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第2章 ローリの歩く世界
6 10年前のルフランとネニュファール
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十年前
ローリはその日、馬車に乗せられていた。クライスタルとフェルニカへ遠征に行った時のことだった。 十二才だった。
クライスタルでは歓迎されたが、フェルニカはクライスタルと打って変わって、船で着いた瞬間から、馬車へ、住民に遠くから生卵や小石を投げられたりした。ローリには当たらなかったがローリが卵が嫌いな理由の一つだった。
リコヨーテの人間が通るたび、シャッターを降ろされ雨戸を閉められた。
そして、国王ユズキ=クロスカと女王イッヒとの対面。国王と女王は優しかった。王子の台座もあって、六才のタイガツが座っていた。
タイガツは初め、町の人と同じく邪険にローリを扱ってきた。小さな声でローリに「悪魔だ」と言ってきた。
ローリは意に介さない態度で望んだ。すると、タイガツはつまらなさそうにしながらもローリの両親とタイガツの両親の話を聞いていた。そして最終的にはローリと会話する仲になっていた。
「ローレライっていくつなの」
「十二才です」
「親父、ローレライと遊んでもいい?」
「城から出るなよ」
「タイガツ君、行きましょうか」
そして、タイガツと魔法曲対決したこと、無論ローリの方が勝ったこと。ローリはそんな話を覚えている。
船に乗って帰る頃にはタイガツと仲良しになっていて、タイガツが涙したのが懐かしい。
そして、帰りの船が難破した――。
「イルカの月影だ」
大型船の脇の海に背びれが見える。そして、その影は船にのしかかってきた。
その時、ローリはその姿を眼前ではっきり見る事ができた。
十メートルはある。獰猛そうな赤い目をしている。大きな口だ、これでは一噛みで、あの世行きだ。
船がコントロールを失って破壊される。
2つに分岐していく船。
ローリは反射的にマストを掴んでいた。そこから二つに割かれているようだった。
(水の世界まで、すぐだった)
そう思ったら体が不意に浮いた。
音が聞こえる。
トロンボーンのシの音だ。
べーーーー!
体にひんやりしたものが当たる。船の割れていた板が縮小し始めていく。
正体は氷だった。
ローリの父、ラウレスクがトロンボーンを吹いていた。長い銀色の髪が海風に流されていて綺麗だった。
♪
ローリの母、ルコもバイオリンでベートーヴェンの交響曲第六番、田園、第三楽章を弾いている。
音が増えていく。
船が直っていく。
ローリは様子を見守るだけしかできなかった。
べーーーー!
シャアアアア
トロンボーンの音がして月影の悲鳴が聞こえてきた。
海を見ると、いつの間にかイルカの月影の腹に大きな氷の刃が刺さっていて、海が血に染まっていた。
べーーーー!
ラウレスクのトロンボーンからもう一撃鋭利な氷の塊が放たれて、イルカの月影の頭に刺さった。
血が金貨、銀貨、銅貨、装飾品、宝石 貴金属に変わっていく。
何度もラウレスクが氷を生成し飛ばしている。
気がつけば皆武楽器と箱を出して弾いたり、吹いたりしていた。
オーケストラが完成していた。
金貨が船に山のように積まれていく。
(まるで宝船のようだ)
ローリはゆらゆら揺れる船の上で馬車が壊れているのが見えた。
「ホーホー」
二人の御者が四匹の暴れ馬をなだめている。馬は今にもどこかへ飛んでいくような感じがする。
「僕も手伝うよ」
ローリは御者から一頭、馬を預かるとなだめ始めた。
「ホーホー」
馬は静かになっていく。
「王子、さすがでございます」
「それほどでもないよ」
御者に言われローリは首をかく。
「だいぶ流されたな」
ラウレスクはいつの間にかタバコを咥えて言った。
「南東から行きましょう」
「ふむ」
「面舵一杯」
「オモ―カージ」
「モードセ」
「百八十度ヨーソロー」
色々な掛け声がローリの頭の上を通り過ぎる。
海上から地面にたどり着くのは三十分位かかった。
船の輸出した空のワイン樽の置き場になにか乳製品のような匂いがする。
