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提案されて一緒にベッドへ
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ここは菜可乃のアパート、今、俺は菜可乃に押し倒されて馬乗り状態。横には小さなテーブルとセミダブルのベッドが見える。
部屋の広さは八畳ぐらいかな、一人暮らしにしては広めだ。
「二海がバイトで忙しいのはわかるけど、もっと一緒に居たいんだよ」
「うん」
「だからさ、一緒に暮らさない?」
「い、いきなりなんだよ」
「あ、 二海、焦ってる」
「そりゃ焦る。びっくりだ」
「そうだよね、可愛い女子大生に誘われているんだもんね」
そう、今、菜可乃は馬乗りになって俺を見下ろしているから、夜空のような美しい瞳がしっかり見えている。吸い込まれそうだ。
「ま、まあ、そこは否定しない」
実際のところ、 菜可乃は可愛いし、好みだ。なにより話をしているだけで楽しくて安心する。だから付き合おうと思った。でも、これ、なんか急展開すぎないか?
「ありがと。うわ、マジ、テンション上がる」
「ちょっと、 菜可乃、そんなに動かないでくれ」
「テンションとマンション、似てると思わない? ここアパートだけど」
「寒いぞ」
菜可乃は俺に身体をこすりつけた。でも、俺の股間は反応しない。
「その、いいのか?」
「なにが?」
「親御さんが怒ったりとか」
「そこ気にする? バレなきゃ大丈夫だって」
「そうか」
「 二海だって、定期、買わなくて済むじゃん。駅前の駐輪場代も浮くし。お金、無いんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「駅から自転車で通っているだけでも驚異的だよ。時間の節約にもなるし」
「確かに」
「光熱費、食費、ぜんぶ私が持つから」
「どうして、そこまでしてくれるんだよ」
「その代わり、家事全般は 二海」
「もしかして、 菜可乃、料理とか苦手か?」
「ピンポーン!」
「たださ、祖母ちゃん、一人暮らしなんだ。何かあったときのためってのもあってさ」
「でも、先月までは一緒に住んでなかったんでしょ? お祖母ちゃんに訊いたら、きっとOKしてくれるって」
確かに、あの祖母ちゃんなら反対するどころか、赤飯を炊いて喜びそうだ。
「バイトとか……」
「週末だけお祖母ちゃんの所に戻るってどう? そしたらバイト、変えなくてもいいし、お祖母ちゃんの様子も見れるし」
「なるほど。でも、そのさ、何かあったらどうするんだよ」
「何かって?」
「夜、とかさ……」
「いいよ」
「え?」
そこまであっけらかんと言えるものなのか?
「なんでそんな顔しているの?」
「こういうのって、なんかこう、順番とか段階とか……いきなり同棲って、非常識だろ」
「アインシュタインが言ってたよ。『常識とは十八歳までに身につけた先入観のコレクションである』って」
「その、俺のどこがいいんだよ」
「全部。好きになるのに理由なんてないもの」
全部? なんてあいまいな……そんな理由で同居人を決めていいのか?
