サブカルからのリアル調教

柄木

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幕間④

義兄ガチ勢・上

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 無理。 存在の尊さに直視できない。
 レベチ。 推しの存在に救われる俺。
 しんどい。 死ぬ前に見る夢が推し。 
 存在が原罪。 推しに圧倒的大感謝。
 可愛さの化身。 ビジュアルがいい。
 尊さマーベラス。 エモエモのエモ。
 顔面偏差値の暴力。 最高オブ最高。
 溢れ出る色気と狂気。 いとをかし。
 立ってるだけで大勝利。 かわいい。 
 最愛にバーサーカー状態。 爆イケ。
 控えめに言って最高過ぎる。 すこ。



 りんにとって推しとは呼吸に必要な酸素であるし、生きていく上での糧で、人生という名のエネルギーだ。
 クール系の皮を被った倫の内面は、常にクソデカ感情に荒ぶりながらも、推しへの感謝と賛美に溢れている由緒正しいヲタク青年だった。
 彼の推しへの思いは深く重い。
 あまりにも推しが尊い。推しが好き過ぎる。推しに課金できるならATMになってもいいし、重課金兵になっても後悔などしない。

 好き。
 ひらすらに、好き。

 そんなクレイジーな愛に生きる倫の推しは、二次元ならゲームキャラのジュリアス、三次元では義兄である雄哉ゆうやであり、いずれも重度なガチ勢であった。

 母親の再婚で義兄弟になった雄哉は、現世に舞い降りたリアルジュリアスだった。二次元のイケメンゲームキャラが人肌の温もりをを伴って実体化。
 なにその神様の慈悲。それとも悪魔の誘惑?
 二次元の顔がそのまま立体化とか、ただのどちゃくそイケメン爆誕では?
 顔も体も性格も性癖も国宝級。いや世界遺産。それどころか尊さがビックバン。最強の推しの存在は新たな萌え宇宙さえ創生する。

 ふう……と溜め息が出た。
 今日も義兄が可愛くて白飯が旨い倫だった。

 だがこれは普段の話。
 今の輪はたいそう白飯が不味い状況に置かれている。
 なぜなら両親が仕事で数日家を空けるというのに、思う存分に推しを独り占めして堪能できる環境にあると言うのに、二人を分かつこのご時世。

 このご時世!

 大学のゼミで濃厚接触者の疑いを持たれてしまった雄哉は、検査を済ませ自主的に二階へ隔離中だ。
 検査では陰性だったし、あくまで疑いレベルだったのだが、倫が声優という喉を大事にする仕事のため、雄哉は万が一を考えてくれたらしい。
 自分を気遣ってくれる愛が嬉しい。優しさに値段をつけられても言い値で買うつもりだ。しかし嬉しいけども一階と二階に別れての生活は正直辛かった。

 だってそこに推しの御本尊があるというのに、拝観はできてもお触り禁止なのだから。

 親だって居ないのに!
 親だって居ないのに!
 親だって居ないのに!
 
 大事なことを三回も繰り返すのはヲタクの嗜みである。

 リビングの長椅子にうつ伏せになって不貞腐れる倫は、控えめな表現をするならただのフレッシュゾンビに等しい姿だった。
 我が身の不幸に溜め息が漏れる。
 本来なら、この長椅子に防水シートを敷いてあんなことやこんなことが出来たかと思うと、無駄にクッションの効いた幅広な長椅子が憎い。仮に長椅子が汚れてもお掃除プロが開発した、汚れ落とし万能スプレーと専用クリーナーを購入済みで対策だって万全だったのに。
 倫は推しのための課金は実質無料と考えるタイプだった。

 目の前の推しに課金できない人生とは世知辛い。

 ご時世に野望と欲望を砕かれ、義兄ガチ勢としては不本意だった。だがガチ勢ゆえに倫は気がつく。
 推しのために発想の転換とは大事ではなかろうか? 推しが一コマでも、一秒でも、そこに存在し喋れば推しが主役と、我々は調教済みの紳士ではなかったか?
 インターネットが急速に発達したのは、本屋やビデオレンタルでアダルト物を手に取るのは恥ずかしい勢が、誰に憚ることなくエロが見たいという欲求のお陰だという噂がある。
 確かに人間はエロに対して発想が奇抜で貪欲だ。ならば自分も考え方を柔軟に変えればいいのでは? ――倫は沈思黙考する。
 ぽくぽくぽくちーん。
 脳内に木魚とおりんが鳴り響く。カッと目を見開いた倫の心は頓智の効いた小坊主のように晴れやかだった。



 うちわ。
 手動で涼を運ぶ古式ゆかしい、それ。

 そのうちわに金モールをつけ、蛍光文字で推しに自分をアピールするグッズを考えた天才はいずこの淑女か紳士なのか。

 “好き!” “愛してる!” “投げチューして!” “ピースして!” “誕生日おめでとう!”などなど、短く分かりやすい言葉で自分の存在をアピールし、運が良ければファンサービスもして貰える神が下賜した神具である。
 その神具をフォルダケースに幾つも入れて設置、持ち手にはどんな言葉を書いてあるか分かりやすくラベリングし、場面に応じて必要な言葉をすかさず翳せるように準備に余念がない。

 義兄ガチ勢、同担拒否派の倫は、厳かな顔ですっとうちわを手にした。

“義兄さん好き♡” ――くるりとうちわを裏返す。 “義兄さん愛してる♡”

