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いきなりギターの先生に
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みんな一斉に帰り支度を始めた。いつものように何となく古びた木の香りのする教室も、あと半年ほどでバイバイすると思うと、なんだかもう名残惜しい気がする。
葉寧が近づいてきてスマホを取り出し、一枚の写真を見せた。
「ほら、楼珠、やっぱり美人になっているよ。四月の時は、かわいかったもん。今は、美人になっているよ」
「そ、そうかな」
「身長を測りに行こうよ。きっと伸びているよ」
確かに、自分では気が付かなかったけど、写真と比べると、丸顔がすこし面長になった気がする。あたしは、葉寧に腕を引っ張られて保健室に向かった。
「失礼しまーす」
「あら、どうしたの?」
「身長計、使わせてください」
「どうぞ、自由に使ってね。あ、裸足でね」
「はい」
葉寧に即されるまま身長計に乗ってみた。体重計じゃないから、抵抗感はない。
「えっと、一五四センチ」
「え? そうなの? 五センチも伸びてる」
「すごいね、楼珠。半年でこんなにって、小学生の成長期並みだよ」
「そっか、それで膝が痛かったんだ」
いわゆる成長痛ってやつだったんだ。良かった、変な病気じゃなくて。
「体重も測る?」
「いい」
あたしは即答した。友だちとはいえ、ちょっと恥ずかしいから。
その後、いつものようにアップル楽器でバンド練習をした。でも、今日は特別。三年生、恐らく、このバンドとしては最後の練習。
受験のこともあって、イベントの予定もなく、でも演奏は楽しいから。
「王女様!」
ちょっと、びっくりしたよ。スタジオを出た途端に声をかけられた。声の聞こえた方を見ると、日焼けした中学生らしき女の子と、両親と思われる中年の男女が立っていた。
傍には店員さんがいて、何やらエレキギターの説明をしていたみたい。
「王女様って、あの王女様?」
「パパ、間違いないよ。王女様。大勢の民の前で五人の男たちをひれ伏させた、生きるレジェンド、王女様」
「そう言われてみれば……」
え? 生きるレジェンド? 三人から浴びせられる熱い視線が、顔の表面温度をどんどん上げていくのがわかる。
「あの、どうされましたか?」
あたしは、のどの渇きを感じながら、ちょっと遅れて質問をした。
「楼珠、私たち、先に帰るから」
「あ、ちょ、ちょっと」
「バイバーイ」
葉寧たちは、三人そろってニヤリと笑うと、まったり会話をしながらアップル楽器を出て行った。
「あの、王女様、さっき、スタジオから漏れてくる演奏を聴いていました」
「そ、そうですか。今日は最後のバンド練習だったんです」
「え? そんな貴重な瞬間に出会えるなんて、これは奇跡です」
すー、はーっと深呼吸をして、状況を再確認した。
目の前には中学生らしき女の子が一人、その向こうに笑顔の中年男女、そして、丸椅子に座ってエレキギターを持っているいつもの店員さん。
壁には、エレキギターやエレキベースがたくさん陳列してある。
「もしかしてエレキギターを買いに来たんですか?」
「そうなんです。卒業祝いに、パパとママがプレゼントしてくれるんです」
卒業祝い? 中学生だとしたら、まだ受験も終わっていないのに、どういうこと?
