スイセイ桜歌

五月萌

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第2章 ローリの歩く世界

26 新たな仲間とオーケストラ

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「気にしないでくれたまえ」
「そうですカ……」

 ハンは輸血用の血液パックを破ると、タバコを吸うようにくわえた。

「どのくらいの頻度で、血が欲しくなるの?」と美優。
「三日に一回から、五日に一回くらい、個体差がありまス」
「訊いたかい? ドーリー、このことは君に任せるよ。多くの血液を集めておいてくれたまえ」
「はい、わかりました」

 ドーリーは嬉しそうに答えた。
 その後、皆、一生懸命練習した。



次の日八月四日
 朝の七時頃だった。

『ごめん俺、今日バイトだから行けない。一七時にあがったあと、洗濯やら夕食作るやらで忙しいんだ』
「わかったよ」
『他の人達はいくから』
「ネムサヤにここまで案内させる。待ってると伝えてくれたまえ」
『じゃあまた』
「うん」

 ローリは電話を切った。
 この日は二十時まで練習をした。




次の日八月五日
『今日はクライスタルの兵士が集められて三割の貯ペドルを渡さなくてはいけない日らしいんだ』

 太陽の声がケータイから耳に伝わる。

「遅くなるのかい?」
『うん、一四時くらいかな。昼ごはんは食べてくるからいらないよ』
「ほう、了解したよ」
『ごめん』
「構わないよ」
『その時間に日本の皆と一緒で行くから』
「わかった」

 ローリは電話を切った。あと知っている人の匂いを察知した。

「ネムサヤ、小舟を出したまえ。アイさんがきたよ」
「はっ」

 ネムサヤは機敏に動いた。そのお陰もありすぐに城内にアイは入れた。

「ねえ、ローリ、うちのお父ちゃん一生あのままなん?」

 地下室に向かう階段にてアイはローリに声をかける。

「魔王を弾いたとして、人間に戻れる確率は一割だね。母上の狂気がなければもう少し楽に戻せるのに」
「もう少し楽に戻せるって?」
「おそらくだがね、あの宝箱の中身は願いを叶えてくれる何かだと思っている。それは何なのかはわからないけれど」
「本当?」
「父上の感は当たるからね」
「うちね、怖いの。お父ちゃんが狩られないか」

 アイの声が震えている。

「あのキノコは猛毒の種類だから、食べ物目的では狩られないだろうね、顔を見せたらいけないよと伝えておいてくれたまえ」
「そっか、わかった、ありがとう、ローリ」
 

 時は経つのが早く土曜日になった。
 クライスタルのコンサートホールには九時半に到着していた。歩いて三十分位と少し遠いところにあったため、皆汗を拭いたり、日焼け止めクリームを塗り直したりしていた。
 男性のドレスコードでディレクターズスーツ姿の、人とゴブリン、十人と五体。
 女性のドレスコードで黒いワンピースとグレイのワンピースの、人とゴブリン、九人と五体。
 ローリの口利きでゴブリンの入れる許可を得ていた。とはいえ、月影の対策として、ゴブリンは手錠をかけられていた。サングラスも同様だ。
 不満のあるゴブリンもいたが、ハンがなだめて、ローリが説得してなんとかここまでこれた。
 ここはクライスタルの中でも比較的広いコンサートホールだ。
 太陽が言うには日本のサントリーホールという会場と同格程度らしい。

「隣の隣の部屋で音出ししてるね」
「俺には聴こえないけど」

 太陽は耳を澄ます。しかし、何も聴こえない。

「ローリは?」
「陛下だろ」

 ドーリーが指摘する。

「ん? なにか言ったかい?」

 一番端に座っているローリは自分の世界に入っていたようだった。

「だから、音出し聴こえているかって」 

 太陽はいつもの通り訊く。

「微かにね」
「ほらね」
「美優、うるさいわよ」

 美亜が周りを見渡す。
 あたりには美亜の今いる二階にはまばらに人がいるが、一階は満席状態だ。

「陛下に敬語使え、この野郎」

 ドーリーは憤る。

ガチャンバタバタドンドン

 楽器や譜面台を移動する音が聞こえた。 

「ようこそお待たせいたしました」

 舞台が明るくなった。
 大勢の演奏者が並んでいる。

「十時を持って開演とします。皆様、携帯電話の電源をお切りになり、録音録画等なさらず聴いてください。また開演中はお静かにお願いします」
「始まるよ」

 美優の小さな声が耳を通る。
 指揮者が舞台袖から出てくる。
 いつの間にか舞台袖の近くの端っこの方に第一楽章 大地、と書かれた紙が巻物のように吊るされている。大地と書かれてあった。
 指揮者の黙礼があり、周りは誰一人喋らなくなった。
 そして、指揮のもと、音楽が流れ始めた。
(大地だ)

