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第2章 ローリの歩く世界
2 月影の始祖鳥との戦い
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「わかりました」
「「「ウォレ」」」
「ウォレスト」
四人は武楽器を出した。
♪
皆の音と音がぶつかり合って、曲に繋がっていく。空を仰ぐと、赤い渦巻きが加速していく。切り株に渦巻きが現れる。ガウカを先頭にして入っていった。
「ウォレ」
ガウカの声が響いた。
ボヨオオンと地面の感触が柔らかい。
コントラバスがマシュマロのように跳ね返りが起きる。
ローリは一面そこら中、固そうな木の板の模様を見た。しかし、ただの木の板ではないのだった。形状だけでなく素材も柔らかくできるらしい。
「わしのコンバスは色んな形にできる上、触感も変えられるのじゃ」
「捕まってた数年の間によく腕が下がらなかったね」
「そ、それは、色々あるんじゃ、言及するんじゃないぞ」
「僕に隠し事してないかい?」
「ぜんっぜん、……月影に魂を入れて、強い者に魂を入れて、わしに似ている少女に魂を入れて、民を欺こうなどとはした、なんて事はないぞ。まあ結局は自身の体に戻れたおかげで魔法も格別にいい気分、魔力の量も高次元で使えるんじゃがな……あ、しまった」
「ほおう、君は囚われの身だったはずなのにな」
「水龍の力で逃れようとしたのじゃ」
「君の魔力にはいささか驚きを隠せないね」
「わしの体は少しだけ、スライム状にして分裂できるのじゃ。サウカはどうだかは知らんのじゃが」
「私の体にはそのような高等技術、身についてません。そのことはさておいて、リコヨーテのアーガイルチェックのリボンをつけ、彗星証もつけましょう?」
ローリは既にアーガイルチェックのケープと彗星証はつけていた。
ネニュファールはアーガイルチェックのケープを羽織るように着た。彗星証もつける。
ガウカも三角帽にアーガイルチェックのリボンをつけていた。彗星証を慌ててつけている。
サウカはアーガイルチェックのリボンを首に巻き付けた。彗星証をつける。
「とにかく今はクライスタルまで向かうことに専念しましょう」
「はい、この林には月影はあまり出ないと聞きますよ」
「フラグ立てないでくださいませ」
ネニュファールは慌てた様子で言い返した。
ローリはなにか生臭い匂いがするのを感じ取った。
「上だね。もうすぐ月影がここを通過するだろう!」
小さな原鳥類の一種である、始祖鳥が頭上を通り過ぎて近くの木まで滑翔した。体長は一メートル六十センチ位と小柄だ。
「みてください。言った通りですわ」
「アーケオプテリクスじゃ。小さな月影なんて久々に見たのじゃ。多分ギルドで高額な取引してるな」
始祖鳥は黒い羽を持っていて、腹は白い。くちばしは金色である。歯が生えていることが確認できる。
「そうだよ、姉さん。でも、もうギルドは……ない」
サウカは辛そうにすると、ガウカがサウカの背中を叩いた。
「ギルドがなくとも金貨にしてしまえば報酬は貰える!」
「ここはわたくしが! ウォレスト」
ネニュファールは武楽器を出すと、形態変化させた。黒色と焦げ茶の鎖閂式のライフルに変わる。
「ネニュファール、真上に打つのは危険だよ」
「そうですわね。いかがなさいますか? ローリ様」
「魔法曲だね。ファリャのバレエ音楽、恋は魔術師より火祭りの踊り」
「わたくしはニッケルハルパ奏者なので、皆さんを絶対にお守りする役をいたしますわ」
「何じゃ何じゃ、二人で決めおって」
「じょ、ガーさん、あの月影を倒してから、わたくしを批難してくださいまし」
「ふー、そうじゃな。サウカ、弾けるか?」
「私は弾けるけど姉さんは弾けるの?」
「大丈夫じゃ。むしろ、バレエ音楽のほうが勝手が良い。昔よーく観てたからのう」
「「ウォレスト、パース」」
「「ウォレ、パース」」
「ヒョエ!」
ガウカの真上を滑空する、始祖鳥の月影。ここは少し拓けているので狙いがつけやすいようだ。
「この曲をひく時、この目の前に大きな焚き火を作るようにイメージしてくれたまえ。さあ始めよううか」
「羽は燃やしてもいいんですか?」
サウカは小声を出す。
「この少人数で戦うんじゃから致し方ないのじゃな」
「そうだね、では」
ローリは囁くと、バイオリンを構えた。皆も慌てて構えると火祭りの踊りを弾く。
♪
なかなかピッチの速い曲だ。
ネニュファールが正面の大木にいる始祖鳥の月影にライフルを撃った。
ドン!