中年の男性と女性が近づいてきた。見た感じ、五十代かな。
「娘がいきなり申し訳ありません。実はまだ中二なんですが、どうしてもギターが欲しいと言って聞かなくて」
「そうそう、それでまだ卒業まで一年以上あるのに買いに来たのよね」
「そうでしたか」
あたしがきょとんとした目で見上げると、察したのか、男性の方が答えてくれた。
「いや、娘は私が四十五の時に生まれましてね」
「あ、いえ、そういう意味では」
図星。
「王女様、さっきの演奏、胸アツでした。あの、できれば王女様にギターを教えていただきたいです」
女の子は、あたしの言葉が終わるのを待たず、興奮気味な声で話し始めた。
「え、いや、でも……」
店員さん、助けて。
「一応、うちでもギター教室やっています」
ありがとう、それっ、それを待っていたの。
「でも、私、王女様に教えていただきたいです。ついでに、男子をひれ伏させる方法もお願いしたいです」
「その、ちょっと、ね?」
「私たちからもお願いできませんか? なあ、お前」
「ええ、私からもお願いしたいわ。もちろん、スタジオ代は出しますから」
三人して店員さんを完全に無視している。
「でも、あたし、人にギター教えられるほど上手じゃないですし……」
「いえ、好きな先生に教えてもらうのが上達の早道です」
確かに、それはそうだ。あたしも、中学校の時、学年が変わって好きな先生になってから、急に英語の点数が上がり、なぜか他の教科の点数もよくなった。
この一言には、思わずうなずいてしまった。
「ありがとうございます。じゃあ、毎週火曜日、この時間でいいですか?」
「え、ええ?……はい」
しまった、勘違いされちゃった。あたし、受験勉強があるしな……でも、火曜日の夕方、一時間ぐらいだったら、受験勉強の息抜きにいいかも。
「それで、謝礼はどれくらいでよろしいでしょうか?」
「いえ、お金なんていらないです」
「朱巳さん、お金を取るなら、社長に相談してくださいよ」
「取りません、大丈夫です。スタジオ代だけお願いします」
スタジオ代、地味に負担になるから。二人で割り勘でも毎週だとちょっときつい。それからKINEを交換し、少し話をした。
彼女の名前は、松村華琵。すぐ傍にある従吾中学校の二年生。
ギターを弾いた経験はなく、アニメの影響でエレキギターを弾きたくなったとのこと。
夢は、ギターヒロインという名前でゾウチューバーになりたいそうだ。
身長はあたしとほぼ同じ。顔はかわいい系。まつげが長く、エクステしているみたい。いや、中学生でそれはないよね。
そんなわけで、レスポールにするか、ストラトにするかで悩んでいるとき、ちょうどあたしたちがバンド練習をしていたとのこと。
「王女様なら、どのギターにしますか?」
「うーん、あたしはストラトを使っているけど」
「でも、あの時は、フォークギターをお持ちでした」
「あの時……って、駅横広場で演奏しようとしたときのこと?」
「はい。そうです」
そうだ、あの時はアコースティックイベントでフォークギターを持っていたな。屋外ステージで、結局、演奏できずに終わっちゃったけど。
「音はどっちの方がいいと思ったの?」
「えっと、音はレスポールの方がちから強くて好きです。でも、ストラトの方が身体に合う気がします」
なるほど……。あたしは店員さんの方を見た。
「あの、ザマハのギターで、ストラトでハムバッキングのモデル、ありましたよね」
「さすが朱巳さん、僕も今、それを言おうと思っていたんですよ」
あたしはギターが陳列されている壁を見た。
「でも、今、お店にない……かな」
「いえ、まだ出していないだけで、入荷したてのものがあります」
「さすが、王女様です。でも、ハムバッキングって何ですか?」
「ピックアップ……マイクのこと。レスポールに付いているマイクはハムバッキングと言うの」
店員さんは店の奥から、ブラックボディのエレキギターを持ってきた。
「ザマハのオシフィカというシリーズに、ちょうどいいモデルがありまして。これです。お値段的にも良い感じかと。
某アニメの最後にヒロインが購入したギターと同じシリーズです」
三人がエレキギターをマジマジと見始めると、店員さんは鼻の穴を広げて話し始めた。
「美しい杢目のフレイムメイプルが使われていて、ステージでライトを浴びると、それはもう、本当に綺麗に見えるんです」
「でも、ちょっとこの板のところがモヤモヤしてて嫌かも」
「大丈夫です。追加購入になりますが、ブラックのピックガードに交換することもできます」
「こっちのマイクの色も黒くなりませんか?」
「大丈夫です。こちらも追加購入でブラックに変更できます」
「パパ、ママ、このギターでいい?」
「いいとも。じゃあ、今日、購入していこう。追加の部品も注文します」
「承知しました。では、こちらへ」
「王女様、少々お待ちくださいね」
「華琵ちゃん、王女様はちょっと……」
「じゃあ、なんてお呼びすればよろしいですか?」
「楼珠でいいよ」
「楼珠様」
「そんなに偉くないから」
「楼珠さん」
「うん、それが自然」
