スイセイ桜歌

五月萌

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第3章 実真の歩く世界

5 楽器選び

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「カリンバ?」
「城の地下に保存されている、武楽器として。だから城の地下まで行こうか。ウォレ!」

  ローリはバイオリンを柄を手で持つように出した。

「ローリ様は王様の弟様なんですわよ、ウォレスト」

  ネニュファールが具現化させた物はニッケルハルパ。

「そうだよ、僕は王様とは関係ないよ。城のものに変な詮索はしないでくれたまえ」
「そうそう、ローリは今、リコヨーテと日本を好きに行き来する事ができる偉い人なんだ」

  美優はまくし立てる。

「ウォレ」とガウカはコントラバスを出した。
  実真達は何事も言えなかった。

「君たちここから出ないでくれたまえ、死にたくなければ」
「ローリ様、ガーさん、いきましょうか」

  ネニュファールに急かされ、ローリはボーイングを大きくサインをだして曲が始まった。

(ジムノペディだ)
  実真はさっきの場所に戻ってしまわないか心配になった。

「実真、気がかりがありそうな面してるな。リコヨーテから来た3人だから安心しろ。あとお前が武楽器をだすには、ウォレット・ストリングスと言うんだ」
「そうだな! ウォレット・ストリングス」

  実真の前に煙とともに銀色のトランペットが出てきた。

「おお! 本当だ、消せるのか?」
「消えろと念じれば消える」

  太陽の言う通り、トランペットは消えた。

「まったくもう! 演奏終わったよ!」
「悪い悪い! 実真、行こう」

  今度はいつの間にか赤くなった膜から出ていく皆。そこは広い中庭になっていた。

「さてと、じゃあ僕らの寝室までいくか、ネムサヤがいるな、ガーさんちょっと伝言頼めるかい」
「なんじゃ? いいぞよ」

  ガウカは髪を耳にかけた。
  ローリはガウカの耳にむかって小声で何かを呟いた。

「任せるのじゃ、急いで行ってくる」

  ガウカがスタスタと早歩きしている。アヒルの子供のような歩きだった。

「よし、僕らも行くよ」

  ローリは先陣を切って歩き出した。

「俺らは帰りたいんだけど?」
「あんたさ、ここをどこだと思ってるの? 大人しく言うこと聞かないとペシッよ」 
「ペシッじゃないよ、ガブガブだよ」
「何でもいいから、歩いてくれ、頼むから」
「仕方ねぇな、風神さんが言うなら従うよ」

中庭から城に入っていく。ローリとガウカの寝室までは誰も会わなかった。引き戸をあげると、中は豪華な匂いでいっぱいだった。ガラスケースの中には兜や剣が、少し離れたところには高そうな黒いソファとでかいテレビもある。ワインセラーもあるし、シャンパングラスも赤ワイングラスも白ワイングラスも入っているガラスのカウンターがあった。

「お酒飲みたい」
「はっはっは、僕は構わないが」
「ちょっと未成年! み、せ、い、ね、ん! 太陽が飲んだら、誰がトイレ連れてくのよ?」
「吐く前提か!」
「どうせすぐ潰れるんだから」
「じゃあ飲んでみようぜ」
「太陽、だめだよ。流されないで。私の王子様」

  美優は色っぽい顔をしている。
  太陽は徐々に顔が赤くなっていく。

「あれ? おかしいな? ドキッとした」
「何よ、あたしの意見聞くのね」
「はぁ、僕は20歳超えてるから飲もうかな」
「ローリ様! 学生服でその行為はNGです!」
「わかったよ、これは今夜にとっておこうか、ネニュファール」
「は、はい? おかしいですわ? ドキッとしましたわ」
「地下室行くの? 行かないの?」
「あ、そうだった。ウォレスト、パース」

ローリは箱から巻物のようなものを出して床に広げた。

「「ウォレ」」

  ガウカとネニュファールが武楽器を出した。

  そしてまた、曲が流れ始めた。
(聞いたことの無い曲が流れている)
  実真はケータイで音声検索機能で検索する。『一致するものがありません』と画面が切り替わった。

「太陽、このハツラツとした曲って誰の曲?」
「ローリのお父さんの作った曲だったか、キイちゃんだったっけ?」
「そそ! 私大好きな曲なんだ」
「美優の好きな曲かー」

