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オマケ
錠前破りでもう一度 ①
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「えー、SORA君、何日もお休みしちゃうのぉ」
つけ過ぎた香水同様、甘えて囀る若い女の声に営業用の笑顔を完璧に貼り付けて、とあるホストクラブのナンバーワンであるSORAこと、仲二見昊は太客のホステスの手を取る。ごめんね、と、こちらも甘えたように囁く声は本当に申し訳なさそうだが、優男の正体を知る実弟などは「はい、嘘」と看破するだろう。
どこか退廃的で身持ちが悪そうな昊は気まぐれな猫に似て、そのちょっとしたわがままな態度と裏腹に女性に尽くす態度で人気が高い、
誰かに尽くすタイプには犬系が多いものだが、昊の垂れ目がちな柔らかな瞳は気怠げで、その自堕落な色香が猫を連想させるのだ。
「猫をね、飼おうと思って。――里親のところまで見に行く予定なんだよね。お迎えできるか試さないとね」
「えー。ツケマとマニキュア塗った盛り髪の猫じゃないのー?」
「付け睫毛もマニキュアも盛り髪もない猫だから安心して?」
過熟した果物のような甘ったるい声は、裏側にある本音を綺麗に覆い隠す。
だって相手は“男”の“Mネコ”だから――。
馴染みのあるSM倶楽部名無し。
女装家であるオーナーから、昊に合いそうなMネコが居ると聞かされ、仕事を休んで三日間そのリビドーの鍵を開けた向こう側に居たわけだが、控え目に言って最高だった。
リビドーの鍵の相手はこれでもかというくらい昊の性癖を突くタイプで、プレイも相性が良くてこれ以上ない相手だった。
なにしろ最後までプレイを中断させるセーフティワードを使わなかったのだ。
そのため、昊も興が乗ってしまい、かなりのハードプレイをしてしまったが。
SMの最低条件として、日常生活に支障を来さないというものがあるが、あれは確実にどこか支障が出てしまっただろう。
ホストクラブでもそうであるように、もともと相手にサービスする事も尽くす事も嫌いでは無いが、プレイ外で疲れてぐったりした彼に、客以上に甲斐甲斐しく世話をして尽くしたものだ。
染めたことがなさそうな黒髪や、襟につかない清潔感に溢れた髪型。むろんピアスもタトゥーもない、おそらく自分と違ってお堅い職業に就いていそうな彼は、ずっと優等生の人生を歩んで来たはずだ。
優等生の殻は生真面目そうで倫理観が強そうで、けれどその分厚い殻の内側にある果肉は甘く淫らで素直だった。
予想がつく。今後、彼以上の相手に巡り会える気がしない。
それくらいに互いの相性がぴったりだったのだ。
なのに昊は彼の名前を聞かなかった。
糊が効いたシャツの襟を固いと思わない、きちんと締めたネクタイを窮屈とは思わない、清潔そうに刈った髪は肩につく事を良しとしない――派手なシャツの前を寛げ、肩につく染毛とピアス姿で夜の歓楽街が似合う自分とは真逆の存在だ。
生活環境も仕事もこれまでの人生も何もかもが違うのだ。
リビドーの鍵が無ければ出会えなかったかもしれない。
堕落と快楽に満ちた日々が過ぎて三日前に開けた鍵を再び施錠し、その鍵を返してしまえば、二度と会うことは無い可能性も理解していた。
それでも昊が彼の名前を聞かなかったのは、名前を聞けば執着が生まれてしまいそうだったから。
自慢にならないが昊は執着心が強く、遊び人の風体に反して惚れてしまえば相手に一途だ。彼が名前を名乗り、自分が名前を言ってしまえば、そこから執着の糸が絡みついて彼を雁字搦めにしてしまうのは自分の性格上、分かりきっていた。
彼が自分に惚れているのなら話は別だが、ただ名前を知っただけの相手に対し、異様なまでの執着を見せてはいけないと、それくらいの分別は持ち合わせている。
どんなハードプレイも根底に有るのは合意。
合意がない相手を不幸にする趣味はない。
