3 / 5
会話に伏字が多すぎるよ
しおりを挟む
お日柄もよろしいようで~という声が聞こえてきそうなぐらいの晴天、理工技大学の大学祭。
屋外に設置されたメインステージで二海さんの演奏を聴いた後、ステージから少し離れたところで、あたしたちは二海さんと合流した。
「あの、僕、平川太陽と言います。推薦で理工技大学進学を狙っています」
「ああ、名前は聞いているよ。俺は清水二海。よろしくね」
平川くん、なにやら不思議そうな顔をしている。
「『ふたみ』ってどんな字を書くんですか?」
「『二つの海』だよ」
「あの、もしかして、シーピーオーシャンって、二海さんですか?」
「あ、ま、まあ、そうだけど」
「平川くん、どういうこと?」
思わず、訊いてしまった。「シーピーオーシャン」、あたしが「金鬼姫炎上」した時に助けてくれた謎のアカウント。
「『シー』は『海』、そして『ピー』は『パシフィック』、それに『オーシャン』、『パシフィックオーシャン』で太平洋っていう意味です。
つまり、二つの海、二海さんってことです」
「「なるほど」」
葉寧と一緒にうなずいてしまった。二海さん、何も言わなかったけど、あたしのことを助けてくれていたんだ。ちょっと目頭が熱くなってきた。
「清水さん、あれ、どうやってやったんですか?」
平川くん、なんだか興奮している。
「スイートって……あ、今はポストって言うんだっけ。あれ、実は位置情報が付いててさ、区とか市ぐらいまでなら三百個所ぐらいのレベルで特定できるんだよ。それで、マクロを使って――」
以下、楼珠権限で省略!
「二海さん、ありがとうございます」
あたしは、立ち位置挽回狙いで二海さんの腕に抱きついた。残念ながらあたしの胸はCよりのBカップ、押し付けるものはない。うぅ、颯綺に負けている。
「楼珠、無理しなくていいからね」
♪ ♪ ♪
あたしたちは模擬店が並んでいる道を歩き、チョコバナナを食べたりタコセンを食べたりした。
ふと、ぬいぐるみが置いてあるけど、他には何もない模擬店が目に入った。
「ねえ、二海さん、あの『殴られ屋』って何ですか?」
「子どもは関わっちゃダメなやつ」
「あたし、子どもじゃないです。まだ十七歳ですけど」
「楼珠、あれはね、もし相手を殴れたらお金がもらえるゲームだよ」
葉寧が教えてくれた。
「そうなの?おもしろそう。ねえ、二海さん、行こうよ」
「俺、あまり気乗りしないかな」
二海さん、どうしたんだろう?珍しく明後日の方向を見ている。こんな二海さん、初めて見た。なんだろう? 心がざわつく。
「おーい、二海、今年は絶対に殴られないからな」
「え?」
ああ、びっくりした。模擬店にいる学生さん、いきなり大きな声を出すんだもの。でも、どうして名前を知っているんだろう?
「清水さん、僕、やってみたいです」
「私も。ほら、二海さん、呼ばれていますよ」
「わ、わかったよ」
颯綺たちに押されるように殴られ屋へ向かった。
受付担当だからなのかな、前髪が長くて目元は見えないけど、なんとなく綺麗そうな女の人。きっと客引きのためだ。
あれ? 受付さん、二海さんとあたしのこと、すごい見ている気がする。
「はい、じゃあ、一回、五百円。このグローブを付けてもらって、三十秒の間に俺の顔を殴ることができたら、好きなぬいぐるみを持っていっていいですよ」
視界の中で何かが動き、あたしは模擬店の奥を見た。一人、いなくなったような。
「じゃあ、僕から行きますね」
「グローブをどうぞ。あ、上着は脱いでください」
「はい」
平川君が薄手のジャンバーを脱ぐと、受付さんにグローブを付けてもらった。ボクシングで使っているようなやつ。
なんとなく、平川君の顔が赤くなった気がする。男の子だな、やっぱり。
「太陽、がんばって!」
「はい」
葉寧の声援に平川君の元気な声。若さっていいな。
「じゃあ、用意、スタート!」
隣にいた女子大生が声をかけた。手にはストップウォッチを握っている。
殴られ屋さんの動きはなめらか、というか、くるくる回って、何度もパンチを繰り出す平川君は、完全に翻弄されている。もう息が上がってきているみたい。
「はい、ストップ」
「ぜ、全然、当たりません」
平川君は、肩を大きく上下させてゼイゼイと呼吸をしながら話した。
「じゃあ、次は私がやります」
颯綺は五百円玉を受付さんに渡すと、平川君と同じようにパーカーを脱ぎ、グローブを付けてもらった。足、大丈夫なのかな。
「それでは、用意、スタート!」
平川君の時と同じように、颯綺が何度もパンチを繰り出してもかすりもしない。どうしてあんなにヒョイヒョイよけることができるんだろう?
