スイセイ桜歌

五月萌

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第4章 ゆいなの歩く世界

15 アルケーの庭

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カキーン、キン

 ゆいなは走っていた。あとをひくのは人と人のつば競り合いの音と群集劇のような声。

「やめてくれ、うわー!」

 誰かの悲鳴が聞こえるもゆいなは振り向けなかった。
(お願い、私が戻るまで、生きていて)

「ビオさん!」
 公園の端まで逃げたビオはフェンスをよじ登って逃げようとする。

「願い石、ビオさんの意識を5分だけなくしてください」

 ゆいなはポケットに持っていた願い石に祈りながら口づける。
ピイイインン!
 目の前に光が瞬いた。

「ああ!」

 ビオは喋ろうとして意識を失った。
 ゆいなの石は木っ端微塵になくなっていた。
 ビオはフェンスから落ちかけたが、ゆいなが支えて地面に寝かされた。
 ゆいながビオの口腔内の願い石を回収する。
 太陽はビオの手足を拘束すると猿ぐつわもかませる。念のために持っていた手錠が役立った。ついでに目隠しもつけた。

「どうしようか? 城に戻る?」
「そうだね、そうしよう。私がビオを抱っこしていくね」

 美優はビオをお姫様抱っこの要領で抱えて持ち上げる。

「拷問するかしら?」
「場合によってはだね」
「可愛そうだよ」

 太陽はつぶやく。

「19時になったら月影は50個くらい、卵を生むんだから方法を選んでられないわよ」
「うー、でも、まだ10才の子にそんな事、できない。話し合いで決めよう?」

 太陽は唸る。

「とりあえず、チャンバラしてる皆に大将首はとったということを伝えようね」

 先程の公園の場所へ行くと、誰一人いなかった。

「な、なんで誰もいないのよ」

 地面に血の跡は残っている。その血でできた足跡もだ。そしてそれは公園の外へ向かっている。
(何者かに連れ去られたのか?)
 ゆいなが思案しているときだった。

「近頃の若者がうるさいもんだから全員帰らせたぞ」

 自信満々の声が真横から聞こえた。

「おら、アルケー、生涯現役だぞ!」

 アルケーはアーガイルチェックの丸頭巾を被り、紺色の甚平を着ている。白ひげがチャームポイントだ。

「アルケー! どうしてここに?」

 太陽は知っている人だったようだ。

「半月だけここにいちゃいけないのだろう? おらはただのテイア人だぞ」

 アルケーは左手にパチンコ玉くらいの球体の願い石をのせている。

「どうして知ってるの?」
「ラジオで流れてきたんだ。ちょうどさっき」
「避難してなかったんですね? 何故です?」
「おらはおばあと住んでたこの家と骨を埋めるんだ、簡単に避難なんぞできるか!」

 アルケーは平然と威圧する。

「行った行った! この辺はおらの庭だい!」
「はい、喧嘩を止めてくれてありがとうございました」

 ゆいなは頭を下げた。

「とりあえず、城へ戻ろう。ビオがいつ起きるかも分からないし」

 美優は眠っているビオが可愛くて仕方がなかった。だから太陽に見せたくなくて早歩きで先頭にたった。
 城までの道のりは短いものだった。
 ローリの城の執事のダイチが小舟に乗って迎えてくれた。どうやらローリは鼻が利くので城にいるようだ。

「ぬむ? ぬぬむみみみ!?」

 小舟に乗り込むとビオが目を覚ましたように声を上げた。

「ビオ、ごめん! 月影を放った容疑で捕まえたんだ。美優、口輪外してもいいかな?」

 太陽は美優に許可を取る。
「まだだめ、女性だけで衣服持って、地下室に連れて行くよ。まだ衣類にも願い石あるかもしれないし、着替えさせないとね」
「俺にやらせてよ。なんにも活躍してないし」

