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第2部 皇女姉君編

027 侯爵との会談

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【38日目 夕方 南部方面軍司令部】

 アリス他二人と一匹がロードナイトからシリトンの南部方面軍司令部へと向かう前日の夕方。

 統合情報本部情報官ジラルディ侯爵は、魔術研究本部副本部長カルロネ伯爵と共に昨日の王太子殿下指示に基づき慌しくジェダイト公都を出立して5日目の今日シリトンの南部方面軍司令部に到着した。

 全行程4泊5日であり300キロメルトの馬車移動と考えると強行軍と言える。しかし、あの皇女姉がシリトンの南部方面軍司令部を訪問したとなれば急がざるを得ないだろう。何としても面会しその人物を確かめなければならないからである。

 とは言え皇女姉はアンバー高原方面に出掛けており、明日の午後以降でないとシリトンには戻らない予定となってる。1日余裕を持って態勢を確認。準備できると思えば悪くないと思う情報官であった。

 控え室でしばし寛いでいる情報官と副本部長。控え室といっても司令官を追い出した司令官室である。皇女姉用に控え室が塞がっているので司令官室を徴発したのである。




「情報官閣下。在アレキサンドライト帝国ジェダイト大使発の情報ですがお聞きになりましたかな?」

「ええ、聞きましたよ。教皇庁が慌てふためいてロードナイト近郊アンバー高原を探索したいとか。理由は語れないという事でしたね」

「そうなんじゃが怪しいと思わぬか。
教皇庁じゃよ? 何の理由も無くそんな事する訳が無いのじゃ。ジェダイト神殿の司祭供がロードナイトまで来れるのは後6日程度はかかるじゃろう。
そこで情報官閣下。ワシはアンバー高原の例の洞窟付近を探索したいのじゃ。兵隊をちと貸してくれんかの?
何、アンバー高原は危険な魔物は余りおらんと言うし大規模検索で危険な犯罪者もおらんだろうから2~3人でいいんじゃ。お願い申し上げる」

「まあそれ位ならという見方もありますが。何が有ると期待しているんですか?」

「皇女姉に関わるものがあるのでは無いかと。このタイミング。教皇庁が慌てておる。同じタイミングで我々と同じく慌てておるなら原因は同じ所にあると思ったのじゃ」

「なるほど。しかし皇女姉と直接お話しされて彼女の秘密を嗅ぎ取れるのも副本部長だと思うんですがね」

「そうなんじゃが司令官の話だと皇女姉は自分の事とか魔術の事について一切語らなかったとの事。語らないならワシも秘密を嗅ぎ取りようがないというもの。今日含めて3日いや4日もらえんかのう」

「ふむ。それでは3日という条件で認めましょう。代理が務まる部下は残してくださいよ? ただし兵は貸せません。副本部長が公都から連れて来たメンバーで対応するか、傭兵を雇うかして下さい。あ、アンバー高原に行く事を方面軍の連中に言ったらダメです。皇女姉から監視するなと釘を刺されているらしいですからね」

「了解ですじゃ。感謝しますぞ」




♢♢♢♢




【39日目 午前 ロードナイトからシリトンに至る街道】

 閑散とした街道を軽快に進む馬車に乗っているアリス他2名と一匹。ロードナイトからシリトンまでの馬車の旅は二回目になる。アーバン高原及びロードナイト周辺からの大規模捜索部隊撤収もほぼ終わっており、街道は既に通常の交通量となっている。

 ビアンコ中尉となんとなく雑談する。どこ出身でどうして軍に入ったの~とか。女性軍人のキャリアパターンってどうなってるの~とか。

 気になっちゃうんだよね。イース世界のことについては男性軍人のことも、もちろん知らないわけだけど。男性のことは聞く気になんないよね。だって私は今は女性なんだから男性軍人になることは基本的に無いからね。



 そうこうしているうちに宿場で休憩と昼食も取ってシリトンの南部方面軍司令部に到着した。



♢♢



 控え室に入って20分ほど待たされる。皇女姉君を待たせるとは不敬な、とは怒らない。待たせ待たされ、そんなもんでしょう。

 ゆっくりお茶を頂きつつ寛いでいると公都からきた責任ある人との会談準備が出来たので、と案内される。

 ビアンコ中尉の先導で私、グレタさんキアラさんとボブ。そして、ロードナイトの風の4人全員で会談場所の特別会議室に向かう。


 特別会議室は大きな会議室で、国際会議をやるようなコの字型に並んだ会議テーブルが配置されていた。

 中に入ると南部方面軍司令官のお爺さんと副司令官のおじさん。そして司令官たちよりも偉そうな感じで長身金髪、地球なら典型的な出来るビジネスエリート然とした30男がいた。この人が責任ある人だね。


「ジェダイト公都から参りました。ピエトロ・ジラルディ侯爵です。皇女姉君殿下とお会いできて光栄です。本日は様々なことについて、忌憚なくお話できればと思っております。よろしくお願い致します」