ローリは足音を忍ばせて見に行く。
「赤ちゃんだ」
こんな事があったのに、布にくるまった赤子がスヤスヤと眠っている。布に小さな紙きれが挟んである。銀色の髪をはやしていて柔らかい。
(この子の名前はルフランです。どうかいい人に拾われてください)
ローリが見たのは書きなれていないような雑の日本語だった。ローリが日本語を読めたのは日本の小説をよく読んでいるためだった。
「ルフラン? なんて身勝手な? 何だって言うのかい? 育てろというのかい?」
ローリは怒りにくれて叫ぶとルフランは目を覚ました。
「オギャー」
「大丈夫、君に怒ってないよ」
ローリは泣くルフランをあやす。
ルフランはすぐに泣き止んだ。抱き上げるとずっしりと十二才のローリには重たく感じた。
「誰か居るかい?」
ローリは赤ん坊を抱えて、表へ出た。
「王子様、その子は?」
ローリより遥かに年を取っている筋肉隆々のメイドが尋ねる。
「僕にもよくわからない。ルフランという名だそうだよ」
「誰かフェルニカの人が置き去りにしたのですかねー」
「ルナナ、赤ちゃんを頼む」
「かしこまりました、おーよちよち」
ルナナと呼ばれたメイドはお下げ髪を、あやしているルフランに引っ張られて、苦痛の表情へ変わる。
ルフランは笑っている。
「ここにいてくれるかい? 僕は母上に報告してくる」
ローリはデッキにいるルコを連れて戻ってくる。
「母上話があります。~~~~というわけです」
「赤ちゃんを置いていったのは誰かしらね」
ルコは怒り心頭して言葉がそれ以外出てこなくなった。
しかし、ルフランをみて、優しげな顔に変わった。
「この子、将来大物になるわね。二重だし、瞳もきれいな水色だわ。管理下の乳児院に入れましょ」
「可愛いですよね、僕と違って」
「やだわ、ヤキモチ焼いてるの?」
「いやいや、別にそういう意味では」
「心配しなくても、あなたが一番よ、ローレライ」
「僕のことをローレライと、呼ぶのをやめてもらいたいのですが」
「あなたはローレライ・スターリングシルバーなのよ、何が不満なの、可愛いわね」
「聞き入れてくれないのならいいです」
「どこ行くの?」
「赤ちゃんは母上に任せます」
ローリは船を降りて草原の広がる土に足を踏み入れた。いわゆる平原だ。
「ここの馬車は壊れちまったが、馬とセットになっていない馬車なら用意できますぜ」
「よきかな、よろしく頼むぞ」
「へい、旦那様。パース」
太っていて、スキンヘッドの、いかにもチンピラそうな中年の男性が大きな箱を出した。十メートルほどだ。腰みのをつけていて一見トロールに見える人間だ。
「報酬はついてから渡そう」
「縄をひいてくれる人はいますかね? 一人じゃ取り出せねえものでして」
「ルナナ、ネムサヤ、ドーリー、任せてくれるか?」
「はい、任せてください」
「ほう、頼もしいものだ」
ラウレスクが言っている最中に馬車を縄で結ぶ。四輪の馬車だ。
「すいやせん、あいにく、四輪は一台しか持ってきていやせん」
「馬は無事なのだろうな」
「へ、へい」
「女子供が馬車に乗りなさい」
ラウレスクは落ち着き払った声を上げた。
「父上、僕、馬に乗ってみたいです」
ローリは感慨深く言う。
「危ない事するんじゃないわよ」
「父上の前に乗れば落ちることないでしょう?」
「ふむ、まあ、よいか」
「ラウレスク」
「よいではないか、それに吾輩も馬術を学んだのは十の年位であった」
「耐え難き幸せです」
ローリはかしこまって頭をさげる。
「ローレライ、家族だろう、かしこまらんでいい」
「はい」
ローリはラウレスクに模倣した乗り方で赤と黒の目をした馬に乗る。
馬の鞍に足腰をセットすると、ゆっくり馬が進みだした。
臨機応変に体重移動しないと、落馬してしまいそうだ。鐙は二足のタンデムサドルで鞍はローリが座っている。
「僕の乗り方あってますか?」
「ローレライ、前を見ろ。足元は吾輩がどうにでもするから」
「わあ」
ローリは目の前の光景を見た。
緑の花々が獣道を彩るように咲いていた。しばらくすると、黄色一色のひまわり畑が見えてきた。
「父上、すごくいい匂いがします。ああっ! あれは桜?」
出会いは突然訪れる。
(狂い咲きしたしだれ桜?)