 翔斗は瞳をキラキラさせている。ちなみに今乗っている小舟はダイチ、ビオ、太陽、美優、そして翔斗が乗っている。
 ゆいなは少し後ろの小舟から様子を見ていた。

「だめに決まってるでしょ」
「パンはパンでも太陽が好きそうなパンはなーんだ?」
「え? メロンパン?」
「答えはパイ○ン……」

「さあ、頭から行くか、足から行くか、どっちがいいかな?」

 美優は翔斗に詰め寄る。

「冗談だよ」

 翔斗は言っている間に蹴り落とされそうだったが、太陽が美優に耳打ちしたので行動が止まった。

「太陽に感謝してね、全くもう。どこのブランドにしようかな?」
「太陽ぅ、ありがとう。答えあってた?」
「お前はさぁ……、黙ってればかっこいいんだけどなあ」
「ところで」
「変なこと言うなよ?」
「変なことじゃなくて、ところでビオちゃんの仲間の不良達はどうやってクライスタルに帰るんだろう?」
「中庭からは行けないし、予想だけどリコヨーテと日本の境目まで行って、世界樹から行くんじゃないか? 歩くか、車に乗るかして。あ、もしかしたらこの近辺に俺等が知らないところにテイアまで行ける世界樹があるかもしれんが」
「ローリに言って、リコヨーテと日本の出入り口を封鎖しようぜ」
「うーん、それもそうだな」

 太陽は腕時計を不意に見る。
 ゆいなもケータイを開く。実家で飼っている猫が待ち受けだ。
 5時45分だ。つまり17時45分だった。
 小舟は城の岸までたどり着き、止まった。
(後1時間と15分までに月影の解除コード聞き出せるかな)
 ゆいなはキマリの小舟の操縦の基に、無事城の中に入った。

「まあ、ロー、いや陛下の言う通り、本当にビオさんを捕らえたのですわね?」

 ネニュファールが階段を下って降りてくると、小舟の中をみやった。

「ローリは今何してる?」
「陛下は中庭で鼻を使い、周りに月影が潜んでないか自衛しています。おかげ様で城の中には被害が広がってませんの」
「そうか。あのさ、ビオの仲間がリコヨーテから日本へ行き、クライスタルに戻ろうとしていると思うんだ。だから、リコヨーテの出入り口を塞いでもらいたいんだけど」
「ああ、そういえば、先程あなたがたと出ていったはずの兵士達が泳いでここの湖を渡られたのですけど関係がおありで?」
「それなんだけど、願い石で帰るようにおじいちゃんに祈られて皆俺等以外で、兵士だったものとビオの仲間の不良達が、帰ることになっているんだ。それで、リコヨーテの日本への出入り口を塞いでほしい」
「今、リコヨーテの日本への出入り口は人口過多で、さすがにせき止める事は困難かと」
「そこをなんとか、リコヨーテの権力でさ」
「うるさ~い! ダメなものはダメなのじゃ!」

 ガウカが階段の頂上からゆいなたちを見下ろしていた。

「ガー様、ビオさんを捕らえました。この子に合う服と下着を持って地下室までお越しいただけますか?」

 ゆいなが言いながら階段を上がる。

「何故わしがそんなことを? そっちのメイドの天使がやればいいのじゃ」
「承知しました。ガー様の服お借りします、下着は新しいものを用意いたします」
「中庭に行こう」
「わしも行くのじゃ、じゃが疲れて一歩も歩けないのじゃ。ゆいな、おんぶ」

 ガウカは味をしめたのか、ゆいなを指名する。

「あー、わかりましたよ」

 ゆいなは呆れながらガウカを背負う。
 美優はビオを抱えあげる。そんなときだった。
 ビオは胸元から何かを取り出していた。
 密閉された小さな袋だった。
 階段の影に入ると中に入っていた米粒ほどの何かが消えた。
 太陽はおんぶされているガウカの背中を見て気づく。虫がついていると。どんどん大きくなるダニの月影のようだ。しかし、ガウカの姿は幼い子供のようで変わりない。

「ガウカ背中!」
「ん?」

バーン!

