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変かもだけど助けたいの
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大学祭に行った翌日の日曜日、また、あたしは旅に出た。とは言っても、あたしの家の近くの駅から電車に乗り、運転士さんから乗り放題切符を買ってひたすら往復するだけ。片道約二十五分。
いつも、大きな駅に向かう方向しか乗らないので、反対側の景色は興味深い。それに、終点駅は二つあるので、気を紛らわせることができる。
そういえば、この路線、電車としてはカーブ半径が日本最小らしい。葉寧が言っていた。
あたしは、電車らしからぬカーブを曲がっていく流れるような景色を眺めながら、昨日、大学祭の帰りに颯綺に言われたことを思い出していた。
♪ ♪ ♪
「楼珠さん、今日は、二海さんにいっぱい甘えてごめんなさい。私、二海さんのこと、好きです。大好きです。でも、二海さんとは結婚できないんです」
「どうして?」
「すみません。両親から口止めされていて……法律上の問題で……このことは、二海さん、知らないはずなので内緒にしておいてください」
「信じるけど、あたしたち、まだ付き合っていないから」
「でも、楼珠さんと二海さんは相思相愛です」
「そんなことは……」
「楼珠さん、今のようにウジウジしていたら、誰かに二海さん、取られちゃいますよ」
そうだ、はっきりさせないと。あたしはもう、以前のあたしとは違う。
「二海さんの気持ちは訊いてないけど、あたしは二海さんのことが好き」
少しの間が空いた。なにか、言いにくそうなことを言おうとしている感じ、男子生徒があたしに告る時と同じ空気。
「あの、今だけは甘えさせてください。もし、一線を越えたとしても許してください。絶対に、結婚はしませんから」
一線を越える……すごい覚悟している感が出ている。オーラって本当にあるのかも。
「あの、楼珠さんが彼女で、私は愛人です」
「う、うん」
うぅ、もう気迫で押されて、思わず返事をしてしまった。
♪ ♪ ♪
電車が終点に到着した。ここは運動公園になっていて、トイレがある。ちょっと座りづかれていたので、電車を降りてトイレに向かった。
二海さん、颯綺に迫られたらどうするんだろう?それに、空手部の女の人、二人とも二海さんの元カノ、あたし、八回も受け入れられるのかな。
ダメかも。復縁されちゃうかも。だって、受付さんだって、すごく綺麗で優しい人だった。颯綺だってマイナス点をつけるところがない。
♪ ♪ ♪
翌週の木曜日、下校しようと階段を降りていたら、穂美とよく一緒にいる男子生徒たちの声が一階の方から聞こえてきた。
階段を下りている途中のあたしには気が付いていないようだ。
「あの口コミの件、やばいんじゃないの?」
「なんか、書き込み元、特定されているらしいじゃん」
「警察に被害届出されたら、まずくね?」
きっと、親あい食堂のことだ。
「寺沢に全部、押し付けるのがいいんじゃないかな?言い出したのは寺沢だし」
「頼まれたのは事実だしな。KINEのやりとりも、そういう解釈で不自然じゃない」
下の階から、トテっトテっという足音が聞こえ、颯綺が階段を登って来た。颯綺はあたしの手を掴むと、二階の廊下まで引っ張っていった。
「楼珠さん、お願いがあります」
「ど、どうしたの?」
「寺沢先輩を助けてください」
「どういうことかな?」
あたしはわざとシラを切った。
「私、薄々気づいていました。悪いのは寺沢先輩ですけど、何とかなりませんか?」
「どうしてあたしなの?」
「以前、SNS騒ぎを片付けた王女様ですから。それに……」
「それに?」
「私、陸上部のマネージャーで、先輩と同じ中学で、ずっと同じ部活で、あこがれの人なんです。悪い人じゃないんです」
あたしはとっくの昔から気づいている。でも、ここで穂美と颯綺を助けて、あたしにとって、いいことがあるんだろうか?
