スイセイ桜歌

五月萌

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第4章 ゆいなの歩く世界

6 会いたかった人

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「とりあえず、指輪を返してもらえるかい?」

 ローリがそう言うと、ビオは放心状態のように視線が斜め上にいっていたが、慌ててローリに指輪を押し返すように渡した。ハン以外皆、地下室へ降りる。

「ニーベルング」
 ローリは時の手帳に、願い石が盗られた時間帯へ、レンシ・クワイエットと書き込んだ。ニーベルングの指環は時の手帳というカレンダーの付いた手帳に知りたい者の名前と時間を書き込めば追体験できるというものだ。

 長い長い1分間だった。
 周りの火が消えてローリがゆっくりと目を開ける。

「……やっぱりファンボだった。君の父親は3年前新しく入った兵士のファンボだったのだね」
「ファンボってあのメガネかけてて、太っている男よね?」
「今日から昨日の記憶だけれど彼は宝物庫に指紋をつけただけで、中の願い石を盗ってはいない。何故かビオさんをリコヨーテに連れてきたようだったよ」

 ローリはビオの様子を見るようにゆっくりと告げた。

「今のお父さんは、本当のお父さんではないです」
「どういう事だい?」

「言っても、ローリには分かりませんよ!」
「ビオさん、君は一体何を考えているんだい?」
「お父さんを取り戻す! そのためにリコヨーテには消えてもらいます! 願い石、私をリコヨーテのお城の宝物庫に連れて行ってください!」

 ビオはベルトを外すとベルトに付いていた赤い宝石に口づけた。すると神々しい黄金色にビオは包まれて、姿を消した。

「何をする気なのか、ビオの追体験をしてみるよ。ニーベルング」



「わかったことがある。これから説明することをよく聞いてくれたまえ。ビオの持っている願い石は色々なものに変えられて身につけられているようだね。地下室の更に地下にあった願い石を使っているのだよ。まず、実在する地下の宝物庫の願い石を無色透明にし、僕のケータイにファンボがその時は虚偽のことだけど、砂漠の大穴のことを連絡している。そして僕が指輪を渡して、すぐ夜になったタイミングで砂漠に大穴を開けた。まさかビオが犯人だとは思わなかった。すまないね」
「すまないね、じゃないわよ。どうするの、ビオは何考えてるのよ」

 美亜は気が立っているように返答した。

「ドラゴンならリバウンドせずに落とすことができますよって誰かよくわからない眼帯した人に話してたけど、まさかね……」
「リコヨーテにドラゴンを落とすつもりですの!? なんのために?」
「ファンボに聞いてみよう」
 ローリはケータイを取り出して、ファンボに連絡を入れた。
 ファンボは3コール目ででた。

『もしもし』
『僕だよ、ローリ。君の娘にしてやられたんだけど、宝物庫に……いや、リコヨーテの空模様を見てきてくれるかい?』
『僕に娘なんていませんよ、突然、変な冗談、言わないでください』
『ビオさんは君にとっての、なんだい?』
『すみません。今日というか昨日というか、実は買収されてビオさんを僕がリコヨーテまで連れてきたんです。本当にすみません』
『虚偽の連絡もしたのかい?』
『ええ! なんでわかったんですか?』
『僕が帰ったらそれ相応の罰を与える』
『はい……すみません』
『空模様をみていて、ドラゴンが降ってきたら教えてくれたまえ』
『はい……ってドラゴン!?』
『そうだよ。それでは頼むね』

 ローリは一方的に電話を切った。
(こんな時にどんな言葉をかけたらいいんだろう。見つからない)
 ゆいなはそう思った。

「俺、ビオちゃんの大声初めて聞いたけど、めちゃくちゃ可愛いな」

 翔斗は空気を読まないで喋っている。

「おい、そんなこと言ってないで。どうやってドラゴンを倒すか考えようぜ」

 太陽はリーダーシップを取る。

「あーあ、そのドラゴンを使役とやらにできたらな!」
「無理だと思われるわね、目で追ってたら攻撃で目も当てられなくなるわ」
「ところで、君は何者だい?」

 ローリは首を傾けて上目遣いでゆいなを見た。

「あ、太陽君と遥さんのアルバイト仲間の柳川ゆいなです」
「ゆいなちゃんか」

 翔斗はローリより先に喋った。
「いやいや、三十路間近のアラサーですよ」
「ええ! 全然若く見えます。大学生っぽいというか」
「ありがとね」
「お前、柳川さんに変なこととか、下ネタ言うなよ。だいたいウケないけど」

