スイセイ桜歌

五月萌

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第1章 太陽の歩く世界

17 シング・シング・シング

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 桜歌はネックレスを見せびらかすようにしている。
 太陽は制服に着替えた。
 ご飯は響が作ってくれた目玉焼きとウインナーをご飯と一緒にかきこんだ。

「午前中暇だな、勉強しにワックまで行くかな」
「桜歌も」

 太陽は着替えた桜歌を連れて、歩いてワックに来た。
 今日は数学の勉強をした。因数分解をスラスラ解いている太陽に桜歌は瞳を輝かせていた。

「桜歌も勉強」

 桜歌は持ってきた漢字ドリルに向き合う。鉛筆で右手が黒くなるまで勉強を続けた。
 お昼ご飯もワックのハンバーガーですませた。
 桜歌は算数ドリルを開く。しばらくすると桜歌は鉛筆を置いた。

「いんいちがいち、いんにがに」

 桜歌は一人で数え始めた。

「しちろくしじゅうに。あ、四十二だ」

 桜歌が言い終わる内に太陽は数学のノートを二ページほどすすめた。

「お兄ちゃん、今日リコヨーテ行くの?」
「キノコ頭の人間がいて助けてやるんだ」
「へえ、無事だと良いね」
「確かに日本人とリコヨーテ人、かち合うかもしれないけど、きっとアイたちが守ってくれている」

 十四時四五分にセットしておいたアラームが鳴って、太陽達は勉強を切り上げた。
 十五時過ぎに家についた。
 太陽はショルダーバックから教科書類を出した。
 桜歌もトートバッグを置いていく。
 二人で美優の家まで自転車で向かった。

「来るの早かったね」

 制服の美優は玄関の前で立っていた。
 太陽はケータイを開く。十五時十三分だった。

「太陽じゃん、来んの早っ」
「美亜、お前だって」

 太陽は名前を呼ばれて玄関のドアの隙間を見ると、そこに美亜がいた。

「何よ、部活が一緒に終わるんだから、一緒に帰って何が悪いのよ」
「はいはい、喧嘩しないで、中へどうぞ」

 美優は呆れ顔になって言うと、スリッパを出した。
 すでに玄関からチキンの香ばしい香りがする。外より格段に涼しい。

「お邪魔します」
「桜歌ちゃんいい子ね」
「お邪魔します」

 太陽は片付いた家の中を見回した。キラキラした装飾と風船が天井から吊るしてある。

「ジュースは何が良い? メロンソーダとオレンジジュースがあるけど」
「オレンジ!」
「俺も」

 美亜はウェイトレスのようにおぼんにケーキとジュースを乗せて、持ってくる。

「ごめんね、ホールのほうが良かったかな?」
「いやいや、全然オッケーだよな、桜歌?」
「うん、ねね、ろうそくに火つけるの?」
「もちろん、八歳の8のマークだよ」

 美優は台所からろうそくを持ってきた。
 太陽は美優から受け取ると、桜歌のいちごのショートケーキに突き刺した。
 美優がろうそくにマッチで火を付ける。そして、カーテンで光を遮った。

「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー」

 いきなり歌う二人に太陽は出鼻をくじかれたが、歌に参加した。

「ハッピバースデーディア、桜歌ちゃん。ハッピバースデートゥーユー」

 三人が歌い終わると、桜歌がろうそくを吹き消した。

「おめでとー!」
 美優は窓のカーテンを開ける。眩しいくらいに日光が差し込んだ。

「えへへ、ありがとう」

 桜歌は嬉しそうに笑った。

「照り焼きチキンもあるよー」

 美優は大皿に並べた骨のついた照り焼きチキンを持ってきた。

「手作り?」
「チキンはね」
「美味しい」

 太陽が笑うと美優も笑った。
 食べ終わるのを見計らって美亜が子供用の補助輪のついてない二輪車を転がしてきた。

「あたしたちからのプレゼント」
「わあ。お姉ちゃん達ありがとう」
「どういたしまして」

 美優は嬉しそうにする桜歌の頭を撫でた。
「じゃあこんなクソ暑い中、駅まで行くわよ」
 美亜は立ち上がると、時計を見た。
 時計の針は一六時二十分をさしていた。
「もうちょっとしたら行こうよ」
「いや早いうちに行ったほうが良いよ」
「そうだわね」