善人なら間違いなく助ける。でも、あいにく、あたしは善人じゃない。
「ごめん、ちょっと……」
血の気が引いてその場にしゃがみこんでしまった。あたしなら助けない。でも、きっと二海さんなら助ける。あの人はそういう人だ。二海さんに顔向けできないようなことはしたくない。
その夜、大通り図書館からの帰り、二海さんに相談した。
「グルになっている生徒がね、穂美だけを悪者にして先生に相談するって」
「それは楼珠にとって良くないこと?」
「うん、穂美、根はいい子だから。きっと、彼氏が色々とあたしの悪口を言ったんじゃないかな」
「楼珠は優しいね」
「そんなことない」
「穂美さんに直接、その話をしたら?」
「そんなことしたら、今度は穂美が孤立しちゃう」
|二海《ふたみ》さんは、右手をあごに当て、何か考え始めた。
「なんとかなるかも」
「どうするんですか?」
「ちょっと残酷だけど、穂美さんのKINEアカウントを削除する」
「そうするとどうなるんですか?」
「相手のKINEでは、『メンバーがいません』とトークに表示されて、証拠隠滅」
「でも、穂美、自分でアカウント削除なんて、理由も言わずにするわけないし……」
「スマホを借りればできるよ。ロックされていても。トラブルに見せかけて」
え?
「そんなことできるんですか?」
「楼珠さ、平川くんと話できるかな」
「はい、前にKINE交換してます。音声通話しますか?」
「ああ、頼むよ」
あたしは、平川くんに電話をかけた。
「もしもし?あ、楼珠です。二海さんが話したいって……じゃあ、替わるね」
二海さんにスマホを渡すと、簡単な挨拶のあと、何やら難しい話を始めた。
「平川くんの家に、使ってないスマホで、シムロック解除しているやつある?」
「ないか……じゃあ、俺のを楼珠に持たせるから、説明するね」
三分ほどかな、何やら平川くんと二海さんはスマホをあたしに返してくれた。あたしは、このスマホを絶対に捨てない。
♪ ♪ ♪
そして翌日、授業が終わり、ほとんどの生徒が教室を出るのを見計らって穂美に声をかけた。
「穂美、言いにくいんだけど、あたしのこと、嫌いだよね」
穂美は立ち上がり、あたしをにらんだ。
「いつから気づいていたの?」
「保健室の時だよ。四月のこと」
「そんなに前から? どうしてわかったの?」
「あの時、あたしが、『髪の毛を黒く塗られた』って言っただけなのに、『墨汁』って言ったから」
穂美は口元を固くした。舌打ちをしたのかな。
「他にもあるよ」
「なによ」
「図書室でのいたずら。あれ、穂美でしょ」
「……証拠はないわ」
「そうね。偶然、キーワードゲームの仕掛けを知っていて、さらに偶然、あたしが中学生時代にいじめられていたことを詳しく知っていた人ね。すごい確率」
「そ、そうね」
「そうなると、五人に絞られるわ」
「他に気づいていた生徒がいるかもしれないわよ」
あたしは穂美の反応を無視して話を続けた。
「夏休みのイベントの時、あたしが出演するのを知っていたのは、穂美だけなの」
「そんな……葉寧さんとかは?」
「他のみんなは、スイッターであたしの写真が炎上したから、『楼珠は出演しない』と言って友だちを誘ったの」
「あの時、土下座した男の人たちは?」
「あれはサプライズ。予定通りのね」
「それから、親あい食堂の口コミのこと」
「あれは、私、知らないから!」
「『あれは』、なの?」
穂美は何も答えず、うつむいたまま震えている。
「華琵、あ、ギターを教えている子、あの子が親あい食堂の子って知っているのは、穂美だけだから」
「でも、学校とは関係のない誰かがやったって可能性だってあるよ」