ローリにそう思わせるほど彼女は美しく気高く立っていた。
「君は何者だい?」
ローリは彼女に声をかけた。気がつけば、馬から降りていた。
よく見るとその少女は靴を履いておらず、白色のワンピースも汚れていて、みすぼらしい格好で立っていた。ただ、高価そうなニッケルハルパを手にしている。身長はローリの百四十センチより少し低いくらいだ。髪は長く、腰辺りまである。
「ただの孤児だろう、行くぞ、ローレライ」
「待ってください」
「一曲、三百ペドル」
「わかった、その代わり君の名前を教えて」
「わたくしはネニュファールと言いますの」
「ネニュファールか、僕は王子というのは建前で……本当はローリって呼んでくれたまえ」
ローリはそう耳打ちした。
「弾きますの」
「先払いではなくていいのかい?」
「このようなお方に約束を反故する人はおりませんもの。……改めて、ブルドポルスカ」
♪
ネニュファールの目の色が変わったように感じられた。無様な格好からは想像できない綺麗な音の連続に、ローリはインパクトを受けた。
最後の音で全てまとまった。
「あの、終わりましたわ?」
「……あ、うん」
ローリは聞き惚れていた世界から実世界に呼び戻されたようだった。
「金貨三百枚でいいかい?」
「金貨三枚でいいですわ」
「君の演奏はもっと価値がある。君のことあまり良く知らないけど音楽のセンスはかなりある、僕の今までの経験が自負している。ネニュファール、君はもっと上流階級の人間として生きなくてはならないと。おっと、そういえば君のご両親はどこかな?」
「月影に殺されましたわ」
「両親とも? 他に家族は?」
「全員殺されて、ひまわり畑で暮らしてますの」
ネニュファールは伏し目がちに答える。
「君は貴族出身だろう」
「そうですわ、今は落ちぶれてますけれど」
「君のこと、こんなところに置いておけない。父上、彼女を連れて帰って使用人にしてもらえないか?」
「こんなに若い使用人、うちにはおけないね」
「児童養護施設で八年間面倒を見させてから、マナーやなんかのテストをして、合格したら、使用人にしませんか?」
「どうしてもこの子を連れて行くのかい?」
「お願いします」
ローリはルコに頭を下げる。
「君、いくつ?」
「九才でございますわ」
「どこの家柄だい?」
「ラインコット家ですわ。ネニュファール・ラインコットが本名でございますわ」
「滅んだと噂されている、あのラインコット家か」
「いいじゃない。この子も可愛いし、ローリも惚れちゃったようだわね」
「べ、別に惚れたのはニッケルハルパの腕ですよ」
「ふむ。そこまで言うのなら、馬車にお入り。ローリも馬に乗るのだろう。早く用意してくれるか」
「どうぞ」
「……」
ネニュファールは黙ってローリの差し出した手とローリの表情を伺っている。
「大丈夫だよ、僕が君を守るから」
ローリの言葉に張り詰めていた糸が切れるかのようにネニュファールは泣きじゃくった。
「ううええん」
「泣いてる暇はない。十秒待ってやる、数えるうちに来るか来ないかはそなた次第だ。十」
ラウレスクはどっしりと構えている。
「九」
「行こうよ、ネニュファール。あ、パース。僕のハンカチあげるね」
ローリは箱を出して中にあるハンカチを取り出すと、ネニュファールの涙を拭った。
「ありがとう……ございますわ」
「来てくれるかい?」
「はい」
ネニュファールはローリの手を握り、馬車に乗り込んだ。着の身着のまま世界が変わることがネニュファールには到底考えられなかった。
ローリも馬車に乗ることになった。馬に乗っていた、足腰の痛みは引いていった。
「この先、西に少し行くと、小さな村がありますわ。リュスの村ですわね」
「寄っていってもいいんじゃないかしら? 馬も疲労してそうだわね」
「そうだな」
「それにネニュファールも洗って着替えないと。獣臭いったらありゃしないわ」
「すみません」
「ネニュファールを責めなくても」
「致し方なかろう」
「そうだわ、パース」
ルコは箱の中から香水の小さなボトルを取り出すとネニュファールにかけはじめる。
「今度は香水臭いな」