 美優の意見に美亜が賛同した。

「桜歌行くか?」
「うん」

 太陽は部屋を出る前にケータイを取り出して、桜歌を撮った。
 美優はそんな二人を撮る。

「美優入りたいならそう言いなさいよ。太陽、美優も入りたいって!」

 美亜は壁の飾り付けを背にして立つ。全員、美優のケータイで、タイマー式にして撮った。
 美優は手慣れた操作でケータイをいじる。写真を送った。

「ありがとう」

 太陽は桜歌に写真を見せる。

「じゃあ今度こそ行こう、お邪魔しました」

 太陽は挨拶して出ていく。


「お邪魔しました」
 桜歌も真似する。そしてもらった自転車を転がす。

「そういえば、遥さんは?」
「先に有明まで旅行ついでに行ってるわ」
 美優はそう答える。自転車を物置から出した。スクールバックではなくリュックを背負っている。
「お邪魔しました」
「はーい」
 美優は玄関のドアの鍵を締めた。

「おうおう、皆さん、お集まりで」
「翔斗、時間どおりね」
「一度決めた約束は守らなくちゃな?」

 翔斗はクロスバイクにのり、黄色と黒のリュックを背負っていた。

「風神さん、俺はまだ諦めたわけじゃないから」
「ははは、そっか」

 暑い日差しの中、駅まで皆自転車をこいだ。一五分はかかった。
 桜歌も補助輪のない自転車も乗りこなしていた。
 太陽は友達の家で練習したのだろうなと思った。
(桜歌は友達多いからな。よく怪我して帰ってきたものな)
 避暑地の改札口まで誰も何も喋らなかった。
 桜歌は切符を買おうとしたが太陽に交通系ICカードを買ってもらった。
 四人は上りの電車に乗った。土曜日なので人はまばらにいた。

「美優、テイアのお金換金場ってどこにあるの?」

 太陽は小声で聞く。

「東京スモールサイト。ちょうどそこでそこで魔法の薬を作るフラッシュモブをするの」

 美優はケータイをいじりながら答えた。
 太陽は美亜にもたれかかる桜歌の肩を掴んで前に向かせた。しかし、また美亜にもたれかかった。

「悪いな」

 太陽は申し訳無さそうに謝った。

「ガウカ出てこーい」

 翔斗は桜歌の頬をつついた。
 しばらくすると桜歌の目元に血管が浮き出た。すぐ収まった。そして目をゆっくりと開いた。

「何じゃ、何故わしを呼んだ」
「翔斗。あんた何してるのよ。ガウカには力温存しておいてもらわなきゃならないのよ」
「うるせえなあ、これからのこと話さねえとだろ」
「わしはこれからは太陽の言にのみ聞こう」
「あなたはこれから、前言った通り、東京の有明から降りて東京スモールサイトに行き、姿を消す薬を魔法曲で作る。その後、力を使ってリコヨーテまで運んでもらう」
「姿を消さなくとも正攻法で入ればいいじゃないか?」
「あのね、今、リコヨーテの入り口はドズニーランドよりも遥かに混雑してるのよ」

 美亜は太陽を挑発的に睨む。

「有明とは、有明の月などとも言われるんだ、意味は夜が明けてもまだ空に有る月。今年で言うと十五日より後~二十九日までの月のことだ、毎年変わるんだがな」

 翔斗が自慢気に言った。

「苦手なんだけどな、シング・シング・シング」
「武楽器内のペドルの量が減って、観客の鼓動で、薬の量が決まるの。ちなみに武楽器を出している人には透明にみえる効果はないんだ、つまり、武楽器を出される前に倒さなくてはならない」
「わしはもう寝る、目的地についたら起こすのじゃよ」

 ガウカは眠り込んだ。

「ドラマーはどうするんだ」
「アスが東京の近くに別荘があるから、そこから有明の東京スモールサイトで合流する。アスの家は庶民には貸せないそうよ」
「別荘なんてお金持ちだなあ」
「風神さんのお父さん、クライスタルの家も別荘みたいなものだな」

