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第2章 ローリの歩く世界
20 ゴブリンの贈り物
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ローリはルコに日本へ旅に出ることを告げた。
「あら、だめよ、まだ若いんだし」
ルコはローリからもらった武楽器の一部を弄びながら言った。
「若いうちに旅をさせないと成長できないと思います。二人ほど護衛もつけます」
「だったらこれ! ゴブリンたちがくれた謝礼なんだけど、これが開けられたらいいわよ。旅に行っても。きっとすごいお宝が入っているのよ!」
ルコは後ろにあった成猫くらいの大きさの木の宝箱をローリに手渡した。
宝箱は前面は双葉の生えた大地のくり抜かれた絵で、右側が波紋を浮かべている水の絵、後ろは朝日が出てきたときのような太陽の絵、左が棒人間が飛ばされている風の絵だ。ずっしりと成猫が入っているのではないかと思ってしまうほどの重さだ。
「ちなみに城の王としてリコヨーテ、クライスタル、フェルニカに呼び込みかけるのは禁止よ。自分の足で探しなさい。城の召使いや兵士やらは許すわ」
「わかりました」
(大地、水、太陽、風というクラシックの曲ではないか)
ローリはそう想像した。そして笑うのをこらえる。
(全員心当たりあるが……そういえば思い出した)
「ツナントグループって存続してますか?」
ローリは一縷の望みで、ルコに聞いてみた。
「ヤダ知らないの? 少し前に倒産したわよ?」
「少し前とは?」
ローリはガックリする。
「ここ一年前くらい前かしら」
「わかりました、ありがとうございます。つきましては日本でダイチと名のつく者を探してもいいですか?」
ローリはうなだれながら、日本人の中から探そうと勇気を振り絞って言った。
「今日だけよ。見張りは日本人に見えるからガウカをついていかせるわね」
「オケで弾くのですか?」
「ええ、オーケストラは城の皆の力を借りるわ。一団くらいならなんとかなるわ。だけど、一ヶ月の内にオケは完成させなさいよ。開けられなかった場合は返さなくちゃならないのよ。開けられなかったら本当に城から出るという行動を剥奪するわね」
ルコはガウカに話に行った。
そしてその午後。
「ロー君とお出かけじゃの、楽しみじゃ」
彗星証にアーガイルチェックのリボンの三角帽をつけて、ローブに身を包んだガウカが喜んでいる。
「そうかい、母上と何を話したか知らないが僕の邪魔はしないでくれたまえ」
ローリはいつものインバネスコートに鹿撃ち帽のルックだ。彗星証もつけている。日本の太陽の通っている高校に行こうと太陽と連絡を取っていた。
赤い膜に入ったあと、箱を出して宝箱をしまう。
二人はスターリング城の中庭からジムノペディを弾いた。
♪
青い濁流が切り株に生まれた。
二人は飛び込んだ。
「ここはどこじゃろう?」
ガウカの声がその場に響く。
ここは森の中。場所はわからない。防虫スプレーは二人共かけてあった。
「パース」
ローリはコンパスを取り出す。南の方角を向いた。
「ガーさん、離れず僕についてきてくれたまえ」
ローリは危険のないように武楽器を出し、剣で蔦などを切り裂きながら慎重に進むとクライスタルの前まで来た。検問で太陽とタイガツとかち合う。
「よう、案外元気いっぱいだな、ローリ」
タイガツは皮肉るように言った。
ローリは無視を決め込む。
「それで、太陽君、ダイチさんという人は知ってるのかい?」
「ローリ、あのさ、大地という名前の人、俺ら、知らないんだ。ごめん」
「日本にはいるだろう?」
「いるかも知れないけど、どうだろう、俺のクラスにはいないな」
「ロー君の知っているダイチには連絡取れないんじゃな?」
ガウカは釘を刺す様に言う。
「ああ、ツナントグループの御曹司だったが、会社は倒産、電話も繋がらないのだよ」
「困ったな」
太陽達は検問を通り抜ける。
「テイアに行ける人達、皆に聞いてみるかい?」
「そうだな、とりあえず美亜、美優、翔斗、アスあたりに聞いてみるな、吹奏楽部で残っているだろうし」
四人はクライスタルの世界樹の切り株に向かった。
ローリとガウカは青い膜に入りながらも、曲を弾かなかった。
日本へ
今の時間は吹奏楽部が練習している時間だ。十五時までだ。
美優の家の裏の世界樹から四人は出てきた。
美優の母親に見つからないようにそそくさと退場する。
太陽に連れられてローリは学校にはすぐに到着した。
♪