ギャアアアアアア
片方の赤い目にヒットした。血が金貨に変わる。
そして、正面からローリを喰らおうと滑空してくる。
「パース」
ローリはもう一度、呪文を唱えた。向かってくる始祖鳥の月影が箱にぶち当たる。
箱は中に入っている金貨の量で強度が変わってくる。
ローリの箱の中の金貨は半分ほどだ。
ネニュファールは銃の中の装填した残り2つの弾を確認する。
目を狙おうとネニュファールは箱を消す。
「いませんわ!?」
金貨の出ている方を向く。すでに右上に翔んでいた。
ネニュファールは慎重に移動する。
そこは足場が不安定なところだった。下手すると転んでしまい、皆に迷惑かけかねない。
ネニュファールはもう一度弾を発射した。
ドン!
「やりましたわ」
ネニュファールは始祖鳥の月影の両目を潰した。それと同時に絡んだ蔦に足を引っ掛けて躓いた。
演奏がまだ続いている。
いきなりローリ含め三人が囲んだ眼前にかっと大きな焚き火のような炎が上がった。そして、始祖鳥の月影が魔法の力で引っ張られていく。
ギイイイイイ
燃える燃える。よく、燃えあがった。肉の焼ける匂いがした、というよりも、肉が焦げるという方が正しい。煙が視界をくらます。
音楽は終盤を迎えていた。炎の中から、金貨がコインゲームのように波々溢れて、それが浮かび上がり、皆の箱に収納されていく。
一番多く金貨が飛び入っていくのはローリの箱であった。
演奏が終わった。
残ったのは化石のように恐竜である始祖鳥の真っ白な骨だった。尾の骨が長い。
ネニュファールは煙で喉が痛くなる。
「けほっ、ローリ様ご無事でしょうか」
「僕がどうかしたのかい?」
ローリはハンカチで鼻をおさえて、そういった。
「わしもサウカも平気じゃ」
「皆、無事で良かった」
「そうですわね、……ローリ様、様々でございますわ」
「何を言うんだい? ネニュファールの先制攻撃が功を奏したんだよ」
「そ、そうですか。ありがたきお言葉ですわ」
「二人の世界に入るんなら、わしゃもう口きかんぞ」
「これはすまない。ガーさんもすごく役立ってくれたよ、サウカさんもね」
「また月影に遭遇する前にクライスタルまで急ぎましょ~」
サウカは努めて明るく言った。
「ふん、わしのご恩を忘れていい気なもんじゃ」
「ガー様、忘れてございません。わたくしだってそのような素敵な指輪、ローリ様からプレゼントなされた事ないですもの」
「そうじゃな。これからはわしとロー君の新生活が待っているからのう。ホーホホホ」
ガウカは機嫌を直して高笑いをした。
それからは全員、無言でクライスタルまでの道を歩いていった。
クライスタルへ少し時間をかけて到着した。
クライスタルには広く高い壁があった。
ローリの目に検問の小屋が目に飛び込んできた。検問の人の小屋の屋根にはギンガムチェックの赤い旗が風に揺られている。
そこでよく知った顔ぶれがいた。
「ローリ」と名を呼ぶのは石井太陽という日本人だ。
「太陽君。美優さん」
「まったくもう、遅いよ」
風神美優の声が耳を通過した。
「すまない」
ローリは胸ポケットから懐中時計を取り出してみた。
(十五分ほど遅れたな)
ローリが口を開こうとした時、ネニュファールが喋りだした。
「トラブルがありましたわ。月影にも遭遇いたしましたの」
「桜歌は来てないのじゃな」
「ガウカとサウカさんも来たんだね。元気そうで何より。桜歌はお留守番だよ」
「わしのことはガーさんと呼ぶように。女王のことがバレるかもしれぬからじゃ」
「ガーさんね、おっけ」
「私のことはサウカとそのままでお願いします」