「そうね。警察沙汰になればはっきりするかも。調べたら特定できるって」
穂美の顔から血の気が引いていくのがわかった。そうか、こんな風に見えるんだ。日焼けしているのに、少し青白くなっている。
「そうよ。私、中学の時、駅前の塾に通っていたから、色々な学校の子たちと知り合いで」
「駅前のところ、レベル高いもんね」
「楼珠のこと、最初は教えてくれなかったけど、あなたと一緒に仲良く写っている写真を送ったら、教えてくれたわ」
「そう」
「食堂も、この付近で『食堂』っていう名前のお店は一軒だけだったから。ごめんなさい、全部、私です。あの、都合のいいお願いってことはわかっているけど、このことは他のみんなには言わないでください」
「うん、言うつもりだったら、こんな時間に話さないよ」
「その、都合よすぎるよね、こんなに酷いことをしておいて」
「帰ろうか。歩きながら話そ。その方が気持ちも少しは楽になるよ」
「うん」
あたしたちは、下駄箱で靴を履き替え、自転車置き場へと向かった。
「あたし、中学校の時、学校の対応も悪くてさ、すごく辛くて寂しくて」
穂美はうなずいた。
「そんな思いを穂美にして欲しくないなって」
穂美はあたしを見つめた。何かを我慢しているような表情。目にはすぐにでもこぼれそうなぐらい、涙がたまっている。
「ひとつお願いがあるの」
「何でも聞くわ」
「パン屋ジョンドで、生クリームパンとチョコラスクを買ってきて欲しいの」
「そんなことでいいの?」
「今日、華琵が東門の前で待っているから、食べながら歩いて、穂美を『頼りになるお姉さん』って紹介したいの」
「そんな……」
これで、これからの話を断りにくいように流れが変わる。全て二海さんから授かったシナリオ。
「大丈夫。あの子、口コミの犯人、知らないから。それに、華琵、陸上部で穂美のことを知っているの。憧れている人が実は悪い人だったって知ったら、華琵もへこむよ」
「そうね。わかった」
「でも、一応、スマホは預からせて。穂美が東門に来るまで」
「ええ、いいわよ。何ならパスコードも教えるわ」
「それはいらない。預かるだけでいいよ」
「じゃあ、行ってくる」
そう言い残すと、穂美は自転車にまたがり、東門とは反対の方向へ走っていった。合流するまで、十分以上はかかるはず。
二海さん、すごい。二海さんのシナリオ通り。東門まで走っていくと、華琵が手を振っていた。
「華琵、お待たせ。あ、ちょっと待ってね。平川君、これ」
「はい。でも、本当にそんなこと、できるのかな」
葉寧には、平川君との関係がばれると面倒だからと説明して、先に帰ってもらった。
あたしは華琵に見えないように少し離れてから、穂美のスマホと二海さんのスマホを渡した。
「こっちのスマホのパスコードは、四五六八三七六七三だから」
「了解です」
鈴木君は、二つのスマホを持ち、カバーを外している。そして、クリップを取り出し、伸ばした。
「えっと、四、五、六、八、三、七、六、七、三……と」
鈴木君がこっちを見て、ニヤニヤっと笑った。早くしないと、穂美が戻ってきちゃうよ。
「もう、どうしたの? 急いでよ」
「楼珠さん、どうしましたか?」
あ、華琵もいたんだった。
「華琵、後で寺沢穂美さんが、すごくおいしいもの持ってきてくれるって」
「え? あの、陸上部の寺沢穂美さんですか? とても楽しみです!」
「もう少ししたら来るから、ちょっと待っていようね」
「はい、わかりました」
「完了です」
五分で終わったみたい……すごく長く感じたから。でも、二海さんのスマホの時計で時刻を確認すると、五分しか経過していなかった。