 太陽は翔斗の頭をぶっ叩く。

「ところで女性用下着で、乳首キャップ、なんてものを発明したらどうでしょうか? 名前まんま指ぬきみたいで乳首だけを守る下着ですが、どう思いますか? 女はつけて涼しい、男は見れて嬉しいと思いますけど」
「え……えっと、急に言われても」
「翔斗、あんた、置いていかれたいのかしら?」
「太陽、こいつまじキモイんだけど」
「乳児のお母さん用かは知らんが、ニップルシールドっていう乳頭保護器はもう売られてるぞ」
「それじゃあ、ニップルシールドの進化版が乳首キャップつって、カラフルで、学校とかに下着の代わりに付けてくればいいのになー」
「そんな事するわけ無いでしょ、なに、太陽、同調してるのよ」
「一番興奮するのは絆創膏でしょ? まったくもう」
「いや、僅差で乳首キャップの勝利かな」
「いやもう、乳首キャップってなんだよ、発想キモすぎるだろ! 絶対ポロリ期待してんだろ」

 タイガツがツッコむとしんとした。

「で、ローリの意見は?」

 翔斗はニヤつきながらローリの腕をつついた。

「え? 正直どうでもいいよ。ああ、僕の意見で流行り始めようという魂胆なのかい?」
「あ~、夏服でそれだと最高だよな、あっここに乳首キャップつけられないガキンチョがいた」
「誰がガキンチョよ! この超ド級ド変態野郎」

美亜は翔斗の膝小僧にキックした。

「痛いっ」
「翔斗君、私、母乳で美亜、育てたのよ」
「はい、すみませんでした」
「なんか嬉しそう?」
「あー気のせい気のせい」

 翔斗は手で顔をあおいだ。

「ところでローリ様、ガー様が疲れてへとへとになりながら歩いています。おんぶするべきか判断をお願いしますわ」

 ネニュファールの言う通り、ガウカはヒューヒュー息を出しながら辛そうに歩いていた。

「ああ、気づいてあげられなくてすまないね、僕が背負うよ」

 ローリはかがむとガウカを背負った。
「疲れてきたらわたくしが代わりますわ」
「ありがとう」

 ローリの屈託ない笑顔にゆいなはドキッと胸が締め付けられた。周りの皆に気づかれないように下を向いた。



 それから暫く歩くとアリアが階段の一番下の段に座っているのがわかった。

「アリアちゃん、お疲れちゃん!」
「静かにしてって私、言わなかったっけ?」

 美優は目が笑っていない笑顔を翔斗に見せる。

「おぉ、はい、すみません」
「皆さんお疲れ様です、冷たい飲み物を用意しております」

 アリアの落ち着きぶりから見ると、どうやらまだドラゴンは降っていないようだ。

「テイアが盾になっているので、月から落ちてくるのにテイア外を通らなくてはなりません故、来るのは7時間以降となりますでしょう。今は大砲の準備をすすめております」
「どう対処すべきか狩猟者会議をしよう」
「その前に眠らせてくれ、お腹も空いたし」
「もちろん、日本の皆は帰ってくれて構わない。これはリコヨーテ民とドラゴンの死闘になるだろう」

 階段を上がるとリコヨーテの城の中庭だった。
 ファンボ、改めレンシが姿を見せた。

「あなたは細村連司君?」

 ゆいなは体型や雰囲気が変わってしまったレンシに愕然とした。

「柳川さん、元気でしたか? 私、こんなに仰天チェンジしてて、……だから会いたくなかったんです」

 メガネに汗っかきな顔と身体、極めつけは脂ぎった頭皮。
(でも中身はそのまま変わっていないようだ)
 ゆいなは深呼吸した。

「私ももうすぐ三十路だよ。そりゃ変わるよ。相変わらずカメラで何か撮ってたりするの?」
「はい、先日は野良猫を」
「レンシ君らしいや」

 ゆいなは声にならない笑い顔を浮かべた。

「いいかい? レンシ、君は、明日からリコヨーテの鉱山でゴブリンと一緒に採掘をしてもらうことにする」

 ローリは悲しい目をしてそういった。
「はい、罰は重んじて受けます」

 眼鏡の奥は真剣な目をしていた。
 太陽達は中庭の赤い膜から日本へ戻るため1度テイアに戻り、アスに頼んでクライスタルに来てもらい帰ることになった。
 ゆいなは戦況を見守りたいので、リコヨーテに残った。