二人並んでリビドーの鍵を掛けた瞬間、ひどく寂しい気持ちになったが仕方ない――。
それから昊は、なんとなく暫くはSM倶楽部名無しから足が遠のいてしまった。
迫力美人である女装家のオーナーは訳知り顔で赤い唇を吊り上げ、「相性が良すぎてそうなってしまう方も多いのよ。――だって最高の開放感を知ってしまえば、後はどんな美しい人でも強い人でも窮屈で味気なく感じるでしょう?」と言ったものだ。
なるほど、それはそうかも知れない。
溜息混じりに甦るのは、規範が服を着て歩いているような男が裸になって股座も穴も晒し、倫理観を語る舌で泣いて媚びて強請って、清潔そうな髪も顔も見出して汚れた便器になった姿。
似たような趣味のMネコなら幾らでも居るだろう。自己否定され虐められて喜ぶ人間は意外に多いものだ。
だが違う。
同じような言葉責めでもプレイでも、彼以外では何もかも足りないのだ。
相性が良すぎても幸福にはなれない、それを思い知った昊だった。
「……あー。インポになりそう」
まるで去勢された猫だ。
憂鬱そうに無駄な色気を垂れ流して嘆息する。
昊は彼以外の相手をする意欲が薄れたが、噂では彼は何回か名無しに訪れているらしい。どうやら彼の方は自分以外でも平気なようで、その事実に心は痛んで澱が奥底に溜まった気がする。
だいたい店からのマッチングで出会っただけの、それもたった三日間過ごしただけの仲なのに、妬心を抱くとは我ながら情けない。
だが鬱屈する曇天のような気分が続く昊に、まさに名前の昊のように晴れた空をもたらしたのは、両親の離婚で名字が変わった実弟、一ノ瀬晴の一言からだった。
「あれ? 兄貴、三枝先生と知り合い?」
**************************************************************
ホストちんこの名前は仲二見昊でした。
初期は一ノ瀬、仲二見、三枝で、一、二、三、ダーッ!の
S兄弟に飼われる真面目なM男設定でした
設定が変わって先に一ノ瀬に彼氏が出来たので頓挫w
オマケは3話で終了です。残り2話はエロ
つけ過ぎた香水同様、甘えて囀る若い女の声に営業用の笑顔を完璧に貼り付けて、とあるホストクラブのナンバーワンであるSORAこと、仲二見昊は太客のホステスの手を取る。ごめんね、と、こちらも甘えたように囁く声は本当に申し訳なさそうだが、優男の正体を知る実弟などは「はい、嘘」と看破するだろう。
どこか退廃的で身持ちが悪そうな昊は気まぐれな猫に似て、そのちょっとしたわがままな態度と裏腹に女性に尽くす態度で人気が高い、
誰かに尽くすタイプには犬系が多いものだが、昊の垂れ目がちな柔らかな瞳は気怠げで、その自堕落な色香が猫を連想させるのだ。
「猫をね、飼おうと思って。――里親のところまで見に行く予定なんだよね。お迎えできるか試さないとね」
「えー。ツケマとマニキュア塗った盛り髪の猫じゃないのー?」
「付け睫毛もマニキュアも盛り髪もない猫だから安心して?」
過熟した果物のような甘ったるい声は、裏側にある本音を綺麗に覆い隠す。
だって相手は“男”の“Mネコ”だから――。
馴染みのあるSM倶楽部名無し。
女装家であるオーナーから、昊に合いそうなMネコが居ると聞かされ、仕事を休んで三日間そのリビドーの鍵を開けた向こう側に居たわけだが、控え目に言って最高だった。
リビドーの鍵の相手はこれでもかというくらい昊の性癖を突くタイプで、プレイも相性が良くてこれ以上ない相手だった。
なにしろ最後までプレイを中断させるセーフティワードを使わなかったのだ。
そのため、昊も興が乗ってしまい、かなりのハードプレイをしてしまったが。
SMの最低条件として、日常生活に支障を来さないというものがあるが、あれは確実にどこか支障が出てしまっただろう。
ホストクラブでもそうであるように、もともと相手にサービスする事も尽くす事も嫌いでは無いが、プレイ外で疲れてぐったりした彼に、客以上に甲斐甲斐しく世話をして尽くしたものだ。