華琵ちゃんは、両手を前で合わせ、もじもじっと身体を左右に振った。かわいい。
「でも、私は呼び捨てにして欲しいです」
「どうして?」
「それは、王女様、あ、じゃなくて、楼珠さんと、より親密だからです」
「うん、じゃあ、華琵、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「では、少々お待ちください」
店員さんと一緒に、三人がカウンターに向かってぞろぞろと歩き始めたとき、母親がポケットから小さな財布のようなものを取り出した。
「あの、うち、食堂やっていますので、よかったら来てくださいね。ギター講師料がわりに無料サービスしますから」
もらった名刺を見ると、「親あい食堂」という店の名前と、定休日が書いてある。そうか、それで火曜日なのか。定休日は、火曜日と水曜日。
「でも、そんな、無料だなんて申し訳ないです」
「夫が外科医なので、お店は趣味でやっているようなものですから、お気になさらず。なんなら、ご家族やお友だちも連れてきてもらっていいですよ」
「あ、ありがとうございます」
♪ ♪ ♪
「楼珠、スマホにメッセージが入っているよ」
教室で学校の帰り支度をしていると、隣の席の穂美から声をかけられた。
そうだ、スマホ、机の上に置いていたんだった。スマホを見ると、ロック画面に通知が表示されていた。
――昨日はありがとうございました。食堂にもぜひ来てくださいね。お店のすぐ近くに住んでいます。
興奮しちゃって眠れなくて、今日、学校、休んじゃいました。
「この子、誰?」
「ああ、昨日、アップル楽器で会って、ギターを教えることになったの。従吾中学の二年生だよ」
「へえ、楼珠、すごいね、先生?」
「ううん、ちょっと一緒にギターで遊ぶぐらいかな」
「そう」
次の日の夜、大通り図書館から駅までのわずかな時間、二海さんと会話を楽しんでいる時にスマホが震えた。華琵からだ。
――今、お話しできますか?
あたしは華琵へすぐに電話をかけた。
「どうしたの?」
「大変です。『食べたログ』とかに食堂の悪い口コミがいっぱい書かれちゃって。
今、お母さんが削除申請していて、すぐに削除はしてもらえそうなんですけど……」
「大丈夫?」
「フーグルの方の口コミは、すぐに削除してもらえないんです」
「ええ?じゃあ、どうしたらいいのかな」
「楼珠さんなら、以前、スイッターの炎上騒ぎを鎮火させたみたいに助けてもらえないかなって。
どうかお願いします。それに……」
「それに?」
「口コミの最後に『金鬼姫』って書いてあるんです」
目の前にいきなり霧が広がり、危うくスマホを落としそうになった。身体は二海さんが支えてくれている。
きっと他の人が読んでも、いたずらって思うに違いない。あたしは二海さんの腕の中で、とりあえず電話を切った。
不幸と幸福が同時に来ていて、もう、パニック状態だ。胃から何かが上がってくる。
とっさに二海さんを押しのけようとしたが、二海さんの力にはかなわなかった。
「楼珠、大丈夫か?」
酸っぱいようなひどいにおいがする。また胃から何かが上がってきた。二海さんは汚れているあたしを抱きしめてくれた。二海さんの方が汚れているかも。
「会話は聞こえていたよ。だいたいわかった。とりあえず、あそこのネカフェに行こう。シャワーとかドライヤーもあるから、服、濡れタオルで拭いて乾かせる」
「はい」
二海さんはバッグから水筒、そしてポケットからハンカチ?と思ったらバンダナ……で、水でバンダナを湿らせながら服をきれいにしてくれた。
初めて抱きしめられたのが、おう吐だなんて、最悪の思い出。うぅ。
服を見ると、濡れてはいるものの、ほぼほぼ、きれいになっていた。
「二海さん、ネカフェ行かなくても大丈夫です。ありがとうございます」
「そっか。じゃあ、最後、これで口をゆすいで」
二海さんから水筒を手渡された。あ、もしかして間接キスってやつ?いいのかな、いいのかな。
また視界が変に……今度は大きくなったり小さくなったり、心臓の鼓動に合わせてゆらゆらしている。
大きく息を吸ってみた。自分の酸っぱい嫌なにおいが肺の中に入ってきて、さらに気持ち悪い。
そして、二海さんから離れると、意を決して水筒に口を付けた。
二海さんは、腕を組みながら右手をあごに当てている。
「なんとかなるかも」
そうだ、二海さんがいる。二海さんならきっとなんとかしてくれる。
----------------
あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
エレキギターは、エフェクターを使えば色々な音に変化させることができますが、マイク(ピックアップ)がかなり重要な役割をしています。
本作中に出てくるエレキギター、名前はもじっていますが実在します。
「ギターヒロイン」、元ネタでは「ギターヒーロー」なのですが、そこはやはり女の子ということで、「ヒロイン」にさせて頂きました。
おもしろいなって思っていただけたら、いいね!して頂けると、転がって喜びます。さらに、お気に入り追加してくださると、スクワットして喜びます。
それではまた!