「いいのよ、香水臭いほうがマシよ」
「自分も香水臭いんですけどね」
「ローレライちゃん、随分と強気ね? この女、むち打ちの刑に処すられたいのかしら」
「すみませんでした、母上。僕が罰を受けますので勘弁してください」
「まあ、この子もあなたもロリータファッションできるから特別にいいわ」
「はあ」
ローリがため息を付いてから五分後、農村に到着した。簡素な家々や畑が生い茂っていて、言うまでもなく田舎だ。しかし八百屋があり、肉や魚も売られている。
コケコッコー
どこからともなく鶏の鳴き声がする。
「旅のお方達。こんなへんぴなところまで、ようこそ」
長い白いひげを生えた高齢の男性が声をかけてきた。
テントの露天商が多い村だ。
「この辺で少しの間、休めるところを探しているのだが」
「ええ、あっしの家が宿屋を営んでいるので案内しますよ」
白ひげの男はニッコリと笑う。
「泊まるわけじゃないわよ?」
「ええ、ええ、料理だけでも食べていってくだせえ」
「相わかった。それと馬に水を。あと、この子も洗って新しい服に着替えさせておくように頼む」
ラウレスクはオッドアイの馬から降りる。
「服屋はあるのかい?」
ローリが口を挟む。
「あっしが案内します」と白ひげの男はまたしてもニコニコしている。
「馬に水をあげている間に、仕立て屋にネニュファールと行ってきても構いませんか?」
「いけない。護衛をつけろ」
「そうしましたらルナナと行きます、女性ですから一応」
「坊っちゃん、失礼な口ききますね」
「はっはっは、冗談だよ」
「イセリも同行させよう。多分センスの良さはピカイチだ」
「お褒めの言葉しかと受け取ります、ありがとうございます」
イセリはきれいな金髪をなびかせて言った。十八歳の肌の白い、青い目をした女性だ。三年ほど王城の護衛隊兼メイドだ。
イセリは聞くところ腕の立つ剣士らしいので、ローリは手合わせ願いたいと思っている。
「それでは向かおう」
「「「はい」」」
仕立て屋のある丘はすぐそこだった。店内に入る。
「すみませんが、この子に合う服ありませんか?」
イセリが先立って告げる。
「あらあら、可愛いお客さん達ね、ありますよ」
ローリはその日、馬車に乗せられていた。クライスタルとフェルニカへ遠征に行った時のことだった。 十二才だった。
クライスタルでは歓迎されたが、フェルニカはクライスタルと打って変わって、船で着いた瞬間から、馬車へ、住民に遠くから生卵や小石を投げられたりした。ローリには当たらなかったがローリが卵が嫌いな理由の一つだった。
リコヨーテの人間が通るたび、シャッターを降ろされ雨戸を閉められた。
そして、国王ユズキ=クロスカと女王イッヒとの対面。国王と女王は優しかった。王子の台座もあって、六才のタイガツが座っていた。
タイガツは初め、町の人と同じく邪険にローリを扱ってきた。小さな声でローリに「悪魔だ」と言ってきた。
ローリは意に介さない態度で望んだ。すると、タイガツはつまらなさそうにしながらもローリの両親とタイガツの両親の話を聞いていた。そして最終的にはローリと会話する仲になっていた。
「ローレライっていくつなの」
「十二才です」
「親父、ローレライと遊んでもいい?」
「城から出るなよ」
「タイガツ君、行きましょうか」
そして、タイガツと魔法曲対決したこと、無論ローリの方が勝ったこと。ローリはそんな話を覚えている。
船に乗って帰る頃にはタイガツと仲良しになっていて、タイガツが涙したのが懐かしい。
そして、帰りの船が難破した――。
「イルカの月影だ」
大型船の脇の海に背びれが見える。そして、その影は船にのしかかってきた。
その時、ローリはその姿を眼前ではっきり見る事ができた。
十メートルはある。獰猛そうな赤い目をしている。大きな口だ、これでは一噛みで、あの世行きだ。
船がコントロールを失って破壊される。
2つに分岐していく船。
ローリは反射的にマストを掴んでいた。そこから二つに割かれているようだった。
(水の世界まで、すぐだった)
そう思ったら体が不意に浮いた。
音が聞こえる。
トロンボーンのシの音だ。
べーーーー!
