スイセイ桜歌

五月萌

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第4章 ゆいなの歩く世界

18 壊れる弁当屋

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『ここだよ』
『どもども、こんばんわ。むむ? そっちの坊っちゃんは見たことあるね』
『僕は坊っちゃんじゃないよ、ローリだ。王国の王様だと言ってるはずだよ』
『どーもどーも、もちろん分かってらっしゃいますわ、旦那』
『わしゃ初めて見る、キツネ顔じゃの』
『ありがとうございますわ』
『えっと、換金したいのだけれど。ここであってるのか?』
『アテクシこういうものでして。テイアウラ換金場、幸せ屋ティアラ・ランド。ランドとお見知り置きを』
『ここで演奏すれば武楽器の中のお金が日本円に変わるのか?』
『ええ、ええ、それはもう、弾く人によっちゃ大量の札束に代わります』
『曲は確か自作の曲だったよな?』
『おやまあ、そのとおりでございます』
『ウォレスト』
『おやまあ、待ちなさい、このシールを貼ってから演奏なさい』
『何だこのシール』
『換金に使うシールでございます。こちらを貼っていただかないと1円も生まれませんことです』
『まあいい、わかった』

  シールを貼っているようだ。

『じゃあ今度こそいくぞ』



「この曲」
まるで初日の出を拝んでいるかのようなしっとりとした曲だった。

「美しい」

  そう思うと、曲はダーク曲調に変わる。
  そして、最後の音がタン、と鳴り終わった。

『終了しましたね? シールをお返しを!」

  ペリペリと音がする。

『ところでこの曲の名前は何だい?』
「太陽と桜歌おうか
「この箱の中に、今の曲で武楽器からでたお金が詰まっています、どうかお幸せに、ホッホッホッ』
『百万位ありそうだ! やった』
『ショルダーバックに入れて、早くここから離れよう』
『おう』
『私はクライスタルに帰りたいのですが』
『先程の樹木から行こう』
『わしを置いていかないでほしいのじゃ』

タッタッタ
  彼らは走っているようだ。
  しばらくがさがさ揺れる音が耳元を通過した。

『この木だ』
『僕が演奏する。ウォレスト』


  それはバイオリンの音ではなかった。
  ケータイの軽快な音楽だった。
『太陽君、でたまえ、美優さんだよ』
『おっけ!』

ピ!

『もしもし、俺だけど何?』
『ローリは?』
『今集中してヴァイオリンを弾く所だよ』
『私達、もうクライスタルに着いてるから』
『了解』
『じゃねー』
『おお』
『今から弾くね』


  心地よいジムノペディの演奏の音がなる。王様らしい悠然とした曲になった。

『僕とガーさんが先に行くから、ビオさんを頼むよ、太陽君』
『俺に任せるなよ』
『それじゃあ、ガーさんを見てられるかい?』
『それはもっと無理だ。わかったよ、ローリ』

  ゆいなは家につき鍵を開ける。両親になにか言われるのを覚悟して念のためイヤホンを外し、トランシーバーもバッグの中へ入れた。

「ゆいな、遅かったな」
「新聞見てみなよ。ゆいな、のってるから」

  両親は冷たい顔でゆいなを見た。

「心配はしてくれたの?」
「もういい大人なんだから、はっちゃけるのやめたら?」
「なんでそうなるの? 私だって考えてるよ! 働くのにも忙しいんだから」

  ゆいなは期待されていないのがひしひしと伝わってきた。そのまま部屋にこもる。
  イヤホンをつけ直す。

『月影だ!』
「月影?」
『大きな蜘蛛の月影だ』
『ローリ!』
ブツン!

  盗聴器が損傷したのか音声は突然切れた。

「確か、パラディスのシチリアーノだっけ?」

  ゆいなは1人で呟いた。そしてお風呂に入る準備をした後、ゆっくり湯船に使った。
(明日の朝、電話入れてみよう。そのほうがゆっくりしているときに電話に出れるだろう)

「ローリ様、大丈夫かな」

  ゆいなは眠る前に翔斗にも連絡先を交換しておけば良かったと後悔した。



次の日
  ゆいなは朝からアルバイトに行っていた。そして密かにチェロ教室に通うことを決心する。どんどん積まれてくる調理器具を洗っている時だった。

「ゆいなちゃん、あなた新聞にのってたわよ。大きな化け物を退治したらしいね」
「そんな、私はただ隣にいただけで」
「お友達と姿をくらませたんでしょ! どこに行ってきたの?」
「いや、それは、その」
「言えない場所?」
「いやあ、私の口から言っていいのか分かりませんが、新しい知り合いのところへ行ってました。死ぬかと思いました」
「ふーん、だったら死んでみる?」
「え?」

  その場にはゆいなとそのパートのおばさんと遥と店長の仁の4人だけだった。
  パートのおばさんの口がサメのように、身体も大きくなる。目は赤色と黒色だ。
  店がシッチャカメッチャカになった。振動は消えない。ゆいなの心臓もバクバクとうるさかった。パートのおばさんはどうやら大きなカワウソの月影風になった。3メートル級だ。

ギュウウウウ!

  カワウソの半月は鳴きながら、うるさく店を破壊している。身動きは取りづらそうだ。

「「ウォレスト」」

  遥はバイオリンを、仁はフルートをその手に持った。

  音と音がぶつかり合い、そして少し楽しげな曲であった。

「この曲は?」
  
  ゆいなが言った瞬間、スズメが何もない所から出てきた。
  カワウソの月影はスズメたちにつつかれて怒り心頭に発する。
  スズメにつつかれた所から血が出てくる。金貨や銀貨や銅貨、貴金属、宝石、装飾品類に変わって武楽器に入っていく。

「ゼキーニャ・ジ・アブレウのティコティコ、よ」

  いきなりカワウソの半月は動くのをやめると人間の姿に戻った。
(血を取られすぎたのか? 狭い場所だと分が悪いのだろうか?)

「はあはあ、覚えておきなさいよ、闇討ちしてやるから」

  捨て台詞を吐いて逃げようとしたが、店の周りは何やら人混みでいっぱいだった。

「この人だかりの中逃げられないわよ」
「うおお!」

  仁がパートのおばさんに体当りする。

「確保!」

  今度は警察官が流れ込んできた。
  パートのおばさんは無事逮捕された。
  3人はしばらく呆然とした。

「しばらくお店を休業するから、ゆいなちゃんもゆっくり休んでね」

  仁はそう言った後、裏口のドアを開けた。
  裏にいる犬に会いに行ったのだろう。

「事情聴取受けてもらえますか?」
「私、仲間じゃありません」
「状況はどんな感じかな?」
「アルバイト中に話していたらいきなり、月影風になりました。事情はよく分かりませんけど」
「彼女には月影にならない薬が打たれている。返り討ちに遭わないから言ってみてくれるかい?」
「よく分かりません」
「俺も、まさか半月だなんて思わなかったよ」

  仁はフォローしてくれる。

「ん? 君、新聞に出ていた子だね?」
「え、はい、でも力になれる武楽器使いじゃありませんけど」
「もういいですか? この場を解散させてくれますか?」

  遥も面倒そうに言った。

「はいはい、わかりました」

  それから帰ってこれたのは1時間後だった。
  時間は2時だ。つまり14時。

「ローリに電話しないと!」
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