スイセイ桜歌

五月萌

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第2章 ローリの歩く世界

4 メイホのタクト

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 そう、ネニュファールが言ったのが合図であったかのごとく、陵の血が背中から滝のように流れていく。
 ローリは固く口を閉ざした。

「ネニュファール、らしくないよ。まったくもう」
「そうだぞ、あんなに仲良かったのに、そんな言い方」
「ネニュファールがいなくなるなら、ロー君は完全にわしのものじゃの」
「ちょっとガウカ」
「いいんですわ、どうせ太陽光で死んでしまう、儚いものなのですから」
「抗ウイルス剤を、見つける、……古今東西探してでも。このゾンビウイルスをこの世から無くしてみせるよ。ネニュファール、君にはすまないことをした」
「ローリ様」
「まったくもう、喧嘩は帰ってからね!」
「わかりましたわ」
「色々、巻き込んですまない」
「いいって。これから一緒に旅するんだから」
「旅というよりかは金稼ぎだね」

 美優が会話に混ざる。

「行くぞ皆」

 太陽は発破をかける。
 美優が案内役をして、すたすたと速歩きでクライスタルの会場まで急ぐ。

「お父さん、大丈夫かな」
「マリン分隊長の店行く?」
「いや、会場まで行って元凶を潰したほうが良いよ」
「おう」

 会話をしているうちに会場までだいぶ近づいたようだ。

「静かに。操られているふりをしてくれたまえ。武楽器は隠すか、消すか、してくれたまえ」
「操られているふりって?」
「ノロノロ動いて、従順なふりをすれば良いんだな?」
「そうだね、列に並んで自分が最前列になったらゾンビを倒そうか」
「オーケストラを殺っちゃっていい?」
「そうだね」
「オーケストラより周りのゾンビを私の炎で倒そうか?」
「いや、心臓さえ動いていたら燃えていても死なない。それをするなら、オーケストラに火の玉を放って演奏を止めてもらえるだろうか」
「わかった」
「月影のボスは俺が倒すよ」
「任せる、僕らは周りのゾンビを狩る」
 ローリ、ネニュファールが前を守りつつ進み、美優、太陽、サウカ、ガウカがあとを続く。
「行こう、手はにゃんこの手だぞ」

 太陽は幽霊のように手を突き出して歩く。

「ネニュファール、僕から離れないでくれるかい?」
「はい」

 あたりは提灯や懐中電灯、それから会場の天井のライトで明るくなっていた。
「日本の高校の体育館のようだ」と太陽が言った。
二十×二十五メートルくらいの広さだった。お宮参りのように並んでいる人々。遠くに緑色に変色したゴブリンのようなゾンビがいる。鼻がとがっていて、彗星証をつけている。会場の隅にヘッドライトのついたヘルメットを被っている。サロペットのズボンを着ていた。

「サウカ、狙えるか? あのゾンビが怪しい」
「狙うにはもっと近づかないといけません」

 ローリ達はオーケストラの人たちが見えたので、周りにいる人と同様にフラフラしながら前へ歩み出る。
 オーケストラは壇上にあがっていて、とりわけ指揮者が異彩を放っていた。真っ白な髪と着物と腕、横顔。女性の着物を着ているためおそらく女性の半月だ。
(あれが、この騒動を起こした張本人だ)
 太陽は電波でもはなたれているように体が硬直し始める。

「ビビっちゃだめだ。進め! 前へ」

 太陽は自分をいなすようにローリの肩に手をおいた。

「わかっているさ。どう切り刻もうか考えていただけだよ」

 前の方で悲鳴が聞こえる。断末魔の叫びのように。
 それでも誰も微動だにせず前へ直進している。操られているようだ。ブツブツと独り言を言う人も多くいる。
 バレてはいない、列の三分の二程進んだ。
 そしてついにあと三番目まできて、眼前にゾンビと月影の行なっていたことを見た。
 首に歯型をつけるようにゾンビが健常者を噛んでいる。健常者であった者はふらふらと逆進していってる。壁際に集まっているようだ。
ギャアアア

