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第5章 美優の歩く世界
1 帰らない女王(挿絵付き)
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朝の教室でのこと。
「お前、そろそろ哺乳瓶にミルク入れてちくび吸うのやめろよ」
「いや、してないから。それお前だろ」
石井太陽は即座に否定して、岸本翔斗を睨んだ。
「何の話?」
「あ。風神さん」
翔斗が風神美優に向き直った。
「美優に変なこと言うなよ」
「風神さん、今晩これでどう?」
翔斗は左手でピースを作り、美優にちらつかせる。
「キモいんだけど」
美優はゴミを見るように翔斗を見澄ます。
「嘘、嘘、風神さんは桁が違うよね」
「いくら積まれてもあんたとは嫌だよ」
美優は太陽の腕を取ると歩きだす。
「それに私、彼氏いるんで!」
美優は捨て台詞をはくと廊下にでる。
「美優、痛い」
「ごめん、太陽、今日誕生日だったよね、おめでとう」
美優は太陽の腕を離した。それから、スクールバックから小さな包を出して、太陽に渡した。
太陽は一瞬、戸惑いながらその包みを受け取った。
「そういえば、そうだな、開けていい?」
「どうぞ」
美優に許しを得て、太陽は包の赤リボンを解く。
それは、スノードームだった。白を貴重としていて、何体かの雪だるまが中に入っている。それは雪が舞っていて、とても綺麗だった。
「ありがと」
「みや! 太陽!」
「美亜」
太陽は眼の前にいる頭一つ分くらい小さい、ツリ目の女の子、竹中美亜に気づく。
「先を越されたわね。太陽、これ、あたしからよ」
美亜はこれまた小さな四角いプレゼントをリュックから出す。そして太陽に押し付けるように渡した。
太陽はドキドキしながら封を切る。
出てきたものは青いタンブラーだった。
「ありがとう、2人とも」
太陽は嬉しそうに微笑んでいる。
(喜んでくれてよかった。ちょうどいい、今日、テイアに行くか訊いてみよう)
美優は声を出そうとした瞬間だった。
「すみません!」
多くの女子の群れが太陽に集まってきた。
それもそのはず、太陽はこの冬、イメチェンしてガラリと印象が変わり、月影と呼ばれる怪物を倒している事がテレビや新聞で報道されているのだ。
「太陽君、今日、誕生日だよね」
ツインテールの髪を巻いた、可愛い女生徒が太陽に綺麗にラッピングした透明の袋を手渡した。
おそらく中身はクッキーだ。
「ありがとう」
「これ私の気持ちです」
他の女子も太陽に細長いプレゼントを渡してきたので、太陽は受け取る。
「ありがとう」
「太陽、行くよ。私、太陽の彼女なので、プレゼントなら私を通してください」
美優は輪の中心の太陽の裾を引っ張った。そのまま教室に連れ戻った。
「痛い痛い、美優、服が伸びちゃうって」
「今日は行ける?」
「え?」
不思議そうな太陽に美優は耳打ちする。
「テイアにだよ」
美優の声が吐息となって太陽の耳を震撼させた。
「いいけど、ローリ達も呼ぶ? 美亜は?」
「あー、ローリとネニュファールなら別にいいよ。美亜は駄目。あなたの誕生日、ダブルデートしたいじゃん? 今日は私の家の裏からまずはリコヨーテに行こう」
美優は先程太陽がもらった細長い筒のプレゼントを開ける。
出てきたのは綺麗な桜色のハーバリウムだった。
「これは没収ね」
「はい、じゃあ、また放課後で」
太陽はやきもちを焼く美優が可愛くて仕方ない様子だった。
美優が席につくとチャイムが後を追うかのようになった。
数学の授業を真剣に受けると時間はあっという間に過ぎていった。
太陽はローリに電話をする。
『もしもし、俺、太陽! 今日狩りに行っても平気かな?』
『やあ、少々困ったことが起きてね。良ければ桜歌さんも一緒に来てくれないかい? 見返りはするよ』
『困ったこと?』