バシッ!
「あ、当たったわ。楼珠さん、私、すごい? すごいでしょ!」
いや、今のは絶対にわざと当たった。殴られ屋さん、一瞬、顔が笑っていたもん。
「いや~、いいパンチだね。お兄さん、当てられちゃったよ」
「あんた、ほんと、女の子には甘いのね」
「サービスサービスぅ」
「キモッ」
颯綺はニコニコしながらぬいぐるみを選んでいる。クレーンゲームに入っているようなぬいぐるみ。いいな、あたしも欲しいな。ウサギ、かわいい。
「次は、金髪のお嬢さん、やる?」
「あ、あたしはいいです。でも、ウサギのぬいぐるみ、欲しいな」
平川君と颯綺がパンチを繰り出しているのを見て、全然、殴れる気がしない。あたしは二海さんの腕をつかみ、顔を見上げた。
「お嬢さん、二海はどうせやることになるから、頼まなくても大丈夫」
「どういうことですか?」
「空手道部の伝統ともいえる、この殴られ屋、二海が入学するまでは一度も殴られたことがなかったの」
「二海さんが初めて殴ったとか」
「そうよ。あ、時々、女子とか子どもには殴らせているけど。でもね……」
受付さんは、歯を食いしばり、こぶしを握り締めている。全身に力が入っているのかな、腕が震えているのがわかる。
あたしは二海さんを見た。やっぱりこの人を見ていない。二海さんにしてはおかしい。不自然すぎる。
「二海、今年こそ殴られないからな」
「やらなくちゃダメですか?」
「おう、やってくれ」
「俺も脱がなくちゃダメですか?」
「一応な」
なんか、二海さん、すごく渋々した態度、初めて見た。二海さんは上着を脱いでテーブルに置いた。
二海さん、そのペラペラなジャケットの下、サーフシャツなの? 腕が見えてかっこいい。
受付さんが二海さんの腕にグローブを被せた。なんか、顔が近い。絶対、わざと近づいている……鈍感なあたしでも何かを感じる。
「菜可乃、近いぞ」
「いつものことじゃん」
いつものことって……。『なかの』って名字なのかな、名前なのかな。それより何であんなに近いの?
「いい? 用意、スタート」
バシッ!
え?一瞬だった。どうして?
「い、痛たた……クソ、もう一回だ!」
「楼珠、とりあえず、ぬいぐるみを選んでいいよ」
「は、はい、わかりました」
あたしは、狙っていたウサギのぬいぐるみを手にした。
「楼珠、いいな、私も欲しいな」
「葉寧は平川君にがんばってもらいなよ」
「そう言わずに二海さん、殴られ屋さんも誘ってくださっていますし」
「おう、来てくれ」
「わかったよ。楼珠、財布、後ろのポケットに入っているから、お金渡して」
「はい」
あたしは、二海さんの財布から千円を出し、受付さんに渡した。
「二海、二回分でいいかな。そっちの二人もぬいぐるみ欲しそうだし」
「いいよ」
「行くよ、用意、スタート!」
バシッ!
