スイセイ桜歌

五月萌

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第1章 太陽の歩く世界

3 黒須賀大月との会話

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 次の日、太陽は生物部に顔を出す。生物室は音楽室の対面に位置している。そのため、楽器の音が届く。
 太陽はよく耳を澄ました。しかし、まとまりのある音ではなかった。これは各自ばらばらになって誰もいなくなった空き教室で練習しているようだ。パーカッションのドラムの音が調子良く響いている。

(吹部はソロコンか、明日)
 部活動――生物部には二年の先輩が三人、同級生が太陽を入れて三人、計六人だ。タメは大月と美優の二人。先輩は全員特進クラスの人たちだ。

「今の日照時間ならプランクトンも多い」
「知らねーよ」
「さっさと終わらせよう」

 太陽は目的地に着くやいなや、生物部の、代々受け継がれてきたプランクトンネットを水に沈め、すくい取った。

 大月はビーカーに水をある程度貯めた。それからは黙々と帰っていった。

 学校にたどり着いて、靴を履き替えながら、流れてくる曲に耳を傾けていた。

 この音はピアノとサックスだ。太陽には絶対音感というものを持ち合わせていた。
(月の光か、すごいな、三年生か?)音程は確実に捉えられている。

「なな、太陽、バイトどんな感じ?」

 大月がいきなり話しかける。

「唐突だな。嫌な人いないけど。 俺は中で野菜切ったり炒めたり、揚げ物を揚げたりしてるかな」
「俺も働いてみたくて、太陽のとこ応募してる?」
「ああ、人がいつも足りなくて、土日は八時間とかザラかな、慣れるまでは短時間になると思うけど、店長に話し通しておこうか? ちなみに俺からの紹介だと、履歴書はいらない。給料日は十日」
「わかった! 明日十日じゃねーか、給料何に使うんだ?」
「家に二万五千円入れて、三万二千六百円で毎日の昼飯代、今月は妹の誕生日だからプレゼント買っての、だからカツカツなんだよな」
「家にそんなに入れてるのか」
「払わないと家から追い出されんだよ」
「変わってるなあ。親父から毎月のお小遣いが一万で、しかもお弁当作ってくれるぞ、俺のお袋」
「俺には妹がいるから、逆らえないんだ」

「そっか、でもさあ、もしかしたら貯金してるのかもだぞ」
「ないない、妹のピアノ教室勝手にやめさせて、自分とお父さんは外食三昧。桜歌がいても知らん顔するんだよ。カップ麺食えっていってさ!」

「桜歌ちゃんっていうんだ」
「まあな、桜に歌で桜歌だよ」
「絶対、季節間違えてる。誕生日七月なのに。それに太陽も十二月だったよな、誕生日」
「俺んちの両親が変なのは今に始まったことじゃないしな」

 話をしながら、生物室についた。
 大月は生物顕微鏡を取りに準備室に向かった。

(色々成り行きで話してしまった。ぶちまけてよかったのかな)
 太陽は窓の外に気を取られた。

 向かいの窓から美優が手を降っている。片手でトランペットを持ちつつ、もう片方の手をしきりに動かしてアピールしている。
 太陽は恥ずかしくなって会釈した。

「どうかしたのか?」
 大月に肩を叩かれるまで、意識が飛んでいて、何秒か把握していないが美優の姿は消えていた。
「なんでもないよ、話し脱線してすまんな。なんでいきなりバイトするんだ?」
「太陽と仲良くなりたいんだよ」



一週間後の火曜日。
生物部の終わる時間になった。
太陽は大月と美優と帰路についた。美優は自転車を降りて歩いている。途中まで大月は一緒だったが、二人とは別の道に足を運んだ。

「美優」

太陽は思い切って、美優を呼び止める。

「わかってるよ、約束だもんねー」
「そのことなんだけど……」

太陽はなるべく覇気はきのある声を出した。

「ええっ、手作りのネックレス!?」
「レジンで作ろうと思ってるんだけど」

「いいねいいね」と美優は両手でgoodサインを示した。
「俺んちだと、今頃桜歌が帰ってきて宿題やってるから、美優の家でもいい?」
「いいけど、まずはレジンセットを買ってこよう。知ってる? 百円ショップに売ってるんだよ」

 美優はワクワクといった足取りで歩を進める。

「フレームは決めたの? 丸い形か四角か、それとも楕円形?」
「フレームはまだ決めてないけど、チャームは太陽か、月にしようと思っている、太陽のと月のを作る。それ以外は同じ配色にする予定」

 美優は太陽と帰り道は同じだが、太陽の家を追い越して更に十五分は歩きでかかるため、そして今日は楽器を持っていないため、自転車通学をしていた。

 美優の家の近くに新しくできた百円ショップがある。そこへ向かっていた。

「ねえ、私の後ろ乗る?」
「いいの?」
「ニッケ、小学校の頃よくしたじゃん、……いいよ」
「昔は俺が前乗ってなかったか?」

 太陽はショルダーバックを美優の自転車カゴにつっこんだ。

「それもそうだね、でも、太陽チビだし痩せてるし、小学校の頃と成長してるかな?」
「変わってるわ! 身長だって同じくらいだ」

 太陽はリアキャリアへ腰掛けた。掴むところは迷ったけれど美優の肩にした。
 美優は落ちないでね、と目配せするとペダルを強く踏み込んだ。
(こんな俺が言ったら気味が悪いだろう)
 太陽は美優からラベンダーのようないい匂いがする事に気がついた。

 直ぐに到着した。
 美優は並行して太陽が持つ買い物かごにレジン液を次々に入れた。

「そんなに必要か?」
「たくさん作りたいじゃん? うちUVライト持ってるし」
「やっぱり丸が」
 太陽がいいかけた時、目を見張った。
「太陽と月だ」

 太陽と月のパーツを見つけた。

「「掛け合わそう」」

 二人同じことを言った。


 その後。美優の家に行き、不器用なりにレジンのネックレスが完成した。そして夜その御礼に桜歌をつれてご飯に行くことを約束した。

 美優の家から歩いて五分程度のファミレスにいた。

 実は太陽は母親の裕美と喧嘩をした。

「毎日毎日よく食べ物を用意しないな!」
「なんで? カップ麺があるじゃない」
「俺も桜歌も育ち盛りなんだぞ! 桜歌行こう。俺の奢りで食べに行こう。そっちだってお父さんが執行猶予ついて外食三昧なんだから出かけてくるからな!」
「ちょっと。外食に使うお金があるなら家にもっと入れなさいよ」
「はあ」

 太陽は無視して桜歌の手をひく。
(高校生の俺には二万五千円で限界なんだよ! はあ、死にたい)
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