太陽はすっとぼけるような声を出した。
曲の最後の音が鳴ると、巻物が階段のある空間へと変化した。

「待テ! シルバーストラ!」   

階段から上がってきたのは銀色と白の1匹の顎のシャクレた犬、赤目のゴブリン2体。ゴブリンは1体は爆発したような頭でもう1体は丸々していてハムスターのように前歯が出ていて茶髪のツーブロックだ。

「ん?」
「うぁぁぁゴブリンだ」
「だ、誰ダ!?」
「きゃ! 犬が!?」

各々驚いている。

「この犬はなんだね? ボン、コロ」
「……いやあノ、地下室で育ててる犬のシルバーストラでス」
「か、可愛い!」
「オレらのシルバーストラに触るナ」

ゴブリン達が美優の開脚した足にいた犬を抱き上げる。

「何よ、あたしにも撫でさせなさい!」
「シルバーストラは簡単に懐く犬じゃなイ、ダメダ!」
「コロ君、分かってるよね?」
「は、はイ。ボン、触らせてやレ」
「マスターじゃないですカ」

  ボンとコロは青ざめた顔をしている。

「実はリコヨーテの城下町に捨てられていたんでス。半月ではないと思うのですガ。地下室で飼ってもいいですカ? マスターがいない間に色んなことがありましタ」
「僕のいない間に勝手なことをしたんだね。はぁ、飼ってもいいけど、お世話ちゃんとするんだよ、わかったかい」
「やっタ! 良かったナ、シルバーストラ」
「この犬ミックス犬だ。シーズーとトイプードルのミックス犬かな?」

太陽は犬の目をじっと見つめた。

「そうなのカ?」

コロとボンは顔を見合わせる。

「そうよ、太陽は生物に詳しいから」
「シルバーストラ! おいで」

わんわん
シルバーストラは喜んで太陽に近づき、太陽の足に体を擦り寄せる。

「シルバーストラ、あたしにも抱っこさせなさいよ!」
「はいはい、お代官様」
「可愛いわね」
「メスだな、この犬。生理くるぜ」
「あんたが生理っていうとキモイわよ」
「お前は初潮も来てなさそうな体型だけどな」
「何ですって! この陰湿野郎」
「そんな事より早く楽器を見てもらいたいのだけれど。よしよし」

ローリは犬を抱きしめながら言う。

「おかしいわね、胸がドキドキするわ」
「ローリ様、わたくしが抱っこしますわ」

ネニュファールが手を出して、シルバーストラを抱っこしようとすると反抗するように吠え始める。

グルル、わんわおん

「怒ってるよ、ローリ、そのままの方がいいかも」
「そうだね、おーよしよし」
「何ですの! ローリ様に! 犬のくせして厚かましいですわ」
「行こうか」

ローリが先頭になって階段をおりていく。
中は広く白い空間だ。更に奥に楽器庫があるのがわかった。

「楽器に犬のおしっことかかけられてないよね?」

太陽が心配そうに言った。

「大丈夫ダ!楽器は全部棚の上だかラ、武楽器も汚れたら1回消して、また出せば元通りだヨ」
「ゴブリンと普通に話してるけど、味方なのか?」
「そうだよ、僕の城の管下の鉱山で働いてもらうことになってるのだけど」
「サボってるのね、まったくもう」
「オレらは休憩中なんダ、その間シルバーストラを見てないといけないんダ」
「なんて言ってるか分からないから、俺らにも彗星証を貸してくれ」
 
  正が珍しく頼んできた。

「ローリ、どうする?」
「構わないが、怪しい動きしたら捕まえといてくれたまえ」
「生死問わずでいいか?」
「それはもちろんだよ、パース」

ローリはルービックキューブの様な文様の箱を出した。中から彗星証を取り出した。日本人の3人に渡した。

「パース・ストリングス」

  実真は箱を持とうとするも何もでてこない。

「どうなってるんだ?」
「ローリは亡き父親からの恩恵を受けているんだ。特別に」
「どういう事だ?」
「説明することは今はできない」

  太陽は正と元気と経を見ながら言った。

「おい何話してんだよ!」
「まぁまぁ、楽器でも見よう?」

  美優に従い、皆楽器を見に奥へ進む。
  既に楽器の形になってる多くの武楽器が置いてあった。
  ローリが抱きしめていた犬がいきなり前のめりになりジャンプして降りた。

「俺は別に楽器吹く気ないし、早く帰りたいんだけど」
「やりたい楽器がないならこの犬に決めさせるのはどうかな?」
「あ、その作戦いいわね」
「だろ! よし、選べ! シルバーストラ」

太陽は段差の上にシルバーストラをのせる。

ふんふんふんふん
シルバーストラは地盤の木の板の匂いを嗅いでいる。
わん!