「二海さん、すごーい!」
やっぱり一瞬で終わった。葉寧はぬいぐるみが置いてあるテーブルに向かった。持ってきたのは三つ目宇宙人のぬいぐるみ。
「おい、二海、次は、頼むから、五秒でいい、五秒後から殴り始めてくれ」
「いいですよ」
「じゃあ気を取り直して。用意、スタート!」
殴られ屋さん、目が超真剣、すごい勢いで頭を振っている。あんなの当たるのかな。
バシッ!
当たった……二海さんって、いったい何者なの?
「僕の分でいいんですよね?」
二海さんは平川君に向かって大きくうなずいた。
「はい、お好きなぬいぐるみを選んでくださいね」
平川君はドラゴンのぬいぐるみを持ってきた。
「来年は、辰年ですから。ゲン担ぎです」
「二海、もう一回!」
「ちょっと待ちなよ」
模擬店の後ろから女の人の声が聞こえた。
「あ」
二海さんが、なんかさらに微妙な表情で返事をしている。どうしたんだろう? これまた綺麗な人。黒髪でポニーテール、アニメに出てきそうな素敵な女性。
「おい、猿、武道場まで来い」
猿? 二海さんに命令してる。どういうこと?
「今日は連れがいるので、ちょっと……」
「いーや、来てもらう。来ないと、そこのお友だちに、あることあること、全部、話すぞ」
「……わかりました」
あることあること? 全部、本当のこと? あたしたちは、ポニテ女子さんの後ろを歩き始めた。
「あの人、副将、あ、副部長で二海の元カノなの」
「え、そうなんですか?」
話しかけてくれたのは、さっき模擬店にいた受付さんだ。
「あの、模擬店、いいんですか?」
「うん、大丈夫。二海が来たから一時閉店」
あたしには訊きたいことがいっぱいある。
「あなたは二海の彼女なの?」
先に質問されてしまった……。
「い、いえ、まだそういう関係では……」
「『まだ』、ね?」
「はい」
どうしてみんな、そこを強調するの?
「二海、もてるから、早めにちゃんとしておいた方がいいよ」
「二海さん、今は彼女いるんですか?」
「さあ、知らないけど、浮いた話は聞かないね」
「そうですか」
そうこう話しているうちに武道場に到着。ちょっと汗っぽいというか、独特のにおいがする。
でも窓から光が入って明るい。床には正方形の分厚いヨガマットみたいなものが敷き詰められている。
「ひっ」
「え?」
「ちょっと」
「どういうこと?」
いつの間にか、後ろにたくさんの人が歩いていて、武道場に入ってきた。何が起こるんだろう?
「大丈夫、例年のことだから」
例年? よけいにわからないよ。
「二海はひょろっとしているけど、空手と剣道、めっちゃ強いんだ」
「そうなんですか?」
「特に空手の方は地方の大会だけど、二海が高校生の時に一般の部で準優勝している」
「それってどれくらいすごいんですか?」
「一般の部って、大学生の主将クラスでも入賞は難しい。それを高校生が表彰台……ありえない」
「え、あ、はい」
「しかも、準優勝ってのが、寸止め――あ、相手に当てないよう、直前で止めるってことなんだけど、二海、当てちゃって。それで反則負け」
「あの」
「しかも、拳サポーターしていたのに、相手は倒れて悶絶していたのよ」
「そんな」
「つまり、あと三センチ手前で止めていたら、二海が優勝していたってこと」
「そうだったんですか」
「ちなみに優勝者は、副将のお兄さん」
「え?」
「それで、空手道部へ体験入部まではしたんだけど、入部しなかったの」
「どうしてですか?」
「私のために当時の主将を倒しちゃったの。あ、始まるよ」
私のために? 私のためにって言った?
おどおどして視線を武道場中央に移すと、二人は既に中央に立っていた。ポニテ女子さんは、二海さんのことを指差している。
二人とも防具は付けていない。グローブとか付けないのかな。
「猿、よくぞここまで来た」
「いや、春日が脅すから」
やっぱり元カノだからなのかな、今、呼び捨てで呼んだ。稽古着には「高塚春日」と書いてあるから、名前の方。
「さすが、いい度胸だ。私の『ピー』を奪っただけのことはある」
「奪ったわけではないです」
え? 清水さん、あの人の『ピー』を奪ったの? いえ、迫ってきたって言ってたよね。
「春日、ルールは?」
「フルコンタクトで首から上は無し。拳サポーターだけ付ける」
「わかりました」
どういうこと?表情に出ちゃったのかな。受付さんがこっちを見た。
「あのね、顔や頭は攻撃しちゃダメだけど、身体は殴ったり蹴ったりしてもいいってことよ」
「そうなんですか?」
「凌濤館のルールとは違うんだけどね」
二海さん、大丈夫かな。ちょっと心配、というより、元カノさんが気になって、もう、胃がきりきりする。
それに受付さん、どうしてそんなに詳しいの?もしかして、受付さんも……なんてことないよね?
----------------
なろう
あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
「最後の通学路編」に入ってから、どうも伏字が多くてすいません。ちょっと、作品にメリハリをつけたくて、伏字多めです。
「殴られ屋」は、過去に実在したそうです。それを殴るコツですが、それについては、また、別話にて紹介したいと思います。
おもしろいなって思っていただけたら、いいね!して頂けると、転がって喜びます。さらに、お気に入り追加してくださると、スクワットして喜びます。
それではまた!
屋外に設置されたメインステージで二海さんの演奏を聴いた後、ステージから少し離れたところで、あたしたちは二海さんと合流した。
「あの、僕、平川太陽と言います。推薦で理工技大学進学を狙っています」
「ああ、名前は聞いているよ。俺は清水二海。よろしくね」
平川くん、なにやら不思議そうな顔をしている。
「『ふたみ』ってどんな字を書くんですか?」
「『二つの海』だよ」
「あの、もしかして、シーピーオーシャンって、二海さんですか?」
「あ、ま、まあ、そうだけど」
「平川くん、どういうこと?」
思わず、訊いてしまった。「シーピーオーシャン」、あたしが「金鬼姫炎上」した時に助けてくれた謎のアカウント。
「『シー』は『海』、そして『ピー』は『パシフィック』、それに『オーシャン』、『パシフィックオーシャン』で太平洋っていう意味です。
つまり、二つの海、二海さんってことです」
「「なるほど」」
葉寧と一緒にうなずいてしまった。二海さん、何も言わなかったけど、あたしのことを助けてくれていたんだ。ちょっと目頭が熱くなってきた。
「清水さん、あれ、どうやってやったんですか?」
平川くん、なんだか興奮している。
「スイートって……あ、今はポストって言うんだっけ。あれ、実は位置情報が付いててさ、区とか市ぐらいまでなら三百個所ぐらいのレベルで特定できるんだよ。それで、マクロを使って――」
以下、楼珠権限で省略!
「二海さん、ありがとうございます」
あたしは、立ち位置挽回狙いで二海さんの腕に抱きついた。残念ながらあたしの胸はCよりのBカップ、押し付けるものはない。うぅ、颯綺に負けている。
「楼珠、無理しなくていいからね」
♪ ♪ ♪
あたしたちは模擬店が並んでいる道を歩き、チョコバナナを食べたりタコセンを食べたりした。
ふと、ぬいぐるみが置いてあるけど、他には何もない模擬店が目に入った。
「ねえ、二海さん、あの『殴られ屋』って何ですか?」
「子どもは関わっちゃダメなやつ」
「あたし、子どもじゃないです。まだ十七歳ですけど」
「楼珠、あれはね、もし相手を殴れたらお金がもらえるゲームだよ」
葉寧が教えてくれた。
「そうなの?おもしろそう。ねえ、二海さん、行こうよ」
「俺、あまり気乗りしないかな」
二海さん、どうしたんだろう?珍しく明後日の方向を見ている。こんな二海さん、初めて見た。なんだろう? 心がざわつく。
「おーい、二海、今年は絶対に殴られないからな」
「え?」
ああ、びっくりした。模擬店にいる学生さん、いきなり大きな声を出すんだもの。でも、どうして名前を知っているんだろう?
