貧乏大学生の恋事情は①同棲でいきなり始まる~ゴムをつけようとしたら破ってしまった

綿串天兵

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余裕の彼女に付けてもらう

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 セミダブルベッドに横たわり、俺を見つめる菜可乃なかの。カーテンは外の光で薄っすらと明るくなっている。

「昨日、あんなにがんばったのに、ダメだったね、ごめん」
「いや、俺が悪い」
「自信あったんだけどな」
「すごく気持ちよかった。生まれて初めて」

「ほんと? そうよね、二海ふたみ、ヒイヒイ言っていたもんね」
「恥ずかしいから言わないでくれ」

 不機嫌と言うか、落ち込んでいる菜可乃なかのに笑顔が戻った。でも、やっぱりどこか寂しそうな感じがする。

「元カレなら、一発昇天テクだったんだけどね」

 菜可乃なかのはどうやってテクニックを覚えたんだろう? 今度、同じことをしてみたら喜ぶかな。

「俺、朝飯作る。昼は学食にするか? 弁当なら作るが」
「今日は学食にしよ。おごるから」
「いや、それは申し訳ない」
「私だってそういう気分の時もあるのよ。素直におごられて」
「わかった」

 朝食を済ませてサクサクっと洗い物をしていると、菜可乃なかのが覗き込んできた。

二海ふたみ、どうして家事、そんなに上手なの?」
「親父が出張多くてな、よくお袋の手伝いをしていたんだ」
「お父さん、どんなところに出張するの?」
「台湾とかアメリカかな。お袋、料理が苦手で」
「へえ」

「そうだ、まだ俺の秘密を話していない」
「うん、何々?」
「お袋は台湾出身でさ、一応、ハーフ」
二海ふたみって、ハーフなんだ!」

「まあ、見た目は完全に日本人だが。小六までは台湾に住んでいた」
「へえ、どこ?」
台北たいぺい
「うらやましいな」
「まあ、でも、色々」
「そう」

 続いて洗濯物。洗濯機は朝食を作る前にスタートさせておいたから、ちょうど脱水完了。服と俺の下着はバルコニー、菜可乃なかのの下着は部屋干し。

二海ふたみ、荷物の中にアルバムがあるんだけど、見てもいい?」

 リビングに戻った菜可乃なかのが声をかけてきた。

「いいぞ」
「うん」

 洗濯物をバルコニーに運ぶためにリビングを通ると、菜可乃なかのはベッドに座って小学校の卒アルを見ていた。
 
「小学生の二海ふたみ、超かわいい!」
「恥ずかしいな、声に出すなよ」

――カラカラ

 窓は軽快な音を立てながら開いてくれる。祖母ちゃんちより新しいからかな。
 洗濯物を干していると、部屋の中からアルバムを強く閉じる音が聞こえた。何か、気に障る写真でもあったんだろうか?

菜可乃なかの、どうしたんだ?」
「なんでもない」
「お前、顔色悪いぞ」
「ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」

 明らかに吐き戻している音が聞こえてきた。

 五分ぐらいして菜可乃なかのはトイレから出てきた。

「おい、本当に大丈夫か?」
「ダメかも」
「病院、行くか?」
「そういう問題じゃないの。今日、休む」
「一緒にいるよ」
「いいの。二海ふたみは大学に行って。ひとりになりたいの」

 どうしたんだろう? 胸騒ぎがする。明らかに菜可乃なかのの肩は震えている。あれは何かに怯えている状態だ。一人にするとまずい気がする。

「俺も休むよ。バルコニーでアウトドアごっこしてるから」

「……うん」

 少し間をおいて、菜可乃なかのは返事をした。

「気が向いたら声をかけてくれ」

 俺は、ベッドの下から寝袋とエアーマットを取り出し、エアーマットを膨らませた。バルコニーにはエアコンの室外機が置いてあるので、それほどスペースは無い。
 ただ、なんとなく、一人用のテントに入っているみたいな感じがして予想外に快適。

 難点は、バルコニーの手すり部分が下までパイプであることだ。駐車場側から丸見えだ。まあ、何か尋ねられたら、寝袋を干しているとでも言えばいいだろう。

 菜可乃なかのはあれから数回、トイレに行き、ベッドにもぐりこんでいる。もう、吐くものも残っていないはずだ。

 俺もトイレに行きたくなったので、菜可乃なかのの背中を見ながらリビングを通り、トイレに入った。
 もう昼も近いから、飯でも作ろうかな。吐き気がしても食べれるもの……お粥系か。

 トイレから出ると、菜可乃なかのが俺に飛びついてきた。

「大丈夫か?」
「……」
「なに?」
「犯して!」

 どういうことだ? でも、なにかおかしいことには違いない。

「すまん、役立たずで」
「ほんと、役立たず!」

 菜可乃なかのはサーフシャツの首元を握り絞めた。きつい。人生が終わったような気分だ。頭から血が引いていくのがわかる。これが海綿体に流れ込んでくれたらいいのに。

 昨日の夜、あれだけ優しく責め立てられてからのこの落差、平衡感覚が少しおかしくなったのかフラフラする。俺と菜可乃なかのは抱き合ったまま、ズルズルとその場にへたりこんだ。