葉寧が近づいてきてスマホを取り出し、一枚の写真を見せた。
「ほら、楼珠、やっぱり美人になっているよ。四月の時は、かわいかったもん。今は、美人になっているよ」
「そ、そうかな」
「身長を測りに行こうよ。きっと伸びているよ」
確かに、自分では気が付かなかったけど、写真と比べると、丸顔がすこし面長になった気がする。あたしは、葉寧に腕を引っ張られて保健室に向かった。
「失礼しまーす」
「あら、どうしたの?」
「身長計、使わせてください」
「どうぞ、自由に使ってね。あ、裸足でね」
「はい」
葉寧に即されるまま身長計に乗ってみた。体重計じゃないから、抵抗感はない。
「えっと、一五四センチ」
「え? そうなの? 五センチも伸びてる」
「すごいね、楼珠。半年でこんなにって、小学生の成長期並みだよ」
「そっか、それで膝が痛かったんだ」
いわゆる成長痛ってやつだったんだ。良かった、変な病気じゃなくて。
「体重も測る?」
「いい」
あたしは即答した。友だちとはいえ、ちょっと恥ずかしいから。
その後、いつものようにアップル楽器でバンド練習をした。でも、今日は特別。三年生、恐らく、このバンドとしては最後の練習。
受験のこともあって、イベントの予定もなく、でも演奏は楽しいから。
「王女様!」
ちょっと、びっくりしたよ。スタジオを出た途端に声をかけられた。声の聞こえた方を見ると、日焼けした中学生らしき女の子と、両親と思われる中年の男女が立っていた。
傍には店員さんがいて、何やらエレキギターの説明をしていたみたい。
「王女様って、あの王女様?」
「パパ、間違いないよ。王女様。大勢の民の前で五人の男たちをひれ伏させた、生きるレジェンド、王女様」
「そう言われてみれば……」
え? 生きるレジェンド? 三人から浴びせられる熱い視線が、顔の表面温度をどんどん上げていくのがわかる。
「あの、どうされましたか?」
あたしは、のどの渇きを感じながら、ちょっと遅れて質問をした。
「楼珠、私たち、先に帰るから」
「あ、ちょ、ちょっと」
「バイバーイ」
葉寧たちは、三人そろってニヤリと笑うと、まったり会話をしながらアップル楽器を出て行った。
「あの、王女様、さっき、スタジオから漏れてくる演奏を聴いていました」
「そ、そうですか。今日は最後のバンド練習だったんです」
「え? そんな貴重な瞬間に出会えるなんて、これは奇跡です」
すー、はーっと深呼吸をして、状況を再確認した。
目の前には中学生らしき女の子が一人、その向こうに笑顔の中年男女、そして、丸椅子に座ってエレキギターを持っているいつもの店員さん。
壁には、エレキギターやエレキベースがたくさん陳列してある。
「もしかしてエレキギターを買いに来たんですか?」
「そうなんです。卒業祝いに、パパとママがプレゼントしてくれるんです」
卒業祝い? 中学生だとしたら、まだ受験も終わっていないのに、どういうこと?