体にひんやりしたものが当たる。船の割れていた板が縮小し始めていく。
正体は氷だった。
ローリの父、ラウレスクがトロンボーンを吹いていた。長い銀色の髪が海風に流されていて綺麗だった。
♪
ローリの母、ルコもバイオリンでベートーヴェンの交響曲第六番、田園、第三楽章を弾いている。
音が増えていく。
船が直っていく。
ローリは様子を見守るだけしかできなかった。
べーーーー!
シャアアアア
トロンボーンの音がして月影の悲鳴が聞こえてきた。
海を見ると、いつの間にかイルカの月影の腹に大きな氷の刃が刺さっていて、海が血に染まっていた。
べーーーー!
ラウレスクのトロンボーンからもう一撃鋭利な氷の塊が放たれて、イルカの月影の頭に刺さった。
血が金貨、銀貨、銅貨、装飾品、宝石 貴金属に変わっていく。
何度もラウレスクが氷を生成し飛ばしている。
気がつけば皆武楽器と箱を出して弾いたり、吹いたりしていた。
オーケストラが完成していた。
金貨が船に山のように積まれていく。
(まるで宝船のようだ)
ローリはゆらゆら揺れる船の上で馬車が壊れているのが見えた。
「ホーホー」
二人の御者が四匹の暴れ馬をなだめている。馬は今にもどこかへ飛んでいくような感じがする。
「僕も手伝うよ」
ローリは御者から一頭、馬を預かるとなだめ始めた。
「ホーホー」
馬は静かになっていく。
「王子、さすがでございます」
「それほどでもないよ」
御者に言われローリは首をかく。
「だいぶ流されたな」
ラウレスクはいつの間にかタバコを咥えて言った。
「南東から行きましょう」
「ふむ」
「面舵一杯」
「オモ―カージ」
「モードセ」
「百八十度ヨーソロー」
色々な掛け声がローリの頭の上を通り過ぎる。
海上から地面にたどり着くのは三十分位かかった。
船の輸出した空のワイン樽の置き場になにか乳製品のような匂いがする。
ローリは足音を忍ばせて見に行く。
「赤ちゃんだ」
こんな事があったのに、布にくるまった赤子がスヤスヤと眠っている。布に小さな紙きれが挟んである。銀色の髪をはやしていて柔らかい。
(この子の名前はルフランです。どうかいい人に拾われてください)
ローリが見たのは書きなれていないような雑の日本語だった。ローリが日本語を読めたのは日本の小説をよく読んでいるためだった。
「ルフラン? なんて身勝手な? 何だって言うのかい? 育てろというのかい?」
ローリは怒りにくれて叫ぶとルフランは目を覚ました。
「オギャー」
「大丈夫、君に怒ってないよ」
ローリは泣くルフランをあやす。
ルフランはすぐに泣き止んだ。抱き上げるとずっしりと十二才のローリには重たく感じた。
「誰か居るかい?」
ローリは赤ん坊を抱えて、表へ出た。
「王子様、その子は?」
ローリより遥かに年を取っている筋肉隆々のメイドが尋ねる。
「僕にもよくわからない。ルフランという名だそうだよ」
「誰かフェルニカの人が置き去りにしたのですかねー」
「ルナナ、赤ちゃんを頼む」
「かしこまりました、おーよちよち」
ルナナと呼ばれたメイドはお下げ髪を、あやしているルフランに引っ張られて、苦痛の表情へ変わる。
ルフランは笑っている。
「ここにいてくれるかい? 僕は母上に報告してくる」
ローリはデッキにいるルコを連れて戻ってくる。
「母上話があります。~~~~というわけです」
「赤ちゃんを置いていったのは誰かしらね」
ルコは怒り心頭して言葉がそれ以外出てこなくなった。
しかし、ルフランをみて、優しげな顔に変わった。
「この子、将来大物になるわね。二重だし、瞳もきれいな水色だわ。管理下の乳児院に入れましょ」
「可愛いですよね、僕と違って」
「やだわ、ヤキモチ焼いてるの?」
「いやいや、別にそういう意味では」
「心配しなくても、あなたが一番よ、ローレライ」
「僕のことをローレライと、呼ぶのをやめてもらいたいのですが」
「あなたはローレライ・スターリングシルバーなのよ、何が不満なの、可愛いわね」
「聞き入れてくれないのならいいです」
「どこ行くの?」
「赤ちゃんは母上に任せます」
ローリは船を降りて草原の広がる土に足を踏み入れた。いわゆる平原だ。
