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四ヶ月後 ―現実に―
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暑かった夏は過ぎ、秋は通り越し、季節は冬。
あまりに濃く短かったあの日の三日間は夢だったのかと思えるほど。
今でも鍵を開けた三日間を思い出すと体の芯から疼く。
疼いて切なくて苦しくて……その隙間を埋めようと、何度かSM倶楽部“名無し”を訪れ、キャスト相手にプレイを試みたことがあった。
あらゆる業界に太いパイプを持つ“名無し”のキャストはよく教育され、あの三日間がなければ満足できるくらい素晴らしかったが、それでも賢人の心を埋めるには至らない。
彼らのプレイが悪いのではなく、単純に相性と賢人の心の問題なのだ。
――馬鹿みたいじゃないか。
名前も知らない、たった三日間過ごしただけの相手に惚れるなんて。
あまりにも肉体の相性が良すぎて心が惹かれたのか、心が惹かれたから肉体が追従したのかは分からない。
けれど賢人は彼に惚れてしまっていた。
たぶん、本当の意味で彼でなければもう体は満足してくれないのだろう。
馬鹿みたいで、情けなくて、だから次第に賢人は誰かと体を合わせることに苦痛を感じ始めた。
終わったあとは、ただ、ただ、寂しくなるのだから。
「……ふ、うぅ……ッ」
今、賢人を慰める物は三つだ。
あの日に撮ったポラロイド写真と、アナルバイブと、トイレ――。
「ん、ぁ……は……ッッ」
自宅のトイレで蓋を閉じた便座に座り、大股開きで自分の陰茎を握って扱く。先走りで濡れた竿がくちくちと興奮を煽る音を鳴らすが、それでも賢人は自分のどこかで冷めている部分を感じている。
尻に埋まったアナルバイブは絶えず振動し、賢人の切ない内側を少しの時間だけ慰めてくれるが、それでもあの熱い肉の凶器には大きさそのものではなく、体中に熱を走らせるには足りなかった。
だが不思議なことに、他人の体温を感じる陰茎よりも、温度のないシリコンのバイブのほうがマシなのだ。
代わりにわずかでも熱を産んでくるのは、トイレのドアにクリアファイルに入れて貼られたポラロイド写真。
体にラクガキされ便器に繋がれた自分の惨めで淫らな本質を暴いた姿だけが、賢人にあの時の熱を思い出せてくれる――。
「……あ、ッ……イ、く……っ」
アナルバイブが激しくうねり、陰茎を擦る手の動きは速くなる。
あの三日間には足りない快楽でも、写真を見ながら顔や体温や声の記憶を掘り起こせば、三日間で馴染んだ体は反応してしまう。
「……は、ぁッ……ん、んぁ……ッッ……ほし……い、……ッ、ご、しゅじん、さ、ま、の……ちんぽ、ほしい……っ、んんッッ」
せめて名前を聞けば良かった。
名前だけでも聞けば、今こうやって虚しい自慰で達する瞬間、名前を呼べたのに――。
だが賢人は分かっていた。
賢人が本気で彼と連絡を取ろうと思えば、さほど難しくもなく可能だったのだと。
“名無し”の店か、あるいはオーナーを通せば連絡は取れただろう。
非現実の世界に現実を持ち込むことは許されないが、お互いが現実の世界で出会ったなら自由だ。
人を介してでも、偶然の再会でもいい。
同じ“名無し”のSM倶楽部の系列店やバーに行けば再会する可能性は高かったし、キャストや店に話を聞けば彼を探し出せたのだ。
けれど賢人は出来なかった。
会いたいのは事実だが、心底惚れてしまったからこそ、セフレのように出会うことが怖い。
自分だけが本気で、自分だけが嵌まって、自分だけが取り残される――それが怖かった。
思春期の少女のような夢見がちな再会を望む馬鹿げた希望は、春が来る前に捨て去るべきなのだろう。
虚しい射精の後始末をして、火照った体が鎮まった頃合いに一本の電話が鳴り響いた。
見知らぬ番号は警察からだった。
驚きつつ話を聞けば、担任ではないが教科担当をしているクラスの生徒が、塾の帰りに暴漢に絡まれたとのこと。幸いに通りかかった青年が間に入り事なきを得て、生徒には怪我もなかったようだが、未成年であることと生徒の親が出張で不在のため、学校側の誰かに引き取って欲しいとの連絡だった。
教師として否やはない。
教師としての賢人は教育熱心で責任感もある男だ。
名前を聞けばその生徒とも割合に話す間柄でもあったし、それで生徒が頼るならと自分を呼んだのだと推察した。
先ほどの切なさを忘れるように、きちんとネクタイを締めて規範と威厳に満ちた教師に戻り、生徒が保護された交番へと向かう。
そして賢人はそこで出会うのだ。
生徒を救ってくれたアッシュベージュの髪と幾つも並ぶピアス姿の、どこか退廃的で艶めかしい出勤前の“ホスト”と。
探して見つけるのではなく、偶然出会ってしまったのなら、きっと賢人は思春期の少女のように堕ちるかも知れない。
互いに何か引き合う物があったのだと思う程度に、賢人はロマンチストな部分を持っているのだから。
タクシーが交番の前に停車する。
タクシーから降りる。
扉の前に立つ。
なぜだろう。
どこかで施錠されたはずの鍵が開く音が聞こえた気がした
。
終
**********************************************************************
便器便器と煩く、BL的にどうなの?と思ったので、
終わりくらいは正統派BLを目指しました。
賢人編は終わりますが、後日、ホストのオマケがあります