少し経って、穂美が自転車を走らせてやってきた。平川君は背中を向けて、事がどう動くのか気にしているようだ。
「あ、穂美、華琵、待ってるよ」
「ごめんごめん。華琵ちゃん、これ、みんなで一緒に食べながら帰ろうよ」
穂美は自転車から降りると、左手に持った袋を器用に広げた。
「寺沢先輩、初めまして。前回の大会、観てました! うわー、すごくおいしそうです。私、甘いもの好きなんです」
「好きなの選んでね」
穂美は、あたしにも生クリームパンをくれた。袋を開けて半分にちぎり、穂美の口の前に持っていった。
「一緒に食べようよ」
「あ、でも……」
穂美は、左手に袋、右は自転車を支えているので、両手がふさがっている。あたしは、穂美の口に生クリームパンを押し込んだ。
そして、スマホを見せると、穂美のバッグに入れてあげた。
甘いものは人の気持ちを柔らかくする、誰かが言ってたっけ。
これで、穂美のKINE、送信相手のデータも全部、消えたはず。もう、穂美は裏切られることはない。
そして、穂美もあたしに仕掛けてくることもない。
ふわっと、ちょっと冷たい風が吹き、華琵の髪が揺れた。いつもこの歩道で感じる、油っぽいにおいのする風ではなく、秋の始まりを感じさせる憂いのある風だ。
そうか、西から風が吹いているから、排気ガスのにおいがしないんだ。
あたしは、今度こそ本当に平和な学校生活を送れることを確信した。きっと、この三年間で最高のクラスになるんじゃないかな。
「きゃっ」
華琵が耳を押さえた。
ゴロゴロッという、地面まで振動するような大きな音が上から聞こえてきた。
空を見上げると、真黒な雲が広がっている。さっきまでは晴れていたのに。ところどころ光っているから雷雲かもしれない。
「あれ? なんだろう?」
あたしたちは、光に包まれた! もしかして雷の中なの?
----------------
あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
「金髪女子高生とギターと」シリーズはこれで完結です。
できたら、パスコードの謎を解いていただけるとうれしいです。
KINEのくだりは、ちょっとリアルすぎてやばいので、あえて詳しくは書いていません。実際に、テスト(ワタクシ、ガジェットギークでもあります)してみました。
おもしろいなって思っていただけたら、いいね!して頂けると、転がって喜びます。さらに、お気に入り追加してくださると、スクワットして喜びます。
それではまた!
いつも、大きな駅に向かう方向しか乗らないので、反対側の景色は興味深い。それに、終点駅は二つあるので、気を紛らわせることができる。
そういえば、この路線、電車としてはカーブ半径が日本最小らしい。葉寧が言っていた。
あたしは、電車らしからぬカーブを曲がっていく流れるような景色を眺めながら、昨日、大学祭の帰りに颯綺に言われたことを思い出していた。
♪ ♪ ♪
「楼珠さん、今日は、二海さんにいっぱい甘えてごめんなさい。私、二海さんのこと、好きです。大好きです。でも、二海さんとは結婚できないんです」
「どうして?」
「すみません。両親から口止めされていて……法律上の問題で……このことは、二海さん、知らないはずなので内緒にしておいてください」
「信じるけど、あたしたち、まだ付き合っていないから」
「でも、楼珠さんと二海さんは相思相愛です」
「そんなことは……」
「楼珠さん、今のようにウジウジしていたら、誰かに二海さん、取られちゃいますよ」
そうだ、はっきりさせないと。あたしはもう、以前のあたしとは違う。
「二海さんの気持ちは訊いてないけど、あたしは二海さんのことが好き」
