スイセイ桜歌

五月萌

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第4章 ゆいなの歩く世界

13 スターリング城へ

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 マンモスの月影は見事に骨格を残し、化石のようになった。

「ネムサヤ、助かったよ、ありがとう」
「いえ、月影がいるという噂を耳にしたもので」
「やっぱり、日本からリコヨーテまで行くには段階を踏まなくてはなりませんね」

 レンシはため息がちに言った。

「あ、そうだ、その段階を踏まなくていいように、新たな世界樹を作ろうとしていたんだ」
「それにしても、どういうおつもりですか? いきなり日本へ行ったり、ビオさんのところまで行ったり、俺の王様は陛下様1人だけなんですよ。雑用は俺に頼んで、じっとしていてください」
「それが、相手はどうやらリコヨーテの反逆に関わりそうなんだ」
「リコヨーテを潰す者が現れたのですか?」

 ネムサヤは驚愕といった表情だ。
 ガウカはマンモスの月影であった屍で遊んでいる。角を引っ張っていた。

「ビオさんに潰されるということですか?」

 ネムサヤのよく通る声がその場に響いた。

「それができるならとっくにしていますよ。……ビオの狙いは願い石です。半月の生命エネルギーを奪うと言っていたがそれは多分肉片や血液を曲無しで願い石に変えることです。そういった月影を作ることに成功したのだと思います」
「そりゃなんのために?」
「きっと母親の命を生きながらえさせるためです、僕の妻のチカは脳梗塞です、重篤なのかは分かりませんが」

 レンシは血走った目でしゃべり倒す勢いだった。

「ほう、そういった事するのかい? ビオさんは。……まあまあ、まずは時の手帳で見てみるのに限るよ」
「そうですね、ひょっとしたら月影の姿がわかるかもしれないですし」
「ガーさん、はしゃいでないで、行くよ」

 5人はクライスタルの方へ歩き始めた

「ローリ様は眠らなくて大丈夫ですか? もう昨日から眠ってないのですよね?」
「そうだね。城について追体験したら仮眠をとってもいいかい?」
「どうぞどうぞ」
「夜になる前にビオを捕まえないと」
「ええ、ですが陛下は思う存分眠っていてください」

 ネムサヤは辛そうに言い返した。
(眠ってないのか、可哀想に。寝れなかったのだろうな)
 ゆいなはローリの行く末を不憫に思った。

「僕なら気にしないでくれたまえ」
「また倒れられると、こちらとしても気を使うべきじゃありませんか?」
「はっはっは、言うようになったね」
「はっ、すみません」

 ネムサヤは慌てて謝った。

「いや、正論だと思うよ」

 ローリは小さな声で言った。
 それから少し歩くと、クライスタルは目の前だった。

「何奴だ?」

 検問に呼び止められた。

「僕はリコヨーテの国王で、ここにいる人達はリコヨーテの兵士と女王だよ」

 ローリがクライスタルの兵士と言ったので、ゆいなはドキッとした。

「あなたはもしかして、リコヨーテの、ローレライ様では?」
「陛下と呼びたまえ。その通りだよ」

 ローリは気さくに笑った。

「どうぞお通りください。……門を開けろ!」

「はい」と答えるのは高台からこちらを見ているクライスタル人だ。
門は人力で開いた。
 5人はクライスタルに入ることができた。

「おい、お主らに言っておくが、この検問抜けるにはロー君のことをだしに使えばいいんじゃなと思うんじゃないぞよ」
「思ってませんって」

 レンシは受け答える。

「ところで、君は新人なのか?」
 ネムサヤはレンシを訝しげに見やる。

「ああ、僕です、ファンボ改めレンシです」
「何? ずっとマスクをかぶっていたのかい?」
「そういうことになります。ですが、明日からはまたマスクをかぶりファンボになるので。今の僕はレンシとお呼びください」
「愚問だな、そのような美形の顔を何故隠すんだい?」
「僕はこの顔のせいで女性を好きにさせてしまうようでして、恋愛感情とか俺、わからないんです」
「おかしい。ビオさんが君の子供だと噂が広がっているようだが」
「ああ、僕には妻と子がいます。大切な人達です。子の事は魔法曲で忘れていたのですが、衝撃で思い出しました」
「先程、皇太后様から連絡があって、リコヨーテの中に月影が混じっているということがわかったという連絡がリコヨーテ中に広まった。……ビオさんに会いに行って、なぜ殺さなかった?」
「自分の子を殺すなんて」
「危険因子を排除できなければ兵士をやめたらどうだ?」
「ネムサヤ、君は厳しい意見だね」
「は! 申し訳ありません。それにしても月影か。ビオさんは楽しんでるのか? すぐ殺せるほどの月影を夜に目覚めさせるなんて」
「遊ぶでしょうな、まだ10才ですし」
「ビオさんの年齢でいいか悪いか決めるんじゃないよ」
「ネムサヤ、とりあえず僕が観てみるよ、あとレンシは鉱山で働くことになったから、よろしく頼むよ」