『ともかく桜歌さんには不備の無いように対応させていただくよ、城で待っているね』
美優と太陽と桜歌は美優の家の裏へ回る。3人とも夏服に着替えておいた。ちなみに桜歌は白色と緑色のワンピースを着ている。アーガイルチェックのリボンの付いた三角帽も被っている。
「テイアの地に足をつけた人ってさ、実際にテイアの土地に足をつけるんじゃなくて、テイアについてある程度知識をつけた人ってことでしょ?」
「あなたはいつの話ししてるの? そのとおりだけど」
美優鋭い口調で言った。
「怒るなよな! ウォレスト」
「静かにしなさいよ? ウォレスト」
「美優お姉ちゃん怖い!」
「ごめんね。そうだね、怖かったね! せっかくの誕生日にね」
美優の前にはトランペット、太陽の前にはピアノが出てきた。
「シチリアーノだよ?」
「了解!」
♪
ピアノの音は間違えることなくのびのびと響く。
(負けてられない)
美優はトランペットを堂々と吹いた。
太陽の指先は一瞬反応したかのようにスタッカートを打った。
演奏はまるで最初の頃とは違い、安定した演奏になっていた。
大樹に緑色の濁流ができた。
「俺、先に行くな」
太陽は何かを感じ取ったのか首にかけているネックレスを手で包み込むと、緑色の濁流の中に入っていった。
太陽は転げ落ちた。
海の匂い。
ここは本来は日本なのだが、今やリコヨーテという国だ。
眼の前に大きな灯台ができていた。
美優と桜歌はスタッと着地した。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「うん、心配なし!」
美優はスクールバックから彗星証と呼ばれる言語翻訳機を耳につけた。ギンガムチェックのリボンを髪で結ぶ。その後、太陽の左腕に同じリボンを縛った。このリボンは可愛いだけではなく同じ国であるクライスタルへの協力するという合図にもなる。
太陽と桜歌も彗星証をつけている。
「それじゃあ行こうか!」
美優は勢いづける。
「そう言えば桜歌ちゃん、太陽に何をあげたの?」
「肩たたき券!」
「ふっ」
「可愛いだろ、笑うんじゃねえよ」
「いや、変な笑いじゃなくて、微笑ましい笑いだよ」
3人は喋りながら、城まで20分程歩いていった。
城の湖に着くなり、その場に固まっていた人垣が3人を囲んだ。
「な、なんなんだ、あんた達」
「おお、女王様、よくぞお帰りになられました……」
「ご無事で何より」
「女王?」
太陽は眉根を上げる。
「国王様が待っておられます。さあ舟に乗っていただけますか?」
白銀の鎧と甲を着込んだ兵士が桜歌の前にひざまずく。
「それにしてもよく、あのダンジョンをクリアできたな」
「何でも願いが叶う願い石で何を願わんとするであろう?」
「飢饉は続いているんじゃ、少しでも俺等の農産品の出荷作業を楽にしてくれるといいんじゃが」
白髪の見るも無惨な布切れを着ている老夫2人が話し込んでいる。
「ねえ」
(状況が掴めてきたぞ。ガウカちゃん、さてはそのダンジョンとやらに1人で向かったはいいが、帰ってこられないようになってしまったんだね)
美優は持ち前の美貌を振りまくと、足蹴にする。
「おじちゃん、私達、ガウカ様のパーティーなの、通してくれる?」
「おじちゃん、桜歌は桜歌だよ」
「まったくもう、ややこしくなるから陛下に会おうぜ?」
「まったくもうは私の口癖だってば」
美優が言い終わらないうちに、海が割れるかのように城への道ができた。
緑色と白色のミックスされた髪の毛の兵士がのんびりと舟を漕いでいた。ついにはあくびをしている。
「ネムサヤ」
太陽は慌てているのか、彼の名を呼んだ。
うたた寝気分だったネムサヤは桜歌の姿を見て目を見張った。舟が岸に着くなり一礼する。
「女王様、探しましたよ」
「いや、うん、とりあえず城に入らせてくれ」
「はい」
ネムサヤは舟の揺れを抑えながら、全員乗ったことを見計らって漕ぎ出した。
