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問題の中心はあたしだし
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あたしは南島先生に呼び出され、事務机のたくさん並んだ職員室に入った。すぐに先生はあたしを見つけ、手招きした。
そして、少し声の音量を下げて話し始めた。
「なんとなくね、クラスが二つに分かれている気がするの」
「そうですか、あたしにはよくわかりません」
「何か知っていることはないかしら?」
「どうしてあたしに?」
南島先生は少し考えると、話を続けた。
「朱巳さん、いじめられてたりしない?」
あたしの呼吸は、数秒、止まってしまった。心の中のあたしは、両手を何度も上げている。中学の時にいじめられていたけど、先生の方から声をかけてくれたのは初めてだったから。
胸の中で固まっていた重たいものが、ふわっと軽くなった気がする。
「そんなことはないです」
「そう? それならいいんだけど。なんとかならないかしら」
「無理です」
あたしは即答した。
「やっぱり、気づいているじゃない」
「え、あ、なんとなくは」
南島先生は、ふうっと、ひと呼吸した。
「私ね、中学生の時、いじめにあっていたの。だから、こういうのは敏感なのよ」
ちょっと息苦しい。空気が薄い気がする。
「前に、班分けして話し合ったことがあるじゃない。あの時、盛り上がっている班と、そうじゃない班があって」
確かに、そんなこともあったかもしれない。あたしの班は、盛り上がらなかったけど。
「それで昼食時とか下校時、ちょっと様子を見ていたの」
そっか、それで下校の時に教室の近くにいたんだ。
「なんとかならないかしら」
南島先生は、また同じことを言った。
「あたしに相談されても……」
こういうのは、先生がなんとかするものでしょ、と言いたかったけど、言葉を飲み込んだ。
自分がいじめられていた時のことを思い出したら、胸の下あたりがムカムカして、吐き気がしてくる。
「そうね、ごめんなさい。でも、いじめられていたら、絶対に相談してね」
「はい、わかりました」
あたしはお辞儀をすると、職員室を出た。
確かにうちのクラス、二つのグループに分かれちゃっているけど、喧嘩したり険悪な雰囲気でもないからいいんじゃないかな。
あたしがちょっとだけ気にしなければでいいわけだし。そもそも、そんなに友だち、たくさん欲しいとも思わないし……嘘だ。これは強がりだ。
でも、先生からこんな風に気にかけてもらったのは初めて。目の下がちょっと熱い。鼻水も出そう。あたしは、何もない廊下で、軽くつまづいた。
♪ ♪ ♪
朝の教室は相変わらずちょっと変なにおいがする。古びた木のにおいというか。そんなこともあって、授業が始まるまでは窓を開けてある。
特に、週末明けの月曜日は、窓を開けていてもにおいがけっこうきつい。
窓から見える空は青というよりは水色。やや灰色が入っている。雲らしい雲は見当たらないけど、それほど綺麗じゃない。
「楼珠、おはよ! どしたの?」
「おはよ」
「もしかして、元気なかったりする?」
「なんでもないけど、なんとなく」
あたしが葉寧を見上げると、葉寧は寺沢さんの席に座った。
「葉寧、学校であまりあたしに話しかけないほうがいいんじゃないかな」
「どうして?」
「なんとなくだけど、クラスの空気が割れているというか」
「そうだね」
葉寧はまったく気にしていないことを伝えたかったのか、即答した。
「あたしと話していると、葉寧からみんな、離れちゃうかもよ」
「大丈夫だよ、私から絡んじゃうから」
そう言うと、葉寧はケタケタと笑いながらあたしに近づき、両腕であたしの首を絞めた。
「葉寧さん、おはよう。葉寧さん、そこ、どいてもらっていい?」
「おはよ!」
「おはよ」
たまたま、二人とも挨拶が重なってしまった。そっか、葉寧のことは「吉崎さん」じゃなくて「葉寧さん」か。
寺沢さんの言葉の中には、あたしの名前はなかった。こういうのって、地味に傷つく。