 話しながら歩いていて、クライスタルの大樹の切り株まで来た。
バチッバチッ、バチッバチッ、バチッ。
 ゆいなは気まずそうに青い膜の中に入った。皆もあとに続く。

「そういえば、君はいつまでリコヨーテにいるつもりなのだい? 日本の君の両親が心配している頃だと思うよ」

 ローリはゆいなに話しかける。

「明日、一旦帰ります。それまで戦況が気になるのでそばにおいてくれませんか?」
「危険なのだよ? いいのかい?」
「ロー君に気を使わせるでない、さっさと帰るのじゃ」
「危険なのも、気を使ってもらってるのもわかっています。それでもお城で雑用としてでも働くと言ったではありませんか? お城に置いてもらえませんか?」
「言っておくが君はまだ仮の兵士だからね。母上の指示で簡単に覆される可能性もあるからね」
「では、俺が吹くので。ウォレスト」

 ネムサヤは手にフルートを握らせた。


 フルートのソロはとても気品あふれる演奏だった。
 外れることのない安定した音。
(一体どれほど練習したのだろうか)
 ゆいなは聞き入っていた。
 世界が変わる。青い膜は、紫色になり赤くなる。
「リコヨーテに戻ってこれたわけですし、先程話していた願石を作りましょう? パース」
「パース」

 どうやらローレライの箱の模様は変わるようで、いつもぐちゃぐちゃにしたルービックキューブが、今日は一面ずつ同じ色の箱だ。
 ローリが箱を持ち、レンシの箱に精米するかのように金貨を入れる。
 レンシは箱が一度金色に光るので箱から金色の石を取り出した。レンシの手に収まる小さな純金のようだ。そして再度金貨が箱の入っていくのを見守った。
 4つ願い石が完成した。ネムサヤ以外の皆に行き渡る。

「ありがとうございます」
「陛下に言ってください」
「陛下、ありがとうございます」
「いや、みんなの力があっての願い石だよ。ぞんざいに扱わないでくれたまえ」
「「はい」」
「やっとここまで来れたのじゃ」

 5人は膜から出ると羽根を伸ばす。

「僕らは寝室に行くよ、柳川さんゆっくりしていってくれたまえ」

 ローリはにこりと微笑むとガウカとともにどこかに行ってしまった。
 レンシも行く予定のある場所があるのかローリ達についていった。

「ゆいな」

 名前の呼ばれたゆいなが振り返ると満面の笑みのカナが立っていた。

「カナ!」
「もしかして陛下に置いてかれたの? 図書室にでも行くか?」

 カナは有無を言わせない態度でゆいなの背中を押した。

「じ、自分で歩けるよ」
「それじゃ行こう」

 カナはゆいなに竹馬の友のように仲良くしてくれた。
 お城の中はまるで迷路の中だ。しかしホコリは1つもない。花瓶の花もみずみずしく咲いている。

「っと、ここだよ」

 曲がり角を曲がると1つの部屋があった。本が本棚におさまって陳列されていた。まるで学校の図書館のようだった。解読不可能な本や大きな本、小さな本、どの本にも不思議や魅力が詰まっていた。著者が日本の本もあるが、日本の推理小説は読まれすぎてボロボロになっていた。
(ローリが何度も読み返しているのだろうか?)
 ゆいなが凝視しているのを確認したカナが説明に入る。

「ああ、日本語を学ぶために陛下がおすすめなさった本だよ。どれもこれも一時期はかなり人気で争奪戦が繰り広げられてたよ」
「なるほど」
 ゆいなは関心した。
 索引で検索できるパソコンもある。
 その横のカウンターには黒いチョッキを着た丸いメガネを掛けた細身の少年が本を読んでいる。

「借りてくなら、あの子に手はずとってね」
「気になるけど、今日はいいや」

 ゆいなは、見つめてくる緑色の瞳が気になった。

「さっきから見てくるけど、あたしの事、好きなの?」
「え! ああ、変な意味じゃないよ! 好きなのは好きだけれども。……緑色の瞳が綺麗だなって思って」
「そう? 嬉しい、そんな事言われたの初めて!」
「ビー玉みたい」
「それは怖いからやめて」
「キラキラ光って綺麗だってこと」
「ゆいなの黒目もかっこいいよ」
「ありがとう」

 ゆいなは鼻をこする。

「さてと、そろそろ、陛下の部屋の前で盗み聞きに行くか」
「カナ、趣味悪いよ」
「ビオの送り込んできた月影は私達の生死に関わるものだからさ! ね、行こ?」
「完全防音じゃないの?」
「それは大丈夫」

 カナはゆいなの片手を握ると翔ぶように走った。
 じきにローリの部屋の寝室につく。
 しかし驚いたことに先客がごった返していた。
 名前の分からない使用人達が5人ほど、ドアの細い隙間から声を漏らさないように、息を殺していた。
 ゆいなとカナは部屋から誰か出てくる予感がして曲がり角に身を隠した。

「はあ、君達、仕事をほっぽりだして立ち聞きかい? 後で君達にも伝えるから仕事に戻りたまえ。密になると僕の鼻が嗅ぎ取れなくなるから」
「「「はい、すみませんでした」」」

 全員90度のお辞儀すると散り散りになった。
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