「サウカも貴族出身なのに町の診療所で働いておるのじゃ」
「本日は休みを頂いて、技の鍛錬をしていたんですけど。姉さんの頼みですから一緒に行きます」
「何の月影だったの?」
「アーケオプテリクスですわ」
「あーけ?」
「簡単に言うと始祖鳥ですわね」
「始祖鳥? デカかった?」
「確か一メートル六十センチほどでしたわ」
「一応、恐竜なんですよ」
サウカも会話に混ざる。
「そうなんですか。見たかったな」
「焼いて殺すところを?」
「いや、そうじゃなくて綺麗な色してるんだろうなって」
「羽は黒くて腹が白かったです」
サウカは答えて、続ける。
「立ち話もなんだしクライスタルに入りますか」
「うん」
検問の審査が行われる。
「兵士番号五六八〇番風神美優です」
「兵士番号二〇〇〇九番の石井太陽です」
二人は兵士手帳をひけらかす。
「僕らはリコヨーテから来た。僕はローリというものだ。証拠に一部、変身してみよう」
ローリは軽く目を閉じる。
風が砂埃を巻き込んで舞い上がった。
ローリは帽子を脱ぐと耳がフェレットの白い耳に変わっていた。
「わたくしも」
ネニュファールとガウカとサウカも瞳を閉じる。
一瞬光が起きる。
耳羽が生えているネニュファールと、鱗が体全身をつつむガウカとサウカ。
「フェレットに、ミミズクに蛇が二匹かな? まあ良いだろう」
「待て、ローリはなんで光らずに変身できた」
「耳やひげだけなら修行を積めば光らずに変えられるよ」
「まったくもう皆待ってるんだから早く行くよ」
「あんた達、いいか。武楽器泥棒が今街に潜伏しているんだ。気をつけるんだぞ」
門番の一人が扉によりかかりながらそう言うと、手を降った。
「武楽器泥棒って、ああ、武楽器のもとになっている小さな世界樹の楽器の一部のことか」
「直接持っていなくとも、箱の中に入れてるから、箱の中身をあさらせなければ大丈夫ですねー」
「えっ、箱の中に入れていても、武楽器出せるの?」
太陽はクライスタルの中を歩き始めながら言った。
「知らなかったのかい? 美優さん、教えてあげなかったのかい?」
「私も初耳だったよ、いつも身につけてるし、ていうか、日本じゃ箱出せないのに武楽器出せるの?」
「出せるさ、認識してないだけで意外と近くに箱はあるんだよ」
「透明になってるってこと?」
「そういうことですわ」
「パース」
美優は箱を出す。そして、ポケットからトランペットの(世界樹から作られた)マウスピースを取り出して入れた。
「ウォレスト」
美優の前にいつものトランペットが現れる。
「すごいね。この事、ルイ兵士長何も言ってなかったな」
「武楽器のこと、リコヨーテより未発達なんだよ、きっと。パース」
太陽もショルダーバッグの中からピアノの鍵盤のピースを出して、箱に入れた
クライスタルの町並みを眺める。青いクリスタルが至るところに刺さっている。太陽光が反射してキラキラ光る。
「用があるのはケータイショップだよな?」
「クライスタルに一軒しかないよ」
美優は髪とそれを結わえたギンガムチェックのリボンを揺らしている。
(月影ではないが、何か腐った匂いが風に乗ってくる)
ローリはなにか違和感を感じていた。
「今売られていて一番性能の良いケータイをお探しで? この極薄スマホでどうでしょう? 金貨六百枚でいいです、大売り出しですぞ」
そう告げたのはケータイショップの小太りの男性店員だ。
「ああ、そのケータイでいい。えらく機嫌いいね。なにかあるのかい?」
「今日は夜が来るのです。月に四回起こる、四回目が終わって一回目の夜に戻る日、そこでパーティーが開かれるんですぞ」