「「ウォレ」」

 ネニュファールとローリが刃物に楽器を変えた。
 ローリのバイオリンの剣が目の前のゾンビの心臓を切り裂いた。
グア
 ゾンビが倒れた。
 横でゾンビの生産を行なっているゾンビには気が付かれていない。
 ローリは音もなくスマートにゾンビの心臓を狩っていく。ゾンビ生産を行なっている四匹のうち二匹は倒したようだ。よくみると、その辺のゾンビが苦しがっているようだ。
 子供を噛んでいるゾンビをネニュファールが刃を突き刺し、殺した。
キャアアアアアアアアアアア
 女性の叫びのように少年のゾンビが叫んだ。

「くそ、もう見つかっちまった」

「「ウォレスト」」
 美優とサウカだ。
パーーーーーーーー!

 炎がトランペットのベルにあふれる。シとソの音だ。
 美優がトランペットのマウスピースから唇を外すと、火の玉が飛んで行った。
「パース・ストリングス」
「え?」

 美優は呆けた顔で彼女らを見た。
 指揮者の前に箱が出現している。白い色をペンキで雑に塗ったような緑色の箱だ。赤目の月影のゴブリンが出したようだった。
  真っ白い女性の指揮者は振り返った。片方赤い目でもう片方は金色の目をしていた。つまり、彼女は半月であるということがわかった。

「月影って、箱出せるの?」
「不可能ではないよ」
「ウォレスト」
 太陽はキーボード・ピアノを出して、音を立てた。
 グリッサンド奏法で針を周りに出現させると、再び音を込めた。針が半月の女性に飛んでいく。
「パース・ストリングス」
キンッキン
 文字通りタクトを振り、針をおおよそすべて叩き落とした。落とせなかったのは背後にいたゴブリンの箱に弾かれた針だけである。
 彼女は美しく、それがなおさら不気味であった。
 ゾンビが燃えている、それでも何人かは演奏する手は止まらない。
 サウカがオーケストラにいるゴブリンを一体、射止めていた。
「やあ、ご紹介している時間と意味はないのだよ、君には死んでもらおう」
 ローリとネニュファールは壇上に箱を出して登っていく。箱はジャックと豆の木のごとく伸びていく。二メートルほど伸びて止まった。
「そこの娘、もう感染者か、ふっ、残念ながらウイルスを消す薬など無い」

「君ができるのは嘆願だけだよ」
「それはこちらのセリフよ」

 月影はタクトを再び動かす。
 周囲の燃えているゾンビを盾に使う気で逃げていく。
 すると、ネニュファールの投げたナイフが彼女の左胸に刺さった。

「さようなら」
「それはあなたよ」
 白い女性の半月はニヤニヤ笑いながらネニュファールへタクトを突く動きをした。
「あ」

 ネニュファールは痙攣する。動けなくなり、前に倒れる。

「ウイルスに感染すれば、親玉の私が体を操作できるの。私の体の一部のように」
「ネニュファール」
「ローリ様……せめて、夢の中で……」
「わかっているよ、ネニュファール、愛している」

 ローリの腕の中で衰弱していくネニュファール。
 ローリはネニュファールの心拍数が減っていくのがわかる。
 ネニュファールは武楽器であるニッケルハルパの部品をエプロンのポケットから出されて、それを全体的に白い女性の半月の元へ投げさせられた。
 ネニュファールは一瞬、笑って、動かなくなった。

「パース」
 ネニュファールが入るほどの棺桶のような箱を出すと、ネニュファールを抱っこして中に入れた。

「前言撤回する、僕はローリ、君の名を教えてもらいたい」
「あらあなたとは初めてじゃないわよ。私の名前? それは、メイホ」
「お前はなんで死なない?」

 太陽はメイホに向き直った。

「うふふ、私の心臓は感染者の一人が持っているわ」
「サウカ、あのゴブリン似月影は?」
「生きています、ですがすみません、見失いました」
「あまり遠くにはいけないはずだ。さては紛れ込んでるな? こっちも曲を演奏する。ローリ、大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だよ」
「おっと、その前に」

 獲物を見つけた、太陽はグリッサンド奏法で大きな針を作り、ゴブリン似のゾンビに針を当てた。ヘルメットで心臓を守られたようだが、心臓以外の肩から腕にかけて針が刺さったようだった。

