リアル氷鬼ごっこ

五月萌

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西川香織の場合

「うーむ」

西川香織はテレビを見て1人唸っていた。現在の時刻は13時だ。
18歳が子になるだと?
香織には推しているアイドルがいた。
ストキン。ストロベリーキングスの略称である。そこに所属している黒須ウママ君が18歳なのだ。

「ウーマ君、大丈夫かな。うん、やっぱり様子を見に行こう」

ウママの住所は大枚をはたいて特定している。ここ、埼玉から約一時間の東京に住んでいる。
乗り気になればやることは早かった。
自分はやるときはやる女なのだ。
ケータイ、お金、カード、タバコ、ハンカチ、鬱病の薬、鍵などをショルダーバッグに入れて、着の身着のまま部屋を出た。
すぐ近くの駅につく。
ウママの部屋の近くについたら、明日の氷鬼ごっこに間に合うように、部屋を遠くから監視してよう。
ガタンゴトン。
電車の揺れに応じて、気持ちが大きくなっていく。ウママをこの身を捧げても守ってあげたいと思った。
さっきから乗客になにかジロジロと見られている。流石にジャージは目立つようだ。
厚底のヒールを履いたミニスカでモノトーンコーデの女の子と目があったので思い切り睨んでおいた。女の子は慌てて目をそらす。
周りの見ていた人は哀れんだ顔に変わっていった。
子に選ばれた、とでも思ったのだろうか? 59歳に見られたのだろうか。
苛立った香織は電車から降りると喫煙室で一服した。はじめのうちはふかすだけだったがいつの間にかヘビースモーカーになり喫煙して20年はたつ。
それにしても、タバコが美味い。
輪っかのように煙を吐き出した。イライラは収まってきた。
香織は喫煙室から出ると、電車に再び乗り込んだ。椅子にどっかりと座り込む。
目当ての駅までケータイをいじっていた。そして、目当ての駅につくとカードを持ち、改札を抜けた。
タクシーを呼び、乗車する。住所の場所はナビで探してもらった。そして、念願のストキンメンバーの部屋の近くにたどり着いた。
アパートのストキンのメンバーの部屋はカーテンで光を遮っていた。ストキンのメンバーは2階だ。
これではいるのかいないのかわからない。
どうするか悩んでいると、ラッキーなことにウママが部屋から出てきた。帽子とマスクで変装しているが、金色のメッシュの入った茶髪は間違いなくウママだ。
香織は今すぐ、マシンガントークしたい気持ちを抑える。次に、どこに向かっているのか後をつけた。
道を曲がっていき、緑道を進んでいく。そして、大通りに曲がるとタクシーを拾った。
香織もタクシーに合図して乗ると、前のタクシーを追いかけさせる。
タクシーは止まる。メイド喫茶の前に停止した。
香織はどうするか思いあぐねると、ウママが1人のメイドの手を引っ張って戻ってきた。
その子はナチュラルメイクの黒髪ツインテールの女の子だった。
再び、タクシーは発進した。
香織は追いかけていた。
恋人かしら? そんな事ある? 
車は大通りで渋滞に巻き込まれていた。
事故か事件があったようで救急車とパトカーのサイレンが鳴っている。
そのためか、ウママと女の子はタクシーから降りて、走って行ってしまう。
香織もストーキングしようと急いでタクシー代を払っている間に、ウママ達の姿はこつ然と消えてしまった。まるで自分の存在に気づいているかのようだった。


黒須ウママの場合。

俺は明日捕まってしまうだろう。その証拠に変なおばさんに後をつけ回されている。だから、黒須陵くろすりょうに捕まえてほしいと願った。
陵はメイド喫茶で働く自分の妹だ。1歳年下で同じアパートで暮らしている。メンバーも寝泊まりすることはあれど、陵に手を出すことは決して無い。そもそも、どうやら陵には彼氏がいるらしく、旅行した際にお土産を持って帰ってきたり、彼氏入りの写真をみせつけられたり、などの姿を度々目撃しているのだ。
ウママは家族の陵に捕まることを決めた。どうせ100年生かしてもらえるんだから何も臆病になる必要など無い。失敗のリスクはあれど、陵が死ぬより何倍もマシだ。
今は大通りに面したカフェに来ている。

「お兄ちゃん、どうしようか、明日」
「お兄ちゃんの友達で、コールドスリープに入りたいって子がいるんだ、だから、何の心配もないよ。陵」
「そうなの!? それは助かるー」