この人は、あたしの何が気に入らないんだろうか。それにしても背が高いな。五センチでいいからわけてほしい。
葉寧は、「ごめんごめん」と言いながら、椅子から立ち上がった。
「椅子、暖めておきましたから、ご主人様」
「それ、草履じゃないの?」
「うふふ、同じようなものだよ」
カラカラ――誰かが窓を閉めた。すると、窓際の生徒たちはいっせいに窓を閉め始めた。
そして、いつもと変わらない一日が始まった。
憂鬱なのはホームルームの時間。先生から連絡の後、少し時間があるんだけど、寺沢さんはクラスのリーダー的存在で、既に先生よりも発言権がある。
寺沢さん自身が何か意見を言うわけでは無いけど、シャキシャキと議題を進め、あたしたちが答えに迷っていると、二択や三択の提案をしてくれる。
こういうの、ファシリテーションって言うのかな。
授業と違って、各自に意見を求められるので、つらい。
「朱巳さん、これについて何か意見はありますか?」
あたしは椅子に座ったまま、何か、当たり障りのない答えを探した。
「特に、無いです」
ただでさえ目立つから、ここで目立ってしまうと、外見と中身のギャップを埋めるのが大変になる。
座ろうとしたら、床に落ちている消しゴムが目に入った。場所から考えて、前の男子生徒かも。あたしは消しゴムを拾い、前の机に置いた。
「消しゴム……」
「あ、どうも」
男子生徒は、こっちを見ずに答えた。なんか、嫌な感じ。
ホームルーム後、前の方から声が聞こえてきた。目の前の生徒が誰かと話している。
「ああいうのって、ありがた迷惑だよな」
「わかるわかる」
もしかして、あたしのことかな。消しゴム、親切のつもりで拾ったんだけど。自然と背中が丸くなってしまう。
なんとなく、寺沢さんがこっちを見た気がする。
♪ ♪ ♪
最近、授業が終わって休憩時間になると、ひっきりなしにクラスメートが話しかけてくるようになった。寺沢さんグループのメンバーだ。
これが何日か続き、目的はわかった。
「あ、ちょっと……」
「せっかく、今、いいところを話しているんだから、聞いてね。同じクラスなんだから」
「う、うん」
一見、仲良くしたいという態度を取って、トイレに行かせない作戦。証拠の残らない陰湿ないじめの手口。
あたしは隣の席の寺沢さんを見た。寺沢さんは寺沢さんで、普通に他の生徒と話をしている。
そんなわけで、午前中はトイレに行けないことになった。女の子の日、どうしよう。あまり快適じゃないけど、夜用のやつにしようかな。
午前の授業が終わり、急いでトイレに行って用を済ませると、教室に戻った。
今日はいつもより早くお弁当を食べなくちゃ。
火曜日は月曜日と違って、ちょっと気持ちが軽い。なんといっても、バンド練習がある。爆音でギターを鳴らせるのは最高――なんて考えていたら、葉寧がいつものように前の席に座った。
早めにお弁当を食べ終わった私は、教室の後ろに移動し、立てかけてあったギターケースを床に置いてギターを出した。
ボディの色はヴィンテージホワイト、ピックガードもホワイトのストラトキャスター。ピックアップは三つ。
実は、パパの知恵で、スイッチが追加してあって、ひとつ目のピックアップだけは反転できるようにしてある。切り替えると、テレキャスのような音が出る。
昨夜、自宅で練習している時、一弦を切ってしまった。そのままにしてあったから、今日のバンド練習のために今から弦を張り替えるつもり。
切れた弦がうまく抜けず、しょうがないのでドライバーを使ってボディの裏カバーを外した。カバーを外すと、強そうなスプリングが見える。
あたしは、切れた弦を抜き、新しい弦を穴から差し込んだ。そして、裏カバーをもとに戻すと、ギターケースの上でギターを上向きにした。その時、後ろから誰かが近づいてきた。
葉寧かと思って振り返ったら、寺沢さんだった。
「あれ、このギター、ソウカイのギターじゃん」
「寺沢さん、ギター、興味あるの?」
確かにヘッドの所に英語で「SOKAI」って書いてあるけど、知っているのかな?