「清水さん、僕、やってみたいです」
「私も。ほら、二海さん、呼ばれていますよ」
「わ、わかったよ」
颯綺たちに押されるように殴られ屋へ向かった。
受付担当だからなのかな、前髪が長くて目元は見えないけど、なんとなく綺麗そうな女の人。きっと客引きのためだ。
あれ? 受付さん、二海さんとあたしのこと、すごい見ている気がする。
「はい、じゃあ、一回、五百円。このグローブを付けてもらって、三十秒の間に俺の顔を殴ることができたら、好きなぬいぐるみを持っていっていいですよ」
視界の中で何かが動き、あたしは模擬店の奥を見た。一人、いなくなったような。
「じゃあ、僕から行きますね」
「グローブをどうぞ。あ、上着は脱いでください」
「はい」
平川君が薄手のジャンバーを脱ぐと、受付さんにグローブを付けてもらった。ボクシングで使っているようなやつ。
なんとなく、平川君の顔が赤くなった気がする。男の子だな、やっぱり。
「太陽、がんばって!」
「はい」
葉寧の声援に平川君の元気な声。若さっていいな。
「じゃあ、用意、スタート!」
隣にいた女子大生が声をかけた。手にはストップウォッチを握っている。
殴られ屋さんの動きはなめらか、というか、くるくる回って、何度もパンチを繰り出す平川君は、完全に翻弄されている。もう息が上がってきているみたい。
「はい、ストップ」
「ぜ、全然、当たりません」
平川君は、肩を大きく上下させてゼイゼイと呼吸をしながら話した。
「じゃあ、次は私がやります」
颯綺は五百円玉を受付さんに渡すと、平川君と同じようにパーカーを脱ぎ、グローブを付けてもらった。足、大丈夫なのかな。
「それでは、用意、スタート!」
平川君の時と同じように、颯綺が何度もパンチを繰り出してもかすりもしない。どうしてあんなにヒョイヒョイよけることができるんだろう?
バシッ!
「あ、当たったわ。楼珠さん、私、すごい? すごいでしょ!」
いや、今のは絶対にわざと当たった。殴られ屋さん、一瞬、顔が笑っていたもん。
「いや~、いいパンチだね。お兄さん、当てられちゃったよ」
「あんた、ほんと、女の子には甘いのね」
「サービスサービスぅ」
「キモッ」
颯綺はニコニコしながらぬいぐるみを選んでいる。クレーンゲームに入っているようなぬいぐるみ。いいな、あたしも欲しいな。ウサギ、かわいい。
「次は、金髪のお嬢さん、やる?」
「あ、あたしはいいです。でも、ウサギのぬいぐるみ、欲しいな」
平川君と颯綺がパンチを繰り出しているのを見て、全然、殴れる気がしない。あたしは二海さんの腕をつかみ、顔を見上げた。
「お嬢さん、二海はどうせやることになるから、頼まなくても大丈夫」
「どういうことですか?」
「空手道部の伝統ともいえる、この殴られ屋、二海が入学するまでは一度も殴られたことがなかったの」
「二海さんが初めて殴ったとか」
「そうよ。あ、時々、女子とか子どもには殴らせているけど。でもね……」
受付さんは、歯を食いしばり、こぶしを握り締めている。全身に力が入っているのかな、腕が震えているのがわかる。
あたしは二海さんを見た。やっぱりこの人を見ていない。二海さんにしてはおかしい。不自然すぎる。
「二海、今年こそ殴られないからな」
「やらなくちゃダメですか?」
「おう、やってくれ」
「俺も脱がなくちゃダメですか?」
「一応な」
なんか、二海さん、すごく渋々した態度、初めて見た。二海さんは上着を脱いでテーブルに置いた。
二海さん、そのペラペラなジャケットの下、サーフシャツなの? 腕が見えてかっこいい。
受付さんが二海さんの腕にグローブを被せた。なんか、顔が近い。絶対、わざと近づいている……鈍感なあたしでも何かを感じる。
「菜可乃、近いぞ」
「いつものことじゃん」
いつものことって……。『なかの』って名字なのかな、名前なのかな。それより何であんなに近いの?
