元引きこもり、恋をする

五月萌

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13 優陽と朝陽と太陽

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優陽は葉子に水を渡すと相当のどが渇いていたのか半分近く飲み込んだ。

「逃げてきました。養父母に赤ちゃんと私が虐待され始めて」

葉子は朝陽を大切に抱っこしている。

「どこかに、ビジホとか泊まったりしないんですか?」
「3週間くらい、ビジホに住んでいたんだけど、お金も住む場所もなくて昨日は漫画喫茶に泊まっていたんですが、この子の夜泣きでそれも今後は難しいそうで、家に帰ったら殴られて」

葉子の目のクマが酷い。

「一緒に住めないか、母さんに聞いてみます」
「私……、迷惑かけてごめんなさい」
「困ったときはお互い様です」

優陽はケータイを取り出す。
葉子は両手で目をおさえた。

『あ、母さん。ちょっと大事なことで電話したんだけど、実は石塚さんが~~~~』

優陽と美優の話はとても長く続いた。2時間近く話し合っていた。
葉子は呆然とその様子を眺めていた。

「本当に父親の血をついでないのなら敷居をまたいでもいいんですって」
「本当です。石井さんの家に泊めてくれんですか?」
「そういう事です」
「何度も助けられてますね。ありがとうございます」

葉子はやっといつもの笑顔になった。

「連絡先聞きたいですけど」
「あと3ヶ月待ってください。半年間石塚さんのことを好きでいつづけないと好きでいちゃいけないと、母さんと約束したんです。……あっ」

優陽は口を押さえた。

「私も! 私も好きです」

葉子は必死に赤ん坊を抱きしめながら立ち上がった。
周りを通り過ぎる人が見てくる。

「でも母親に、これが、転移なのかもしれないと思われてるんだ、だからあと3ヶ月待っていてくれませんか?」
「待ってます。じゃあ連絡先交換し合うのがだめなら、固定電話はどうですか?」
「そうですね、固定電話はいいかも知れません。聞いてみます。さあ行きましょう、葉子さん」
「え? 今葉子さんって」

葉子はびっくりした顔で優陽を見る。

「嫌でしたか? すみません」
「いえいえ、嬉しいです、私も優陽さんと呼んでもいいですか?」
「もちろん、あと、敬語もなるべくやめましょう、って僕がやめられてないか」
「わかりました、いえ、わかったよ」

3人は電車に乗って着席した。人はまばらで空いている方だ。
赤ん坊はよく眠っている。その顔の薄い唇と切れ長の目が葉子に似ていた。

「赤ちゃんは、朝陽君? それとも、朝陽ちゃん?」
「女の子だよ」
「朝陽ちゃんかー」
「そうだ、紙おむつとか買わなきゃだ。でもお金が……」
「僕が払うよ。抱っこ紐やベビーサークルなんかは母さんと母さんの車で買いに行こう」
「お金は必ずお返しするから。子どものために貯めていたお金が家にあるけど、養父母に勝手に使われてないといいんだけど」
「僕、社会人時代にで貯めたお金あるから、なんとかなるよ」
「ありがとう、優陽君がいなきゃどうなってたことか」

葉子は朝陽を抱えながら手を合わせる。
2人は電車を降りた。

「朝陽って僕の優陽の名前とかけてるの?」
「それもあるけど、日の出に生まれたの」

葉子は優陽の歩幅に合わせるようにすぐ隣にいた。
葉子からいい匂いがする。
優陽は理性を保つ。

「えっと、薬局までついたよ」

葉子は薬局の目の前をガン無視して歩こうとする優陽を引き止めた。

「あーーあ、ばーぶー、うああ」

朝陽は目を覚ましてぐずりだした。

「ごめん、私、泣き止ませてからいく。もしよければ、買ってきてくれないかな?」
「紙おむつと、粉ミルクと哺乳瓶くらいだね?」
「お願いね。おーよしよし」
「オッケイ」

優陽は店内に入ってかごを持った。
紙おむつは1番小さなサイズだな。粉ミルク、哺乳瓶っと。
優陽は急いで買い物をして戻った。
朝陽は泣き止んでいて、優陽を見て笑った。
可愛いらしい。

「明日、父さんと会うんだった」
「生きていたんだ。それは良かったけど、私何も聞いてないよ」
「遠いところで暮らしてるらしいけど。もし良かったら明日、一緒に会わない?」
「朝陽が」
「明日、桜歌叔母さんが母さんを連れ出してくれるらしいんだ。桜歌叔母さんと母さんに任せてみようよ」
「そんな勝手なこと許してくれるかな?」
「大丈夫だって」

言っている間に、石井家に到着した。

「お邪魔します」
「汚いところですが。どうぞ」
「まったくもう! 一言余計だよ!」

美優は玄関まで出迎えに来てくれた。

「美優さんですか? 綺麗な人……」
「あなたは石塚さんね、葉子ちゃんでいい?」
「はい、なんでも」
「葉子ちゃん。あなた、確かに太陽の子供ではなさそうね。太陽はあと10発ぶん殴られた顔をしてるはずだし」
「明日、お父さんに会いに行きたいんですが朝陽――赤ちゃんの世話を頼めませんか?」
「そうね、一つ条件があるの」

案外美優は怒らず、話を聞いてくれた。

「条件?」



次の日

さっきから優陽の左手と葉子の右手がコツンと軽く当たっている。
優陽はどぎまぎしていた。
手をつなぎたい。
優陽は恋愛感情でいっぱいだった。
美優の言葉を思い出してなんとか理性を保っていた。