「マルチナ皇女の姉、アリスです。こちらこそよろしく」



 私たちは出入口から見て奥側。ジェダイト側は出入口側の席に着く。

 私たちは私が中央、グレタさんが右、キアラさんが左。ボブはキアラさんが抱っこ。
ロードナイトの風は私たちの後方に立ってもらっている。悪いけど座ると動きが制限されるし、そんなに長時間にはならないはずだから我慢してもおう。

 ジェダイト側はジェラルディ侯爵が中央に一人だけが座って司令官と副司令官は公爵の後方に並べた椅子に座っている。


 懇談するのは侯爵一人っってことだね。司令官たちは後ろで控えていなさいという形だ。この侯爵。相当偉いみたいだな。


『アリス様。そのジラルディ侯爵。公都で数回見たことがありますが王太子の側近中の側近でかなりの権力者だったと思います』

『そっか、ありがとうグレタさん。参考になるよ』

『それに複数のレベル4攻撃魔法や身体強化を持っていますね。自分の戦闘力にかなり自信がありそうです。護衛を傍に置いてないのもそれが理由かもですね。ステータス見ちゃいました』


名前 ピエトロ・ジラルディ 
種族 人(男性) 
年齢 32  体力F  魔力F
魔法 光弾4風弾4回復2ステータス1
身体強化 筋力2持久力2毒耐性1防御2
称号 ジラルディ侯爵家当主
   統合情報本部首席情報官


『なるほど。今まで見た現地人類の中では最強クラスだね。首席情報官って称号が有るけど、これ公国での公的立場だよね。肩書きを隠しているのか


 グレタさんと念話で会話をしていると侯爵が語りだした。



「アンバー高原は如何でしたかな? 厳しい気候の地域ですから不自由されたでしょう。何かお困りのことは在りませんでしたか?」

「ええ。アンバー高原には慣れておりますので大丈夫でしたよ。快適に過ごせました。お気遣いありがとうございます」


「ロードナイトでの賊による襲撃。我がジェダイト支配領域においてあのような事件に巻き込んでしまい誠に残念にそして心配も致しました。どこかお怪我はございませんでしたか? 必要であれば高度回復魔法の使い手を同道しておりますので対応させましょう」

「大丈夫です。誰も怪我の問題はございません。逆に、怪我をなされた賊がいらっしゃった様子。賊とはいえ心配しております」

「賊については、必要な治療を施した上で徹底した尋問、捜査を行っております。残念ながら未だその背後関係、動機。そして賊の正体すら判明しておらず皇女姉君にも申し訳なく感じております」

「そうですか。あの賊達にも家族があるでしょうし一家の大黒柱として生活を支えている方も居るでしょう。
出来れは酷な扱いをなされることなく、無罪放免として頂いてよろしいのではないかと思っています」

「なんとお優しい。では出来るだけ手心を加えて恩赦に該当するものが居るかどうかを確認したうえで皇女姉君の寛大なお気持ちに沿うよう適切に対処することをお約束いたしましょう」

「是非そのようになさってください」



「それで、ロードナイトの事は皇女姉君御一行、そしてジェダイト、双方にとって実に不幸な出来事でありました。
しかしながら、このような出来事であっても一つの縁ですから災い転じて福となすという言葉もあります。今後は、お互いに親しく友人としてお付き合いをしていくことが出来ると素晴らしいと思われませんか?」

「そのとおりですね。私も全くそのとおりだと思います」

「これは素晴らしい。お互いに高めあい発展できることが実に楽しみです。
ところで皇女姉君御一行の皆様はロードナイトにおいて賊に襲撃されたとき、実に興味深い魔法をお使いになられたと聞いております。それはどのようなものなのか是非ご教示していただければと思っています」


「それは具体的にどのような魔法でしょうか?」

「はい。賊の証言によるとレベル4攻撃魔法を完全に防ぐ『黒い壁』。そして出入り自由な奥行きのある空中の『窓』ですね。
そして、そちらのキアラさんは攻撃魔法『土弾5』をお使いになられた。
ところが1ヵ月前には攻撃魔法自体使えなかったはず。いかにして『土弾5』の習得が可能となったのか非常に興味深く感じております」

「そうですか。その『黒い壁』と『窓』というのは初耳ですね。知りませんでした。そのようなものが有るのですね。興味深いです。
えっと。それからキアラが『土弾5』を使ったとのこと。生憎私はキアラがどのような魔法を使えるのか存じませんので。キアラあなた『土弾』使えるんですか?」