「ここの馬車は壊れちまったが、馬とセットになっていない馬車なら用意できますぜ」
「よきかな、よろしく頼むぞ」
「へい、旦那様。パース」
太っていて、スキンヘッドの、いかにもチンピラそうな中年の男性が大きな箱を出した。十メートルほどだ。腰みのをつけていて一見トロールに見える人間だ。
「報酬はついてから渡そう」
「縄をひいてくれる人はいますかね? 一人じゃ取り出せねえものでして」
「ルナナ、ネムサヤ、ドーリー、任せてくれるか?」
「はい、任せてください」
「ほう、頼もしいものだ」
ラウレスクが言っている最中に馬車を縄で結ぶ。四輪の馬車だ。
「すいやせん、あいにく、四輪は一台しか持ってきていやせん」
「馬は無事なのだろうな」
「へ、へい」
「女子供が馬車に乗りなさい」
ラウレスクは落ち着き払った声を上げた。
「父上、僕、馬に乗ってみたいです」
ローリは感慨深く言う。
「危ない事するんじゃないわよ」
「父上の前に乗れば落ちることないでしょう?」
「ふむ、まあ、よいか」
「ラウレスク」
「よいではないか、それに吾輩も馬術を学んだのは十の年位であった」
「耐え難き幸せです」
ローリはかしこまって頭をさげる。
「ローレライ、家族だろう、かしこまらんでいい」
「はい」
ローリはラウレスクに模倣した乗り方で赤と黒の目をした馬に乗る。
馬の鞍に足腰をセットすると、ゆっくり馬が進みだした。
臨機応変に体重移動しないと、落馬してしまいそうだ。鐙は二足のタンデムサドルで鞍はローリが座っている。
「僕の乗り方あってますか?」
「ローレライ、前を見ろ。足元は吾輩がどうにでもするから」
「わあ」
ローリは目の前の光景を見た。
緑の花々が獣道を彩るように咲いていた。しばらくすると、黄色一色のひまわり畑が見えてきた。
「父上、すごくいい匂いがします。ああっ! あれは桜?」
出会いは突然訪れる。
(狂い咲きしたしだれ桜?)
ローリにそう思わせるほど彼女は美しく気高く立っていた。
「君は何者だい?」
ローリは彼女に声をかけた。気がつけば、馬から降りていた。
よく見るとその少女は靴を履いておらず、白色のワンピースも汚れていて、みすぼらしい格好で立っていた。ただ、高価そうなニッケルハルパを手にしている。身長はローリの百四十センチより少し低いくらいだ。髪は長く、腰辺りまである。
「ただの孤児だろう、行くぞ、ローレライ」
「待ってください」
「一曲、三百ペドル」
「わかった、その代わり君の名前を教えて」
「わたくしはネニュファールと言いますの」
「ネニュファールか、僕は王子というのは建前で……本当はローリって呼んでくれたまえ」
ローリはそう耳打ちした。
「弾きますの」
「先払いではなくていいのかい?」
「このようなお方に約束を反故する人はおりませんもの。……改めて、ブルドポルスカ」
♪
ネニュファールの目の色が変わったように感じられた。無様な格好からは想像できない綺麗な音の連続に、ローリはインパクトを受けた。
最後の音で全てまとまった。
「あの、終わりましたわ?」
「……あ、うん」
ローリは聞き惚れていた世界から実世界に呼び戻されたようだった。
「金貨三百枚でいいかい?」
「金貨三枚でいいですわ」
「君の演奏はもっと価値がある。君のことあまり良く知らないけど音楽のセンスはかなりある、僕の今までの経験が自負している。ネニュファール、君はもっと上流階級の人間として生きなくてはならないと。おっと、そういえば君のご両親はどこかな?」
「月影に殺されましたわ」
「両親とも? 他に家族は?」
「全員殺されて、ひまわり畑で暮らしてますの」
ネニュファールは伏し目がちに答える。
「君は貴族出身だろう」
「そうですわ、今は落ちぶれてますけれど」
「君のこと、こんなところに置いておけない。父上、彼女を連れて帰って使用人にしてもらえないか?」
「こんなに若い使用人、うちにはおけないね」
「児童養護施設で八年間面倒を見させてから、マナーやなんかのテストをして、合格したら、使用人にしませんか?」
「どうしてもこの子を連れて行くのかい?」
「お願いします」
ローリはルコに頭を下げる。
「君、いくつ?」