やっとホストちんこの名前が出る……なお、絡まれた生徒は一ノ瀬晴
分かる方は色々お察し下さい
あまりに濃く短かったあの日の三日間は夢だったのかと思えるほど。
今でも鍵を開けた三日間を思い出すと体の芯から疼く。
疼いて切なくて苦しくて……その隙間を埋めようと、何度かSM倶楽部“名無し”を訪れ、キャスト相手にプレイを試みたことがあった。
あらゆる業界に太いパイプを持つ“名無し”のキャストはよく教育され、あの三日間がなければ満足できるくらい素晴らしかったが、それでも賢人の心を埋めるには至らない。
彼らのプレイが悪いのではなく、単純に相性と賢人の心の問題なのだ。
――馬鹿みたいじゃないか。
名前も知らない、たった三日間過ごしただけの相手に惚れるなんて。
あまりにも肉体の相性が良すぎて心が惹かれたのか、心が惹かれたから肉体が追従したのかは分からない。
けれど賢人は彼に惚れてしまっていた。
たぶん、本当の意味で彼でなければもう体は満足してくれないのだろう。
馬鹿みたいで、情けなくて、だから次第に賢人は誰かと体を合わせることに苦痛を感じ始めた。
終わったあとは、ただ、ただ、寂しくなるのだから。
「……ふ、うぅ……ッ」
今、賢人を慰める物は三つだ。
あの日に撮ったポラロイド写真と、アナルバイブと、トイレ――。
「ん、ぁ……は……ッッ」
自宅のトイレで蓋を閉じた便座に座り、大股開きで自分の陰茎を握って扱く。先走りで濡れた竿がくちくちと興奮を煽る音を鳴らすが、それでも賢人は自分のどこかで冷めている部分を感じている。
尻に埋まったアナルバイブは絶えず振動し、賢人の切ない内側を少しの時間だけ慰めてくれるが、それでもあの熱い肉の凶器には大きさそのものではなく、体中に熱を走らせるには足りなかった。
だが不思議なことに、他人の体温を感じる陰茎よりも、温度のないシリコンのバイブのほうがマシなのだ。
代わりにわずかでも熱を産んでくるのは、トイレのドアにクリアファイルに入れて貼られたポラロイド写真。
体にラクガキされ便器に繋がれた自分の惨めで淫らな本質を暴いた姿だけが、賢人にあの時の熱を思い出せてくれる――。
「……あ、ッ……イ、く……っ」
アナルバイブが激しくうねり、陰茎を擦る手の動きは速くなる。
あの三日間には足りない快楽でも、写真を見ながら顔や体温や声の記憶を掘り起こせば、三日間で馴染んだ体は反応してしまう。
「……は、ぁッ……ん、んぁ……ッッ……ほし……い、……ッ、ご、しゅじん、さ、ま、の……ちんぽ、ほしい……っ、んんッッ」
せめて名前を聞けば良かった。
名前だけでも聞けば、今こうやって虚しい自慰で達する瞬間、名前を呼べたのに――。
だが賢人は分かっていた。
賢人が本気で彼と連絡を取ろうと思えば、さほど難しくもなく可能だったのだと。
“名無し”の店か、あるいはオーナーを通せば連絡は取れただろう。
非現実の世界に現実を持ち込むことは許されないが、お互いが現実の世界で出会ったなら自由だ。
人を介してでも、偶然の再会でもいい。
同じ“名無し”のSM倶楽部の系列店やバーに行けば再会する可能性は高かったし、キャストや店に話を聞けば彼を探し出せたのだ。
けれど賢人は出来なかった。
会いたいのは事実だが、心底惚れてしまったからこそ、セフレのように出会うことが怖い。
自分だけが本気で、自分だけが嵌まって、自分だけが取り残される――それが怖かった。
思春期の少女のような夢見がちな再会を望む馬鹿げた希望は、春が来る前に捨て去るべきなのだろう。
虚しい射精の後始末をして、火照った体が鎮まった頃合いに一本の電話が鳴り響いた。
見知らぬ番号は警察からだった。
驚きつつ話を聞けば、担任ではないが教科担当をしているクラスの生徒が、塾の帰りに暴漢に絡まれたとのこと。幸いに通りかかった青年が間に入り事なきを得て、生徒には怪我もなかったようだが、未成年であることと生徒の親が出張で不在のため、学校側の誰かに引き取って欲しいとの連絡だった。
教師として否やはない。
教師としての賢人は教育熱心で責任感もある男だ。
名前を聞けばその生徒とも割合に話す間柄でもあったし、それで生徒が頼るならと自分を呼んだのだと推察した。
先ほどの切なさを忘れるように、きちんとネクタイを締めて規範と威厳に満ちた教師に戻り、生徒が保護された交番へと向かう。
そして賢人はそこで出会うのだ。
生徒を救ってくれたアッシュベージュの髪と幾つも並ぶピアス姿の、どこか退廃的で艶めかしい出勤前の“ホスト”と。
探して見つけるのではなく、偶然出会ってしまったのなら、きっと賢人は思春期の少女のように堕ちるかも知れない。
互いに何か引き合う物があったのだと思う程度に、賢人はロマンチストな部分を持っているのだから。
タクシーが交番の前に停車する。
タクシーから降りる。
扉の前に立つ。
なぜだろう。
どこかで施錠されたはずの鍵が開く音が聞こえた気がした
。
終
**********************************************************************
便器便器と煩く、BL的にどうなの?と思ったので、
終わりくらいは正統派BLを目指しました。
賢人編は終わりますが、後日、ホストのオマケがあります
やっとホストちんこの名前が出る……なお、絡まれた生徒は一ノ瀬晴
分かる方は色々お察し下さい
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