舟は城の内部へ入っていった。
「よく来たね」
ネムサヤに通してもらった王と女王の間で、ローリがワイシャツに銀色のサスペンダーをつけた姿で玉座に座っていた。
きれいな声とは裏腹に顔色が悪そうだ。
「桜歌のことを女王としてこき使う気だな!」
啖呵を切った太陽の手を、近くにいた馬面の兵士が一本背負いの要領で投げる。
「おや? 誤解だよ。それにしても、ドーリー、僕の友人に失礼なことをしないでくれたまえ」
「ゴホン! 説明しよう。女王が国王の記憶からネニュファールを消したいと言ってきた故に、国王が叱り飛ばした。女王は泣きながら城の中庭へ行ったようだ」
ドーリーの言葉を紡ごうと、ローリが目配せをした。
「今、この国に轟いている噂があってね。前に、ゴブリンの贈り物の何でも願いの叶う願い石をもらっただろう?」
ローリが話している間に絢爛豪華な花から光が降りてくる。
「その石を貰いに行ったってこと?」
「実は……そうなんだ。採りに行ったというのが正しいね。というのも、岩石地帯を掘って地下に潜伏している月影がいるらしくて。それはその岩山の地下の月影から採れるそうで、おそらくガーさん、その噂を聞いたらしくテイアまですっ飛んでいった」
ローリは美優と目が合うと不敵な笑みを浮かべていた。
ドーリーは太陽から手を離す。
「危険な場所だろうが! 女の子を1人で行かせるなんて信じらんねえ」
太陽は何やら顔を赤くして怒っている。相対的にローリの顔を少し青白い。
「ガーさんは、あの身なりしてるけどだいぶ大人だから、そのうちお腹空かせて帰ってくると睨んでたけど、流石に3日も城を空けたままじゃ、国民に面目が立たない。僕とガーさん派派閥が拮抗する。そこで君と君とネニュファールと僕で助けに行こうと思っているんだ」
「町の人が知っているのはなぜ?」
「ガーさんが大枚をはたいて憲兵を募集したんだ」
「大勢で向かったはいいが、誰1人として帰らず……という調子だね」
「ローリは誰からその噂を?」
「昔、ネニュファールが世界樹に一体化しかけた時に、世界樹からでてきたおばあちゃんに聞いたよ。ガーさんに話したこともね」
ローリは宙を舞っていたミミズクに、手を差し出してとまらせる。そして、優しく撫でる。
「そのミミズクは?」
「このネニュファールは半月の状態で、大きさを変えられるように特訓しているんだ。今はある程度、小さくなることは可能だよ」
「で、まとめると今日、向かうのは岩石地帯か?」
「ガーさん無事だといいけど」
美優は毛先の赤い部分をつまんでいじった。そして枝毛を見て声にならない、ため息をつく。
「桜歌を呼んだのは、その洞窟から人を遠ざけるためか!」
「はっはっは、君は察しがいいね。これでしばらくは無駄死にする人は来ないね」
ローリは指をぱちんと鳴らした。執事の2人が台車と何かを運んできた。蓋が開けられる。
それは大玉スイカ1個分程ある、特大のケーキだった。
「桜歌さん、今日中にそのことは片付けるからそれまでゆっくりしていてくれたまえ。それから太陽君、誕生日おめでとう」
パーン!
五月蝿いほど、メイドと執事が総出でクラッカーを鳴らした。クラッカーから出たのは七色の光だった。瞬いた後は直ぐに煙と化した。
(魔法曲で作られたクラッカーね)
美優の考えていることを知ってか知らずか、召使いたちは皿とスプーンを運んだりケーキを切ったりしていた。
「今日が誕生日ってよく知ってたね?」
「それは留学したときに」
「まあ、まあ、そのことはあとで話すよ。せっかくのケーキ、すぐ頂いて、ガウカを助けに行こう」
太陽はケーキにがっつく。
美優も一口ケーキを頬張る。そのケーキは口溶けの良いさと優しい糖質加減でほっぺたが落ちそうだった。
ローリもおしとやかにケーキを口に入れている。
「ネニュファール、食べるかい?」
ローリは肩に止まるネニュファールに声をかける。
ホホッ!