「九才でございますわ」
「どこの家柄だい?」
「ラインコット家ですわ。ネニュファール・ラインコットが本名でございますわ」
「滅んだと噂されている、あのラインコット家か」
「いいじゃない。この子も可愛いし、ローリも惚れちゃったようだわね」
「べ、別に惚れたのはニッケルハルパの腕ですよ」
「ふむ。そこまで言うのなら、馬車にお入り。ローリも馬に乗るのだろう。早く用意してくれるか」
「どうぞ」
「……」
ネニュファールは黙ってローリの差し出した手とローリの表情を伺っている。
「大丈夫だよ、僕が君を守るから」
ローリの言葉に張り詰めていた糸が切れるかのようにネニュファールは泣きじゃくった。
「ううええん」
「泣いてる暇はない。十秒待ってやる、数えるうちに来るか来ないかはそなた次第だ。十」
ラウレスクはどっしりと構えている。
「九」
「行こうよ、ネニュファール。あ、パース。僕のハンカチあげるね」
ローリは箱を出して中にあるハンカチを取り出すと、ネニュファールの涙を拭った。
「ありがとう……ございますわ」
「来てくれるかい?」
「はい」
ネニュファールはローリの手を握り、馬車に乗り込んだ。着の身着のまま世界が変わることがネニュファールには到底考えられなかった。
ローリも馬車に乗ることになった。馬に乗っていた、足腰の痛みは引いていった。
「この先、西に少し行くと、小さな村がありますわ。リュスの村ですわね」
「寄っていってもいいんじゃないかしら? 馬も疲労してそうだわね」
「そうだな」
「それにネニュファールも洗って着替えないと。獣臭いったらありゃしないわ」
「すみません」
「ネニュファールを責めなくても」
「致し方なかろう」
「そうだわ、パース」
ルコは箱の中から香水の小さなボトルを取り出すとネニュファールにかけはじめる。
「今度は香水臭いな」
「いいのよ、香水臭いほうがマシよ」
「自分も香水臭いんですけどね」
「ローレライちゃん、随分と強気ね? この女、むち打ちの刑に処すられたいのかしら」
「すみませんでした、母上。僕が罰を受けますので勘弁してください」
「まあ、この子もあなたもロリータファッションできるから特別にいいわ」
「はあ」
ローリがため息を付いてから五分後、農村に到着した。簡素な家々や畑が生い茂っていて、言うまでもなく田舎だ。しかし八百屋があり、肉や魚も売られている。
コケコッコー
どこからともなく鶏の鳴き声がする。
「旅のお方達。こんなへんぴなところまで、ようこそ」
長い白いひげを生えた高齢の男性が声をかけてきた。
テントの露天商が多い村だ。
「この辺で少しの間、休めるところを探しているのだが」
「ええ、あっしの家が宿屋を営んでいるので案内しますよ」
白ひげの男はニッコリと笑う。
「泊まるわけじゃないわよ?」
「ええ、ええ、料理だけでも食べていってくだせえ」
「相わかった。それと馬に水を。あと、この子も洗って新しい服に着替えさせておくように頼む」
ラウレスクはオッドアイの馬から降りる。
「服屋はあるのかい?」
ローリが口を挟む。
「あっしが案内します」と白ひげの男はまたしてもニコニコしている。
「馬に水をあげている間に、仕立て屋にネニュファールと行ってきても構いませんか?」
「いけない。護衛をつけろ」
「そうしましたらルナナと行きます、女性ですから一応」
「坊っちゃん、失礼な口ききますね」
「はっはっは、冗談だよ」
「イセリも同行させよう。多分センスの良さはピカイチだ」
「お褒めの言葉しかと受け取ります、ありがとうございます」
イセリはきれいな金髪をなびかせて言った。十八歳の肌の白い、青い目をした女性だ。三年ほど王城の護衛隊兼メイドだ。
イセリは聞くところ腕の立つ剣士らしいので、ローリは手合わせ願いたいと思っている。
「それでは向かおう」
「「「はい」」」
仕立て屋のある丘はすぐそこだった。店内に入る。
「すみませんが、この子に合う服ありませんか?」
イセリが先立って告げる。
「あらあら、可愛いお客さん達ね、ありますよ」
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