 大きくなったダニの月影は爆発した。血はアチラコチラに飛び散った。

「なんじゃ! 何が起こった?」
「今、ガー様の後ろにダニの月影がいたんだけど、爆発していなくなった」

 太陽は説明する。
 ガウカは自分の足で地面に立った。

「寿命が減ったんじゃ?」と翔斗。
「じゃが、水龍は1000年生きると言われているんじゃから水龍の半月は少なく見積もっても500年は生きるぞい。わしの水龍の血を持ってして、ダニさんが限界まで吸うとなると60、70年くらいじゃろうな」
「ちょっとビオ、あんた往生際が悪いわよ」

パシッ
 美亜はビオにデコピンする。

「むぐ! むぐー!」
「……君達! 今この辺にダニの月影がいなかったかい? ふーふー」

 ローリは中庭から走ってきたようで息を切らしている。廊下の手すりに身体をもたれる。

「今このビオが密閉された袋からダニの月影を出したんだけど、ガー様にくっついて、その後爆発したよ」

 太陽は正直に言い、出方を伺う。

「ガーさん、平気かい?」
「なんともないぞい」
「ビオさん、なんてことをしてくれる!」
「わしは平気じゃよ」
「報告せねば!」

 ローリは覚悟を決めたかのように振り返る。

「待って! ビオを閉じ込めるから巻物をくれ」
「ほう、僕もその様子を後で見に行くよ。パース」

 ローリは箱の中から大きめな巻物を出し、太陽に渡した。

「オッケー、中庭に作るから、皆に巻物を閉じないように言っておいてくれ」
「うん、いいよ」

 ローリは箱の中からケータイを取り出している。

「ルコ様にかけるのか?」
「いや、ネムサヤに。ちょうど母上は帰ってきたからね。ネニュファール行ってきたまえ。説明も頼もうか」
「はい」

 ネニュファールは無人の小舟に乗るとかいの一種のオールを漕ぎ始めた。
 ローリはつかつか歩いて行ってしまった。

「とりあえず、3匹のダニの月影は倒したから良かった」
「そうなのか。柳川さん」
「そうみたいだよ。ネニュファールに聞いたの」
「なんじゃ、わしが眠っている間に聞いておったのか。まさかビオが隠し持っていたとはな。こやつめ!」

バシン!

 ガウカはビオを敵視しているようでビオにビンタした。
 ゆいなはガウカの背中に目をやる、服に3センチほどの穴ができている。血は止まっているようだが、ゆいなはハンカチでがうかの背中をおさえる。

「なんじゃ?」
「別になんでもないよ」

 ゆいなは解説を誰かに丸投げした。

「背中穴空いてるから着替えたほうがいいわよ」

 美亜はフォローにまわる。

「この辺汚してしまったけどいいのかな?」
「ネムサヤや他の使用人が綺麗にするから平気です」

 ダイチがこの日初めて口を開いた。

「ダイチも危なかったな! うさぎの半月だからさ」
「そうですよね、ははは」

 ダイチは人間らしく歯を見せて笑う。

「笑ってる場合か!」
「なんだか胸騒ぎがする。さっきのは降ってきた月影に間違いないのかな?」

 ゆいなは恐る恐る呟く。

「元々ビオが飼育している月影だったりして」
「そんなことあるのか?」
「それじゃあ?」
「あ!」

 ゆいなは外れかけているビオの口枷をとる。

「ゴホゴホッ。そうですよ。私が飼育しているダニの月影です、ケッ」

 ビオは口角を上げる。

「ってことは、まだ半月の影の中にいるのかしら? もしくはどこかに潜んでいるという可能性もあるわね」
「あ、お母さん」
「誰がお母さんよ! こっちは貧血でぶっ倒れそうなのよ。どきなさい」
 いきなり登場したルコはフラフラした歩き方で、太陽は見ていられなかった。

「大丈夫ですか? 手を貸しますよ」
「あら、助かるわね、貧血も半月の力ですぐ良くなると思うのだけど。肩借りるわね」
「皆は先に中庭の方へ行ってくれ」
「すぐに戻ってきてね」
「はいはい」

 太陽とルコはたちまち姿を消した。
 ネニュファールは額の汗を拭きながら、集団に加わった。

「ネニュファール、聞いてた? まだ1匹ダニの月影が隠れてるんだって」
「ええ、どういたしましょうか」
「そうだ! ネニュファール、ビオをお願い」

 美優は何かをひらめくと、ネニュファールにビオを任せる。そして、その2人以外を集めてこそこそ話をした。

「いいかも」
「でも誰が行けば?」
「人間の女性が行こう、もう一度、外へ」

 周り付いている血をゆいなの持つハンカチで拭き取る。
 しばらくすると、女性陣は城から出ていった。
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