少しの間が空いた。なにか、言いにくそうなことを言おうとしている感じ、男子生徒があたしに告る時と同じ空気。
「あの、今だけは甘えさせてください。もし、一線を越えたとしても許してください。絶対に、結婚はしませんから」
一線を越える……すごい覚悟している感が出ている。オーラって本当にあるのかも。
「あの、楼珠さんが彼女で、私は愛人です」
「う、うん」
うぅ、もう気迫で押されて、思わず返事をしてしまった。
♪ ♪ ♪
電車が終点に到着した。ここは運動公園になっていて、トイレがある。ちょっと座りづかれていたので、電車を降りてトイレに向かった。
二海さん、颯綺に迫られたらどうするんだろう?それに、空手部の女の人、二人とも二海さんの元カノ、あたし、八回も受け入れられるのかな。
ダメかも。復縁されちゃうかも。だって、受付さんだって、すごく綺麗で優しい人だった。颯綺だってマイナス点をつけるところがない。
♪ ♪ ♪
翌週の木曜日、下校しようと階段を降りていたら、穂美とよく一緒にいる男子生徒たちの声が一階の方から聞こえてきた。
階段を下りている途中のあたしには気が付いていないようだ。
「あの口コミの件、やばいんじゃないの?」
「なんか、書き込み元、特定されているらしいじゃん」
「警察に被害届出されたら、まずくね?」
きっと、親あい食堂のことだ。
「寺沢に全部、押し付けるのがいいんじゃないかな?言い出したのは寺沢だし」
「頼まれたのは事実だしな。KINEのやりとりも、そういう解釈で不自然じゃない」
下の階から、トテっトテっという足音が聞こえ、颯綺が階段を登って来た。颯綺はあたしの手を掴むと、二階の廊下まで引っ張っていった。
「楼珠さん、お願いがあります」
「ど、どうしたの?」
「寺沢先輩を助けてください」
「どういうことかな?」
あたしはわざとシラを切った。
「私、薄々気づいていました。悪いのは寺沢先輩ですけど、何とかなりませんか?」
「どうしてあたしなの?」
「以前、SNS騒ぎを片付けた王女様ですから。それに……」
「それに?」
「私、陸上部のマネージャーで、先輩と同じ中学で、ずっと同じ部活で、あこがれの人なんです。悪い人じゃないんです」
あたしはとっくの昔から気づいている。でも、ここで穂美と颯綺を助けて、あたしにとって、いいことがあるんだろうか?
善人なら間違いなく助ける。でも、あいにく、あたしは善人じゃない。
「ごめん、ちょっと……」
血の気が引いてその場にしゃがみこんでしまった。あたしなら助けない。でも、きっと二海さんなら助ける。あの人はそういう人だ。二海さんに顔向けできないようなことはしたくない。
その夜、大通り図書館からの帰り、二海さんに相談した。
「グルになっている生徒がね、穂美だけを悪者にして先生に相談するって」
「それは楼珠にとって良くないこと?」
「うん、穂美、根はいい子だから。きっと、彼氏が色々とあたしの悪口を言ったんじゃないかな」
「楼珠は優しいね」
「そんなことない」
「穂美さんに直接、その話をしたら?」
「そんなことしたら、今度は穂美が孤立しちゃう」
|二海《ふたみ》さんは、右手をあごに当て、何か考え始めた。
「なんとかなるかも」
「どうするんですか?」
「ちょっと残酷だけど、穂美さんのKINEアカウントを削除する」
「そうするとどうなるんですか?」
「相手のKINEでは、『メンバーがいません』とトークに表示されて、証拠隠滅」
「でも、穂美、自分でアカウント削除なんて、理由も言わずにするわけないし……」
「スマホを借りればできるよ。ロックされていても。トラブルに見せかけて」
え?