 翔斗は無遠慮にそういった。

「私は一緒に暮らしてほしいんだけどね」

 美優は悲しい目をして言うと皆押し黙った。

「なんで皆無言なんだよ。本当のことだろ」
「デリカシーないのよね、翔斗」
「なんで美優のお父さんがクライスタルにいるって知ってんだよ」
「あー、こないだ学校休んでた時、気が晴れないから、クライスタルに気晴らしにいったんだよ。ちょうど入った料亭の亭主に日本の事少し話したら、風神さんのお父さんだってすぐわかったんだよ」
「遥さん、有明の東京スモールサイトで合流するんだよな」
「そうよ」
「ふうん、帰りどうにかできないかな?」
 「あっ、そのことなんだけど、リコヨーテにある切り株から日本に帰れないかと思ってるのよ」
「そっか。確かに試す価値がある」
「すごいな、さすが風神さん。考えを巡らせてくれてたなんて」
「あんたに褒められても嬉しくないわよ」
「チビっ子はタマゴボーロでも食ってろ」
 翔斗にそう言われた美亜は「こいつー」と翔斗の髪をくしゃくしゃになるように、髪の毛をかき回した。
「おい、髪、セットしたんだからやめろ」
「あはは」

 美優は笑い、太陽も釣られて笑う。
 大宮につくのはまもなくしてのことだった。

「桜歌、乗り換えだぞ、起きろ」
 太陽は桜歌の肩を叩いた。しかし、深い眠りに落ちているのか、全く起きる気配はない。
「起きないな、仕方ないな、よっと」

 太陽は桜歌をおんぶした。
 桜歌は痩せていて軽かった。
 そして、全員、池袋行きの電車に乗り換えた。
 そこそこ空いていて、椅子に座れた。
 桜歌はまだ眠っている。
 太陽は肩を貸しながら眠気と戦った。ふと横を見ると翔斗も眠っていた。頭をグラグラさせ太陽の方にもたれかかってきた。
 太陽はケータイからシング・シング・シングを聞く。ピアノの音の調べを身に染み込ませる。

「太陽はさ、お金集めて何がしたいの」

 美優は太陽に話しかける。

「うーん、学費かな。後は貯金。あ、でも少し前までは」
「少し前までは?」
「新しいお母さんと新しいお父さんを買って、家も買って、幸せになりたいなあって思ってた」
「あんた、どこまで馬鹿なの? 人を買うなんてまるで王様にでもなった気分?」
 美亜が口を挟む。
「今はちがうよ、子供の頃からずっと守ってくれた。俺は両親が大事な存在だと思っているよ」
「そーう。それはよござんした」
 美亜はつまらなさそうに呟いた。
 太陽は気まずくなってケータイを開いた。
 裕美から、『今日は風神さんちに泊まるのか』ときていたので、『そうだよ』と返した。
「美優は?」
「私? 私はお父さんの店を大きくして、結婚資金にも、子供ができたらそれこそお金かかるし」
「美優やめてあげて! 翔斗が泡吹いて失神するから」
 太陽は翔斗の顔を覗き込んだ。
 うなされている、なんなら歯ぎしりしている。
「美亜は?」
「あたしは広い庭に豪邸ね、執事雇うわ」
「お前、人を買うなんて王様だのなんだの抜かしといて」
「雇うのと買うのは違うわよ」
「ああ言えばこう言う」
「うーんお兄ちゃん」