「ああ、そういえば今日夜が来る日だった」
「夜はとても危険です。月影狩れないですね」
「月影はこの壁の内側には入れないのだろう」
「夜に月影の卵が降ってくるのよね」
「まだ十八時過ぎだ。いつ夜がやってくるんだ」
「十九時くらいだね」
ケータイの代金を払うとすぐにケータイショップの定員からケータイを頂いた。
「でも、この町中なら月影に会うことはないんじゃない?」
「半月の血が騒ぐ時間でもあるのじゃ。リコヨーテも警備網が固くなっていたのじゃぞ。クライスタルは真逆のようじゃの」
「どうする? ローリ?」
「僕は帰ってもいいのだけど、せっかくパーティが開かれるんだ。参加するかい?」
「そうするか」
「それなら、まだ五十五分ある、月影を倒しに行こうか? 君等はどうしたい?」
「ローリ様の仰せのままに」
「わしも右に同じじゃ」
ガウカは空を見上げる。
「森の中で仕留めよう」
美優もつられて空を見やる。
「皆、行こう」
太陽は美優の手を握った。
それを見たガウカはローリの腕に、腕を組んだ。
「ネニュファール、おいで」
ローリは意に介さずにネニュファールの手を握った。
六人は不意に声をかけられた。
「そこのお姉さん、……モデルの仕事に興味ない?」
声をかけたのはあごひげの生えた鼻が少し高い中年の男性と外国人のように黒い肌に黒い帽子、フレームのないメガネを掛けた男性の、二人組みだった。
「わしに言われているのじゃろう」とガウカは二人を値踏みするかのように頷く。
「そっちのピンクの髪の美少女とこっちの黒髪に裾カラー入れた美少女。どう? 読モにならない?」
「わしじゃないのか」
「わたくしの髪は鴇色ですわ」
「おお、こっちの男の子もなかなかかっこいいけど背がなあ……」
スカウトマンはネニュファールとローリの手を繋いでるのを目ざとく見つけて、手を握り割り込んできた。ちなみに、このスカウトマンもローリと同じくらいの身長である。
「僕は男の子じゃない、男だ。僕の、ネニュファールに触れないでくれたまえ」
ローリは憤るとガウカを気にせず言い張る。そして、ネニュファールと繋いだ手に力を込めて自分の方へ引っ張った。
「すみません、私達、急いでて」
「何だこのブス」
黒い肌のスカウトマンはサウカに小さな声で呟いた。
「確かにブス、ぎゃ」
もうひとりのスカウトマンが同意した瞬間、ローリのヘッドバットに悶絶する黒い肌のスカウトマン。もうひとりのスカウトマンもネニュファールにエルボーをかけられて悲鳴をあげている。
「痛い痛い」
「おいたが過ぎますわね」
「いいよ! もう行こうぜ」
太陽は二人の追撃を止めるため、大声で言う。
「なんじゃ、わしの方がイケてるのじゃぞ、けしからん」
「皆、月影が待ってるよ。あと、サウカ、あなたはブスじゃないから!」
美優は元気に言い放った。
「あ、ありがとう。皆」
「「「ウォレ」」」
「ウォレスト」
四人は武楽器を出した。
♪
皆の音と音がぶつかり合って、曲に繋がっていく。空を仰ぐと、赤い渦巻きが加速していく。切り株に渦巻きが現れる。ガウカを先頭にして入っていった。
「ウォレ」
ガウカの声が響いた。
ボヨオオンと地面の感触が柔らかい。
コントラバスがマシュマロのように跳ね返りが起きる。
ローリは一面そこら中、固そうな木の板の模様を見た。しかし、ただの木の板ではないのだった。形状だけでなく素材も柔らかくできるらしい。
「わしのコンバスは色んな形にできる上、触感も変えられるのじゃ」