中年の男性と女性が近づいてきた。見た感じ、五十代かな。
「娘がいきなり申し訳ありません。実はまだ中二なんですが、どうしてもギターが欲しいと言って聞かなくて」
「そうそう、それでまだ卒業まで一年以上あるのに買いに来たのよね」
「そうでしたか」
あたしがきょとんとした目で見上げると、察したのか、男性の方が答えてくれた。
「いや、娘は私が四十五の時に生まれましてね」
「あ、いえ、そういう意味では」
図星。
「王女様、さっきの演奏、胸アツでした。あの、できれば王女様にギターを教えていただきたいです」
女の子は、あたしの言葉が終わるのを待たず、興奮気味な声で話し始めた。
「え、いや、でも……」
店員さん、助けて。
「一応、うちでもギター教室やっています」
ありがとう、それっ、それを待っていたの。
「でも、私、王女様に教えていただきたいです。ついでに、男子をひれ伏させる方法もお願いしたいです」
「その、ちょっと、ね?」
「私たちからもお願いできませんか? なあ、お前」
「ええ、私からもお願いしたいわ。もちろん、スタジオ代は出しますから」
三人して店員さんを完全に無視している。
「でも、あたし、人にギター教えられるほど上手じゃないですし……」
「いえ、好きな先生に教えてもらうのが上達の早道です」
確かに、それはそうだ。あたしも、中学校の時、学年が変わって好きな先生になってから、急に英語の点数が上がり、なぜか他の教科の点数もよくなった。
この一言には、思わずうなずいてしまった。
「ありがとうございます。じゃあ、毎週火曜日、この時間でいいですか?」
「え、ええ?……はい」
しまった、勘違いされちゃった。あたし、受験勉強があるしな……でも、火曜日の夕方、一時間ぐらいだったら、受験勉強の息抜きにいいかも。
「それで、謝礼はどれくらいでよろしいでしょうか?」
「いえ、お金なんていらないです」
「朱巳さん、お金を取るなら、社長に相談してくださいよ」
「取りません、大丈夫です。スタジオ代だけお願いします」
スタジオ代、地味に負担になるから。二人で割り勘でも毎週だとちょっときつい。それからKINEを交換し、少し話をした。
彼女の名前は、松村華琵。すぐ傍にある従吾中学校の二年生。
ギターを弾いた経験はなく、アニメの影響でエレキギターを弾きたくなったとのこと。
夢は、ギターヒロインという名前でゾウチューバーになりたいそうだ。
身長はあたしとほぼ同じ。顔はかわいい系。まつげが長く、エクステしているみたい。いや、中学生でそれはないよね。
そんなわけで、レスポールにするか、ストラトにするかで悩んでいるとき、ちょうどあたしたちがバンド練習をしていたとのこと。
「王女様なら、どのギターにしますか?」
「うーん、あたしはストラトを使っているけど」
「でも、あの時は、フォークギターをお持ちでした」
「あの時……って、駅横広場で演奏しようとしたときのこと?」
「はい。そうです」
そうだ、あの時はアコースティックイベントでフォークギターを持っていたな。屋外ステージで、結局、演奏できずに終わっちゃったけど。
「音はどっちの方がいいと思ったの?」
「えっと、音はレスポールの方がちから強くて好きです。でも、ストラトの方が身体に合う気がします」
なるほど……。あたしは店員さんの方を見た。
「あの、ザマハのギターで、ストラトでハムバッキングのモデル、ありましたよね」
「さすが朱巳さん、僕も今、それを言おうと思っていたんですよ」
あたしはギターが陳列されている壁を見た。
「でも、今、お店にない……かな」
「いえ、まだ出していないだけで、入荷したてのものがあります」
「さすが、王女様です。でも、ハムバッキングって何ですか?」
「ピックアップ……マイクのこと。レスポールに付いているマイクはハムバッキングと言うの」
店員さんは店の奥から、ブラックボディのエレキギターを持ってきた。
「ザマハのオシフィカというシリーズに、ちょうどいいモデルがありまして。これです。お値段的にも良い感じかと。
某アニメの最後にヒロインが購入したギターと同じシリーズです」
三人がエレキギターをマジマジと見始めると、店員さんは鼻の穴を広げて話し始めた。
「美しい杢目のフレイムメイプルが使われていて、ステージでライトを浴びると、それはもう、本当に綺麗に見えるんです」
「でも、ちょっとこの板のところがモヤモヤしてて嫌かも」
「大丈夫です。追加購入になりますが、ブラックのピックガードに交換することもできます」
「こっちのマイクの色も黒くなりませんか?」
「大丈夫です。こちらも追加購入でブラックに変更できます」
「パパ、ママ、このギターでいい?」
「いいとも。じゃあ、今日、購入していこう。追加の部品も注文します」
「承知しました。では、こちらへ」
「王女様、少々お待ちくださいね」
「華琵ちゃん、王女様はちょっと……」
「じゃあ、なんてお呼びすればよろしいですか?」
「楼珠でいいよ」
「楼珠様」
「そんなに偉くないから」
「楼珠さん」
「うん、それが自然」
華琵ちゃんは、両手を前で合わせ、もじもじっと身体を左右に振った。かわいい。