「いい? 用意、スタート」
バシッ!
え?一瞬だった。どうして?
「い、痛たた……クソ、もう一回だ!」
「楼珠、とりあえず、ぬいぐるみを選んでいいよ」
「は、はい、わかりました」
あたしは、狙っていたウサギのぬいぐるみを手にした。
「楼珠、いいな、私も欲しいな」
「葉寧は平川君にがんばってもらいなよ」
「そう言わずに二海さん、殴られ屋さんも誘ってくださっていますし」
「おう、来てくれ」
「わかったよ。楼珠、財布、後ろのポケットに入っているから、お金渡して」
「はい」
あたしは、二海さんの財布から千円を出し、受付さんに渡した。
「二海、二回分でいいかな。そっちの二人もぬいぐるみ欲しそうだし」
「いいよ」
「行くよ、用意、スタート!」
バシッ!
「二海さん、すごーい!」
やっぱり一瞬で終わった。葉寧はぬいぐるみが置いてあるテーブルに向かった。持ってきたのは三つ目宇宙人のぬいぐるみ。
「おい、二海、次は、頼むから、五秒でいい、五秒後から殴り始めてくれ」
「いいですよ」
「じゃあ気を取り直して。用意、スタート!」
殴られ屋さん、目が超真剣、すごい勢いで頭を振っている。あんなの当たるのかな。
バシッ!
当たった……二海さんって、いったい何者なの?
「僕の分でいいんですよね?」
二海さんは平川君に向かって大きくうなずいた。
「はい、お好きなぬいぐるみを選んでくださいね」
平川君はドラゴンのぬいぐるみを持ってきた。
「来年は、辰年ですから。ゲン担ぎです」
「二海、もう一回!」
「ちょっと待ちなよ」
模擬店の後ろから女の人の声が聞こえた。
「あ」
二海さんが、なんかさらに微妙な表情で返事をしている。どうしたんだろう? これまた綺麗な人。黒髪でポニーテール、アニメに出てきそうな素敵な女性。
「おい、猿、武道場まで来い」
猿? 二海さんに命令してる。どういうこと?
「今日は連れがいるので、ちょっと……」
「いーや、来てもらう。来ないと、そこのお友だちに、あることあること、全部、話すぞ」
「……わかりました」
あることあること? 全部、本当のこと? あたしたちは、ポニテ女子さんの後ろを歩き始めた。
「あの人、副将、あ、副部長で二海の元カノなの」
「え、そうなんですか?」
話しかけてくれたのは、さっき模擬店にいた受付さんだ。
「あの、模擬店、いいんですか?」
「うん、大丈夫。二海が来たから一時閉店」
あたしには訊きたいことがいっぱいある。
「あなたは二海の彼女なの?」
先に質問されてしまった……。
「い、いえ、まだそういう関係では……」
「『まだ』、ね?」
「はい」
どうしてみんな、そこを強調するの?
「二海、もてるから、早めにちゃんとしておいた方がいいよ」
「二海さん、今は彼女いるんですか?」
「さあ、知らないけど、浮いた話は聞かないね」
「そうですか」
そうこう話しているうちに武道場に到着。ちょっと汗っぽいというか、独特のにおいがする。
でも窓から光が入って明るい。床には正方形の分厚いヨガマットみたいなものが敷き詰められている。
「ひっ」
「え?」
「ちょっと」
「どういうこと?」
いつの間にか、後ろにたくさんの人が歩いていて、武道場に入ってきた。何が起こるんだろう?