「捕まってた数年の間によく腕が下がらなかったね」
「そ、それは、色々あるんじゃ、言及するんじゃないぞ」
「僕に隠し事してないかい?」
「ぜんっぜん、……月影に魂を入れて、強い者に魂を入れて、わしに似ている少女に魂を入れて、民を欺こうなどとはした、なんて事はないぞ。まあ結局は自身の体に戻れたおかげで魔法も格別にいい気分、魔力の量も高次元で使えるんじゃがな……あ、しまった」
「ほおう、君は囚われの身だったはずなのにな」
「水龍の力で逃れようとしたのじゃ」
「君の魔力にはいささか驚きを隠せないね」
「わしの体は少しだけ、スライム状にして分裂できるのじゃ。サウカはどうだかは知らんのじゃが」
「私の体にはそのような高等技術、身についてません。そのことはさておいて、リコヨーテのアーガイルチェックのリボンをつけ、彗星証もつけましょう?」
ローリは既にアーガイルチェックのケープと彗星証はつけていた。
ネニュファールはアーガイルチェックのケープを羽織るように着た。彗星証もつける。
ガウカも三角帽にアーガイルチェックのリボンをつけていた。彗星証を慌ててつけている。
サウカはアーガイルチェックのリボンを首に巻き付けた。彗星証をつける。
「とにかく今はクライスタルまで向かうことに専念しましょう」
「はい、この林には月影はあまり出ないと聞きますよ」
「フラグ立てないでくださいませ」
ネニュファールは慌てた様子で言い返した。
ローリはなにか生臭い匂いがするのを感じ取った。
「上だね。もうすぐ月影がここを通過するだろう!」
小さな原鳥類の一種である、始祖鳥が頭上を通り過ぎて近くの木まで滑翔した。体長は一メートル六十センチ位と小柄だ。
「みてください。言った通りですわ」
「アーケオプテリクスじゃ。小さな月影なんて久々に見たのじゃ。多分ギルドで高額な取引してるな」
始祖鳥は黒い羽を持っていて、腹は白い。くちばしは金色である。歯が生えていることが確認できる。
「そうだよ、姉さん。でも、もうギルドは……ない」
サウカは辛そうにすると、ガウカがサウカの背中を叩いた。
「ギルドがなくとも金貨にしてしまえば報酬は貰える!」
「ここはわたくしが! ウォレスト」
ネニュファールは武楽器を出すと、形態変化させた。黒色と焦げ茶の鎖閂式のライフルに変わる。
「ネニュファール、真上に打つのは危険だよ」
「そうですわね。いかがなさいますか? ローリ様」
「魔法曲だね。ファリャのバレエ音楽、恋は魔術師より火祭りの踊り」
「わたくしはニッケルハルパ奏者なので、皆さんを絶対にお守りする役をいたしますわ」
「何じゃ何じゃ、二人で決めおって」
「じょ、ガーさん、あの月影を倒してから、わたくしを批難してくださいまし」
「ふー、そうじゃな。サウカ、弾けるか?」
「私は弾けるけど姉さんは弾けるの?」
「大丈夫じゃ。むしろ、バレエ音楽のほうが勝手が良い。昔よーく観てたからのう」
「「ウォレスト、パース」」
「「ウォレ、パース」」
「ヒョエ!」
ガウカの真上を滑空する、始祖鳥の月影。ここは少し拓けているので狙いがつけやすいようだ。
「この曲をひく時、この目の前に大きな焚き火を作るようにイメージしてくれたまえ。さあ始めよううか」
「羽は燃やしてもいいんですか?」
サウカは小声を出す。
「この少人数で戦うんじゃから致し方ないのじゃな」
「そうだね、では」
ローリは囁くと、バイオリンを構えた。皆も慌てて構えると火祭りの踊りを弾く。
♪
なかなかピッチの速い曲だ。
ネニュファールが正面の大木にいる始祖鳥の月影にライフルを撃った。
ドン!