「ここでいいんだよね?」

看板の下で、サングラスに帽子を被った男がタバコを吸っていた。2人を見てサングラスを外した。

「優陽、葉子、大人らしくなったな」

紛れもなく、年をとった太陽だった。

「葉子さんが突然来て驚かないんですか?」
「おう、美優から連絡を受けているからな!」
「母さんが?」
「お父さん9年ぶりだね」
「もうそんなにたつのかー」

太陽はタバコの吸い殻を携帯灰皿に入れた。
店内に入った。

「お父さん、私小さい頃聞いたから曖昧だけど、私ってお父さんと血、つながってないんだよね。昔お父さんの血液型聞いた時、AB型って言っていたよね」
「言ったけど、そんな事気にしてたのか?」
「美優母さんがなんで、会うことを許したか教えてやろうか?」
「なんでだ?」
「父さんの何かでDNA鑑定をして、俺等が関係を築いてもいいかという確認するためだよ」
「そうか、お前たちそんな仲なんだな」
「タバコの吸い殻でいい、鑑定に使わせてくれないか?」
「ほら、髪の毛もやる」

太陽が大人しく携帯灰皿と髪の毛を渡してきたので、優陽は尻込みした。
葉子は冷静に受け取った。ジップロックにしまう。

「で、そんなことのために来たんか?」
「それは! これも大事だけど……」
「父さんはリコヨーテで働いているの?」

葉子はフォローする。

「俺のことを知りたいのか? 俺のことは死んだと思ってくれて構わない」
「それじゃあだめだ! 離婚したとか関係ない、俺の父さんなんだから」
「強情な所は美優譲りだな。……そうだな、空に浮かんだ世界って言えばわかるかな? テイアという世界で音楽関係の仕事をしている」
「もう戻ってこないつもりなのか?」
「地球上で俺は死んだことになっているから、保険とか関係のない世界で暮らさなくてはならないんだよ。これが最後だ、もう戻ってこない。美優は愛想つかせて会えないし、二度と話さないと言われたから」
「お父さん、私ね、デイケアのスタッフとして働いているの。今育休中なの」
「子供? 優陽との?」
「違うよ。私が愚かだった。ホストの人とワンナイトで子供できちゃったの」
「降ろさなかったのか」
「孤独だった私に神様が生きる意味をくれたんだと思って、降ろせなかった」
「2人で育てるのか?」
「わからない……」
「当たり前だろう! 育てるに決まっている!」
「そうか、それなら良かった。……葉子、おめでとう、チョコケーキでも食べるか?」

太陽は明るく振る舞っている。

「食べる!」
「僕もなにか頼むかな。プリンアラモードにしよ。ここは僕が持つから」
「いや、俺が払う」
「じゃあ、僕と父さんの割り勘で」
「そうだな、そういえば優陽、今どこで働いているんだ」

3人は一瞬黙って顔を見合わせた。

「ゴホン! 働いてないんだ。デイケアに通ってる」
「ゴホン」

優陽と太陽はお互い気まずい様子で咳払いをする。

「親子だなぁ」
「これから、子供を育てるんだ、いくらあっても足りんぞ」
「うるせぇな、働こうと思ってたところだよ。あと3ヶ月したら」
「正社員になれよ」
「なれんのかな?」
「なれるよ! 美優はやろうとしたことに一生懸命未来を見出してくれる。美優のことだから、専門学校行くなり、就活するなりする金は出してくれるよ。俺みたいなギャンブル依存症とかじゃなければ美優に嫌われるはずないから」
「ありがとう」
「久々に、ステーキ頼むかな」

太陽は3人、それぞれの食べたいものを店員に注文した。
少し、沈黙の間が流れた。

「そういや姪っ子がいるって言ってなかったっけ?」
「いるけど、今、チェコに住んでるよ。前日本にいた義理の姉の子供がいたんだけど、チェコの人と結婚して今は頼れないの」
葉子は喋っていると店員が料理を運んできた。

「おまたせしました。ご注文の品おそろいでしょうか?」
「はい」
「ごゆっくりどうぞ」
「「「いただきます」」」

太陽と優陽は料理が来るやいなや、目の色を変えてパクパクと食べている。

「親子だなぁ」

葉子は小さく頷く。そして、ケーキに手を付けた。

「ねえ、記念に写真撮ろう?」
「いいよ」
「うん」
「あ、すみません、店員さん! 写真お願いします」
「はいー、……いきます、ハイチーズ」
「「「ありがとうございます」」」

3人は写真を撮ってもらい、頭を下げた。

「そろそろ解散しよう」と太陽は言った。

優陽は太陽とはもう会えないんだと思うと身が引き締まる思いだった。
そんなこととは裏腹に太陽は割り勘した額を財布から出している。

3人は外に出た。

「それじゃ、元気でな」
「待って、最後にハグしよう?」
「父さんとだけ?」
「じゃあ3人で」
「いいぞ」

3人はお互いを抱きしめあった。
この時の汗や加齢臭やヘアトニックや柔軟剤の匂いを一生忘れないだろう。

「ありがとう」

葉子は泣いていた。
優陽はハンカチをポケットから出して、葉子の涙を拭った。
2人は家に帰るとDNA鑑定キットをネットで注文した。
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