スイセイ桜歌

五月萌

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第2章 ローリの歩く世界

32 残り6日

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次の日二十七日、残り六日。

「ネムサヤ、ドーリー、頼むね」

 ローリは七時頃食事を終えると、二人に声をかけた。

「「任せてください」」
 
 二人の声は合わさった。
 ローリは寝室に到着した。そして喪服に着替えた。

「ロー君、おはようさんじゃ」
「おはよう、ガーさん」
  ローリは、目をこすりながら起きたガウカに挨拶した。

「髪を結ってあげようかい?」
「よろしくなのじゃ」
「パース」
 
 ローリは箱からブラシを取り出す。
 ガウカの髪をサラサラにすると今度は編み込んで束ねていく。

「完成だよ」
 
 編み込んだシニヨンスタイルの髪型になっていた。

「おお! 素敵じゃ」
「うん」
「可愛いかの?」
「うん」
「どのへんが可愛いのじゃ?」
「うん」
「うんじゃなくて」
「うん」

 ローリは追求に答えられずに部屋から出た。
 そして中庭まで歩いた。

「陛下、世界樹に入らずにここでお待ちを。皇太后様に見張りの命令を受けています」

 スーツ姿のタイクは毅然とした物腰で言った。

「わかっているよ。テラス席には居ていいのかい?」
「はい、そちらに関しては特に何事も言われておりません故」
 タイクは世界樹の膜の前で仁王立ちになった。
 しばらくしてネムサヤとドーリーと太陽が膜から出てきた。

「太陽様ですね。ようこそいらっしゃいました」

 タイクは咳払いして道を開ける。

「ロー、いや、陛下。この度はお悔やみ申し上げます!」

 太陽はダークスーツに見を包んでいた。

「太陽君。来てくれてありがとう」
「……どういたしまして」
「私は着替えていきます」

 ドーリーは身長に言葉を選んでそう言った。ちなみに今の服装はアーガイルチェックのアロハシャツだ。兵士の正装になりつつある服だ。

「うん、構わないが早めにね。九時から始まるから」
「はっ」

 ドーリーはドタドタとかけていった。

「それでは行こうか」
 
 ローリは太陽を船着き場まで案内した。少し大きめな船もあったが、二人は二人の召使いと小舟に乗って移動した。それから、リムジンで葬儀場まで向かった。
 葬式はネニュファールと同じ様に行われた。しかし、人は混雑している。供花は大きく何対も並んでいた。
 元気だった頃のラウレスクの写真が大きく飾られている。
 ローリはお花入れの時、ラウレスクの棺桶にフェレットとボノボの人形を入れた。それは、昨晩こっそり夜に作ったものだった。

「ローレライも洒落たことをするね」

 ルコはローリをみて呟いた。
 ルコも同じような人形を持っていた。
 こうしてラウレスクの国葬儀が執り行われた。


次の日二十八日、残り五日。
 日本人との会談がある日だ。
 ローリはアーガイルチェックのネクタイをしめているスーツ姿だ。ダイアモンドのあしらった金色のネクタイピンをつけている。

「ローレライ、あなたは黙っていなさい」
 
 ルコはローリに念押しする。

「はい」
「それじゃ行くわよ」

 彗星証をつけたルコの声が日本大使館の一室で響いた。
 その日ローリは終始ふてぶてしい面構えをしていた。

「ローレライ、なんて顔をしてるのよ、この場所がリコヨーテという国になったのよ」

 船が城に入るとルコは饒舌になった。

「日本ではないのでありますのじゃな」
「ローレライも喜びなさい、あ、待ちなさい」

 ルコの声には反応せずにローリはかけて行った。
 寝室に来ると、ルコの声が反芻した。
(父上が亡くなったのに喜んでいいのか?)
 ローリはいつの間にか眠っていて十四時前に目覚めた。

「おはようなのじゃ、ロー君」

 ガウカは腕にくっついていて、ローリは起きると、再び魚釣りのように持ち上がった。

「ガーさん、太陽君達は?」
「ネムサヤが迎えに行ってちょうどさっき地下室に入ったところじゃ」
「僕たちも行こうか」
「うんじゃ。それより、その服でいいんじゃな?」