ギャアアアアアア
片方の赤い目にヒットした。血が金貨に変わる。
そして、正面からローリを喰らおうと滑空してくる。
「パース」
ローリはもう一度、呪文を唱えた。向かってくる始祖鳥の月影が箱にぶち当たる。
箱は中に入っている金貨の量で強度が変わってくる。
ローリの箱の中の金貨は半分ほどだ。
ネニュファールは銃の中の装填した残り2つの弾を確認する。
目を狙おうとネニュファールは箱を消す。
「いませんわ!?」
金貨の出ている方を向く。すでに右上に翔んでいた。
ネニュファールは慎重に移動する。
そこは足場が不安定なところだった。下手すると転んでしまい、皆に迷惑かけかねない。
ネニュファールはもう一度弾を発射した。
ドン!
「やりましたわ」
ネニュファールは始祖鳥の月影の両目を潰した。それと同時に絡んだ蔦に足を引っ掛けて躓いた。
演奏がまだ続いている。
いきなりローリ含め三人が囲んだ眼前にかっと大きな焚き火のような炎が上がった。そして、始祖鳥の月影が魔法の力で引っ張られていく。
ギイイイイイ
燃える燃える。よく、燃えあがった。肉の焼ける匂いがした、というよりも、肉が焦げるという方が正しい。煙が視界をくらます。
音楽は終盤を迎えていた。炎の中から、金貨がコインゲームのように波々溢れて、それが浮かび上がり、皆の箱に収納されていく。
一番多く金貨が飛び入っていくのはローリの箱であった。
演奏が終わった。
残ったのは化石のように恐竜である始祖鳥の真っ白な骨だった。尾の骨が長い。
ネニュファールは煙で喉が痛くなる。
「けほっ、ローリ様ご無事でしょうか」
「僕がどうかしたのかい?」
ローリはハンカチで鼻をおさえて、そういった。
「わしもサウカも平気じゃ」
「皆、無事で良かった」
「そうですわね、……ローリ様、様々でございますわ」
「何を言うんだい? ネニュファールの先制攻撃が功を奏したんだよ」
「そ、そうですか。ありがたきお言葉ですわ」
「二人の世界に入るんなら、わしゃもう口きかんぞ」
「これはすまない。ガーさんもすごく役立ってくれたよ、サウカさんもね」
「また月影に遭遇する前にクライスタルまで急ぎましょ~」
サウカは努めて明るく言った。
「ふん、わしのご恩を忘れていい気なもんじゃ」
「ガー様、忘れてございません。わたくしだってそのような素敵な指輪、ローリ様からプレゼントなされた事ないですもの」
「そうじゃな。これからはわしとロー君の新生活が待っているからのう。ホーホホホ」
ガウカは機嫌を直して高笑いをした。
それからは全員、無言でクライスタルまでの道を歩いていった。
クライスタルへ少し時間をかけて到着した。
クライスタルには広く高い壁があった。
ローリの目に検問の小屋が目に飛び込んできた。検問の人の小屋の屋根にはギンガムチェックの赤い旗が風に揺られている。
そこでよく知った顔ぶれがいた。
「ローリ」と名を呼ぶのは石井太陽という日本人だ。
「太陽君。美優さん」
「まったくもう、遅いよ」
風神美優の声が耳を通過した。
「すまない」
ローリは胸ポケットから懐中時計を取り出してみた。
(十五分ほど遅れたな)
ローリが口を開こうとした時、ネニュファールが喋りだした。
「トラブルがありましたわ。月影にも遭遇いたしましたの」
「桜歌は来てないのじゃな」
「ガウカとサウカさんも来たんだね。元気そうで何より。桜歌はお留守番だよ」
「わしのことはガーさんと呼ぶように。女王のことがバレるかもしれぬからじゃ」
