異世界の鏡が奴隷を呼ぶ

柄木

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 大国の第二王子として生まれたロベールは優れた人格者だった。
 魔道士として比肩するものはおらず、慈悲深く勇敢で知性に溢れ、しかし為政者としての冷徹な判断力を兼ね揃えている。
 完全人間とも言えるロベールだが、無理矢理に一つだけ瑕疵をつけるとするなら母親の血筋くらいか。
 母親が伯爵家出身であり、国王の第二妃だったことはさほど問題ではない。問題は母親の先祖が貴族の一員に加えられた経緯だ。
 母親の系譜を辿れば戦闘奴隷が祖だった。
 150年ほど前の大戦で戦闘奴隷として戦った祖先は、類まれな武功を立てて男爵の地位を得た。強力無比だった武力と魔力は次代にも受け継がれ、武功を重ねるごとに子爵、伯爵と陞爵を重ね、今では伯爵家として国でも有数の武門へと成長している。
 出自を辿れば元奴隷。伯爵と言えど新興貴族。
 それこそがロベールの瑕疵だ。自分の力ではどうにもならない、言いがかりに等しい瑕疵。
 逆を言えば、ロベール個人の資質にケチをつけようはずもなく、過去の血を辿るくらいしかロベールを貶める要素がないのだ。
 ロベールは優秀だが、ロベールの兄もまた優秀だった。
 武力に関しては異母弟であるロベールに劣るが、為政者としての姿はロベールを上回る。しかも母親は正妃であり、由緒正しい公爵家の出身。

 ゆえに後継者問題に直面する。

 互いに第一王子も居第二王子も優秀であり、第一王子は古くから続く由緒ある公爵家、第二王子は国一番の新興とはいえ武門の一族、どちらも王の後継者として申し分ない。

 だがどんなに優秀でも、子供の頃は仲が良かった異母兄弟でも、王を継ぐ玉座は一つだけだ。
 
 ここ数年は後継者争いが水面下で激化し、あれほど親しかった兄弟の仲は悪い方へと転がっていた。

 玉座が欲しいかといえば否とは言えないロベールだ。
 彼は自分の高い能力を正しく理解していたし、どんなに優秀でも「祖先が奴隷」という言葉に忸怩たる思いを抱いていた。だが異母兄を奸計で蹴落としたいほど玉座を欲しているわけでもない。
 与えられれば王として立派に振る舞う自信はあるが、弑逆者の覚悟を持つほどの野心もなかったのだ。

 だが本人の意志を無視して自分を王にと、姦しく囀る周囲の重圧に呼吸さえも息苦しい。
 その抑圧された場所から逃げるように向かう先は、王宮の奥にある魔塔のてっぺんだ。

 魔塔の最上階にある宝物殿には異世界から来た勇者が残したとされる宝物の一つ、小さな手鏡が石壁に封印されて埋まっている。
 流す魔力の波長によって異世界の風景が覗けるという宝物はここ数十年、魔力の適正者が現れず沈黙を守って黒い矩形を晒したままだ。
 だがロベールには秘密があった。
 魔道士として最高峰の実力を持つロベールの魔力は、勇者が残した黒い鏡の波長とリンクできたのだ。

 ロベールが手を翳せば、ぶるりと黒い鏡が振動する。一拍おいて真っ黒だった黒い鏡にじわりと滲み出すように異世界の様子が映し出された。
 自国の石畳とは違う、艷やかで不可思議な素材で作られた滑らかな床。細かな装飾を施された家具に鮮やかな色合いの布地。水晶のように輝くガラスは気泡の一つもなくどこまでも透明だ。
 おそらくあの一室の調度品だけで金貨が山積みになるだろう。
 異世界の風景はそれほどに刺激的で好奇心が唆られる不思議な場所だった。
 黒い鏡に魔力が反応して以降、ロベールは異世界に夢中になった。
 その小さな矩形を覗く見知らぬ間だけは、煩わしい後継者争いや肥大化した行き場のない矜持を忘れることができる。
 魔力を黒い鏡に流し続け、そうして何度目かに気づいたのだ。
 鏡の鮮明さは月の満ち欠けと連動していると。
 満月に近くなるほど鏡は異世界を鮮明に映しだし、新月が近づくほど異世界の様子は見えにくくなる。
 小さな矩形に映る異世界に魅入られたロベールは、鮮明に映る満月の夜にはなるべく予定を入れないように苦心することになった。
 密かな気晴らしは政争に疲れたロベールに英気を宿す必要な時間だったのだ。
 だがロベールが異世界の調度品や衣装、知識にない斬新な素材などに驚いたのは始めの数回だけ。いつの頃からか、血筋以外は完璧と称されるロベールが耽溺する小さな異世界への興味は別の情景に変わってしまっていた。

 珍しい調度品よりも美しいガラスよりも新しい文化よりもロベールが惹かれたもの――。
 その光景が音を伴って満月の夜にロベールへと届く。
 その声は王の勅命よりも強い力を携えてロベールの心臓を穿つ。
 
 『跪け、豚が。泥を踏む靴裏より無価値な家畜が許可なく顔を上げるんじゃない』
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