「君は何が弾けるんだい?」
「何も弾けません」
「ほう、ではどうしてここに?」
「チェロが武楽器なのですが、こんな私でも雑用として使ってください。料理は得意ですから」
「厨房の方を頼むか、よろしく。君のことは信頼するね」

 ローリは片手をグーにして、手を上に上げた。
 ゆいなは殴られるかと思い身体が硬直した。

「君にもこうやってもらいたい」

 ローリの言葉を瞬時に理解したゆいなは手を丸めて、ローリの片手とゴツンと当てた。

「では、厨房へ案内させよう」
「それでしたら、わたくしが。行きましょう」

 ネニュファールはゆいなの手を取って歩き出した。

「あの、狩猟者会議ってなんですか?」
「リコヨーテの著名なハンターが集まって、行われる狩猟の会議ですわ」
「ネニュファールさんも出るんですか?」
「はい、どうやって倒すか決めますの。こちらが調理場ですわよ」

 ネニュファールが案内してくれた調理場は意外と広くて、人も4、5人くらいいる。カレーの匂いがした。

「はじめまして! 王様に言われて、調理を手伝うことになった柳川ゆいなです」
「新しく入るのかい?」
「ええ、お願いします。今日はカレーですか?」
「シーフードカレーうどんだあよ」
「なにかお手伝いすることありますか?」
「人数は足りてる、陛下に伝えてきておくれ」
「あらま、仕方ありませんね」

 ネニュファールは驚愕していった。
 ゆいなは雑用の洗濯にまわされる。洗濯板で城の周りの水を使って洗うことになった。
 12月の水は冷たかった。洗濯の量も樽2個分くらいで多い。
 なんとか洗い終えると、今度はそれを干す作業を命じられた。
 ゆいなは小さな手で中庭に洗濯物を干し始めた。


 すべて干した後、応接間でご飯を食べた後、仮眠を取ることを許された。

(後4時間以降にドラゴンがやってくるのか)
 ゆいなはドラゴンの月影の様子を妄想する。
(赤くて硬い体で、目が赤くて、翼が大きいのだろうか?)
 中庭に大きなロープで編み込まれている罠のようなものを見つけた。
 ゆいなは気づけば眠りに落ちていた。
 不思議な夢を見た。
 野球選手になってバッドで球を打ってエラーで二塁まで進む夢だ。先程までいたレンシ達、皆が笑っていた。しかしその後レフトフライでアウトとなり、ピッチャーとしてマウンドに向かうのだ。

「あれ、ここは」

 ゆいなは目を覚ました。マウンドに立っていなかった。

「お目覚めかい?」

 ローリはゆいなの左側にあるソファに腰掛けていた。

「ローリ、話し合いは?」
「もうとっくに終わってるよ。水龍がいるからドラゴンに引けを取ることはないだろうという見解だったよ。あと30分だ」

 そういうローリに対してゆいなは緊張していた。
 ゆいなはポケットからケータイを取り出した。

「6時半だ」
「うん、僕ら半月達の腕によりをかけて倒して見せるよ。だから君は寝てても構わないよ」
「寝てられないよ、ローリ、私になにかできることない?」
「僕らの完全な勝利を祈っていてくれたまえ」

 ローリは立ち上がり、黒いシャツの上からインバネスコートを羽織った。

「ローリ様、参りましょう」

 遠くでネニュファールの声が聞こえた。

「そうだね」

 ローリは歩いて姿が見えなくなった。
 ゆいなはヨロヨロと立ち上がると、上に上がれる階段を探した。
(廻縁でなら、戦況がわかる)
 階段はあったが見張りの兵士と目があった。

「あのう、登ってみたいのですが」
「外に出ることは禁止と陛下から言い付かっております」
「お願いします」
「陛下からお許し出ているぞ」

 会話に入ったのはレンシだった。

「真か?」
「ああ」
「どうぞお通りください」

 ゆいなはレンシと見張りの兵士に頭を下げて、天守閣まできた。
 朝の光で中庭がよく見える。
 やりを持つ兵士もいれば剣を持つものもいる。それは楽器の変形したような文様をしている。

「これならお城も安全ね、それにしてもいつ来るのかしら?」

 その時は意外と早くやってきた。
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