 桜歌はちょうどよく起きた。

「翔斗も起こすか」
「お客様、終点です」

 太陽は裏声を使って翔斗を起こした。

「びっくりした、なんだよ」
 翔斗はひっくり返った声を出す。

 ちょうど、次は豊洲駅とアナウンスが流れた。
 私鉄に乗った。
 皆、テンションが上がっていた。

「東京スモールサイトまで後少しだな。ガウカ呼ぶか」

 太陽が言うやいなや、桜歌の瞳は閉じて隣りにいた美優にもたれかかった。

「ふむ、ここは東京というところじゃな」と、ガウカが意識を取り戻した。
「管理人に電話して、フラッシュモブやっていいか訊いてみる」
「私が予約取っといたから」
「さすが、風神さん」
「あと、何人か追加で楽器吹く人も呼んどいた、マリンお父さんの呼んだ人とは別にね」
「追加で?」
「ペット一人だと辛いから。まあ相手はプロだ、でも誰が来るかはお楽しみってことで」
 駅から降り、東京スモールサイトにつくと展示品を見て回った
「まあ時間もそんなにないし、待ち合わせの所に行こっか」
「十八時四十五分に来るように言ったから、でももう弾き始めて良いかもね。一つ一つの音が合わさっていく感じが良いんだよね」
「俺、何時に来いとか訊いてないぞ?」
「アスや遥さんには言っといてあるから……場所もここから近いよ」
「今何時だ?」
「十八時三十五分、十分前ね」
「早く行って、場所確保しよう」
 
 太陽の言葉に皆頷いた。
 美優を先頭に歩き出す。
 
 広いホールに出た。真ん中にはドラムのセットがある。
(俺ら本当にフラッシュモブするのか)
 ドラムのあるところに座ってスネアドラムのチューニングをしている女性がいる。金色の髪をなびかせている。真ん前に蛇口のついた緑色の貯水タンクを置く。
「アスだ」
「どうする? 武楽器出したらまずいかしら?」
「そうだね、遠くから楽器持って現れるシュチュエーションにしたいね」

 美優が言っている間にドラムを叩く音が聞こえてきた。

 太陽含め五人は物陰めがけて走った。

「ここの影なら見られないな、ウォレット・ストリングス」

 キーボードピアノが現れた。そしてスタンドと椅子も出た。

「いつの間にキーボードピアノにしたの?」
「お父さんが買ってくれたんだよ」

 太陽は少し照れながら早口で喋る。
 持って行こうとすると、美優が椅子を持ち上げた。

「ウォレスト。私が椅子を持っていくね」

 美優は片手でトランペットを持ちつつ椅子を持った。
 翔斗が見るからに悔しい思いをしている顔なのを尻目に太陽はお礼を言った。

「ありがとう、助かるよ」
「いいえ」
「ウォレ」
「「ウォレスト」」

 他の三人も各々武楽器を出した。
 反対側からにスーザフォンを持ったルイが目に飛び込んできた。スーザフォンは持ち歩くチューバといったところだ。
 太陽は少したじろいだ。
(さては様々な楽器を持っているんだな)
 軽快なドラムから曲が始まった。美優と美亜と翔斗とガウカはスタンバイしている。
 ♪
 太陽は楽しいと、心の底から思った。
 増えていく人と音。衣装は皆バラバラだ。塗装業者。警察官、コックと様々。そしてその各奏者達が弾き始める。

「きれいだ」

 クラリネットのソロとトランペットのソロとサックスのソロは決めてあったらしく、その時々、 美亜と美優とアルケーが順次、立って演奏し皆座り込んだ。
 曲が終わった。

「ありがとうございました」

 皆、二方向に分かれて去っていく。太陽の座っていた椅子は美亜が持っていってくれた。
 太陽の団体も同じくその場を離れた。アスは緑色の貯水タンクを持っていく。とあるブース内に入って、皆、武楽器を消した。翔斗は反対側に歩いていってしまった。

「ありがとうございました。来てくれて」

 美優は太陽にとって名のわからない奏者達にも感謝の言葉をかけていた。

「あの、リコヨーテに帰られるんですか」
 
 美優は自分が呼んだ人に声をかけた。

「いいや。俺たちは日本に帰るよ、リコヨーテも日本なのか定義が曖昧だけど」
「そうですか、今日はありがとうございました」
「いえいえ」
「美優、アスの武楽器を片付けるのを手伝おう」

 太陽と美優はまた、ドラムやシンバルなどをアスと一緒に持っていく。遅れて翔斗が来る。

「アス、消える薬どのくらい溜まった?」

 美優の質問に困ったように頭を振る。

「半分くらいだよな、アス」

 翔斗がフォローした。
 アスは頷く。
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