ミミズクのため話のできないネニュファールは1度鳴く。
「後で食べると、言っているようだね」
「今のでわかったのか」
「うん、ミミズクでもなんとなくわかるよ」
ローリは最後に残しておいたいちごをゆっくりかじった。
皆食べ終わったのを見計らい、ローリは玉座から立ち上がる。
「お召し物をどうぞ」
日本人の若いメイドがケーキの皿と交換するように、アーガイルチェックのインバネスコートと鹿撃ち帽を持ってきた。
「ゆいなさん、ありがとう」
ローリはそのコートと帽子を着つつ、歩みだした。
「中庭に向かうの?」
「国王に敬語を使いなさい!」
ドーリーは馬のいななきのように吠えた。
「国王様?」
「うん、中庭から、グリーンスリーブスでテイアへ向かうよ」
「私達はしばらくの警護にあたらせていただきます! 女王様のことをお願いします」
ゆいなと他のメイド、執事は敬礼する。
「それじゃあ、桜歌さんと遊んであげたまえ。失敬」
ローリと太陽、美優は少しの間ついていった。絵画や装飾品、調度品など、壁や廊下に飾られてあった。
ネニュファールはローリの頭上を軽々と翔んでいる。
「ウォレスト」
美優は金色のトランペットをその手に現した。
「ウォレスト」
太陽もすぐに対処できるようにキーボードピアノを出した。
「ねえ、太陽、プレゼントは私って言ったほうが良かった?」
美優は太陽の腕を掴んで、自分の腕と絡ませる。
「いや、腕組むなよ。人が見てるだろ」
「仲良きことは美しきこと哉」
「おい、武者小路実篤!」
「国王に、おい! などと呼ぶでない!」
「あーめんどくせ」
そうこうしているうちに中庭の大樹に到達した。
美優はこのままじゃ演奏ができないので太陽の腕を離す。太陽の手汗が少し気になった。
「お前、そろそろ哺乳瓶にミルク入れてちくび吸うのやめろよ」
「いや、してないから。それお前だろ」
石井太陽は即座に否定して、岸本翔斗を睨んだ。
「何の話?」
「あ。風神さん」
翔斗が風神美優に向き直った。
「美優に変なこと言うなよ」
「風神さん、今晩これでどう?」
翔斗は左手でピースを作り、美優にちらつかせる。
「キモいんだけど」
美優はゴミを見るように翔斗を見澄ます。
「嘘、嘘、風神さんは桁が違うよね」
「いくら積まれてもあんたとは嫌だよ」
美優は太陽の腕を取ると歩きだす。
「それに私、彼氏いるんで!」
美優は捨て台詞をはくと廊下にでる。
「美優、痛い」
「ごめん、太陽、今日誕生日だったよね、おめでとう」
美優は太陽の腕を離した。それから、スクールバックから小さな包を出して、太陽に渡した。
太陽は一瞬、戸惑いながらその包みを受け取った。
「そういえば、そうだな、開けていい?」
「どうぞ」
美優に許しを得て、太陽は包の赤リボンを解く。
それは、スノードームだった。白を貴重としていて、何体かの雪だるまが中に入っている。それは雪が舞っていて、とても綺麗だった。
「ありがと」
「みや! 太陽!」
「美亜」
太陽は眼の前にいる頭一つ分くらい小さい、ツリ目の女の子、竹中美亜に気づく。
「先を越されたわね。太陽、これ、あたしからよ」
美亜はこれまた小さな四角いプレゼントをリュックから出す。そして太陽に押し付けるように渡した。
太陽はドキドキしながら封を切る。
出てきたものは青いタンブラーだった。
「ありがとう、2人とも」
太陽は嬉しそうに微笑んでいる。
(喜んでくれてよかった。ちょうどいい、今日、テイアに行くか訊いてみよう)
美優は声を出そうとした瞬間だった。
「すみません!」
多くの女子の群れが太陽に集まってきた。
それもそのはず、太陽はこの冬、イメチェンしてガラリと印象が変わり、月影と呼ばれる怪物を倒している事がテレビや新聞で報道されているのだ。
「太陽君、今日、誕生日だよね」