「ガーさんね、おっけ」
「私のことはサウカとそのままでお願いします」
「サウカも貴族出身なのに町の診療所で働いておるのじゃ」
「本日は休みを頂いて、技の鍛錬をしていたんですけど。姉さんの頼みですから一緒に行きます」
「何の月影だったの?」
「アーケオプテリクスですわ」
「あーけ?」
「簡単に言うと始祖鳥ですわね」
「始祖鳥? デカかった?」
「確か一メートル六十センチほどでしたわ」
「一応、恐竜なんですよ」
サウカも会話に混ざる。
「そうなんですか。見たかったな」
「焼いて殺すところを?」
「いや、そうじゃなくて綺麗な色してるんだろうなって」
「羽は黒くて腹が白かったです」
サウカは答えて、続ける。
「立ち話もなんだしクライスタルに入りますか」
「うん」
検問の審査が行われる。
「兵士番号五六八〇番風神美優です」
「兵士番号二〇〇〇九番の石井太陽です」
二人は兵士手帳をひけらかす。
「僕らはリコヨーテから来た。僕はローリというものだ。証拠に一部、変身してみよう」
ローリは軽く目を閉じる。
風が砂埃を巻き込んで舞い上がった。
ローリは帽子を脱ぐと耳がフェレットの白い耳に変わっていた。
「わたくしも」
ネニュファールとガウカとサウカも瞳を閉じる。
一瞬光が起きる。
耳羽が生えているネニュファールと、鱗が体全身をつつむガウカとサウカ。
「フェレットに、ミミズクに蛇が二匹かな? まあ良いだろう」
「待て、ローリはなんで光らずに変身できた」
「耳やひげだけなら修行を積めば光らずに変えられるよ」
「まったくもう皆待ってるんだから早く行くよ」
「あんた達、いいか。武楽器泥棒が今街に潜伏しているんだ。気をつけるんだぞ」
門番の一人が扉によりかかりながらそう言うと、手を降った。
「武楽器泥棒って、ああ、武楽器のもとになっている小さな世界樹の楽器の一部のことか」
「直接持っていなくとも、箱の中に入れてるから、箱の中身をあさらせなければ大丈夫ですねー」
「えっ、箱の中に入れていても、武楽器出せるの?」
太陽はクライスタルの中を歩き始めながら言った。
「知らなかったのかい? 美優さん、教えてあげなかったのかい?」
「私も初耳だったよ、いつも身につけてるし、ていうか、日本じゃ箱出せないのに武楽器出せるの?」
「出せるさ、認識してないだけで意外と近くに箱はあるんだよ」
「透明になってるってこと?」
「そういうことですわ」
「パース」
美優は箱を出す。そして、ポケットからトランペットの(世界樹から作られた)マウスピースを取り出して入れた。
「ウォレスト」
美優の前にいつものトランペットが現れる。
「すごいね。この事、ルイ兵士長何も言ってなかったな」
「武楽器のこと、リコヨーテより未発達なんだよ、きっと。パース」
太陽もショルダーバッグの中からピアノの鍵盤のピースを出して、箱に入れた
クライスタルの町並みを眺める。青いクリスタルが至るところに刺さっている。太陽光が反射してキラキラ光る。
「用があるのはケータイショップだよな?」
「クライスタルに一軒しかないよ」
美優は髪とそれを結わえたギンガムチェックのリボンを揺らしている。
(月影ではないが、何か腐った匂いが風に乗ってくる)
ローリはなにか違和感を感じていた。
「今売られていて一番性能の良いケータイをお探しで? この極薄スマホでどうでしょう? 金貨六百枚でいいです、大売り出しですぞ」
そう告げたのはケータイショップの小太りの男性店員だ。