「きっかけはあるかな。でも秘密。二海だって話してくれないことあるから、おあいこ」
「んっ?」
菜可乃はまたキスをし、舌が入ってきた。
「キスはね、とても大切なんだよ。だって、友だちが恋人になる瞬間だから」
「そっか、そうかも」
「これで私たち、本当に恋人同士だよ」
「ああ」
「かわいいな、 二海」
菜可乃は俺に覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめてくれた。いい匂いがする。今度は、俺も菜可乃を抱きしめた。
「二海、キス、上手だったよ」
「いや、ディープキスは初めてだから」
「これから、いっぱい教えてあげる」
ちょっと、俺、焦っている気がする。今は、本当に心臓がバクバクしていて、喉まで上がってきそうだ。
「そ、その、一緒に暮らしたら、嫌なところが見えたりするかもしれないぞ」
「その時は元に戻ればいいんだよ。最悪なのは、結婚しちゃってからギャップを見つける方だよ」
「確かに、それは一理ある」
「今日、このまま泊っていく?」
「いや、帰る」
「そのまましちゃってもいいのに」
ちょっと、それは気が早すぎるような。
「それはともかく、着替えとかないし」
「二海、いつも同じ服じゃん。洗濯機と乾燥機もあるよ。そういえば、二海って、本当にいつも同じ服だよね」
「実は同じ服を六着持っている」
「めっちゃウケる」
この反応は想定内。
「ルティーブ・ジョブズも、いつも同じ服を着ていたぞ」
「なるほど、そういう風に言うとかっこいいね」
「別にかっこよくなくてもいいが」
「かっこいいよ」
「じゃあ、祖母ちゃんの許可が出たら本当に世話になるぞ」
「うん、大歓迎」
「今日は帰って、明日から少しずつ教科書とか運ぶから。一緒に住めるのは来週ぐらい」
「わかった。荷物持ってきたら、朝、アパートに寄ってね」
本当にこんな流れで同棲してもいいんだろうか? でも、菜可乃の体温は気持ちいい。安堵という言葉はこのためにあるんだろう。
ずるいかもしれないが、今の俺に必要な温かさだと思う。
「ねえ、二海」
「なに?」
「どうしてこの状況でがっつかないの?」
「それは……」
「どうしたの?」
「硬くならないんだ」
「どういうこと?」
「ED」
「勃起不全ってこと?」
「そう」
しばしの間、沈黙が続いた。五分ぐらいだろうか。前々から気づいてはいたが、改めて言葉にするとマジでへこむ。
「大丈夫、私が何とかしてあげるよ」
「どうするんだ?」
俺を抱きしめたまま、頭を撫でてくれた。なんだろう? この懐かしい感じ。菜可乃はポケットからスマホを取り出した。
「普通とはちょっと違ったことをしたりするといいらしいよ」
「普通とは違う?」
「二海、私、あなたのことが好きよ。何でもしてあげる」
「あ、あの、ありがとう」
「きっかけがあるみたい。何か心当たりはある?」
ある。俺は理由を知っている。
「ごめん。きっかけはあるが言えない」
「そう」
菜可乃には話してもいいかな、でも、墓場まで持って行くと決めたこと。やっぱり言えない。菜可乃は受け入れてくれるだろうか?
「いいよ、二海が話したくなったら話してね」
「うん」
「こういう時、二海ってかわいいね」
菜可乃はまた俺にキスをした。ちょっと口調が変わってしまった。やばい。
「ねえ、二海、こういう時ってお互いの秘密を話すと気が楽になるんだよ」
「確かに」
「私ね、元カレ……あ、一人しか付き合ったことないんだけど、すっごくしたがってさ。で、十八歳の誕生日に初体験なんだよ」
「それ、彼氏への誕生日プレゼントってことか?」
「それが違うの。私の誕生日。俺からのプレゼントを受け取れとか言ってさ。『俺の初めて』だって。笑っちゃうよね。こっちの方が負担が大きいのに。もう、あの時はホント、痛かったわ。」
なんだか滑稽というか、何とも言えない……。
「それから毎日しているうちに、お互い、ちょっとずつコツを覚えてね」
それはわかる。
「で、大学進学をきっかけに、『俺はさらなる高みを目指す』って、別れちゃったの」
「菜可乃は寂しくなかったのか?」
「うーん、まあ、遠距離恋愛するよりはいいかなって」
「そっか」
「まあ、そんなアホみたいなところもあったけど、男女問わず優しくするし、夢は語るし。ほら、あれ、なんだっけ、『俺は、世界王になる』みたいな」
「それを言うなら『世界王に、俺はなる』だよ」