「興味はないけど、叔父がソウカイに勤めていてね、いつも自慢しているよ」
「どんなことを?」
「レクターやエルナンデス、有名どころのギターはみんなうちで作っているんだって」
「えー、そうなんだ、知らなかった」
「まあ、私は名前も知らないけど、小さいころから何度も聞かされてさ。あと、エンダーとラーチンとか言ってたかな」
寺沢さんは、あたしのギターをマジマジと見た。ちょっとドキドキする。
「これ、ちょっとかわいい感じがする。どうして?」
あたしは「かわいい感じ」の理由を考えた。もしかしたら、このことかな。このギターを改造する時に、パパがついでにやってくれたやつ。
「このプラスチックの部分、フチだけピンク色に塗ってもらったの。だからかな」
「ああ、なるほど、ほんとだ。カタログとか、何回も見せられたけど、ちょっと違うなって思ったの」
「このギターを買ったときはね、まだ、エレキギターの種類とかよくわからなくて。でも、このストラップをかけるあたりのくびれとか、この、無駄に飛び出ている下の部分とかがすごくエッチな感じがして……」
あ、寺沢さんが引いている……。笑い方が微妙すぎるというか、口は笑っているのに目は笑っていない。
「うん、続けて。もっと聞きたいな」
「え、いいの?」
「うん、もっと聞きたいな」
寺沢さんは、同じセリフを繰り返した。
「じゃあ……それでね、このシングルのピックアップが三つ目だけちょっと斜めになっているのがキュートでね。極めつけはブリッジの部分。ここ、少し浮いていて、レバーを付けると動かせるの。なんだか、ブリッジが背伸びしているみたいでかわいいなぁって……」
一応、パーツを指差しながら説明はしたものの、やっぱり寺沢さんはドン引きしているような気がする。
予想外にあたしと寺沢さんの会話……というか、一方的なあたしのギター解説は盛り上がり、結局、弦交換の完了を待たずして、午後の授業が始まってしまった。
寺沢さん、いい人なのかも。
♪ ♪ ♪
学校が終わり、バンド練習も終えると、大通り図書館へ向かった。いつものようにエスカレーターを上がり、二つの自動ドアをくぐると清水さんが見えた。
「いらっしゃいませ」
「えっと、ミルクヴィエンナください」
「はい、かしこまりました」
なんとなく、清水さんの笑顔を見ると、学校でピリピリと感じていた緊張感が抜ける気がする。そんなわけで、結局、毎週、火、木は、大通り図書館に来ている。
そして、お小遣いの続く限り、マチカフェでドリンクをオーダーしている。火曜日はミルクヴィエンナ、木曜日はキャラメルラテ。
「お待たせしました」
しばらくして、今日は清水さんがカップを渡してくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございました」
やっぱりこういう時、「ありがとうございます」って言っちゃう。まあ、性格ということでいいや。
清水さんの声はどちらかというと高めのトーンだけど、ゆったりとした喋り方でちょっと癒される。
♪ ♪ ♪
休憩時間、いつものように同じクラスの生徒があたしの席に集まって、どうでもいいことを話し始めた。
「ね、朱巳さん、昨日のドラマ、観た? あのドラマって、なんか最初から結末が見え見えだけど、ついつい観ちゃうんだよね」
「観てないけど」
「えー、観てないの? じゃあ、ストーリーを教えてあげるよ。あのね――」
いつもこんな感じで、休憩時間いっぱい、誰かが話をしていく。ドラマのネタばらしなら、いくらでも話せるよね。
そして、あたしはトイレに行けない。しかも、今日は女の子の日。困ったな……。
----------------
あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
いじめネタは、ネットでママ友さんたちのいじめをちょっと調べて書いてみました。なかなか陰湿ないじめ……えぐいなって思ったりします。
悪用しないでくださいね。
おもしろいなって思っていただけたら、いいね!して頂けると、転がって喜びます。さらに、お気に入り追加してくださると、スクワットして喜びます。
それではまた!