「そんなことできるんですか?」
「楼珠さ、平川くんと話できるかな」
「はい、前にKINE交換してます。音声通話しますか?」
「ああ、頼むよ」
あたしは、平川くんに電話をかけた。
「もしもし?あ、楼珠です。二海さんが話したいって……じゃあ、替わるね」
二海さんにスマホを渡すと、簡単な挨拶のあと、何やら難しい話を始めた。
「平川くんの家に、使ってないスマホで、シムロック解除しているやつある?」
「ないか……じゃあ、俺のを楼珠に持たせるから、説明するね」
三分ほどかな、何やら平川くんと二海さんはスマホをあたしに返してくれた。あたしは、このスマホを絶対に捨てない。
♪ ♪ ♪
そして翌日、授業が終わり、ほとんどの生徒が教室を出るのを見計らって穂美に声をかけた。
「穂美、言いにくいんだけど、あたしのこと、嫌いだよね」
穂美は立ち上がり、あたしをにらんだ。
「いつから気づいていたの?」
「保健室の時だよ。四月のこと」
「そんなに前から? どうしてわかったの?」
「あの時、あたしが、『髪の毛を黒く塗られた』って言っただけなのに、『墨汁』って言ったから」
穂美は口元を固くした。舌打ちをしたのかな。
「他にもあるよ」
「なによ」
「図書室でのいたずら。あれ、穂美でしょ」
「……証拠はないわ」
「そうね。偶然、キーワードゲームの仕掛けを知っていて、さらに偶然、あたしが中学生時代にいじめられていたことを詳しく知っていた人ね。すごい確率」
「そ、そうね」
「そうなると、五人に絞られるわ」
「他に気づいていた生徒がいるかもしれないわよ」
あたしは穂美の反応を無視して話を続けた。
「夏休みのイベントの時、あたしが出演するのを知っていたのは、穂美だけなの」
「そんな……葉寧さんとかは?」
「他のみんなは、スイッターであたしの写真が炎上したから、『楼珠は出演しない』と言って友だちを誘ったの」
「あの時、土下座した男の人たちは?」
「あれはサプライズ。予定通りのね」
「それから、親あい食堂の口コミのこと」
「あれは、私、知らないから!」
「『あれは』、なの?」
穂美は何も答えず、うつむいたまま震えている。
「華琵、あ、ギターを教えている子、あの子が親あい食堂の子って知っているのは、穂美だけだから」
「でも、学校とは関係のない誰かがやったって可能性だってあるよ」
「そうね。警察沙汰になればはっきりするかも。調べたら特定できるって」
穂美の顔から血の気が引いていくのがわかった。そうか、こんな風に見えるんだ。日焼けしているのに、少し青白くなっている。
「そうよ。私、中学の時、駅前の塾に通っていたから、色々な学校の子たちと知り合いで」
「駅前のところ、レベル高いもんね」
「楼珠のこと、最初は教えてくれなかったけど、あなたと一緒に仲良く写っている写真を送ったら、教えてくれたわ」
「そう」
「食堂も、この付近で『食堂』っていう名前のお店は一軒だけだったから。ごめんなさい、全部、私です。あの、都合のいいお願いってことはわかっているけど、このことは他のみんなには言わないでください」
「うん、言うつもりだったら、こんな時間に話さないよ」
「その、都合よすぎるよね、こんなに酷いことをしておいて」
「帰ろうか。歩きながら話そ。その方が気持ちも少しは楽になるよ」
「うん」
あたしたちは、下駄箱で靴を履き替え、自転車置き場へと向かった。
「あたし、中学校の時、学校の対応も悪くてさ、すごく辛くて寂しくて」
穂美はうなずいた。
「そんな思いを穂美にして欲しくないなって」
穂美はあたしを見つめた。何かを我慢しているような表情。目にはすぐにでもこぼれそうなぐらい、涙がたまっている。
「ひとつお願いがあるの」
「何でも聞くわ」
「パン屋ジョンドで、生クリームパンとチョコラスクを買ってきて欲しいの」
「そんなことでいいの?」
「今日、華琵が東門の前で待っているから、食べながら歩いて、穂美を『頼りになるお姉さん』って紹介したいの」
「そんな……」
これで、これからの話を断りにくいように流れが変わる。全て二海さんから授かったシナリオ。
「大丈夫。あの子、口コミの犯人、知らないから。それに、華琵、陸上部で穂美のことを知っているの。憧れている人が実は悪い人だったって知ったら、華琵もへこむよ」
「そうね。わかった」
「でも、一応、スマホは預からせて。穂美が東門に来るまで」
「ええ、いいわよ。何ならパスコードも教えるわ」
「それはいらない。預かるだけでいいよ」
「じゃあ、行ってくる」