ツインテールの髪を巻いた、可愛い女生徒が太陽に綺麗にラッピングした透明の袋を手渡した。
おそらく中身はクッキーだ。
「ありがとう」
「これ私の気持ちです」
他の女子も太陽に細長いプレゼントを渡してきたので、太陽は受け取る。
「ありがとう」
「太陽、行くよ。私、太陽の彼女なので、プレゼントなら私を通してください」
美優は輪の中心の太陽の裾を引っ張った。そのまま教室に連れ戻った。
「痛い痛い、美優、服が伸びちゃうって」
「今日は行ける?」
「え?」
不思議そうな太陽に美優は耳打ちする。
「テイアにだよ」
美優の声が吐息となって太陽の耳を震撼させた。
「いいけど、ローリ達も呼ぶ? 美亜は?」
「あー、ローリとネニュファールなら別にいいよ。美亜は駄目。あなたの誕生日、ダブルデートしたいじゃん? 今日は私の家の裏からまずはリコヨーテに行こう」
美優は先程太陽がもらった細長い筒のプレゼントを開ける。
出てきたのは綺麗な桜色のハーバリウムだった。
「これは没収ね」
「はい、じゃあ、また放課後で」
太陽はやきもちを焼く美優が可愛くて仕方ない様子だった。
美優が席につくとチャイムが後を追うかのようになった。
数学の授業を真剣に受けると時間はあっという間に過ぎていった。
太陽はローリに電話をする。
『もしもし、俺、太陽! 今日狩りに行っても平気かな?』
『やあ、少々困ったことが起きてね。良ければ桜歌さんも一緒に来てくれないかい? 見返りはするよ』
『困ったこと?』
『ともかく桜歌さんには不備の無いように対応させていただくよ、城で待っているね』
美優と太陽と桜歌は美優の家の裏へ回る。3人とも夏服に着替えておいた。ちなみに桜歌は白色と緑色のワンピースを着ている。アーガイルチェックのリボンの付いた三角帽も被っている。
「テイアの地に足をつけた人ってさ、実際にテイアの土地に足をつけるんじゃなくて、テイアについてある程度知識をつけた人ってことでしょ?」
「あなたはいつの話ししてるの? そのとおりだけど」
美優鋭い口調で言った。
「怒るなよな! ウォレスト」
「静かにしなさいよ? ウォレスト」
「美優お姉ちゃん怖い!」
「ごめんね。そうだね、怖かったね! せっかくの誕生日にね」
美優の前にはトランペット、太陽の前にはピアノが出てきた。
「シチリアーノだよ?」
「了解!」
♪
ピアノの音は間違えることなくのびのびと響く。
(負けてられない)
美優はトランペットを堂々と吹いた。
太陽の指先は一瞬反応したかのようにスタッカートを打った。
演奏はまるで最初の頃とは違い、安定した演奏になっていた。
大樹に緑色の濁流ができた。
「俺、先に行くな」
太陽は何かを感じ取ったのか首にかけているネックレスを手で包み込むと、緑色の濁流の中に入っていった。
太陽は転げ落ちた。
海の匂い。
ここは本来は日本なのだが、今やリコヨーテという国だ。
眼の前に大きな灯台ができていた。
美優と桜歌はスタッと着地した。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「うん、心配なし!」
美優はスクールバックから彗星証と呼ばれる言語翻訳機を耳につけた。ギンガムチェックのリボンを髪で結ぶ。その後、太陽の左腕に同じリボンを縛った。このリボンは可愛いだけではなく同じ国であるクライスタルへの協力するという合図にもなる。
太陽と桜歌も彗星証をつけている。
「それじゃあ行こうか!」
美優は勢いづける。
「そう言えば桜歌ちゃん、太陽に何をあげたの?」
「肩たたき券!」
「ふっ」
「可愛いだろ、笑うんじゃねえよ」
「いや、変な笑いじゃなくて、微笑ましい笑いだよ」
3人は喋りながら、城まで20分程歩いていった。
城の湖に着くなり、その場に固まっていた人垣が3人を囲んだ。