そして、少し声の音量を下げて話し始めた。
「なんとなくね、クラスが二つに分かれている気がするの」
「そうですか、あたしにはよくわかりません」
「何か知っていることはないかしら?」
「どうしてあたしに?」
南島先生は少し考えると、話を続けた。
「朱巳さん、いじめられてたりしない?」
あたしの呼吸は、数秒、止まってしまった。心の中のあたしは、両手を何度も上げている。中学の時にいじめられていたけど、先生の方から声をかけてくれたのは初めてだったから。
胸の中で固まっていた重たいものが、ふわっと軽くなった気がする。
「そんなことはないです」
「そう? それならいいんだけど。なんとかならないかしら」
「無理です」
あたしは即答した。
「やっぱり、気づいているじゃない」
「え、あ、なんとなくは」
南島先生は、ふうっと、ひと呼吸した。
「私ね、中学生の時、いじめにあっていたの。だから、こういうのは敏感なのよ」
ちょっと息苦しい。空気が薄い気がする。
「前に、班分けして話し合ったことがあるじゃない。あの時、盛り上がっている班と、そうじゃない班があって」
確かに、そんなこともあったかもしれない。あたしの班は、盛り上がらなかったけど。
「それで昼食時とか下校時、ちょっと様子を見ていたの」
そっか、それで下校の時に教室の近くにいたんだ。
「なんとかならないかしら」
南島先生は、また同じことを言った。
「あたしに相談されても……」
こういうのは、先生がなんとかするものでしょ、と言いたかったけど、言葉を飲み込んだ。
自分がいじめられていた時のことを思い出したら、胸の下あたりがムカムカして、吐き気がしてくる。
「そうね、ごめんなさい。でも、いじめられていたら、絶対に相談してね」
「はい、わかりました」
あたしはお辞儀をすると、職員室を出た。
確かにうちのクラス、二つのグループに分かれちゃっているけど、喧嘩したり険悪な雰囲気でもないからいいんじゃないかな。
あたしがちょっとだけ気にしなければでいいわけだし。そもそも、そんなに友だち、たくさん欲しいとも思わないし……嘘だ。これは強がりだ。
でも、先生からこんな風に気にかけてもらったのは初めて。目の下がちょっと熱い。鼻水も出そう。あたしは、何もない廊下で、軽くつまづいた。
♪ ♪ ♪
朝の教室は相変わらずちょっと変なにおいがする。古びた木のにおいというか。そんなこともあって、授業が始まるまでは窓を開けてある。
特に、週末明けの月曜日は、窓を開けていてもにおいがけっこうきつい。
窓から見える空は青というよりは水色。やや灰色が入っている。雲らしい雲は見当たらないけど、それほど綺麗じゃない。
「楼珠、おはよ! どしたの?」
「おはよ」
「もしかして、元気なかったりする?」
「なんでもないけど、なんとなく」
あたしが葉寧を見上げると、葉寧は寺沢さんの席に座った。
「葉寧、学校であまりあたしに話しかけないほうがいいんじゃないかな」
「どうして?」
「なんとなくだけど、クラスの空気が割れているというか」
「そうだね」
葉寧はまったく気にしていないことを伝えたかったのか、即答した。
「あたしと話していると、葉寧からみんな、離れちゃうかもよ」
「大丈夫だよ、私から絡んじゃうから」
そう言うと、葉寧はケタケタと笑いながらあたしに近づき、両腕であたしの首を絞めた。
「葉寧さん、おはよう。葉寧さん、そこ、どいてもらっていい?」
「おはよ!」
「おはよ」
たまたま、二人とも挨拶が重なってしまった。そっか、葉寧のことは「吉崎さん」じゃなくて「葉寧さん」か。
寺沢さんの言葉の中には、あたしの名前はなかった。こういうのって、地味に傷つく。
この人は、あたしの何が気に入らないんだろうか。それにしても背が高いな。五センチでいいからわけてほしい。
葉寧は、「ごめんごめん」と言いながら、椅子から立ち上がった。