「ああ、そのケータイでいい。えらく機嫌いいね。なにかあるのかい?」
「今日は夜が来るのです。月に四回起こる、四回目が終わって一回目の夜に戻る日、そこでパーティーが開かれるんですぞ」
「ああ、そういえば今日夜が来る日だった」
「夜はとても危険です。月影狩れないですね」
「月影はこの壁の内側には入れないのだろう」
「夜に月影の卵が降ってくるのよね」
「まだ十八時過ぎだ。いつ夜がやってくるんだ」
「十九時くらいだね」
ケータイの代金を払うとすぐにケータイショップの定員からケータイを頂いた。
「でも、この町中なら月影に会うことはないんじゃない?」
「半月の血が騒ぐ時間でもあるのじゃ。リコヨーテも警備網が固くなっていたのじゃぞ。クライスタルは真逆のようじゃの」
「どうする? ローリ?」
「僕は帰ってもいいのだけど、せっかくパーティが開かれるんだ。参加するかい?」
「そうするか」
「それなら、まだ五十五分ある、月影を倒しに行こうか? 君等はどうしたい?」
「ローリ様の仰せのままに」
「わしも右に同じじゃ」
ガウカは空を見上げる。
「森の中で仕留めよう」
美優もつられて空を見やる。
「皆、行こう」
太陽は美優の手を握った。
それを見たガウカはローリの腕に、腕を組んだ。
「ネニュファール、おいで」
ローリは意に介さずにネニュファールの手を握った。
六人は不意に声をかけられた。
「そこのお姉さん、……モデルの仕事に興味ない?」
声をかけたのはあごひげの生えた鼻が少し高い中年の男性と外国人のように黒い肌に黒い帽子、フレームのないメガネを掛けた男性の、二人組みだった。
「わしに言われているのじゃろう」とガウカは二人を値踏みするかのように頷く。
「そっちのピンクの髪の美少女とこっちの黒髪に裾カラー入れた美少女。どう? 読モにならない?」
「わしじゃないのか」
「わたくしの髪は鴇色ですわ」
「おお、こっちの男の子もなかなかかっこいいけど背がなあ……」
スカウトマンはネニュファールとローリの手を繋いでるのを目ざとく見つけて、手を握り割り込んできた。ちなみに、このスカウトマンもローリと同じくらいの身長である。
「僕は男の子じゃない、男だ。僕の、ネニュファールに触れないでくれたまえ」
ローリは憤るとガウカを気にせず言い張る。そして、ネニュファールと繋いだ手に力を込めて自分の方へ引っ張った。
「すみません、私達、急いでて」
「何だこのブス」
黒い肌のスカウトマンはサウカに小さな声で呟いた。
「確かにブス、ぎゃ」
もうひとりのスカウトマンが同意した瞬間、ローリのヘッドバットに悶絶する黒い肌のスカウトマン。もうひとりのスカウトマンもネニュファールにエルボーをかけられて悲鳴をあげている。
「痛い痛い」
「おいたが過ぎますわね」
「いいよ! もう行こうぜ」
太陽は二人の追撃を止めるため、大声で言う。
「なんじゃ、わしの方がイケてるのじゃぞ、けしからん」
「皆、月影が待ってるよ。あと、サウカ、あなたはブスじゃないから!」
美優は元気に言い放った。
「あ、ありがとう。皆」
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弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
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