「……ごめん」
「いいんだ」

 菜可乃なかのの手が俺の頭に触れた。

「ねえ、大学、行こうか。ちょっと落ち着いた」
「そっか。午後の講義なら間に合うな」


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 俺たちは結局、何も食わずに大学に行き、何もしゃべらずに講義を受け、それぞれの部活へ向かった。

 いつものように武道場に菜可乃なかのを迎えに行ったが、菜可乃なかのはいなかった。武道場の中を見ると、部長と話をしている菜可乃なかのがいた。

清水きよみずくんじゃないか」

 身体がビクっとなった。空手道部で声をかけられるのは、正直、ビビる。

「高塚さん」
清水きよみずくん、ちょっと訊きたいことがあるのだが」
「なんでしょうか?」
「今日、菜可乃なかのの様子が変でな。何か心当たりはないのか?」
「朝から様子が変で、おう吐していたみたいです」
「そうか」

 高塚さんは腕を組み、首を傾げた。

「まさか、つわりとか」
「いや、それは無いです」
「どうしてわかる?」
菜可乃なかの、先週、生理だったんで」

 高塚さんの顔が赤くなった。

「き、君は、なんとういうか、相変わらずはっきりと物を言うな」
「姉がいたので慣れています。生理用品も買いに行かされました」
「そうか。それは恥ずかしかっただろう?」
「最初のうちは、まあ」

 ポケットの中のスマホが震えた。

「あ、ちょっとすいません」

――今日は帰らない。心配しないで。探さないで。

 菜可乃なかのからのメールだ。どういうことだ? 菜可乃なかのは武道場に……いない。まだ近くにいるはず。とりあえず、電話をかけてみた。

――ただいま電話に出ることができません。しばらく経ってから――

 俺は電話を切った。

「すいません、高塚さん。俺、これで失礼します」
「わかった。じゃあ、また明日」

 明日はあるんだろうか? とりあえず武道場周辺を探し、その後、正門へ向かう道を走った。今日の菜可乃なかのはおかしい。

 バス停のあるロータリーを車が通過した。助手席に座っているのは菜可乃なかのだ。運転しているのは空手道部の部長だ。

「ん?」

 後部座席のドアに、白い布が挟まっているのが見えた。

 まあ、いい。俺はアパートに帰ろう。もしかしたら、菜可乃なかの、夜中、帰ってくるかもしれないし。
 会いたくないのなら俺を追い出せばいいのに、自分の方が出ていくなんて違和感だらけだ。

――ガチャ

 いつも二人で開けていたドア、いや、買い物に行ってひとりで開けたこともあるが、とりあえず、今日はひとりだ。
 セミダブルのベッドが、まるで太平洋のように広く感じる。

 でも腹は減る。考えてみれば、朝飯しか食べていない。なんだか面倒だったので、お湯を沸かしてカップ麺を食べることにした。

 シャワーを浴び、髪の毛を乾かした後、スマホを見た。メールも着信も無い。今ごろ、空手道部の部長と盛り上がっているんだろうか?
 まあいい。俺に菜可乃なかのを縛る権利は無い。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 結局、菜可乃なかのは翌日の昼頃帰って来た。今日は週末で講義は無い。

「おかえり」
「ただいま」

 菜可乃なかのの表情は微妙だが、不機嫌ではない。

「すっきりしたか?」
「少しは。着替えるね。お風呂には入ったけど、服はそのままだから」
「ああ」

 菜可乃なかのはクローゼットから下着やTシャツを掴むとキッチンへ行き、着替え始めた。

「腹、減っているか?」
「ううん、大丈夫」

 リビングに戻ってくると、小さなテーブルの前でパソコンをいじっている俺の横に座った。

「ねえ、怒らないの?」
「怒らない」

「私、知っているよ。二海ふたみに見られたこと」
「そっか」

「嫉妬しないの?」
「しない」

「私、けがれているのかもしれないんだよ?」
菜可乃なかのけがれていない」

「ねえ、二海ふたみ、私のことを見てよ。愛してよ!」
「すまん、好きだ。でもそれ以上のことは……」

 俺は言葉に詰まり、菜可乃なかのはうなだれた。

「恋がわからないって、そういうことなのね」
「今、一緒にいる、それでいいじゃないか」

――パシッ

 俺はひっぱたかれた。いや、正確に言うと、手で受け止めた。目元は見えなくてもわかる。

二海ふたみのそういうところ、嫌いよ。いい? 人は地面があるから安心して生活ができるの。何かしらの束縛が無いと不安になるの。空中をフワフワしていたら不安で死んじゃうの」

 菜可乃なかのは泣き始めた。泣きたいのは俺の方だ。彼女が勝手に外泊、そりゃ、嫉妬という感情まではわからないが、それなりに来るものはある。

菜可乃なかの、俺はEDだし、菜可乃なかのの期待に応えられていないし、これでも結構へこんでいるんだ。俺がしてやれるのは、一緒にへこむことぐらいだ」
二海ふたみ
「ん?」