「椅子、暖めておきましたから、ご主人様」
「それ、草履じゃないの?」
「うふふ、同じようなものだよ」
カラカラ――誰かが窓を閉めた。すると、窓際の生徒たちはいっせいに窓を閉め始めた。
そして、いつもと変わらない一日が始まった。
憂鬱なのはホームルームの時間。先生から連絡の後、少し時間があるんだけど、寺沢さんはクラスのリーダー的存在で、既に先生よりも発言権がある。
寺沢さん自身が何か意見を言うわけでは無いけど、シャキシャキと議題を進め、あたしたちが答えに迷っていると、二択や三択の提案をしてくれる。
こういうの、ファシリテーションって言うのかな。
授業と違って、各自に意見を求められるので、つらい。
「朱巳さん、これについて何か意見はありますか?」
あたしは椅子に座ったまま、何か、当たり障りのない答えを探した。
「特に、無いです」
ただでさえ目立つから、ここで目立ってしまうと、外見と中身のギャップを埋めるのが大変になる。
座ろうとしたら、床に落ちている消しゴムが目に入った。場所から考えて、前の男子生徒かも。あたしは消しゴムを拾い、前の机に置いた。
「消しゴム……」
「あ、どうも」
男子生徒は、こっちを見ずに答えた。なんか、嫌な感じ。
ホームルーム後、前の方から声が聞こえてきた。目の前の生徒が誰かと話している。
「ああいうのって、ありがた迷惑だよな」
「わかるわかる」
もしかして、あたしのことかな。消しゴム、親切のつもりで拾ったんだけど。自然と背中が丸くなってしまう。
なんとなく、寺沢さんがこっちを見た気がする。
♪ ♪ ♪
最近、授業が終わって休憩時間になると、ひっきりなしにクラスメートが話しかけてくるようになった。寺沢さんグループのメンバーだ。
これが何日か続き、目的はわかった。
「あ、ちょっと……」
「せっかく、今、いいところを話しているんだから、聞いてね。同じクラスなんだから」
「う、うん」
一見、仲良くしたいという態度を取って、トイレに行かせない作戦。証拠の残らない陰湿ないじめの手口。
あたしは隣の席の寺沢さんを見た。寺沢さんは寺沢さんで、普通に他の生徒と話をしている。
そんなわけで、午前中はトイレに行けないことになった。女の子の日、どうしよう。あまり快適じゃないけど、夜用のやつにしようかな。
午前の授業が終わり、急いでトイレに行って用を済ませると、教室に戻った。
今日はいつもより早くお弁当を食べなくちゃ。
火曜日は月曜日と違って、ちょっと気持ちが軽い。なんといっても、バンド練習がある。爆音でギターを鳴らせるのは最高――なんて考えていたら、葉寧がいつものように前の席に座った。
早めにお弁当を食べ終わった私は、教室の後ろに移動し、立てかけてあったギターケースを床に置いてギターを出した。
ボディの色はヴィンテージホワイト、ピックガードもホワイトのストラトキャスター。ピックアップは三つ。
実は、パパの知恵で、スイッチが追加してあって、ひとつ目のピックアップだけは反転できるようにしてある。切り替えると、テレキャスのような音が出る。
昨夜、自宅で練習している時、一弦を切ってしまった。そのままにしてあったから、今日のバンド練習のために今から弦を張り替えるつもり。
切れた弦がうまく抜けず、しょうがないのでドライバーを使ってボディの裏カバーを外した。カバーを外すと、強そうなスプリングが見える。
あたしは、切れた弦を抜き、新しい弦を穴から差し込んだ。そして、裏カバーをもとに戻すと、ギターケースの上でギターを上向きにした。その時、後ろから誰かが近づいてきた。
葉寧かと思って振り返ったら、寺沢さんだった。
「あれ、このギター、ソウカイのギターじゃん」
「寺沢さん、ギター、興味あるの?」
確かにヘッドの所に英語で「SOKAI」って書いてあるけど、知っているのかな?