フレンチホルンやトランペットの高い音が聞こえてきた。何やら速い曲を弾いている。
「チャイコフスキーの一八一二年だね」
ローリはすぐに曲名を言い当てる。
「そんな曲あるんだ」
太陽は呟いた。
ローリとガウカは校門の前までやってきた。
流石にはいるわけにはいかないので、その場所で吹奏楽部員の下校を待った。
ローリは瞳を閉じていた。曲の余韻に酔いしれていた。
二十分位経った頃、学生が校内から出てきた。
「かっこいい! なんのコスプレですか!?」
ローリは観衆を作るほど女子高校生にモテていた。皆、楽器ケースを持っているので吹奏楽部の人達だと納得する。
「ロー君に気安く触るでないぞ」
ガウカがローリの前で牽制している。
「可愛いね!」
ガウカは集まる人のケータイでローリと一緒に撮られていた。
「太陽、黒須賀君! それにローリやガーさんまで!」
美優の声は心地よく轟いた。アスと翔斗と美亜もいる。
「美優さん」
「理由は後で話すが、本題だな、誰か、ダイチという人を知らないか?」
太陽はそう言うと一人の女子高校生が反応を示す。
少し間があって「He is Daici」とその一人が言った。
アスの手元には太陽がくれたメモ用紙の裏に人物画が少し繊細に書かれていた。
「アスは絵がうまいね、ってこの人!」
「知り合い?」
「チャシロだ」
太陽は凝視していた。ユウキというキノコのおじさんを助けるときに手助けしてくれたりした人物だ。
「チャシロ?」
ローリは首を傾ける。
「リコヨーテでうさぎ姿で散歩していて、演奏に協力してくれたんだ」
「ダイチ・ツナント君の面影があるが、一体今どこにいるんだい?」
「アス、どこにいるか知っているの?」
「Yes~~~~」
『はい、詳しくはわかりませんがクライスタルでの浮浪児だったらしい彼をリコヨーテで奴隷商が売って、貴族の召使いとして働いていると。というのも、御内儀から噂を聞いて、実際に働いているところを見たことがあります。ダイチと呼ばれていました』
アスは英会話の先生のようにアクセントを付けて話す。ローリとガウカは耳に彗星証をつけているので言葉がわかった。
「英語じゃ簡単な言葉しかわからないわね」
美優は太陽の耳元で「テイアに行きましょ」と言った。
「よ、よし。とりあえず美優の家に行こう」
「えー、美優、後で紹介して」
二つ縛りの女子高校生は美優に言いながら、ローリをこれでもかと見つめる。
「約束はできないけど、ときとばね!」
「バイバーイ」
「さようなら!」
「「「ウォレスト」」」
ローリとガウカは演奏せずに見守った。リコヨーテにたどり着くにはガウカとローリの演奏が要だからだ。
♪
ローリは仲間の皆と青い濁流に飛び込んだ。そして、彗星証とギンガムチェックのリボンをつけているクライスタル兵所属の皆を見守った。
ここは森だ。林道をローリ一行は進んだ。
しばらくして、ローリは妙な匂いに気づいた。
美優は先に開口した。
「月影の音がするね」
「僕も言おうか迷っていたが、この匂いはミルワームの成虫だ。それも成人の背丈ほど…………、すまない、僕は戦闘から離脱させてもらう」
「え? ローリって虫だめなの?」
「だめというか、アリやハチなら見慣れているけど、僕はカサカサ系でなおかつ、翔ぶ虫が嫌なんだ」
「正式名称、ゴミムシダマシよ。ごめんなさい、私もああいう虫だけはだめなの」
美優は虫の名前を知るほど詳しいが、足をガクガクさせている。知っているからこそなのかもしれないが。
「あたしも無理」
美亜は首を振ると、美優を落ち着かさせようと美優の背中に手をおいた。
「ごめん、俺も無理」
タイガツは顔を真っ青にしている。
「わしも」
「アスは?」
「大きい虫はちょっと怖い」
「太陽だけが頼りなの!」
「俺には聞かないのか?」
翔斗は野次を飛ばす。
「多分、俺の針じゃ弾かれちゃうよ、でかくするのにも時間かかるし」
「魔法曲よ。こうなったら」
「爆発ポルカで爆発させる? ウォレスト」
「それはだめ! トラウマになるから」
「だから俺がいるだろ!」
翔斗は怒鳴る。
「あんた、下ネタ言う以外なにかできたっけ?」
「俺のトロンボーンは水を出せるんだ」
「それで?」
「俺がかっこよく倒すから見ていてくれ」
「ああ、なんかダメそう」
「で、月影はどこにいるの?」
「どんどん近づいてきてる、今、上に飛んでる」
ブーーーン
姿を現したチャイロコメノゴミムシダマシの月影。
「ローリ、どこへ行く」
太陽はローリがフェレットに変わって、逃げていくのを見た。
「まあ見てなって。ウォレスト」
翔斗はトロンボーンを出す。
ビオーーーーーー!