二海ふたみにしてはおしゃべりだね」
「まあ」
「部長、すごかったよ」
「なにが?」
「もちろん『ピーセックス』よ」
「嘘つけ」

 菜可乃なかのは俺に抱き着いた。

「私を信じないの?」
「後部座席にも人が乗っていた」
「え? どうしてそれを?」
「白いスカートをはいた女性……マネージャーかな」
「その通りよ。どうしてそこまでわかるの?」

 菜可乃なかのの驚きは、想像を超えるものだった。まるで、突き飛ばされるような勢いで、フローリングの床に押し倒されてしまった。

「半分はったり、半分推理。さすがの菜可乃なかのも三人でするとは思えない」
「その、『さすがの』は余分なんですけど」

 菜可乃なかのは立ち上がると、カーテンを閉めた。

「ねえ、二海ふたみ、今からしよう」
「ど、どうしたんだ?」
「いいからいいから」

 俺はそのまま菜可乃なかのに服を脱がされてしまった。というか、抵抗しなかった。菜可乃なかのはパーカーの前を開き――って、おい、いきなり裸かよ。

「ふうちゃん、こっちにおいで」
「ん、あ、ああ。『ふうちゃん』ってなんだよ」
「赤ちゃんプレイ」
「何それ?」

「トラウマみたいなものでEDになった時、効果があるんだって。ほら~、ママでちゅよ~」
菜可乃なかのさ」
「今、ふうちゃんは、バブゥしか言っちゃダメ」

 よくわからんが……。

「バ、バ……」
「ほら、頭を空っぽにして」

「バブゥ」
「よしよし、ふうちゃん、ママでちゅよ~、おっぱいの時間でちゅよ~」

「バブゥ」

 赤ちゃんって、バブゥなんて言わないが……あれ? 少し心が軽くなったような。なんて言ったらいいんだろう、こう、普段、背負っている責任とか記憶とか。

 そうだ。俺はあのことに縛られている。ずっと、縛られている。これからも縛られ続ける。でも、今だけは少し心が軽い。なんだか鼻の奥がむずむずする。

「ふうちゃん、もしかして泣いている?」
「バブゥ」
「赤ちゃんプレイがいいのかな」
「バブバブゥ」
「よちよち、ママに甘えてね」
「バブゥ」
「ふうちゃんの特別になれるかな」
「バブゥ」
「今の、どっちの意味なの?」
「バブゥ」

 あれ? 何か血流を感じる。これ、もしかして……。

二海ふたみ、もしかしてこれ……当たってる。すごいよ、よかった、もしかして、今、『ピーピー〇o〇〇〇』してあげたら硬くなるかも」

 菜可乃なかのは掛け布団の中にもぐりこんだ。数分後、菜可乃なかのはベッドの傍にあるポーチから箱を取り出し、ピリリっという心地よい音と共に箱を開封した。

「ね、『ピーピーコンドーム』、着けてくれる?」
「ああ、初めてだけどやってみる」
「初めてなんだ」

 俺は菜可乃なかのに渡された箱の裏側を見ながら、五センチ角ほどの小さなパッケージを開けた。本物は初めて見る。

 えっと、まずは先の方を指で押さえて空気が入らないように? ふむふむ、で、クルクルっと、あ……。

菜可乃なかの、ごめん、破れた」
「まだたくさんあるから、トライ、トライ」
「いや、それがだな、えてしまって」
「そっか。残念。でもED直ったじゃん」
「そうだな、菜可乃なかの、ありがとう」

 俺は菜可乃なかのにとびきりのディープキスをした。菜可乃なかのの息が荒い。鼻息が頬をくすぐる。
 今日は雰囲気的にちょっと無理そうだが、明日は大丈夫、きっといける。

二海ふたみ、もし私が寝ている間にしたくなったら、ちゃんと起こしてね」
「わかった」


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 翌朝、まだ五時ぐらいか、なんだか気持ちが良くて目が覚めた。菜可乃なかのが俺にくっつき、身体を触っている。

 俺が目覚めたのに気が付いたのか、菜可乃なかのは俺を抱きしめ、俺も菜可乃なかのの身体を、羽で撫でるようにやさしく撫でた。

「ね、しようか。私が『ピーピーコンドーム』着けてあげるよ。よく見ててね」
「頼むよ」

 数分後、ようやく菜可乃なかのとひとつになれた。

 俺は菜可乃なかのの前髪をそっと手で分けた。泣いている。

菜可乃なかの、ありがとう、本当にありがとう」
「う、うん。こ、これから……いっぱい、あ、しようね」
「ああ」

 歴史が書き換わった、ちょっと大げさだが本当にそんな気持ちだ。なんだか、男としての存在感みたいなものが戻って来た気がする。
 大丈夫、これからなんでもうまくいく、そんな気持ちで満たされていく気分だ。



   ----------------



あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。

ED、相当、へこみますよね。赤ちゃんは「バブゥ」なんて言わないのに、どうして「バブゥ」って言ってしまうんでしょう。

恐らく、国民的四コマ漫画がアニメ化された、あの、海関係の名称が名前になってる作品がキッカケなのではないかと思います。


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それではまた!
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