「アリス様、あたし『土弾』は使えませんよ」

「そうなの? そういうことになると困りましたね、ジラルディ侯爵。キアラはこのように申しておりますがどういたしましょうか。私としても困惑してしまいます」

「そうですか。そこを曲げてご教授いただけませんか」

「と言われましても。困りました」

「では問い詰めるわけではありませんが、どのようにして賊4名を無力化出来たのでしょうか?」

「生憎私は気を失っておりまして知らないんですよ。グレタさん知ってます?」

「いいえ。私も賊の放った攻撃で。ものすごい音と光に呆然としてしまいまして分かりません。思い出しても恐ろしくて震えてしまいます」

「なるほど。覚えていらっしゃらないと。ではあの場所からどの様にして立ち去ったのですか? その方法は?」


「ーー何か尋問のようで不快です。あなたこそ賊たちの事情に非常にお詳しいようです。背後関係も正体も一切答えない賊と忌憚のない意見交換でもなさったのですか? 
私たちはあの恐ろしい場所から立ち去っただけですよ。どんな方法があるというのですか」

「御気に障ったようで申し訳ありません。我々としても、あの時何があったのか是非解明したいと思っているのです。
では賊の襲撃後から今まで。どちらにいらっしゃったのでしょうか」


「それについてはお答えできません。何しろ、このグレタとキアラはあなた方に対して大層怯えております。
聞くところ私の妹マルチナと一緒に居るところアンバー高原まで追い立てた挙句にこの2名を除いて暴力的に捕縛したらしいですね。これについて御説明して頂きたいと思います。

「それにこの二人はあの過酷なアンバー高原にたった二人取り残され食料もなく死んでしまうところだったのです。このことについても謝罪を頂かなければならないと思っておりますよ?」

「その事は本当に残念な不幸な行き違いなのです。公爵軍のとある指揮官が上司のたわいもない戯言の会話を立ち聞き抜け駆けで手柄を立てようと暴走したのです。
のちに自分が暴走したと気付いたものの訪問団の方々に何としてもお戻り頂きたいと熱が入った挙句つい手荒な事に。
本当に申し訳ありませんでしたと謝罪しながらグレタさんキアラさんの無事を祈っておりました」

「ふむ。それについて私としてはさっき言いましたとおり暴力的で残酷な仕打ちをなされたという考えに変わりはありませんよ?
そのうえで現在公都に軟禁されている私の妹マルチナ。そして訪問団の団員達については無条件で速やかに解放。帝都への安全で無事な帰還を保証していただきたいと思います」

「皇女姉君殿下。それは何かの勘違いというものです。軟禁などしておりません。只々、不幸な行き違いがあったこと、お詫び申し上げているのです。
行き違いのあったことをご納得いただけないまま帝都へ御帰還されるということになるとジェダイト、そしてアレキサンドライト帝国の双方に好ましくない感情が芽生えて双方の国民が不幸になりかねません。
故に我々といたしましては誤解を解消していただくべくご説明をし続けている。という訳なのです。
皇女姉君殿下にも是非御理解いただきたいものです」




『ーーグレタさん。手ごわいっていうか、全く引く気無いね。この侯爵』

『全く。ジェダイトで出世して王太子の側近をしているだけありますね。あんなことをして置いて、よくも抜け抜けと言えるものです。しかしこれは平行線というか水の掛け合いというか。これ以上の進展はなさそうですね』

『そうだよね。なんとかマルチナさん解放に繋げたいんだけど。どうすればいいかな』

『現状、こちらが譲歩して譲っても譲っただけ不利になります。逆にジェダイト側も譲歩したら負けだと思っているようです。こういう時は双方ともが相手に譲ったほうが負け。つまり「先に動いた方が負け」という先手必敗のジレンマというやつです』

『なーるほど。それで?』

『先手必敗。つまり先に動いた方が負け。動かないのが吉でしょう。我慢できなくなった方が先に動いて「負け」です』

『そういえばそうかもだね。じゃ引かないで不動のアリスで行くか』




 ……沈黙が続く。




 アリスは発言しない。不動を貫いて侯爵が我慢できなくなるのを待つ作戦だ。ご家庭で旦那に対して奥様がとることの多い作戦でもある。



「皇女姉君殿下?」




 ……沈黙が続く。




「皇女姉君殿下? 御身体の具合がよろしくないのでしょうか?




 ……沈黙が続く。




「司令官。どうやら皇女姉君殿下は御気分がすぐれないようだ。こういう時は気分を変えて休息するに限る。今日のところはゆっくりと休憩して頂きつつ、明日以降の御視察についてご相談申し上げてください。
それでは今日の所は私はこれで。また、明日以降お話をさせていただきたいと思います。失礼」


 ジェラルディ侯爵は会議室を出ていった。副司令官のイケおじさんが慌てて後を追って出ていった。残った司令官のお爺さんは引き攣った笑顔でビアンコ中尉を呼んだ。


「皇女姉君殿下。今日の会談は終了とさせていただきます。
後はこのビアンコ中尉に明日以降にどのような視察をご希望されるかお話していただけますかな?
それでは儂もここで失礼させていただきます」


 司令官も会議室を出ていった。




 こうして「公都からきた責任ある人との会談」は終了したのであった。


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