ラの音だ。
シャボン玉がたくさん出て、一つになり大きくなっていく。
べーーーーー!
シの音、そしてその中大きなシャボン玉の中に水がはいる。
翔斗が口を離すとゴミムシダマシの月影がその丸い水の塊の中にいた。
これで窒息して死んでくれるに違いない……と思ったが、ゴミムシダマシの月影は一息で水を吸い込んだ。
ビュオ!
アスはゴミムシダマシの月影を大きなティンパニマレットでぶん殴った。
がっ
吹っ飛んでいくゴミムシダマシの月影。木にぶつかったが、足を動かしている。
「ああもう! 生きてるじゃない」
美亜の声とともにピアノの音が流れ始めた。
♪
太陽の指が織りなすその曲は、サン・サーンス動物の謝肉祭、水族館である。
水族館らしく魚が出てくる。
空中にマグロが泳いでいる、クマノミにサメもエイもだ。そしてその魚たちはゴミムシダマシに噛み付いて喰らい始めた。ゴミムシダマシの月影は逃げようと羽を広げる。その内側めがけてダツが突き刺さった。
「こうなりゃヤケだ! ウォレスト」
タイガツはギターを斧に変化させると、魚の群れに加わった。そのお陰でゴミムシダマシの月影は見るも無惨に外骨格の羽を広げた姿でグチャグチャになっていた。
美亜は太陽のそばでクラリネットを吹いていた。
ガウカも同様にコントラバスを弾いている。
翔斗も合奏に参加したため、カルテットになった。
♪
魚たちはスイスイ泳いでどこかに行ってしまった。ゴミムシダマシの月影の内容物や体液やらが金貨、銀貨、銅貨、宝石、装飾品、貴金属に変化して武楽器の中に入っていく。きらびやかな演奏も終りをむかえようとしている。
美優は腰が抜けたのか立てなくなっている。
演奏が終わった。数秒遅れて、ローリが月影風のフェレットの姿でお出ましだ。
「美優、大丈夫?」
美亜は美優の手を握って起こさせた。
「風神さん、俺とたちけつぼういれしてみない?」
翔斗は自分の失敗をはぐらかすように言った。
「いいよ」
「え? 嘘だろ、美優」
太陽はあっけにとられる。
「じゃあ私が入れるほうね。チクチクペニ○ンで」
「いや、ペニ○ンでたちけつぼういれしてもケツが痛いだけだろ! てか、たちけつぼういれって何だよ! チクチクペニ○ンって何だよ!」
タイガツがツッコミを入れる。
「ああ~、悩むな、チクチクか~」
「悩むなこの変態野郎!」
美亜の蹴りが翔斗に炸裂した。
「いっつう」
「これ以上、美優に変なこと言ったら美亜キックじゃすまないからな」
太陽は断罪するように言った。
「ちょっとしたユーモアだって」
翔斗の話は無視される。
「ローリ、お前ビビり過ぎだって」
ローリはフェレットから人間の様相に変わった。
「僕は断じてビビっていないよ、ちょっと蝶々を追いかけてただけさ」
「そういうことにしといてやるよ、まったくもう」
「まったくもうは私の口癖だってば。さあ、クライスタルまで行くぞ」
美優は皆に指揮する。
「「「おー!」」」
リコヨーテ人の二人以外は右手を上に上げた。遅れて、ローリとガウカも真似て手を挙げる。
そしてクライスタルまで来た。
「今のうちに似顔絵描く紙出して演奏している間に描いておこう」
「そう、わかった。パース」
アスは数枚の紙とボールペンを出す。
太陽、美優、翔斗、タイガツ、美亜、ガウカ、アス、ローリは世界樹の切り株の膜に入った。
「俺、フェルニカの人だからお呼びではないようだな、ちょっくら日本に帰るわ。ウォレスト」
「そうか、ここまでついてきてサンキューな」
「「ウォレ」」
ローリとガウカとそしてタイガツは武楽器を出すと、ローリの上下する動きからジムノペディを弾き始めた。タイガツの弾くその演奏はジャズ風だった。
♪
同時にアスがものすごい勢いでチャシロこと、ダイチを描いていく。三枚目を描いているうちに演奏が終わった。
ローリはアスを見ながら(地味にすごい)と思っているといつの間にか、周りの景色は赤い濁流に変わっていた。
タイガツは無事に日本へ帰ったようだった。
「リコヨーテ、一番乗りだ!」
太陽は文字通り一番に赤い膜から出た。
「太陽ってこんなに明るいキャラだったっけ?」
「そういう事言うなよ。美亜ちゃん」
「うわきも。名前呼ばれた」
「俺への扱いひどい」
「まあまあ、太陽も荷が降りたんだよ。桜歌ちゃんが助かって」
「そうだな」
「ローリ? 大丈夫?」
「大丈夫さ、なんともないよ。パース」
ローリは箱の中から木でできている長方形の宝箱を出した。
「それを開けるために、俺たちを呼んだのか」
「そうだよ。これを開ければ日本に旅行してもいいというお墨付きをもらったんだ」
「さ、義母さんに会う前に行くのじゃ」
ガウカを筆頭に皆膜から出た。
「帰還したわね、ローレライ」
ルコはテラスの椅子に腰掛けながらこちらを見ていた。
「母上! これから、城下町へダイチ君を探してまいります」
「ふうん、あら、可愛い娘じゃない? あなたとあなたの名前は?」
ルコはアスと美優を指さした。
「私は風神美優です」
「アス・カチョウです」
「美優ちゃん、アスちゃん、ローレライと一枚撮ってく?」
ルコは首から一眼レフカメラをぶら下げていた。
「これからすぐ予定の人に合わなくてならないのでお断りさせてください。大変申し訳ないです」
「すみませんが私もです」
「じゃあ、せっかくだから、ここにいる皆を撮ってあげるわ」
ルコは一眼レフカメラをいじる。
「はい、並びなさい!」
ルコの声に圧倒されるも、従うローリと仲間達。
「はい、三、二、一」
カシャ
乾いた音がなり、写真を撮られた。
「もういいですか?」
「この写真はローリに持たせるわね。おそらくまた日本へ行くでしょう?」
「わかりました、それでは僕達はこのへんでお暇します」
ローリは「小舟を三艘用意してくれ」と近くにいたドーリーに話しかけた。
「その宝箱ちょっと見せてくれるか?」
「もちろんいいとも」
ローリは太陽に蓋が上についている宝箱を手渡す。
「水見アイという娘とも協力してもらわなくてはならない」
「ああ、知ってる、ギルドの前でユーフォニアム吹いてると思う」
太陽は宝箱を手の怪力で開けようとする。壊して開けようとするも敗北した。
「僕も見かけてるさ」
ローリは先頭にたって小舟に乗り込んだ。
(そういえば、城下町に降りるの久しぶりだ)
小舟は城の外へ皆を運んだ。
向こう岸についてびっくり、水色の精霊がローリ達の目の前を走って通り過ぎていった。
「なんか慌ただしいぞ」
太陽は見開いて口を動かした。
「少し急ごうか」
ローリ一行は速歩きで元ギルドへ向かった。向かう途中赤色や緑色などの走り回る精霊の姿があった。
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