 最初から金管とティンパニなどの豪快な音と共に曲が始まった。きらびやかな演奏だ。
(奏者は中年の男女三十七人くらいか)
 ローリは射るように観る。
(?)
 日本人側でなく、隣りに座っている女の子は指揮者を真似している。まるでコピーしているようだった。
 ローリは話しかけたかった。しかし、演奏中の私語は慎むように言われている。
(今はこの音に集中)
 ローリは演奏を聞き逃さぬ様に一心不乱に聴いた。
 約七分二十九秒後、演奏が止んだ。かっこいい演奏だった。

 舞台袖から礼装の男性が出てきて、巻物のような紙をまくる。第二楽章 水、と書かれていた。

 次の水、は打って変わって木管などからスタートした。音が光って視えた。
 楽器の揃うタイミングが完璧だ。調子のいい音楽に感無量だ。
 七分一秒は直ぐに経った。

 また舞台袖から出てきた人物が巻物のような紙をめくる。第三楽章 太陽、だ。

 太陽はきな臭い感じの木管などの音から始まった。一瞬不気味に見えるが途中の揃った音は圧巻だった。
 七分二十八秒、ローリはドキドキしながら見守った。

 最後に第四楽章、風。舞台袖から人が出てきて巻物のような紙をめくった。

 序盤は金管に木管が入ってくる。
 ローリはすべてが合わさった時にすごいと思った。心地いい木管の旋律も見事であった。いきなりの大合奏に心を奪われた。
 九分二十四秒が経過して音がなくなった。まさに流れる風のようであった。


 四楽章ともやはり一つ一つ違う演奏であった。

 指揮者に沿う形で皆立って会釈する。

「君、君」
 ローリは拍手しながら隣の席で手を動かしていた女の子に声をかける。
 スタンディングオベーションをしていた。
 その女の子は意外と背が高かった。ローリと同じくらいだ。
 赤茶系の色の髪をハーフアップに括っている。目は黒い。ギンガムチェックの指輪を着けている。
「なんですか?」
「僕はローリといいます。この場で言うのもなんですが、僕らの一団に入って、今の曲のような指揮をしてくれませんか?」
「まあまあ、よく私が指揮していることに気が付きましたね」
「演奏中ずっと、目を閉じていましたね。あなたの名前は?」
「私はビオ。どこでオーケストラの演奏をするんですか?」
「この際言っときますが、僕の本名はローレライ=スターリングシルバー。リコヨーテという一国の主です。演奏する場所、それは中庭です」
「王様?」
「はい」
「私などがそのような気品あふれるオケに参加していいのですか?」
「いいんです。むしろ、君がほしいです」
「……わかりました、ですが、いつ行うのですか?」
「九月二日です」
「近いですね」
「報酬は百万ペドルでどうでしょう?」
「わかりました。今日から練習に加わっていいですか?」
「どうぞ」
「リコヨーテに行くにはどうしたら……」
「僕達がリコヨーテに送っていって、日本人とビオさんの演奏でクライスタルの近場へ送っていただきます」
「美優、俺達は日本に帰るから美優は武楽器、吹くなよ」
「わかってるよ、まったくもう」
「ところでビオは仕事は何をしてるんだ?」
「魔法音楽高等学校の学生やってます。二年生で、今は夏休み中です」