陵は手放しで喜んでいる。
もちろんコールドスリープに入りたいなんて人はいない。本当のことを言ったら嫌がるだろう。つまり、陵が着替えないと何も始まらないからだ。

「でもバイト中になんで連れ出したの? 怒られちゃうじゃん」
「悪い、早く安心させたくてさ。ってか、鬼になるんなら働かなくてもいいんじゃねえか?」
「だめだよ、大学に行く、学費払えなくなっちゃうじゃん」
「変なところ真面目だな」
「変なところは余計ですー」
「ははは」

2人はひとしきり笑うと真面目な顔になった。

「お兄ちゃんはどこに逃げるの?」
「俺はその辺をウロウロする予定」
「それじゃあ運次第で捕まる可能性もあるわけでしょ」
「そんなこと言ったって、安全な場所なんて無いんだよ!」
「そうだ、エレベーターに乗ってさ、緊急停止させれば」
「無理だよ、管理員にいくら払うつもりだよ」
「逆に人の集まる場所行く?」
「せめて陵と側にいたい。ちゃんとコールドスリープにかかりたい人呼ぶから、触ったら着替えれば大丈夫だよ」
「そうだね、私も鬼が来たらお兄ちゃんの事守るよ」
「鬼が来たら逃げるからさ」

気づけば、15時まで会議していた。
あのアパートに帰ることになった。


西川香織の場合2

「ウーマ君」

香織は思い切って、ウママに声をかけた。

「鬼、ですか?」
「違うわ。あなたのファンです。気をつけてくださいね。鬼が来たらあたしがはっ倒すんで逃げてください」
「行こう、関わっちゃいけない人だ」
「待ってください、あの、サインを」

ウママはドアを開けて陵を先に入れて、中に入った。鍵を閉められた。
香織は一瞬のことで油断した。

「明日はどこに行く予定なんですか?」

ドアをどんどん叩く。

「帰ってください、警察呼びますよ!」
「違う、あなたを守りたいの!」

香織は無反応になったウママに軽く失望した。
ひどく喉が渇いた。
しばらく出てこないだろうと思い、近くのコンビニへ向かった。
食料のパンと水、タバコを買った。

「こうなったら、1日中見張ってやるわ」

香織はその言葉通り、あのアパートの付近でタバコを吸いながら、何時間も時間を潰した。失業中の自分にはちょうどよかった。旦那も他の女のところに行ってるだろう。

ブロロロロ。

朝の4時位に変化があった。
ピザ屋のようなバイクに乗った、鬼が来た。背広を着ている。鬼の被り物でスコープを付けている。ウママのいるアパートの前に何かダンボールのようなものを運んでいく。引き返すときに、香織に目をやったが特に何の反応も示さないで行ってしまった。

朝の6時、ウママのいるはずの扉が開いた。出てきたのはウママではなかった。同じアイドルグループの吉橋よしはしゴロロだった。
ゴロロは長身で程よく痩せていて男性からの人気もある、智勇兼備ちゆうけんびな22歳の男性だ。すぐにダンボールの箱に気がつく。部屋に持ち込んでいなくなってしまった。

もうすぐお昼の10時30分になる。
香織は何度も何度もケータイで確認して時間のたつ遅さに辟易していた。

『18、33、59、61歳の皆さん。今から30分後にどきどき氷鬼ごっこの時間がやってまいります。どうか子の皆さん、逃げ切ってくださいね』

まるでお楽しみ会を開くようなその声と対称に香織の心は冷たく凍えてしまいそうだった。
30分後。
ウィーーン!
サイレンが鳴った。

「そろそろ出てきてもいい感じね?」

そう思っていた香織は目を疑った。
黒いワゴン車がアパートの前に止まったのだ。3人の背広に鬼の被り物をした成人男性が3人が出てきた。
何故? 普通の鬼ではなさそうだ。車を運転したら処罰が与えられるはず。
嫌な予感がした。
鬼の被り物をしている背広姿の男達はアパートの2階のウママの部屋に入っていく。鍵は開いていたようだ。そうしてウママが運ばれていく。

「ちょっと! 何してるのよ! まだ氷鬼ごっこはスタートしたばかりじゃない!?」

香織は背広の男に静止させられるのも構わずぐいぐい詰め寄った。
「一般人の乱入です!」

背広の男の1人が胸ポケットからトランシーバーを取り出して、叫んでいる。

ピリ、ビリリリリ。

香織の肩から全身にかけて電気が流れた。

「痛いいいいいいい」
「お兄ちゃん!」

女の子が2階から見ていた。
香織がふと倒れながら見た光景は、女の子の鬼が涙声を出しながら暴れているがゴロロに抑えつけられている光景だった。
あの女の子は妹だったのか。
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