 ガウカはローリの服装に気がついた。
 ローリは額に手を付けた。

「僕としたことが、この服で寝てしまうとは。今着替えるから先に行ってくれたまえ」

 ローリはスーツを脱いでいつもの黒い半袖のシャツに着替えた。
 部屋から出るとドーリーが廊下の突き当りにいた。
 ローリはスーツ類を渡すと、再び部屋に入り、地下へ潜った。
次の日二十九日、残り四日。
 この日は太陽がアルバイトで来れなかったが、他の日本人の美優、翔斗、アス、美亜は来た。ビオとアイも来てくれた。

「ローリ、大丈夫? 無理しないでね」
 
 美優は小声でローリに話しかけた。

「平気さ。さあ演奏を始めよう」

 ルコ監修のもとオーケストラはロングトーンから演奏へと進み始めた。

バタン!
「ローレライ!」

 ルコは叫んだ。ローリがいきなり倒れたからである。
 皆がローリに注目しているようだ。

「ここは私におまかせを」

 ドーリーはタイクの前にでて手を阻みながら言った。

「ドーリー、頼んだぞ」

 そういったのはタイク。細マッチョの自分よりも、太マッチョのドーリーが役に適しているからだ。
 ローリは背負われながらうっすらと目を開ける。意識はあるようだが顔はどんどん赤くなっていく。徐々に目の前が暗くなっていく。
 ローリはこの一日を寝て過ごすことになった。

次の日三十日、残り三日
 ローリの熱は今日もあって、バイオリンを弾けるコンディションじゃなかった。しかし、ローリは座りながら、バイオリンを弾こうとして拙い音を出しては布団に倒れ、もう一度起き上がって、バイオリンにいやな音を出させては倒れ込んだ。

「ローリ、無理しないでください。思いもよらない音を出されてバイオリンが泣いています」
 
 気がつくとビオはローリの枕元に正座している。

「ビオ、オケはどうなってる?」
「流石に疲れがでていて、ローリの体調不良で皆さん、不安が伝染してます」
「僕はただの夏風邪だろうね」
「安静にしないとぶっ飛ばしますよ」
「うん」

 ローリはこの日も眠って過ごした。



次の日三十一日、残り二日
「ロー君」
「なんだい?」

 ローリは今日は元気になったので、オーケストラに参加していた。

「身体はもう大丈夫かの?」

 ガウカは心配そうにローリを見上げる。

「全然、前より身体が軽いよ」
「良かったのじゃ」
「少しでも遅れを取り戻さねばならない」

 ローリはバイオリンを手に大地、水、太陽、風を弾き続けた。
 ルコは気合を入れてオーケストラの指揮をする。皆合奏に甘んじる。
 やんややんや、あーでもないこーでもないとルコはつばを飛ばした。
次の日一日、残り一日
 ついに明日が本番の日だ。
 完成形は見えている。
 後は間違えずに弾くことと、つられないことだ。

「ローリ、安心してください、ローリがまとめなくとも、指揮者に任せて演奏すればいいのです。間違えても、楽譜がとんでも、皆フォローしてくれますから」

 ビオは落ち着きはらっている。

「僕も全員一つになると思っているから大丈夫だよ」

 ローリは心の重みをとれたように感じた。
 今日もルコがタクトを振るう。

「男なのによくもまあ小さな音出すわね、翔斗!」
 
 ものすごい形相でミスを責めるので萎縮する翔斗と皆。

「先生! あの、もう少し優しい判断でお願いできますか?」
 
 ローリは口を出す。

「生ぬるかったら一生成長できないわ。それじゃ次は〝大地〟の最初から〝風〟の終わりまでよ」

 ルコは反発するように言った。
 ローリはルコの合図に合わせて弾く。
 どうやら皆、成長しているようだった。
 明日は九時から中庭に集合となった。
 最期の追い込みでゴブリンたちも皆疲れているように見えた。
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