「な、なんなんだ、あんた達」
「おお、女王様、よくぞお帰りになられました……」
「ご無事で何より」
「女王?」
太陽は眉根を上げる。
「国王様が待っておられます。さあ舟に乗っていただけますか?」
白銀の鎧と甲を着込んだ兵士が桜歌の前にひざまずく。
「それにしてもよく、あのダンジョンをクリアできたな」
「何でも願いが叶う願い石で何を願わんとするであろう?」
「飢饉は続いているんじゃ、少しでも俺等の農産品の出荷作業を楽にしてくれるといいんじゃが」
白髪の見るも無惨な布切れを着ている老夫2人が話し込んでいる。
「ねえ」
(状況が掴めてきたぞ。ガウカちゃん、さてはそのダンジョンとやらに1人で向かったはいいが、帰ってこられないようになってしまったんだね)
美優は持ち前の美貌を振りまくと、足蹴にする。
「おじちゃん、私達、ガウカ様のパーティーなの、通してくれる?」
「おじちゃん、桜歌は桜歌だよ」
「まったくもう、ややこしくなるから陛下に会おうぜ?」
「まったくもうは私の口癖だってば」
美優が言い終わらないうちに、海が割れるかのように城への道ができた。
緑色と白色のミックスされた髪の毛の兵士がのんびりと舟を漕いでいた。ついにはあくびをしている。
「ネムサヤ」
太陽は慌てているのか、彼の名を呼んだ。
うたた寝気分だったネムサヤは桜歌の姿を見て目を見張った。舟が岸に着くなり一礼する。
「女王様、探しましたよ」
「いや、うん、とりあえず城に入らせてくれ」
「はい」
ネムサヤは舟の揺れを抑えながら、全員乗ったことを見計らって漕ぎ出した。
舟は城の内部へ入っていった。
「よく来たね」
ネムサヤに通してもらった王と女王の間で、ローリがワイシャツに銀色のサスペンダーをつけた姿で玉座に座っていた。
きれいな声とは裏腹に顔色が悪そうだ。
「桜歌のことを女王としてこき使う気だな!」
啖呵を切った太陽の手を、近くにいた馬面の兵士が一本背負いの要領で投げる。
「おや? 誤解だよ。それにしても、ドーリー、僕の友人に失礼なことをしないでくれたまえ」
「ゴホン! 説明しよう。女王が国王の記憶からネニュファールを消したいと言ってきた故に、国王が叱り飛ばした。女王は泣きながら城の中庭へ行ったようだ」
ドーリーの言葉を紡ごうと、ローリが目配せをした。
「今、この国に轟いている噂があってね。前に、ゴブリンの贈り物の何でも願いの叶う願い石をもらっただろう?」
ローリが話している間に絢爛豪華な花から光が降りてくる。
「その石を貰いに行ったってこと?」
「実は……そうなんだ。採りに行ったというのが正しいね。というのも、岩石地帯を掘って地下に潜伏している月影がいるらしくて。それはその岩山の地下の月影から採れるそうで、おそらくガーさん、その噂を聞いたらしくテイアまですっ飛んでいった」
ローリは美優と目が合うと不敵な笑みを浮かべていた。
ドーリーは太陽から手を離す。
「危険な場所だろうが! 女の子を1人で行かせるなんて信じらんねえ」
太陽は何やら顔を赤くして怒っている。相対的にローリの顔を少し青白い。
「ガーさんは、あの身なりしてるけどだいぶ大人だから、そのうちお腹空かせて帰ってくると睨んでたけど、流石に3日も城を空けたままじゃ、国民に面目が立たない。僕とガーさん派派閥が拮抗する。そこで君と君とネニュファールと僕で助けに行こうと思っているんだ」
「町の人が知っているのはなぜ?」
「ガーさんが大枚をはたいて憲兵を募集したんだ」
「大勢で向かったはいいが、誰1人として帰らず……という調子だね」
「ローリは誰からその噂を?」
「昔、ネニュファールが世界樹に一体化しかけた時に、世界樹からでてきたおばあちゃんに聞いたよ。ガーさんに話したこともね」
ローリは宙を舞っていたミミズクに、手を差し出してとまらせる。そして、優しく撫でる。