「興味はないけど、叔父がソウカイに勤めていてね、いつも自慢しているよ」
「どんなことを?」
「レクターやエルナンデス、有名どころのギターはみんなうちで作っているんだって」
「えー、そうなんだ、知らなかった」
「まあ、私は名前も知らないけど、小さいころから何度も聞かされてさ。あと、エンダーとラーチンとか言ってたかな」
寺沢さんは、あたしのギターをマジマジと見た。ちょっとドキドキする。
「これ、ちょっとかわいい感じがする。どうして?」
あたしは「かわいい感じ」の理由を考えた。もしかしたら、このことかな。このギターを改造する時に、パパがついでにやってくれたやつ。
「このプラスチックの部分、フチだけピンク色に塗ってもらったの。だからかな」
「ああ、なるほど、ほんとだ。カタログとか、何回も見せられたけど、ちょっと違うなって思ったの」
「このギターを買ったときはね、まだ、エレキギターの種類とかよくわからなくて。でも、このストラップをかけるあたりのくびれとか、この、無駄に飛び出ている下の部分とかがすごくエッチな感じがして……」
あ、寺沢さんが引いている……。笑い方が微妙すぎるというか、口は笑っているのに目は笑っていない。
「うん、続けて。もっと聞きたいな」
「え、いいの?」
「うん、もっと聞きたいな」
寺沢さんは、同じセリフを繰り返した。
「じゃあ……それでね、このシングルのピックアップが三つ目だけちょっと斜めになっているのがキュートでね。極めつけはブリッジの部分。ここ、少し浮いていて、レバーを付けると動かせるの。なんだか、ブリッジが背伸びしているみたいでかわいいなぁって……」
一応、パーツを指差しながら説明はしたものの、やっぱり寺沢さんはドン引きしているような気がする。
予想外にあたしと寺沢さんの会話……というか、一方的なあたしのギター解説は盛り上がり、結局、弦交換の完了を待たずして、午後の授業が始まってしまった。
寺沢さん、いい人なのかも。
♪ ♪ ♪
学校が終わり、バンド練習も終えると、大通り図書館へ向かった。いつものようにエスカレーターを上がり、二つの自動ドアをくぐると清水さんが見えた。
「いらっしゃいませ」
「えっと、ミルクヴィエンナください」
「はい、かしこまりました」
なんとなく、清水さんの笑顔を見ると、学校でピリピリと感じていた緊張感が抜ける気がする。そんなわけで、結局、毎週、火、木は、大通り図書館に来ている。
そして、お小遣いの続く限り、マチカフェでドリンクをオーダーしている。火曜日はミルクヴィエンナ、木曜日はキャラメルラテ。
「お待たせしました」
しばらくして、今日は清水さんがカップを渡してくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございました」
やっぱりこういう時、「ありがとうございます」って言っちゃう。まあ、性格ということでいいや。
清水さんの声はどちらかというと高めのトーンだけど、ゆったりとした喋り方でちょっと癒される。
♪ ♪ ♪
休憩時間、いつものように同じクラスの生徒があたしの席に集まって、どうでもいいことを話し始めた。
「ね、朱巳さん、昨日のドラマ、観た? あのドラマって、なんか最初から結末が見え見えだけど、ついつい観ちゃうんだよね」
「観てないけど」
「えー、観てないの? じゃあ、ストーリーを教えてあげるよ。あのね――」
いつもこんな感じで、休憩時間いっぱい、誰かが話をしていく。ドラマのネタばらしなら、いくらでも話せるよね。
そして、あたしはトイレに行けない。しかも、今日は女の子の日。困ったな……。
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あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
いじめネタは、ネットでママ友さんたちのいじめをちょっと調べて書いてみました。なかなか陰湿ないじめ……えぐいなって思ったりします。
悪用しないでくださいね。
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