染めたことがなさそうな黒髪や、襟につかない清潔感に溢れた髪型。むろんピアスもタトゥーもない、おそらく自分と違ってお堅い職業に就いていそうな彼は、ずっと優等生の人生を歩んで来たはずだ。
優等生の殻は生真面目そうで倫理観が強そうで、けれどその分厚い殻の内側にある果肉は甘く淫らで素直だった。
予想がつく。今後、彼以上の相手に巡り会える気がしない。
それくらいに互いの相性がぴったりだったのだ。
なのに昊は彼の名前を聞かなかった。
糊が効いたシャツの襟を固いと思わない、きちんと締めたネクタイを窮屈とは思わない、清潔そうに刈った髪は肩につく事を良しとしない――派手なシャツの前を寛げ、肩につく染毛とピアス姿で夜の歓楽街が似合う自分とは真逆の存在だ。
生活環境も仕事もこれまでの人生も何もかもが違うのだ。
リビドーの鍵が無ければ出会えなかったかもしれない。
堕落と快楽に満ちた日々が過ぎて三日前に開けた鍵を再び施錠し、その鍵を返してしまえば、二度と会うことは無い可能性も理解していた。
それでも昊が彼の名前を聞かなかったのは、名前を聞けば執着が生まれてしまいそうだったから。
自慢にならないが昊は執着心が強く、遊び人の風体に反して惚れてしまえば相手に一途だ。彼が名前を名乗り、自分が名前を言ってしまえば、そこから執着の糸が絡みついて彼を雁字搦めにしてしまうのは自分の性格上、分かりきっていた。
彼が自分に惚れているのなら話は別だが、ただ名前を知っただけの相手に対し、異様なまでの執着を見せてはいけないと、それくらいの分別は持ち合わせている。
どんなハードプレイも根底に有るのは合意。
合意がない相手を不幸にする趣味はない。
二人並んでリビドーの鍵を掛けた瞬間、ひどく寂しい気持ちになったが仕方ない――。
それから昊は、なんとなく暫くはSM倶楽部名無しから足が遠のいてしまった。
迫力美人である女装家のオーナーは訳知り顔で赤い唇を吊り上げ、「相性が良すぎてそうなってしまう方も多いのよ。――だって最高の開放感を知ってしまえば、後はどんな美しい人でも強い人でも窮屈で味気なく感じるでしょう?」と言ったものだ。
なるほど、それはそうかも知れない。
溜息混じりに甦るのは、規範が服を着て歩いているような男が裸になって股座も穴も晒し、倫理観を語る舌で泣いて媚びて強請って、清潔そうな髪も顔も見出して汚れた便器になった姿。
似たような趣味のMネコなら幾らでも居るだろう。自己否定され虐められて喜ぶ人間は意外に多いものだ。
だが違う。
同じような言葉責めでもプレイでも、彼以外では何もかも足りないのだ。
相性が良すぎても幸福にはなれない、それを思い知った昊だった。
「……あー。インポになりそう」
まるで去勢された猫だ。
憂鬱そうに無駄な色気を垂れ流して嘆息する。
昊は彼以外の相手をする意欲が薄れたが、噂では彼は何回か名無しに訪れているらしい。どうやら彼の方は自分以外でも平気なようで、その事実に心は痛んで澱が奥底に溜まった気がする。
だいたい店からのマッチングで出会っただけの、それもたった三日間過ごしただけの仲なのに、妬心を抱くとは我ながら情けない。
だが鬱屈する曇天のような気分が続く昊に、まさに名前の昊のように晴れた空をもたらしたのは、両親の離婚で名字が変わった実弟、一ノ瀬晴の一言からだった。
「あれ? 兄貴、三枝先生と知り合い?」
**************************************************************
ホストちんこの名前は仲二見昊でした。
初期は一ノ瀬、仲二見、三枝で、一、二、三、ダーッ!の
S兄弟に飼われる真面目なM男設定でした
設定が変わって先に一ノ瀬に彼氏が出来たので頓挫w
オマケは3話で終了です。残り2話はエロ
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