シルバーストラは切り株のような物の上に置いてある楽器を引っ掻こうとしている。

「アルトサクソフォン、通称アルトサックスね」
「大丈夫? リードとかあるわよ?」

「大丈夫ですわ、リードが武楽器の元の木ですの。ちなみに形は勝手に吹きやすいように変わりますわ」

「サックスはアルケーに教わればいいか」

  太陽はポケットからケータイを取り出した。

「あんたいつの間に、アルケーさんと仲良くなったのよ」
「こないだ美優とテイアに行った時、偶然あったんだよ」

  太陽はケータイを操作してメッセージを送っているようだった。

「俺も、シルバーストラに決めてもらえばよかった」
「トランペットディスってるの?」
「いやそういう訳じゃないけど、簡単に決めすぎたなと思って」
「良いじゃないのよ! あんたがあの時吹きたいと思ったんだから」
「まぁ。そう……だね」

実真は歯切れの悪い返事をした。

「トランペット教えてあげようと思ってたけどやめようかな」
「え! 嘘です、教えてください、風神さん」
「まったくもう、トランペットディスったら許さないからね」
「はい!」

実真はシルバーストラを抱き上げると顔を舐められた。

「この犬、人間のオスとメスを嗅ぎ分けてるな!」
「まぁいいや」
「あ、俺のカリンバはどこにあるんだ?」

元気は遠慮がちに呟く。

「えーっと、確かこの辺りにあったはず、そう、これこれ」

太陽は仕切られたタンスのような物入れから小さな楽器を取り出した。それは木で作られた板に固定された銀色の細い金属棒を指で弾いて演奏するアフリカを代表する民族楽器だった。

「ほらよー」
「サンキュー」

元気は右手で掴むと、左手を固定させて親指で弾いた。

「これなら俺でも、できる!」

元気は嬉しそうに音を鳴らした。

「お前なぁ、三角をいじめるんじゃなかったのか?」
「楽器やってる方が楽しいし、為になるよ」
「バイオリンは? バイオリンはどこだよ?」

ローリはバイオリンの飾られたガラスケースを手で示した。

「だったら、俺だけでもいじめてやる! 三角! 覚えとけよ」
「俺や他の誰かに危害を加えたら、殺す。父さんのことずっと忘れるなよ。俺は覚えてるし、機会があれば殺したい程憎んでいる。風神さんや太陽達のおかげで、俺は耐えているんだからな。もう誰もいじめたりしないって分かるまでついて行くから、言笑自若でな」
「何が、言笑自若で、だよ! 厨二病だな。意味わかって言ってるのか?」
「何があっても、慌てずに落ち着いている様子だろ」
「お前には無理だよ、今までだってお前の周りの人は不幸になる。不幸少年なんだよ! お前は」
「この野郎!」
「言笑自若! 実真!」
「そうだったな。太陽」 

  太陽に言われた実真は深呼吸している。

「煽り耐性ないわね」
「またそうやって、煽る、チビ助」
「太陽、ありがとう」
「何よ、陰湿太陽。今度チビって言ったら曇りって呼ぶわよ」
「チビチビチビチビ」
「曇り曇り曇り曇り」
「曇りってなんだよ」
「太陽改め、曇りに改名なさいよ!」
「できるか!」

  太陽と美亜が言い合っているうちにローリはバイオリンをガラスケースから出した。
  黄色がかったバイオリンだ。経はウキウキとした様子で受け取った。

「手工品のバイオリンだよ。量産品ではないよ。作った作者はドイツ人のテイアに来ている人さ。大事にしてくれたまえ」
「これ以外は選べないのか?」
「君にはこの中で1番音のなりがいいこのバイオリンがいいと思うよ。他のも試してもいいけれど。君はなで肩だから、肩当てが必要だね」

