希薄な家であったラストラント家だと決まった。幸い、ラストラント家にはアリアより年上の男児が二人いた。
だからアリアは、物心ついた時には、セトやゼルの幼なじみとして遊び、交流を深めてきた。
同年代の子と遊ぶことが多かったせいなのか、アリアはやたらと自我が発達してしまい、王族の中では「失敗作ではないか」と囁かれるほどだ。
アリアなりにちゃんと勉強をしているし、美しさや優雅さも学んできたはずだ。
セトは美しいものに惹かれるようだったので、美貌には特に力を入れた。
だからかアリアは「傾国のワガママ王女」なんていう、不名誉で恐ろしい呼び名がつけられた。
そうやって、愛され、嫁ぐことだけに力を注いでいたアリアの世界に亀裂が入ったのは、セトが他の女とキスしているのを目撃した時だ。
セトはアリアにうんと優しくしてくれていたし、アリアもラストラント家が好きだった。
遊びに行けば、目いっぱい可愛がってくれる。「また会おうね」と約束するのがアリアの楽しみだった。
アリアはこのままラストラント家に嫁ぎ、愛されるのだと思っていた。他の王族のように上手くやれると。
でもセトは、アリアがいても他の女に目移りした。
貴族は愛人を囲うことはよくあると学んでいた。でも、王家ではそれは許されなかった。夫や妻が愛人にうつつを抜かすようではダメなのだと。
愛人のためにと、王家に反旗を翻すようなことはあってはならない。
だから、絶対に一番でなくてはならないのだ。
アリアは頑張った。
セトの一番になれるように。
しおらしくしてみたり、涙を見せたり、癇癪を起こしたりしてみたけど、全部ダメだった。
アリアがまだ小さな時は「ごめんね」と少ししおらしくしてくれていたセトも、二年も経つと悪びれもせず開き直る。
関係修復は、どう頑張っても無理だった。
アリアは毒を吐くセトを正面から睨み据えた。心がジクジクと痛んで目には薄らと涙が溜まった。
「もういいのです。魅力のない王女だと思われてもかまいません。事実ですから。お父様には今日お話しします。それではさようなら」
セトが小さく息を呑んだ。
「待ってよ、アリア」
「もうお会いすることもないでしょう。お元気で」
「アリア!」
セトがアリアの腕をつかんで壁に押し付けた。その瞬間、セトの首に鈍く光る剣が押し付けられる。セトのこめかみに冷や汗が伝い、横目にゼルを睨んだ。
「はっ……姫様のナイト気取り?」
「俺は殿下の騎士です」
「僕はまだアリアの婚約者だよ。婚約者の戯れを、騎士が邪魔していいの?」
ピリッとした空気が流れた。
「……ゼル、剣を収めなさい」
「……御意」
ゼルが剣を収めると、セトがアリアに一歩近づいた。両手首をつかんで壁に押し付けたまま、アリアを見下ろしている。
「まだ何か?」
「パーティーは? 一緒に出席するんじゃなかったの」
「衣装の打ち合わせにも来なかったのに?」
アリアはおかしくって笑ってしまった。すっぽかしたのはセトだ。アリアは待っていた。
「……どうして今日はそんなに怒ってるの」
「怒ってなどいません。呆れてしまったのです」
セトが目をすがめてアリアを見た。
アリアはぷいと顔を背ける。セトが浮気をしたくせに、なんだかアリアが責められている気分になったからだ。
「じゃあ、キスしていい? 今、この場で」
「…………は?」
セトが首を傾け、アリアに顔を近づけて来た。アリアは息を呑んで目を見開き、咄嗟にうつむいた。ゴツッと、アリアの頭とセトの顔がぶつかってキスをした。
「うっ。痛い……」
「きゃっ。ご、ごめんなさい。こ、婚前交渉は、お父様が……」
鼻を押さえながら言い訳と謝罪をするアリアを見たセトは、目を細める。いつもの気怠げなフェロモンが消えて、冷たい空気をまとっていた。
アリアはぎくりとして、背後は壁なのに下がろうと足を引く。
「違うね。僕は知ってる。それはキミの嘘だって」
アリアは困惑した。
瞳を左右に揺らして、眉を下げる。
確かに、婚前交渉禁止はアリアの嘘だった。それは、他の女にキスをするセトを見てからだ。
アリアは他の女たちと同じになりたくなかった。セトは浮気が多いが、浮気相手もコロコロと変わったのだ。
要するに、飽き性なのだろう。
「も、もうそんなこと、どうでもいいでしょう。帰ります。ゼルっ」
助けなさいという意味を込めて呼ぶと、ゼルはセトの手首をつかんだ。捻り上げられる痛みにセトが手を離す。
アリアはその隙にそそくさと逃げ出した。
「アリア! 逃げたって、婚約解消はしないから」
背中にかけられた声に振り返えらなかった。ただただ、訳がわからなかった。
浮気をしたのはセトだ。
他の女にうつつを抜かして、アリアとの約束だって平気ですっぽかす。
(もしかして。私と結婚したら、浮気し放題だと思ってるのかしら……)
ありえる話だった。
アリアはこれまで数々のセトの浮気を家族に話さずに秘密にして来た。知っているのはゼルくらいだ。
結婚後も女遊びをしたいからアリアと結婚する。
なんという屈辱だろうか。仮にも王家に名を連ねる者として、あってはならないことだった。
(お父様に、お話ししよう。もう、表から消えて幽閉が一番いいもの)
アリアは城への道のりを急いだ。
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