「え、そうなの?」
「そう。よく、みんな勘違いしているけど」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝、俺はとりあえず全部の教科書を持って菜可乃のアパートに寄った。
重さは、そうだな、十五キロぐらいあるんじゃないかな。それから数日かけて荷物を運び、結局、ギター以外は全部持ってきた。アパートじゃギターは弾けないから。
最後の荷物は寝袋だ。
「二海、寝袋なの?」
「ああ、これ、親父にもらったんだ。羽毛の高級なやつ」
「私のベッド、セミダブルだから一緒に寝ればいいのに」
「いや、さすがに狭いだろ?」
「そこがいいのよ」
「まあ、この先、喧嘩することもあるかもしれないし」
「なるほど」
「それに、このエアーマット、すごく気持ちがいいんだぞ」
「うん。じゃあ、大学、行こうか」
いつも通りの講義が終わると、俺はジャズ研に行った。今日は先輩が俺達の演奏を見てくれる日だ。ジャズはたんまり聴いたから、ぜひ、感想を訊きたい。
これでも理系だからな、分析には長けているはず。
俺たちのバンドは、ドラム、ピアノ、掛け持ちで参加してくれているウッドベースの先輩、そして俺がテナーサックス。
数曲、黒本に載っている曲を演奏してウッドベースの先輩が「これでどう?」という表情をした。
「うーん、ピアノはまだ固いかな。ドラムはスイングを意識しすぎ。スイングって、三分の一に割るんだけど、もうちょっともったりとした感じで。清水くんはだいぶ良くなったけど、後ろの音をを強めに」
「どういうことですか?」
「ジャズって、ほら、ドゥダドゥダって感じじゃん」
「はい、それは意識しています」
「でね、ドゥダの『ダ』の方を強くするんだ」
「え? それは気が付きませんでした」
「いやいや、よく聴きこんでいて素晴らしいよ。だから小難しい話をするんだ。君にはそれを話す価値がある」
「ありがとうございます」
褒め上手な先輩だ。それにしても、後ろの音を強めるなんて、まったく気が付かなかった。改めてジャズの音源、聴いてみることにしよう。
「来月、アズルアロックというライブハウスというか、バーで演奏をするから、良かったら演ってみないか? 参加費はワンドリンク付きで千円だが」
「はい、ぜひともよろしくお願いします」
振り返ると、みんな、うれしそうな顔をしている。一回生でもライブハウスで演奏させてもらえるんだ。
ジャズ研の練習が終わり、俺はいつものように武道場に向かった。菜可乃と一緒に帰るため。これもいつものことだが、菜可乃は武道場の前に立っていた。
「菜可乃、俺、来月、ライブハウスで演奏できることになったんだ」
「ホント? すごいね! 私も行っていい?」
「もちろん。というか、ぜひ来てほしい。ただし、ライブチャージ千円」
「千円? 安過ぎない?」
「そう言われてみれば……」
うーむ、きっと、ライブハウスのオーナーがサービスしてくれているに違いない。バーって言っていたから、なにか食事を食べてお返ししないとだな。
そんな話をしているうちに菜可乃のアパートに到着した。
「二海、お腹空いた」
「ああ、何か作るよ……って、食材、買ってないよな」
「またカルボナーラ作って。あれ、すごく美味しかった」
「いいよ。でも、栄養はバランスが重要だから、今度、一緒に買い物に行こうな」
「うん」
食後、菜可乃の要望で一緒に風呂に入った。さすがに狭いが、それはそれでいい感じだ。EDも治るかもしれない。
「菜可乃、胸にほくろがあるんだ」
「うん。これ、結構、お気に入りなんだ。ちょっと特別感ない?」
「ある」
そうだ、俺はこれと同じほくろを見たことがある。十歳の時だったか、親父たちが友人家族を連れてきたことがあって、五歳下の女の子と姉ちゃんと一緒に入浴した。
あの時、女の子の胸にもほくろがあった。ハート型だったのでよく覚えている。
「ねえ、二海、女の子と一緒にお風呂に入るの初めて?」
「いや、姉ちゃんいたし」
「そっか。二海、見たいだけ見ていいよ。きっとEDも治るよ」
「気を遣わせてすまないな」
菜可乃の胸のサイズはCぐらいかな。筋肉が付いているせいか、よくわからない。
風呂から上がると、俺は菜可乃に寝袋に入ってみることを勧めてみた。エアーマットは空気を入れるタイプで、超お気に入りのやつだ。
「二海、なにこれ、なんか、フランスベッドみたい。えっと、実際にフランスベッドで寝てみたことはないけど、とても気持ちいい」
「親父のお気に入りだったやつだからな」
「それに、寝袋で包まれている感じが妙に安心するというか」
「そうそう、気持ちいいよな、それ」
菜可乃は寝袋からはい出した。あれ? 今、見えてはいけない部分が見えた気がする。
「でもダメ。二海は私と一緒にベッドで寝るの。裸で」
「裸で?」
「ED、治るかもしれないから」
いや、いきなりはちょっとアレだろ。
「二海、『ピー』というものはとても気持ちのいいものなのよ。それができないのは人生を損しているの」
「ん、ま、まあ、わかった」
菜可乃に言われると弱い。
「二海、きっと私が二海を抱きしめたら、さっきの寝袋みたいに安心感があると思うの」
なるほど。確かにそうかもしれない。
「脱がせて」
俺は菜可乃を抱きしめると、スエット生地の大きめのパーカーを脱がせた。やっぱり、菜可乃は何も着ていなかった。
「菜可乃、いつもこうなのか?」
「ううん、裸で一緒に寝るつもりだったから。脱がせるよ」
「うん」
「『うん』だって。可愛い」
菜可乃は俺の着ているサーフシャツとジャージのパンツ、それからトランクスを脱がした。
「二海、トランクスなんだ」
「ああ、開放感があっていいぞ」
翌朝、目を覚ますと、菜可乃は不機嫌そうな顔で俺を見つめていた。
----------------
あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
故「ルティーブ・ジョブズ」(名前はいじっていますが)がいつも同じ服を着ていたのは有名な話で、なんでも、服を選ぶのに頭を使うのなら、製品の方に頭を使いたかったそうです。
ちなみにあのタートルネック、日本の服飾デザイナーにて制作されたものだそうで。
おもしろいなって思っていただけたら、いいね!して頂けると、転がって喜びます。さらに、お気に入り追加してくださると、スクワットして喜びます。
それではまた!
部屋の広さは八畳ぐらいかな、一人暮らしにしては広めだ。
「二海がバイトで忙しいのはわかるけど、もっと一緒に居たいんだよ」
「うん」
「だからさ、一緒に暮らさない?」
「い、いきなりなんだよ」
「あ、 二海、焦ってる」
「そりゃ焦る。びっくりだ」
「そうだよね、可愛い女子大生に誘われているんだもんね」
そう、今、菜可乃は馬乗りになって俺を見下ろしているから、夜空のような美しい瞳がしっかり見えている。吸い込まれそうだ。
「ま、まあ、そこは否定しない」
実際のところ、 菜可乃は可愛いし、好みだ。なにより話をしているだけで楽しくて安心する。だから付き合おうと思った。でも、これ、なんか急展開すぎないか?
「ありがと。うわ、マジ、テンション上がる」
「ちょっと、 菜可乃、そんなに動かないでくれ」
「テンションとマンション、似てると思わない? ここアパートだけど」
「寒いぞ」
菜可乃は俺に身体をこすりつけた。でも、俺の股間は反応しない。
「その、いいのか?」
「なにが?」
「親御さんが怒ったりとか」
「そこ気にする? バレなきゃ大丈夫だって」
「そうか」
「 二海だって、定期、買わなくて済むじゃん。駅前の駐輪場代も浮くし。お金、無いんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「駅から自転車で通っているだけでも驚異的だよ。時間の節約にもなるし」
「確かに」
「光熱費、食費、ぜんぶ私が持つから」
「どうして、そこまでしてくれるんだよ」
「その代わり、家事全般は 二海」
「もしかして、 菜可乃、料理とか苦手か?」
「ピンポーン!」
「たださ、祖母ちゃん、一人暮らしなんだ。何かあったときのためってのもあってさ」
「でも、先月までは一緒に住んでなかったんでしょ? お祖母ちゃんに訊いたら、きっとOKしてくれるって」
確かに、あの祖母ちゃんなら反対するどころか、赤飯を炊いて喜びそうだ。
「バイトとか……」
「週末だけお祖母ちゃんの所に戻るってどう? そしたらバイト、変えなくてもいいし、お祖母ちゃんの様子も見れるし」
「なるほど。でも、そのさ、何かあったらどうするんだよ」
「何かって?」
「夜、とかさ……」
「いいよ」
「え?」
そこまであっけらかんと言えるものなのか?
「なんでそんな顔しているの?」
「こういうのって、なんかこう、順番とか段階とか……いきなり同棲って、非常識だろ」
「アインシュタインが言ってたよ。『常識とは十八歳までに身につけた先入観のコレクションである』って」
「その、俺のどこがいいんだよ」
「全部。好きになるのに理由なんてないもの」
全部? なんてあいまいな……そんな理由で同居人を決めていいのか?
「きっかけはあるかな。でも秘密。二海だって話してくれないことあるから、おあいこ」
「んっ?」
菜可乃はまたキスをし、舌が入ってきた。
「キスはね、とても大切なんだよ。だって、友だちが恋人になる瞬間だから」
「そっか、そうかも」
「これで私たち、本当に恋人同士だよ」
「ああ」
「かわいいな、 二海」
菜可乃は俺に覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめてくれた。いい匂いがする。今度は、俺も菜可乃を抱きしめた。
「二海、キス、上手だったよ」
「いや、ディープキスは初めてだから」
「これから、いっぱい教えてあげる」
ちょっと、俺、焦っている気がする。今は、本当に心臓がバクバクしていて、喉まで上がってきそうだ。
「そ、その、一緒に暮らしたら、嫌なところが見えたりするかもしれないぞ」
「その時は元に戻ればいいんだよ。最悪なのは、結婚しちゃってからギャップを見つける方だよ」
「確かに、それは一理ある」
「今日、このまま泊っていく?」
「いや、帰る」
「そのまましちゃってもいいのに」
ちょっと、それは気が早すぎるような。
「それはともかく、着替えとかないし」
「二海、いつも同じ服じゃん。洗濯機と乾燥機もあるよ。そういえば、二海って、本当にいつも同じ服だよね」
「実は同じ服を六着持っている」
「めっちゃウケる」
この反応は想定内。
「ルティーブ・ジョブズも、いつも同じ服を着ていたぞ」
「なるほど、そういう風に言うとかっこいいね」
「別にかっこよくなくてもいいが」
「かっこいいよ」
「じゃあ、祖母ちゃんの許可が出たら本当に世話になるぞ」
「うん、大歓迎」
「今日は帰って、明日から少しずつ教科書とか運ぶから。一緒に住めるのは来週ぐらい」
「わかった。荷物持ってきたら、朝、アパートに寄ってね」
本当にこんな流れで同棲してもいいんだろうか? でも、菜可乃の体温は気持ちいい。安堵という言葉はこのためにあるんだろう。
ずるいかもしれないが、今の俺に必要な温かさだと思う。
「ねえ、二海」
「なに?」
「どうしてこの状況でがっつかないの?」
「それは……」
「どうしたの?」
「硬くならないんだ」
「どういうこと?」
「ED」
「勃起不全ってこと?」
「そう」
しばしの間、沈黙が続いた。五分ぐらいだろうか。前々から気づいてはいたが、改めて言葉にするとマジでへこむ。
「大丈夫、私が何とかしてあげるよ」
「どうするんだ?」
俺を抱きしめたまま、頭を撫でてくれた。なんだろう? この懐かしい感じ。菜可乃はポケットからスマホを取り出した。
「普通とはちょっと違ったことをしたりするといいらしいよ」
「普通とは違う?」
「二海、私、あなたのことが好きよ。何でもしてあげる」
「あ、あの、ありがとう」
「きっかけがあるみたい。何か心当たりはある?」
ある。俺は理由を知っている。
「ごめん。きっかけはあるが言えない」
「そう」
菜可乃には話してもいいかな、でも、墓場まで持って行くと決めたこと。やっぱり言えない。菜可乃は受け入れてくれるだろうか?
「いいよ、二海が話したくなったら話してね」
「うん」
「こういう時、二海ってかわいいね」
菜可乃はまた俺にキスをした。ちょっと口調が変わってしまった。やばい。
「ねえ、二海、こういう時ってお互いの秘密を話すと気が楽になるんだよ」
「確かに」
「私ね、元カレ……あ、一人しか付き合ったことないんだけど、すっごくしたがってさ。で、十八歳の誕生日に初体験なんだよ」
「それ、彼氏への誕生日プレゼントってことか?」
「それが違うの。私の誕生日。俺からのプレゼントを受け取れとか言ってさ。『俺の初めて』だって。笑っちゃうよね。こっちの方が負担が大きいのに。もう、あの時はホント、痛かったわ。」
なんだか滑稽というか、何とも言えない……。
「それから毎日しているうちに、お互い、ちょっとずつコツを覚えてね」
それはわかる。
「で、大学進学をきっかけに、『俺はさらなる高みを目指す』って、別れちゃったの」
「菜可乃は寂しくなかったのか?」
「うーん、まあ、遠距離恋愛するよりはいいかなって」
「そっか」
「まあ、そんなアホみたいなところもあったけど、男女問わず優しくするし、夢は語るし。ほら、あれ、なんだっけ、『俺は、世界王になる』みたいな」
「それを言うなら『世界王に、俺はなる』だよ」
「え、そうなの?」
「そう。よく、みんな勘違いしているけど」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝、俺はとりあえず全部の教科書を持って菜可乃のアパートに寄った。
重さは、そうだな、十五キロぐらいあるんじゃないかな。それから数日かけて荷物を運び、結局、ギター以外は全部持ってきた。アパートじゃギターは弾けないから。
最後の荷物は寝袋だ。
「二海、寝袋なの?」
「ああ、これ、親父にもらったんだ。羽毛の高級なやつ」
「私のベッド、セミダブルだから一緒に寝ればいいのに」
「いや、さすがに狭いだろ?」
「そこがいいのよ」
「まあ、この先、喧嘩することもあるかもしれないし」
「なるほど」
「それに、このエアーマット、すごく気持ちがいいんだぞ」
「うん。じゃあ、大学、行こうか」
いつも通りの講義が終わると、俺はジャズ研に行った。今日は先輩が俺達の演奏を見てくれる日だ。ジャズはたんまり聴いたから、ぜひ、感想を訊きたい。
これでも理系だからな、分析には長けているはず。
俺たちのバンドは、ドラム、ピアノ、掛け持ちで参加してくれているウッドベースの先輩、そして俺がテナーサックス。
数曲、黒本に載っている曲を演奏してウッドベースの先輩が「これでどう?」という表情をした。
「うーん、ピアノはまだ固いかな。ドラムはスイングを意識しすぎ。スイングって、三分の一に割るんだけど、もうちょっともったりとした感じで。清水くんはだいぶ良くなったけど、後ろの音をを強めに」
「どういうことですか?」
「ジャズって、ほら、ドゥダドゥダって感じじゃん」
「はい、それは意識しています」
「でね、ドゥダの『ダ』の方を強くするんだ」
「え? それは気が付きませんでした」
「いやいや、よく聴きこんでいて素晴らしいよ。だから小難しい話をするんだ。君にはそれを話す価値がある」
「ありがとうございます」
褒め上手な先輩だ。それにしても、後ろの音を強めるなんて、まったく気が付かなかった。改めてジャズの音源、聴いてみることにしよう。
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「はい、ぜひともよろしくお願いします」
振り返ると、みんな、うれしそうな顔をしている。一回生でもライブハウスで演奏させてもらえるんだ。
ジャズ研の練習が終わり、俺はいつものように武道場に向かった。菜可乃と一緒に帰るため。これもいつものことだが、菜可乃は武道場の前に立っていた。
「菜可乃、俺、来月、ライブハウスで演奏できることになったんだ」
「ホント? すごいね! 私も行っていい?」
「もちろん。というか、ぜひ来てほしい。ただし、ライブチャージ千円」
「千円? 安過ぎない?」
「そう言われてみれば……」
うーむ、きっと、ライブハウスのオーナーがサービスしてくれているに違いない。バーって言っていたから、なにか食事を食べてお返ししないとだな。
そんな話をしているうちに菜可乃のアパートに到着した。
「二海、お腹空いた」
「ああ、何か作るよ……って、食材、買ってないよな」
「またカルボナーラ作って。あれ、すごく美味しかった」
「いいよ。でも、栄養はバランスが重要だから、今度、一緒に買い物に行こうな」
「うん」
食後、菜可乃の要望で一緒に風呂に入った。さすがに狭いが、それはそれでいい感じだ。EDも治るかもしれない。
「菜可乃、胸にほくろがあるんだ」
「うん。これ、結構、お気に入りなんだ。ちょっと特別感ない?」
「ある」
そうだ、俺はこれと同じほくろを見たことがある。十歳の時だったか、親父たちが友人家族を連れてきたことがあって、五歳下の女の子と姉ちゃんと一緒に入浴した。
あの時、女の子の胸にもほくろがあった。ハート型だったのでよく覚えている。
「ねえ、二海、女の子と一緒にお風呂に入るの初めて?」
「いや、姉ちゃんいたし」
「そっか。二海、見たいだけ見ていいよ。きっとEDも治るよ」
「気を遣わせてすまないな」
菜可乃の胸のサイズはCぐらいかな。筋肉が付いているせいか、よくわからない。
風呂から上がると、俺は菜可乃に寝袋に入ってみることを勧めてみた。エアーマットは空気を入れるタイプで、超お気に入りのやつだ。
「二海、なにこれ、なんか、フランスベッドみたい。えっと、実際にフランスベッドで寝てみたことはないけど、とても気持ちいい」
「親父のお気に入りだったやつだからな」
「それに、寝袋で包まれている感じが妙に安心するというか」
「そうそう、気持ちいいよな、それ」
菜可乃は寝袋からはい出した。あれ? 今、見えてはいけない部分が見えた気がする。
「でもダメ。二海は私と一緒にベッドで寝るの。裸で」
「裸で?」
「ED、治るかもしれないから」
いや、いきなりはちょっとアレだろ。
「二海、『ピー』というものはとても気持ちのいいものなのよ。それができないのは人生を損しているの」
「ん、ま、まあ、わかった」
菜可乃に言われると弱い。
「二海、きっと私が二海を抱きしめたら、さっきの寝袋みたいに安心感があると思うの」
なるほど。確かにそうかもしれない。
「脱がせて」
俺は菜可乃を抱きしめると、スエット生地の大きめのパーカーを脱がせた。やっぱり、菜可乃は何も着ていなかった。
「菜可乃、いつもこうなのか?」
「ううん、裸で一緒に寝るつもりだったから。脱がせるよ」
「うん」
「『うん』だって。可愛い」
菜可乃は俺の着ているサーフシャツとジャージのパンツ、それからトランクスを脱がした。
「二海、トランクスなんだ」
「ああ、開放感があっていいぞ」
翌朝、目を覚ますと、菜可乃は不機嫌そうな顔で俺を見つめていた。
----------------
あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
故「ルティーブ・ジョブズ」(名前はいじっていますが)がいつも同じ服を着ていたのは有名な話で、なんでも、服を選ぶのに頭を使うのなら、製品の方に頭を使いたかったそうです。
ちなみにあのタートルネック、日本の服飾デザイナーにて制作されたものだそうで。
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それではまた!
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