  ローリはバイオリンのガラスケースの下に飾られている、肩当てを1つとって、横にあった弓と一緒に経へ渡した。

「これ、そんなにいいバイオリンなのか?」
「定価価格だと50万はいくと思うよ」
「ふーん、残ってるやつは?」
「値段で選ぶべきではないよ。100万と30万と50万のバイオリンがあるけど、その中の50万のこのバイオリン、僕が試した中で2番目に大きな音が鳴ったおすすめのバイオリンだよ。1番目は僕が弾いているものだよ」
「弾いてみてもいいか?」
「どうぞ」

  ローリは手のひらを向けた。
ギィィ

  それはそれは嫌な音であった。強く弦に弓を当てすぎだった。
「はっはっは、練習が必要のようだね」
「ローリこそ弾けるのか」
「弾いてほしい曲があるのかい?」
「ロッシーニ作曲のウィリアムテル序曲」
「俺も弾くよ。ウォレスト」

 太陽が話に入ってくる。太陽の前にキーボードピアノが出てきた。

「ウォレ」

  ローリは頷きながら赤みのあるバイオリンを出した。

  ローリの演奏に食らいつくようにピアノで音を乗せていく太陽。活気のある完璧な演奏だった。

パチパチパチ

  正と元気と経以外の皆が拍手していた。

「お見事ですわ!」

  ネニュファールは目を輝かせる。

「ロー君はこれくらい朝飯前じゃ」

  ガウカはネニュファールを睨みつける。
  ローリはガウカの頭を撫でる。

わん!
  シルバーストラは嫉妬してるかのようにひと鳴きした。
  実真はシルバーストラを床にはなした。
  やはりと言っていいか、ローリの前にお座りをしている。
   
「しっしっですわ」

  ネニュファールはローリの前に立って、手でシルバーストラをどかせた。
グルル、わん!

「ネニュファール、あんまり犬をいじめないでおくれ」
「まぁ! ローリ様にくっつくお邪魔虫は犬であろうと人であろうと関係なしですわ」
「わしの事いっておるのじゃな?」
「ローリ様、ガー様を甘やかすのはもうおやめ下さいませ」
「僕は甘やかしてるつもりはないよ」
「でしたら、なでなでするのをおやめ下さいませ」
「それはロー君の勝手じゃろう」

わんわん! グルル!

  シルバーストラはネニュファールの前をグルグルと回っている。
「ああ、うるせーんだよ、黙れや!」

  声を荒らげたのは正だ。

「何ですの?」
「俺はもう帰りたいんだけど!」
「もう帰るか、そろそろ僕達も日本に戻らないとだね」
「まだサックス吹いてないだろ、吹かなきゃ武楽器にならないぞ?」

  太陽が言うと、正は無神経かつガサツに楽器をとった。
プァー

「音が出た! やっぱりサックス向いてるよ、丸村君」
「そうだな、風神さんに追いつくように頑張るよ」
  
  正はニタニタと笑った。

「それでは皆、日本に行っても練習を欠かさないようにしたまえ」
「帰ろう帰ろう」

  全員は1列になって階段を登る。遠くにも階段が見えたが、ゴブリンが行ったり来たりしている様だった。
  実真達は来た時と同じ要領で戻っていく。巻物はローリが箱に入れた。そして中庭の赤い膜に入ってローリとネニュファールとガウカが演奏をした。ジムノペディだ。

  まるでプロの演奏を聴いているかのようだった。
  そしてジャングルに来た。空は明るい。
  クライスタルまで月影に会うことなくたどり着いた。というのも、ローリの鼻と美優の耳の力で月影のいない道へ誘導したからであった。
そして検問へやってきた。

「すまないが急いでいるんだ。これで通らせてくれるかい?」
  ローリはピンクダイアモンドをポケットから出した。

「もしや、陛下ですか?」
「陛下の弟だ! いいから早く開けてくれたまえ」
「わ、分かりました、通ってよし、門を開け!」
「はい!」

  皆は忙しく足を走らせていた。

「長居しすぎたわね、もう16時よ」
  
  美亜がケータイをだして、時間を確認した。
  町の中央の世界樹の切り株までやってきた。

「「「ウォレスト」」」

  美優、太陽、美亜がトランペット、ピアノ、クラリネットをとりだした。

「いいかしら、あたしの演奏、特別に聴いておきなさい」
「美亜、よそ見してないでいくよ」
「せーの!」

(ジムノペディだ)
  実真は心臓の鼓動がうるさくてならなかった。自分も演奏がしたくてたまらなかった。
そうして、高校の裏庭の一本杉まで帰ってこれたのだった。
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