そう言い残すと、穂美は自転車にまたがり、東門とは反対の方向へ走っていった。合流するまで、十分以上はかかるはず。
二海さん、すごい。二海さんのシナリオ通り。東門まで走っていくと、華琵が手を振っていた。
「華琵、お待たせ。あ、ちょっと待ってね。平川君、これ」
「はい。でも、本当にそんなこと、できるのかな」
葉寧には、平川君との関係がばれると面倒だからと説明して、先に帰ってもらった。
あたしは華琵に見えないように少し離れてから、穂美のスマホと二海さんのスマホを渡した。
「こっちのスマホのパスコードは、四五六八三七六七三だから」
「了解です」
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「えっと、四、五、六、八、三、七、六、七、三……と」
鈴木君がこっちを見て、ニヤニヤっと笑った。早くしないと、穂美が戻ってきちゃうよ。
「もう、どうしたの? 急いでよ」
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あ、華琵もいたんだった。
「華琵、後で寺沢穂美さんが、すごくおいしいもの持ってきてくれるって」
「え? あの、陸上部の寺沢穂美さんですか? とても楽しみです!」
「もう少ししたら来るから、ちょっと待っていようね」
「はい、わかりました」
「完了です」
五分で終わったみたい……すごく長く感じたから。でも、二海さんのスマホの時計で時刻を確認すると、五分しか経過していなかった。
少し経って、穂美が自転車を走らせてやってきた。平川君は背中を向けて、事がどう動くのか気にしているようだ。
「あ、穂美、華琵、待ってるよ」
「ごめんごめん。華琵ちゃん、これ、みんなで一緒に食べながら帰ろうよ」
穂美は自転車から降りると、左手に持った袋を器用に広げた。
「寺沢先輩、初めまして。前回の大会、観てました! うわー、すごくおいしそうです。私、甘いもの好きなんです」
「好きなの選んでね」
穂美は、あたしにも生クリームパンをくれた。袋を開けて半分にちぎり、穂美の口の前に持っていった。
「一緒に食べようよ」
「あ、でも……」
穂美は、左手に袋、右は自転車を支えているので、両手がふさがっている。あたしは、穂美の口に生クリームパンを押し込んだ。
そして、スマホを見せると、穂美のバッグに入れてあげた。
甘いものは人の気持ちを柔らかくする、誰かが言ってたっけ。
これで、穂美のKINE、送信相手のデータも全部、消えたはず。もう、穂美は裏切られることはない。
そして、穂美もあたしに仕掛けてくることもない。
ふわっと、ちょっと冷たい風が吹き、華琵の髪が揺れた。いつもこの歩道で感じる、油っぽいにおいのする風ではなく、秋の始まりを感じさせる憂いのある風だ。
そうか、西から風が吹いているから、排気ガスのにおいがしないんだ。
あたしは、今度こそ本当に平和な学校生活を送れることを確信した。きっと、この三年間で最高のクラスになるんじゃないかな。
「きゃっ」
華琵が耳を押さえた。
ゴロゴロッという、地面まで振動するような大きな音が上から聞こえてきた。
空を見上げると、真黒な雲が広がっている。さっきまでは晴れていたのに。ところどころ光っているから雷雲かもしれない。
「あれ? なんだろう?」
あたしたちは、光に包まれた! もしかして雷の中なの?
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あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
「金髪女子高生とギターと」シリーズはこれで完結です。
できたら、パスコードの謎を解いていただけるとうれしいです。
KINEのくだりは、ちょっとリアルすぎてやばいので、あえて詳しくは書いていません。実際に、テスト(ワタクシ、ガジェットギークでもあります)してみました。
おもしろいなって思っていただけたら、いいね!して頂けると、転がって喜びます。さらに、お気に入り追加してくださると、スクワットして喜びます。
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むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
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