「皆、俺が演奏するから金貨の出ているところに向かってくれ」

 太陽は演奏をし始めた。

(この曲は、シャルル・グノーの操り人形の葬送行進曲)
 ローリは心がどんな気持ちなのかさえわからなくなった。曲を聞いていると安らかな顔のネニュファールが思い浮かぶのと同時に、明確な殺意が芽生える。
 金貨の出ている、あのゴブリンの月影がいたが、人だかりのそばにいるのでサウカの弓矢が使えない。

「ウォレ」

 ガウカの出したコントラバスは感染者や人を下敷きにして、空中に浮かんでいた。絨毯のように薄くて大きなコントラバスだ。そのコントラバスはゴブリンのような月影に直で行けるようにその方向に向いていた。

「ウォレ」

 ローリは壇上からジャンプしてコントラバスの絨毯に乗ると、駆け出した。
 ゴブリンに似た月影はローリに気づくとすごい形相で逃げ出した。

「さあ、死んでくれたまえ」

 ローリのほうが素早くゴブリンの心臓の反対である右側に刃を突き刺した。そして、動かなくなるまで、腕と足顔面、腹部、傷がないところがないくらい、刺していた。

 ローリの顔は無表情で、全身についた返り血は、すべて金貨に変わっていった。

「残念ね、ローリとやら、私の心臓がそんなわかりやすいところにあるわけないじゃない、今刺していたのは私の仲間の心臓。夜明けが来る前に、そろそろ帰らせてもらうわ」
「だったら太陽の光の元へ晒してあげます」

サウカの矢がメイホの足、両足に刺さった。

「そ、そうか、武楽器か」
「そう簡単に治りません」
「こいつ」

 メイホは再びタクトを振るっている。
 二つの演奏が終わった。
 その代わりに、何体かのゾンビが苦しみだして肌は緑色に変わり、耳が長くなる。そして、獰猛そうな目になり、犬歯が見られる。いわゆる、ゴブリンになった。
 メイホは焼かれずにすんだ、ゴブリンの月影二体の持つ輿へ入り、担がれて逃げるように思えた。

「心臓を二つ持っている人の見分け方はないの?」
「一つ怪しいんだけど。さっきの少年のゾンビきゃああって言ってたような?」
「思った」
「探そう」
「いた」

 サウカは見つけるのが早かった。

「ウォレスト」

 人混みをどけて少年のゾンビに近づく。
 矢を心臓のあるかもしれない胸の両側に二本、直接差し込んだ。そしてもう一度、今度は下へ。
 メイホの声はしない。

「ドッペルを弾く、サウカさん、ローリ」
「はい」
「任せたまえ」
「「ウォレスト」」

 楽器の形に戻った。

 会場の空気が一変する。

「何だここ」
「俺は一体何を?」

 会場にいる皆がおかしな状況に気取られ慌ただしくなっていく。

「皆もうじき、夜明けが来る。ゾンビに気をつけて出ていってくれ」

 太陽の声で皆、異変に気がついた。

「ゾンビだと」
「パーティーのはずじゃなかったのか」

 演奏が終わる。

「誰か助けて!」

 巨漢のゾンビが若いマントをつけた少女の肩に噛み付いている。

「ぎゃああああ」
 ゾンビがねずみ算式に増えていく。
「どうするの。こんなに人の群れじゃ通れないし、入り口で将棋倒しだよ」
「ガーさん頼む」
「ウォレ」
 
 再び大きなコントラバスが現れた。今度はペグのところが階段になっていて簡単に登れそうだった。

「全員、武楽器に乗ってくれ」

 ローリの言葉が耳を浸透した。

「箱でどかせよう」
「へ?」
「皆乗ったな。ガーさん、このコントラバス、あの入り口まで普通サイズに戻してくれ」
「承知したのじゃ。ウォレ」
 コントラバスが縮む。入り口までついた瞬間コントラバスは消えた。