 ……そもそも雄哉が倫に惚れたのは声だった。
 ご時世的に直に話せなくとも電話を使えばたやすく言葉も思いも伝わるはずなのに、今日に限って無言でうちわを振るだけ。
 だがあえて電話を使わないところに醍醐味があるのだ。 
 せっせとうちわを制作している間は楽しかったし、やり甲斐もあった。推しに金と手間暇を惜しまないのが倫のスタイルだ。

 それにこれはこれで良い部分もあるのだ。

 ソーシャルディスタンスを取った先に、顔面偏差値の高い顔を赤く染めて照れた顔がある。素晴らしい。イケメン無罪はこのことか、

 たとえ、それが顔半分でも・・・・・

 別のうちわを手にする倫。
 “投げちゅーして♡” ――唇が見えない雄哉が恐る恐る投げキッスの動作をする。
 “♡作って!”  ――両手の指を曲げてハートの形を作る雄哉。
 “胸見せて!” ――雄哉に着衣はなかった。きれいな筋肉で整った胸筋を反らすように雄哉が上体を動かす。
 “最高!” “チクニーして!” ――チクニー、つまりは乳首オナニー。雄哉の指がむき出しになっていた乳首に触れる。指の腹で乳輪を撫でるようにして円を描き、たまに乳頭を上下に擦っては乳輪に戻ることを繰り返す。
 “もっと弄って” “ピンピンして” ――うちわの文字を見た雄哉が、わずかにためらった後、両乳首を左右の人差し指で上下に弾き始めた。 
 ちらりと横目でスマホを見れば、定点カメラから送られる画像が雄哉の乳首の状態を教えてくれる。既に固く勃起した乳頭は、空気の流れですら感じるのかちいさく震えてヒクヒクしていた。

 推しが今日もエロかわいい。

 離れたところからうちわを手に倫はご満悦だった。
 雄哉は雄哉で倫の声ガチ勢なのだが、今日はあえて倫の声を封印しての無音プレイだ。
 雄哉は倫の声には脆く弱いので、同じ内容を耳元で倫が命じたらあっという間に理性を失って腰砕けになってしまうのだ。最近の雄哉は倫のサディスティックな声に対し、脳イキがワンセットになりつつあった。
 だからあえての、あえての、あえての!! 無音焦らしプレイ。
 ご時世として無音状態なのは雄哉も同じで、雄哉の鼻から下の口部分はエナメル質の黒いマスクでぴっちりと覆われていた。口がある場所には閉じられたファスナーのみ。これでは雄哉も声を出すことができない。
 顔がいいというのは罪作りなもので、拘束じみた顔マスク姿には妙な艶かしさがあった。
 半分顔を覆われた雄哉がいる場所は浴室だ。
 風呂道楽者である雄哉の父親は、自宅の浴室を平均の倍以上の広さにしていたので、少しくらい粗相が合っても問題ない。
 雄哉は浴室内に、倫は脱衣場を挟んだ廊下にうちわをセットして陣取っていた。

 “乳首ひっぱって” ――雄哉が乳頭をつまんで強く引っ張ると、たまらずに腰が揺れた。 “すけべ乳首サイコー” その文字に尻が揺れる。尻をうねらせながら、摘んだ乳頭を扱いて擦り上げている。なんという罪作りな推しなのか。
 イケメンは無罪だがエロい推しは有罪確定である。
 徳の高いお坊さんのような表情を作った倫は、一際モールが派手なうちわを左右に持った。

 “四つん這い” “マゾメス豚”

 乳首を引っ張りながら文字を見た、ぞくぞくと肌を震わせた雄哉が体をのけ反らした。
 あれは軽くイッているのでは? 雄哉はマゾメス豚だから、文字だけでも本質を突かれると弱いらしい。
 一拍の間をおいて雄哉が尻を掲げるようにして四つん這いになる。浴槽の大きな鏡が雄哉の形の良い尻を映し出した。
 絶景かな絶景かな。
 祐也は顔の良いがスタイルも良い。だからどんな格好でも見応えがあるのだ。
 鏡に映る蠱惑的な尻の肉合いに挟まる、黒い螺旋形の尻尾も含めて絶景だ。
 アナルプラグ付きのアニマル尻尾は、当然ながら雄哉に相応しい豚の形だ。
 アスリートのように引き締まった雄哉の体に豚の尻尾など、滑稽であり扇情でもあり神聖すら見えて、総括して言うならエロい。
 おまけにすでに勃起している陰茎の根本にシリコン製のソフトコックリングが装着され、そのコックリングからは革製のタグがぶら下がっていた。
 タグに書かれた文字は“調教済みメス豚”である。実に雄哉らしさを表していると言えるだろう。

 “お尻振って” 四つん這いのまま、雄哉が尻を横に揺らすのではなく、まさに交尾中の豚のようにカクカクと縦に揺すってみせた。
 尻の中のアナルプラグはボールを幾つも繋いだようなタイプで、あれだけ尻を揺すればシリコンのプラグで叩かれる前立腺はたまらないはずだ。
 倫を見る雄哉の瞳が熱を帯びて蕩けている。おそらく自分の中のアナルプラグを倫のものだと妄想しながら、迎えるように腰を振っているのだとわかる。

 “もっと早く” マスクの下からうめき声を漏らしながら、いつも倫にピストンされているように腰を振りまくり、我慢汁を滲ませながら切なげに尻肉を震わせる姿が最高にエモい。倫のうちわを握る手に力入ってしまうくらいだった。
 ――けれど。

 “ストップ!” “ストップ!”だからこそ一旦止めて、脳が真っ白になるくらい焦らさなくては。

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