「でも、私は呼び捨てにして欲しいです」
「どうして?」
「それは、王女様、あ、じゃなくて、楼珠さんと、より親密だからです」
「うん、じゃあ、華琵、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「では、少々お待ちください」
店員さんと一緒に、三人がカウンターに向かってぞろぞろと歩き始めたとき、母親がポケットから小さな財布のようなものを取り出した。
「あの、うち、食堂やっていますので、よかったら来てくださいね。ギター講師料がわりに無料サービスしますから」
もらった名刺を見ると、「親あい食堂」という店の名前と、定休日が書いてある。そうか、それで火曜日なのか。定休日は、火曜日と水曜日。
「でも、そんな、無料だなんて申し訳ないです」
「夫が外科医なので、お店は趣味でやっているようなものですから、お気になさらず。なんなら、ご家族やお友だちも連れてきてもらっていいですよ」
「あ、ありがとうございます」
♪ ♪ ♪
「楼珠、スマホにメッセージが入っているよ」
教室で学校の帰り支度をしていると、隣の席の穂美から声をかけられた。
そうだ、スマホ、机の上に置いていたんだった。スマホを見ると、ロック画面に通知が表示されていた。
――昨日はありがとうございました。食堂にもぜひ来てくださいね。お店のすぐ近くに住んでいます。
興奮しちゃって眠れなくて、今日、学校、休んじゃいました。
「この子、誰?」
「ああ、昨日、アップル楽器で会って、ギターを教えることになったの。従吾中学の二年生だよ」
「へえ、楼珠、すごいね、先生?」
「ううん、ちょっと一緒にギターで遊ぶぐらいかな」
「そう」
次の日の夜、大通り図書館から駅までのわずかな時間、二海さんと会話を楽しんでいる時にスマホが震えた。華琵からだ。
――今、お話しできますか?
あたしは華琵へすぐに電話をかけた。
「どうしたの?」
「大変です。『食べたログ』とかに食堂の悪い口コミがいっぱい書かれちゃって。
今、お母さんが削除申請していて、すぐに削除はしてもらえそうなんですけど……」
「大丈夫?」
「フーグルの方の口コミは、すぐに削除してもらえないんです」
「ええ?じゃあ、どうしたらいいのかな」
「楼珠さんなら、以前、スイッターの炎上騒ぎを鎮火させたみたいに助けてもらえないかなって。
どうかお願いします。それに……」
「それに?」
「口コミの最後に『金鬼姫』って書いてあるんです」
目の前にいきなり霧が広がり、危うくスマホを落としそうになった。身体は二海さんが支えてくれている。
きっと他の人が読んでも、いたずらって思うに違いない。あたしは二海さんの腕の中で、とりあえず電話を切った。
不幸と幸福が同時に来ていて、もう、パニック状態だ。胃から何かが上がってくる。
とっさに二海さんを押しのけようとしたが、二海さんの力にはかなわなかった。
「楼珠、大丈夫か?」
酸っぱいようなひどいにおいがする。また胃から何かが上がってきた。二海さんは汚れているあたしを抱きしめてくれた。二海さんの方が汚れているかも。
「会話は聞こえていたよ。だいたいわかった。とりあえず、あそこのネカフェに行こう。シャワーとかドライヤーもあるから、服、濡れタオルで拭いて乾かせる」
「はい」
二海さんはバッグから水筒、そしてポケットからハンカチ?と思ったらバンダナ……で、水でバンダナを湿らせながら服をきれいにしてくれた。
初めて抱きしめられたのが、おう吐だなんて、最悪の思い出。うぅ。
服を見ると、濡れてはいるものの、ほぼほぼ、きれいになっていた。
「二海さん、ネカフェ行かなくても大丈夫です。ありがとうございます」
「そっか。じゃあ、最後、これで口をゆすいで」
二海さんから水筒を手渡された。あ、もしかして間接キスってやつ?いいのかな、いいのかな。
また視界が変に……今度は大きくなったり小さくなったり、心臓の鼓動に合わせてゆらゆらしている。
大きく息を吸ってみた。自分の酸っぱい嫌なにおいが肺の中に入ってきて、さらに気持ち悪い。
そして、二海さんから離れると、意を決して水筒に口を付けた。
二海さんは、腕を組みながら右手をあごに当てている。
「なんとかなるかも」
そうだ、二海さんがいる。二海さんならきっとなんとかしてくれる。
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あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
エレキギターは、エフェクターを使えば色々な音に変化させることができますが、マイク(ピックアップ)がかなり重要な役割をしています。
本作中に出てくるエレキギター、名前はもじっていますが実在します。
「ギターヒロイン」、元ネタでは「ギターヒーロー」なのですが、そこはやはり女の子ということで、「ヒロイン」にさせて頂きました。
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