「パース」

 入り口にごった返してる人に向けてローリは言い放った。
 太陽はパースの中に人が入った状態から、パースの外へと吹き飛ばされていく人を見た。

「ほら、どいたよ」
「こんな野蛮な方法で人をどかすなんて……、おいローリ、今のはひどくないか?」
「僕がひどいのかい? この方法以外に人々をどかすのは難儀だと思うよ」
「確かにどいたけど」
「いいから皆、外に出よう」

 外は朝焼けのように太陽の光が満ちていた。外にはローリに吹き飛ばされた人と太陽光で焼かれているゾンビ。

「お父さん!」

 美優はマリンが遠くから歩いてくる姿が目に入った。

「無事で良かった」
「常連客がいてな。店にずっといた。外で屍が転がってておったまげたよ」
「屍?」
「服を着てる骨だよ」
「ゾンビなんだ。太陽光を浴びると骨になるんだな」
「今中ではゾンビでパニックになってる」
「そうだ、疑似太陽を作ろう、パース」

 ローリは箱を出して球体のケータイを取り出した。そして思い切り地面に打ち付けた。

「何してんだよ、疑似太陽ってなんだよ? 大丈夫か? 疑似太陽作っても皆、焼け死ぬだけだ」
「あれ? そういえばいつもの連れのピンク髪のめんこい子いねえな」
「ネニュファールは……。僕が殺したようなものだ」
 
 青い球体は割れ、キラキラ光る金色の石が出てきた。

「疑似太陽ではなく、僕が手を離した五秒後に優しい太陽の光で中のすべてのゾンビを消滅させておくれ」

 ローリが誰にも口を開かせる前に、告げると、光る石にキスをして、石を会場の奥に向かって思い切り投げた。
 ピカッと光った。
ギャアアア
 悲鳴が聞こえたと同時にローリは跪く。鼻血がでたので、箱からハンカチを出して拭く。

「大丈夫? ローリ……」
「僕はこれしきのことで応えることはないよ」

 中の様子は人と骨が散乱していた。帽子を被ったゴブリンが間を縫って武楽器(楽器の一部)を袋に入れて回収している。
 さらに輿の近くにゴブリンが三体いて、ニッケルハルパ二挺とチェンバロを弾いていた。

「この曲はポルスカ」
「何の魔法曲だ?」
「ビスカッレによるポルスカ三二番は瞬間移動の曲だ」
「やめさせないとだね」
パーーーーーーーー!
 美優がトランペットを吹く。
 パッと音がやみ、炎の玉が発射される。

「パース・ストリングス」

 縦横約三メートルの高さの箱が出されたため、少しのダメージにもならなかった。

「メイホは生きているな!」
「あのニッケルハルパはネニュファールの物だよ。返してもらおう」
「ローリ、私は夜に現れる。私はお前を気に入った。ゾンビでも良ければ、そばに置いてやってもいい。そして、このハートアンドスティックは無敵よ」

 メイホの声が轟く。
パーーーーーーーーーー!

 ゴブリンがトランペットをひいている。美優の使う魔法と同じように炎の玉が出てきた。銀色のトランペットだった。

「パース」

 ローリは迎え撃ってきた攻撃を箱でしのぐ。
 ゴブリンの一四体くらいが輿の近くに集まる。彼らの持っているものはトランペットやニッケルハルパ、シャベル、白いぬいぐるみ、懐中電灯、エレキギター、ピッケル、手斧など色々だ。

「君の奴隷にはならない、必ずこの手で殺す」

 ローリはそう言うと、彼らの足元にできた魔法陣に向かって走っていく。
 しかし、ゴブリンの群れで前に進むことができなかった。
 切ろうにも、自我の残っていて、なおかつ噛みつこうとしてくるゴブリンは厄介だった。
 曲が終わった瞬間、場内は先程と同じように光った。
 ローリの目の前はくり抜かれたように無くなっていた。

「この魔法曲は半径五十メートルほどしか移動できないはずだ」
 ローリは周りを見渡す。やはりゴブリンは人であったときの自我を持っているようで「殺さないでくれ。お前らの代わりに噛まれたんだぞ」と哀願している。両目は赤いままだ。

「僕が明度に送ってやろう、ウォレ」
「ひいい」

 ゴブリン達は身をすり合わせる。
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