「そのミミズクは?」
「このネニュファールは半月の状態で、大きさを変えられるように特訓しているんだ。今はある程度、小さくなることは可能だよ」
「で、まとめると今日、向かうのは岩石地帯か?」
「ガーさん無事だといいけど」
美優は毛先の赤い部分をつまんでいじった。そして枝毛を見て声にならない、ため息をつく。
「桜歌を呼んだのは、その洞窟から人を遠ざけるためか!」
「はっはっは、君は察しがいいね。これでしばらくは無駄死にする人は来ないね」
ローリは指をぱちんと鳴らした。執事の2人が台車と何かを運んできた。蓋が開けられる。
それは大玉スイカ1個分程ある、特大のケーキだった。
「桜歌さん、今日中にそのことは片付けるからそれまでゆっくりしていてくれたまえ。それから太陽君、誕生日おめでとう」
パーン!
五月蝿いほど、メイドと執事が総出でクラッカーを鳴らした。クラッカーから出たのは七色の光だった。瞬いた後は直ぐに煙と化した。
(魔法曲で作られたクラッカーね)
美優の考えていることを知ってか知らずか、召使いたちは皿とスプーンを運んだりケーキを切ったりしていた。
「今日が誕生日ってよく知ってたね?」
「それは留学したときに」
「まあ、まあ、そのことはあとで話すよ。せっかくのケーキ、すぐ頂いて、ガウカを助けに行こう」
太陽はケーキにがっつく。
美優も一口ケーキを頬張る。そのケーキは口溶けの良いさと優しい糖質加減でほっぺたが落ちそうだった。
ローリもおしとやかにケーキを口に入れている。
「ネニュファール、食べるかい?」
ローリは肩に止まるネニュファールに声をかける。
ホホッ!
ミミズクのため話のできないネニュファールは1度鳴く。
「後で食べると、言っているようだね」
「今のでわかったのか」
「うん、ミミズクでもなんとなくわかるよ」
ローリは最後に残しておいたいちごをゆっくりかじった。
皆食べ終わったのを見計らい、ローリは玉座から立ち上がる。
「お召し物をどうぞ」
日本人の若いメイドがケーキの皿と交換するように、アーガイルチェックのインバネスコートと鹿撃ち帽を持ってきた。
「ゆいなさん、ありがとう」
ローリはそのコートと帽子を着つつ、歩みだした。
「中庭に向かうの?」
「国王に敬語を使いなさい!」
ドーリーは馬のいななきのように吠えた。
「国王様?」
「うん、中庭から、グリーンスリーブスでテイアへ向かうよ」
「私達はしばらくの警護にあたらせていただきます! 女王様のことをお願いします」
ゆいなと他のメイド、執事は敬礼する。
「それじゃあ、桜歌さんと遊んであげたまえ。失敬」
ローリと太陽、美優は少しの間ついていった。絵画や装飾品、調度品など、壁や廊下に飾られてあった。
ネニュファールはローリの頭上を軽々と翔んでいる。
「ウォレスト」
美優は金色のトランペットをその手に現した。
「ウォレスト」
太陽もすぐに対処できるようにキーボードピアノを出した。
「ねえ、太陽、プレゼントは私って言ったほうが良かった?」
美優は太陽の腕を掴んで、自分の腕と絡ませる。
「いや、腕組むなよ。人が見てるだろ」
「仲良きことは美しきこと哉」
「おい、武者小路実篤!」
「国王に、おい! などと呼ぶでない!」
「あーめんどくせ」
そうこうしているうちに中庭の大樹に到達した。
美優はこのままじゃ演奏ができないので太陽の腕を離す。太陽の手汗が少し気になった。
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💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
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