 ビオは黒めの学生服を着ている。

「てことは、俺らより年上?」
「翔び級ですので、多分この中で一番若いかと」
「ちなみに何歳?」
「九歳です」
「若!」
「あ、うちと同い年」

 アイはそう言って視線を絡ませて笑った。

「そうですか」

 ビオは顔色一つかえない。

「それにしても暑いわね」
「そういえば、俺達も着替えるか」
「それはリコヨーテについてからでも遅くないはずだよ」
「わかったよ」

 太陽は背中を伸ばしながら立ち上がった。
 コンサートホールを出る。

「ありがとうございました」

 そう、演奏者から太陽はいきなり言われた。出口に見送りの人達がいたので足を止めた。

「ありがとうございました」

 美優も笑ってそう言うと、太陽の背中を押した。
 少し歩く。

「悪いな。美優」
「全然」
「俺ら本当にあんな演奏できるのか?」

 翔斗は焦るように言う。

「うるさいわね、できるように毎日練習してるのよ」

 美亜は短気のようですぐに言い返した。

「ところで、ビオの武楽器は?」
「私の武楽器はこれです。ウォレスト」

 それはハープだった。

「背が高い事が役立っているのね」
「はい、そうですね」
「子供なのになんでそんなに硬いの?」
「両親にマナーを教え込まれて、ですかね」
「僕と同じですね」

 ローリは硬い表情を解く。

「なんでローリまでこの子に敬語使ってるんだよ」
「敬語で話すべき、頭脳や経験を積んでいるように視えたからね。…………すまないね。わかった、敬語は使わないよ」

 ローリは自分を見ているドーリーが顔を赤くして口をしゃくれるくらい開いているので、笑いながら言う。

「助かりました、俺達も敬語で話すべきか悩んでおりました」

 ネムサヤは安心した顔になった。
 そうしてクライスタルの過密している町中に行き着いた。
 街の真ん中に位置する切り株の膜まではすぐだった。

「私、日本に行った事ありませんが、入れるのでしょうか?」
「リコヨーテに行ったことは?」

 太陽が訊く。
「あります」

 ビオが答えるとローリはまた微笑んだ。

「それなら大丈夫だよ」
「それでは……行きます」

 ビオの小声が人混みでかき消される。
 ビオは突っ込むように走って、膜に飛び込んだ。
バチッ
 ビオは入ることは成功したが、転んでしまった。

「太陽を思い出すね」
「悪かったな!」
バチッ
 太陽は勇み足で膜に入っていった。

「怒られた」
「美優に怒るわけないわ」
「俺は罵倒募集中」

 美亜と美優と翔斗が膜に入る。
バチバチバチッ
「さて三十人入れるか実験しよう」
「はい、……ほら、お前らは入れ」

 ドーリーは威張った声を上げる。

「ハイ」

 ゴブリン達は反抗することなく膜の内側へ入っていった。
バチバチバチッ
「三十人入れそうです」
「陛下、お先どうぞ」
「僕は逃げないよ」

 ローリはネムサヤの前に膜の中に入った。
バチッ
 中は広いわけでもないが狭いわけでもない。ただ、切り株からは遠くなっている。
「皆は弾かないでくれたまえ。僕の武楽器からリコヨーテに行く」

 ローリが言っている間にネムサヤも内側に入ってきた。

「ウォレ」

 ローリはエリック・サティ作曲のジムノペディを弾き始めた。

 リコヨーテにつく。
  ローリは膜からでると「陛下ご無事でなにより」とローブを被った人間がひざまずく。

「ここは気にせず仕事を続けたまえ」

 ローリは集団で移動した。

「ところで、箱のことなんだけど。ローリは五億で箱がいっぱいなるということは、俺もそうなのか?」

 太陽は不思議な思いをしているように言った。

「あら、言ってなかったかな。箱の容量は個人差によるけど、ただ、願い石を作った分だけ次に貯まる箱の容量が大きくなるんだよ」
美優は申し訳無さそうに説明した。
「最初はいくらだった?」
「百万ペドルくらいかな」
「今俺いくら持ってる?」
「箱出せないんだから、美優に分かるわけないでしょう」

 美亜ははっきりといいきった。

「美亜は願い石、作ったことあるのか?」
「あるわよ」
「何に使った?」
「なんでそんな事あんたに言わなくちゃならないのよ」
「身長か? 二重か?」
「うるさいわね、勝手に思ってなさい」
「何だおっぱいか」
「違うわよ!」

 美亜は翔斗にタイキックした。

「いっつ」
「この変態に妄想されないように、名誉の為言うわ、美優と同じクラスになるように願ったのよ」
「へえ。友達少なそうだしな、お前」
「なんですって? あんたに言われたくないわよ」
「まあまあ、いいじゃない、願いが叶って」
「そうだわね」
「風神さんは?」
「ノーコメントで」

 美優は取って食いそうな目で太陽を見る。

「翔斗は?」
「いや、それがさー限界貯ペダル容量がバグっててさ、初期で九百万ペドルなんだよ。全然足りないんだよな」
「何しでかすかわからないからだと思うよ」
「俺は純粋に女湯覗きたいだけなのに」
「美亜キックだ」
「あたしのこと使うんじゃないわよッ」

 美亜はいいながら翔斗の足にケリを入れた。

「痛いっ」

 翔斗は飛び跳ねる。
 そしてローリの寝室まで来た。そこで迎えるのはルコであった。

「ローレライ、今日のオケどうだったかしら?」
「はい、きれいな演奏で、とてもいい経験ができました」
「ふうん、あら、見ない子だわ?」
「ビオ=クワイエットです。クライスタル在住です」
「私ほどじゃないけど、知能が高そうだわね。あなたいくつ?」
「九才です」
「九才? 本当に?」
「はい。驚かせてしまって申し訳ありません」
「証拠は?」
「この制服と魔法音楽学校の生徒手帳でどうですか?」

 ビオはポケットから名刺サイズの手帳を見せる。

「魔法音楽高等学校二年ビオ=クワイエット九才」

 ルコは写真と実際の人物を見比べる。
 結果は同じだ。
 ルコは動揺を隠せないと言った表情だ。

「よくここまでたどり着いたわね」
「本当の王様か不明瞭でした。ですが本物で良かった。私は運がいいんです」
「で、この子、武楽器を弾かせるの?」
「指揮を頼もうと考えています。今日隣で見ていて完璧な指揮に圧倒しました」
「指揮者?」

 一瞬、ルコの顔が悔しそうに視えた。

「はい」
「この子の武楽器まさかタクトなの?」
「いえ、ハープです」
「なるほどね。意図がわかったわ。いいわよ、指揮しても、その代わり単調な演奏だったら許さないわ」
そして、ローリ達はルコの追求を逃れると地下室へ向かった。
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