「大丈夫、例年のことだから」
例年? よけいにわからないよ。
「二海はひょろっとしているけど、空手と剣道、めっちゃ強いんだ」
「そうなんですか?」
「特に空手の方は地方の大会だけど、二海が高校生の時に一般の部で準優勝している」
「それってどれくらいすごいんですか?」
「一般の部って、大学生の主将クラスでも入賞は難しい。それを高校生が表彰台……ありえない」
「え、あ、はい」
「しかも、準優勝ってのが、寸止め――あ、相手に当てないよう、直前で止めるってことなんだけど、二海、当てちゃって。それで反則負け」
「あの」
「しかも、拳サポーターしていたのに、相手は倒れて悶絶していたのよ」
「そんな」
「つまり、あと三センチ手前で止めていたら、二海が優勝していたってこと」
「そうだったんですか」
「ちなみに優勝者は、副将のお兄さん」
「え?」
「それで、空手道部へ体験入部まではしたんだけど、入部しなかったの」
「どうしてですか?」
「私のために当時の主将を倒しちゃったの。あ、始まるよ」
私のために? 私のためにって言った?
おどおどして視線を武道場中央に移すと、二人は既に中央に立っていた。ポニテ女子さんは、二海さんのことを指差している。
二人とも防具は付けていない。グローブとか付けないのかな。
「猿、よくぞここまで来た」
「いや、春日が脅すから」
やっぱり元カノだからなのかな、今、呼び捨てで呼んだ。稽古着には「高塚春日」と書いてあるから、名前の方。
「さすが、いい度胸だ。私の『ピー』を奪っただけのことはある」
「奪ったわけではないです」
え? 清水さん、あの人の『ピー』を奪ったの? いえ、迫ってきたって言ってたよね。
「春日、ルールは?」
「フルコンタクトで首から上は無し。拳サポーターだけ付ける」
「わかりました」
どういうこと?表情に出ちゃったのかな。受付さんがこっちを見た。
「あのね、顔や頭は攻撃しちゃダメだけど、身体は殴ったり蹴ったりしてもいいってことよ」
「そうなんですか?」
「凌濤館のルールとは違うんだけどね」
二海さん、大丈夫かな。ちょっと心配、というより、元カノさんが気になって、もう、胃がきりきりする。
それに受付さん、どうしてそんなに詳しいの?もしかして、受付さんも……なんてことないよね?
----------------
なろう
あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
「最後の通学路編」に入ってから、どうも伏字が多くてすいません。ちょっと、作品にメリハリをつけたくて、伏字多めです。
「殴られ屋」は、過去に実在したそうです。それを殴るコツですが、それについては、また、別話にて紹介したいと思います。
おもしろいなって思っていただけたら、いいね!して頂けると、転がって喜びます。さらに、お気に入り追加してくださると、スクワットして喜びます。
それではまた!
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

金髪女子高生とギターと④最高の文化祭~彼氏(予定)に抱きついたら校外でって注意された件
綿串天兵
恋愛
高校生活最後の文化祭、バンド演奏、校内発表は無事成功。しかし、楽器を片付けている時に怪我をしてしまい…
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ドクターダーリン【完結】
桃華れい
恋愛
女子高生×イケメン外科医。
高校生の伊吹彩は、自分を治療してくれた外科医の神河涼先生と付き合っている。
患者と医者の関係でしかも彩が高校生であるため、周囲には絶対に秘密だ。
イケメンで医者で完璧な涼は、当然モテている。
看護師からは手作り弁当を渡され、
巨乳の患者からはセクシーに誘惑され、
同僚の美人女医とは何やら親密な雰囲気が漂う。
そんな涼に本当に好かれているのか不安に思う彩に、ある晩、彼が言う。
「彩、 」
初作品です。
よろしくお願いします。
ムーンライトノベルズ、エブリスタでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる