29 / 108
第2章 ローリの歩く世界
9 昔のメイホとイロホ
しおりを挟む「消灯の時間よー」
マッケンナーがきてライトを消した。
そして暗くなった。
いきなりローリは人間の姿に戻った。
「きゃ」
ネニュファールはローリに抱きしめられた。
「聴くな」
ローリはネニュファールの耳を掴んで音を聞こえないようにする。
ネニュファールは心臓が飛び出そうなくらいドキドキしていた。ローリの胸に手が当たっているのでトクン、トクンと心拍がなっているのがわかる。
どれくらいの時がたっただろうか?
「もう大丈夫だね」
「ローリ様、どうなされましたの?」
ネニュファールはローリに小さな声で語りかける。
「ジュール・マスネの作ったとされる、タイスの瞑想曲は人を魅了する曲なんだ。命令に逆らえなくなる曲だよ」
「ローリ様は聴いてましたわ。大丈夫ですの?」
「僕は平気だよ。訓練しているから」
「あ、その服は?」
ネニュファールはローリが箱からワンピースを出しているのに驚いた。
「母上から淑女の嗜みを習っていて役立ったようだよ」
ローリは服を脱ぐとワンピースを着た。
「塗りチークまで持っているの?」
ネニュファールはチークを塗っているローリに目を輝かせた。
「うん、母上の趣味さ。もう一切、喋らず、寝たフリを続けてくれたまえ」
ローリの言葉にネニュファールは手で口をおさえた。
ローリの姿は何処から見ても美少女のようだった。
がちゃ。
部屋に照明が細く入ってきた。誰かがドアを開けたようだ。
「今宵はあああん、誰にしようかしらあああん」
入ってきた人物から血なまぐさい匂いがする。
「贄はたくさんいますが、数ヶ月に一度ではないと人を消すことは怪しまれます」
「ナルコ、わかっているわあああん、んんっと、何かしらあああん、いい匂いがするわあああん」
「私は何も感じませんが」
「この高貴な匂い、この上のベッドからだわあああん」
「名前は――ネニュファールね、昨日新しく入ってきた子らしいわね」
ベッドの軸に貼ってある名前シートを見たようだ。
「ああでも姉貴に聞かないとだわあああん。あなたはいいわよねえええん」
「イロホ様の仰せのままに」
「ネニュファール、降りてきなさいいいん」
「はい」
ローリは高い声を出してネニュファールをするりとかわし、はしごに足をおいた。
オカマのような声を出すイロホは、ライオンみたいな襟巻きのような白い髪型で、片方金色の目片方赤色の目をしている。服装は白い甚平だ。筋肉隆々で片手に小さな袋を持っている。その袋こそ違和感のある匂いを放っていた。
もうひとりのまともそうなナルコと呼ばれた女性は、黒い髪を一つに縛り縁のないメガネを掛けている。ナース服に袋状のエプロンを着ていた。その虚ろな目の色は黒く、操られているようだ。
「お初にお目にかかります、ネニュファールでございます」
ローリはスカートの端と端をつかみ広げて、軽く会釈した。
「私もはじめましてだわね、私はナルコ、大人しくしてくれれば命だけは助けてあげるわ」
「新鮮な処女の血だわあああん」
「この場を汚すと証拠隠滅が大変です」
「さあさ、行きましょおおおん、月がよく見える所が良いわあああん」
イロホはローリの手を組み部屋から出た。
ナルコも出ていき暗闇と静寂に包まれた。
「月がよく見える所?」
ネニュファールは復唱した。
ローリは右へ左へ引っ張られて外に出た。
「本当は十才の子から選ぼうとしていたのよ、でも、誰も選ばれなかった、あなたは特別ね」
「直感で九才の子を選んで正解だったわあああん。はあ、いい匂いだわあああん」
イロホはハアハアと息巻いている。シヨンヌに近しいものを感じた。
「姉貴がいるわあああん」
「メイホさん」
白い着物を着て白い髪をした、片目金色でもう片目の赤色の少女がいた。華奢な体の女性のようだ。
ここには青いシートが敷かれていた。
「さて、かぶりついたら頸動脈切って死んじゃうから、この輸血用パックに血をもらうわ」
ナルコはシリンジと翼状針と採血バック、アルコール綿などをメイホから受け取った。
「貧血ギリギリまでとって、もし運悪く死んじゃったらどうしますか?」
「死んだら死体は私が連れて行くわ。月を見ながら、血を飲めるなんて最高じゃないのよ」
メイホはそういいながら頬を赤らめる。
ナルコは手袋をはめる。
「ネニュファール、ここで寝なさい。痛くても声を上げるんじゃないわよ」
「はい」
ローリはナルコの言うことを素直に聞いた。
「まどろっかしいわね。ゴブリンの血は……まずいし、でも魔法曲が解けたら厄介だわ」
メイホがブツブツと独り言のようにつぶやく。
ナルコは採血の準備をする。
「ゾンビにしたら肉を用意しないといけないわよおおおん」
イロホの言うことに、メイホは顔をしかめる。
そうこうしている間に準備が整った。駆血帯で腕を縛られ、アルコール綿で消毒、翼状針を刺された。血の濃さを見られていた。
「この子、半月だわ」
「ええええ?」
「ほら注射の跡消えてくわよ」
「ほう、バレてしまったわけか」
ローリの声に一同驚いたように振り返った。
「やっぱり殺すか誘拐するかしましょう」
「ほう、僕を殺すつもりかい? それでは僕が代わって、いただきます」
ローリの体が光を包んで大きなフェレットに変わる。
「ひいいいいん」
イロハが落とした袋から白いライオンと白い、耳の立っているうさぎの人形が出てきた。
「あたしには処女の血という最強なアイテムがあるわあああん」
イロハはローリに付いていた翼状針の三方活栓で血を取ると飲み込んだ。
「まずうううう? かっかっぺええええん」
「お前、男か!」
メイホはイロハの落とした人形を二つ大事に抱えると逃げ出す。
「姉貴いいいん! 待ってええええん」
イロハの頭が無くなった。
ローリはペッとしゃれこうべを吐き出す。
しかしまだイロハの体は動いている。
ローリはイロハにパンチして体を粉々にする。心臓も潰したはずだったが、ぼんやり光を放ち、体は再生していく。
「ネニュファール、あなたのことはよく覚えておくわ。イロハ月影モードオンよ!」
「はああああん」
イロハから一瞬眩しい光を放たれた。
ホワイトタイガーになった。大きさは普通のライオンと同じくらいだ。
(そうだ、あの人形は心臓が入っているのではないか?)
「ふふふ、さらばだわ、オーホホホ」
メイホがライオンにまたがずに乗ると高笑いした。
ドン!
いきなり後ろで爆発音がなった。
ローリは派手に撃ったなと思い、嗅覚で誰がいるのかすぐわかったので振り返らずに、人間の姿に戻った。
「な、何よ!? イロハ動きなさい」
メイホの声は事切れたイロハには届かない。
「ネニュファール!」
「ローリ様。心配で、いても立ってもいられずに……、ごめんなさい」
ライフルを手にしたネニュファールだった。しょんぼりしている。
ぬいぐるみのライオンに貫通した穴があった。
「仕方ないわね」
メイホは光を放って変身をとげた。三メートルはありそうな月影のジャックうさぎだ。口に先程の人形を入れている。
「ネニュファール、狙えるか?」
「ええ、期待はしないでください」
ネニュファールの銃弾は跳ね返された。うさぎの飛ぶ速度が速すぎて弾き返された。
跳ね返るようにジグザグに飛んで逃げる月影ジャックうさぎ。施設の壁をやすやすと飛び越える。
「硬いですし、これはよろしくないですわ」
「しょうがない。また来たらわかるように、顔と月影化したうさぎを指名手配しておこう。しかし、ネニュファール、君のおかげで一体倒すことができたよ、ありがとう」
「あ、あり、ありがとうございますわ」
ネニュファールは泣いている。
ローリにはなぜ泣いているのかがわからなかったが後になってわかった。
(怖かったのだろうな)
「ネニュファール、何か曲を弾こう。あの血溜まり、なんとかしなくては。僕の顔も血が付いていて不快だよ」
「……はい!」
「好きな曲は?」
「えっと、えっと、ローリ様って弾けない曲ありますの?」
「大体は網羅している」
「美女と野獣はいかがですか?」
「任せたまえ。ネニュファールはセカンドを弾いてもらおう」
「もちろんですわ」
「「パース」」
二人の前に箱が出てくる。
ネニュファールの箱は下半分が白くて上半分が水色のキラキラ光る海のような箱だった。
ローリの箱はルービックキューブのような箱だ。
「「ウォレスト」」
ネニュファールの持っていたライフルがニッケルハルパに変わる。
ローリの前にバイオリンが出てきた。ローリのバイオリンの上下させるアクションで曲が始まる。
♪
音と音が繋がり合う感覚がネニュファールの脳髄を刺激し、ドーパミンを出していた。
キラキラしていたような曲が終わる。
ネニュファールはぼんやりと遠くを見つめる。
(弾いた後の感触が忘れられないのか)
ローリはネニュファールのことを凝視する。
「大丈夫かい?」
「はい」
「翔べるかい?」
「もちろんですわ。ですが、魅了にかかった人たちはどうなるのでしょう」
ネニュファールは尻餅をついて固まっているナルコを見た。
「記憶が無くなる。治るのは三時間後くらいかな。……おっと、二十一時すぎてる。早いとこ城に戻らなくては」
ローリはついでにネニュファールの分身の作り方も教えた。
「わかりましたわ」
「ナルコさんの記憶も消えるから安心してくれたまえ」
「ええ。皆無事ですわね、良かったですわ」
「また来るよ、多分メイホを従えているボスがいるはずだから十分注意するように」
「ありがとうございますわ」
「では、お城の裏の窓まで。僕がフェレットになって誘導するよ。手の動きで」
「それでは」
ネニュファールは体を丸めながら光を放つ。
ミミズクになった。
ローリも小さくなるために丸くなりながら光った。
フェレットになった。
ネニュファールはローリの背中を足でホールドして翔び立つ。
風が巻き起こった。
暗闇をネオンが照らして町がはるか下でギラギラと輝いていた。城までたいして時間がかからなかった。城の周りを回りながら、開いている窓を探した。
「ローリ様」
ローリの分身は一階の窓から、手を降っていた。
「僕はこの飲んだくれの分身を消すから。君はその姿のまま施設まで帰りたまえ」
ローリは人間の姿に瞬時に戻り、酒瓶を振り回し、赤くなっている偽のローリにデコピンする。分身はシュルシュルとしぼんで消えた。
「ホッホッホッ」
ネニュファールは一鳴きすると、舞い戻っていった。
(いやー、十二才の僕が酒飲む設定にしたら、明日から気まずいではないか)
ローリはこのようなことを考えると、歯を磨いて寝ることにした。
洗面所まで歩くとルナナに声をかけられた。
「陛下、酔いは覚めましたでしょうか?」
「僕は酔っていて覚えてないのだが、ちなみに僕は何をしていたんだい?」
「見事な腹芸でしたよ。お食事も国王のまえで大はしゃぎで食べてましたよ。はじめ、酒は国王様の注がれたワインを飲まれて酔いはじめ、城中の酒を持ってこさせられました。国王様も飲めや歌えのどんちゃん騒ぎでした」
「父上ーー、……はあ」
「陛下もおちゃめなところがおありで何よりです」
「全て忘れてくれたまえ」
「あと、僕がシラフの時渡してほしいと、これを」
ルナナは恥ずかしそうに、そして気まずそうにその物を渡した。
「チョコペニ○ンじゃないか」
そのチョコとミックスカラースプレーのついたペニ○ンの、下の方に付箋が丸くつけられており、『捨てたらどうなるかわかってるな』と書かれてあった。
ローリは崩れ落ちる。
(シヨはやりたい放題だったということか)
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。



せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる